異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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泊まるが吉

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「なんだ、君ら冒険者になりたいのか?」

 俺がポックルたちに尋ねるとミーア以外の3人は首を横に振り否定する。彼らは特段、昔から冒険者になりたかったとか憧れていたとかではなく、今の仕事よりは冒険者になった方が実入りが良いという理由でライラに頼んだようだ。生活のために仕事をするのは立派だが、なんとも夢の無い話だなどと思うのは俺が平和ボケしているからだろうか。

そんな彼らに何か将来やりたいことやこうなりたいみたいな夢はないのかと聞いてはみたが、彼らから返ってきた言葉は「毎日仕事があって飯が食える生活をしたい」という、何とも子供らしからぬものだった。まぁ将来の夢なんてものは人それぞれだ、俺がどうこう言うことでもないだろう。


「じゃあ、オイラたちは帰るよ」


ポックルが俺の方を向き、テトラたち3人に聞こえるように言う。外はすっかり日も沈み、街灯もないため真っ暗だ。エゼルバラルの町では所々にカンテラの様なものが設置されていてこの村ほど暗くはなかったが、ここでは日が沈むと出歩く者もあまりいないのか街灯のようなものは設置されていなかった。


「ライラねぇちゃん、約束だぞ!? 俺たちが約束守ったら冒険者教えてくれよ?」

「ああ、約束だ。まずは明日だ、頼むぞ」


テトラはライラと固く握手を交わすと「へへへっ」と得意気に人差し指で鼻の下を擦っていた。カイルは今から冒険者となるのが待ちきれないのか、シュッシュッという声と共に誰もいない所に向けてパンチやキックを繰り出しシャドーボクシングのようなことをしていた。

そんなテトラやカイルの後ろではミーアとニナが別れを惜しむように向かい合って互いの両手を握りながらにこやかに話しをしている。

「なぁ君たち、今日はうちに泊まっていってはどうだ? どうせ明日もうちに来るなら手間が省けていいじゃないか」

俺はポックル達4人に提案するとニナが満面の笑みで俺の意見に賛同する。

「そうしますですよ。泊まっていくのが吉なのです。泊まっていけばみんなともっともっとお話しができますですから!! ね、ますたぁ!?」

「「「「 い、いいの!? 」」」」

ポックル達は俺に嬉しそうに聞き返した。彼らはニナといい友達になってくれそうだ。俺がニナやポックルたちくらいの頃は友達と遊んでばかりいたものだ。しかし、この異世界では子供でも生活のために働かないと生きていけないという事は俺も頭ではわかっている。それでも、少しくらい友達同士で夜更かしする、そんな時間があってもいいのではないだろうか。

そう思い、俺はポックル達に泊まっていくことを勧めたのだ。

「ふむ、では私とニナが獲ったこのボアを今夜の夕食のために進呈するとしよう。コイツの肉は煮て良し焼いて良しの極上品なのだ」

「「「 おぉぉぉ!! 」」」

冒険者志願組の3人が感嘆の声を上げる。子供たちの体の3倍以上の大きさは優にあるこの猪はジュエリーボアというものらしく、肉は宝石のような輝きをしていてギルドに売ればかなりの値がつくらしい。そんな肉を子供たちにふるまおうというのだからライラはかなりの太っ腹だ。

「ほら、ここ! ボアさんのここを見ますですよ!! これは私がエイッて斬りつけた時にできた傷なんです!! エイッって!!」

ニナは4人の前でヴィエラからもらった武器をブンブン振って一生懸命その時の事を説明している。ポックルたち冒険者志願の男子3人は「俺だってそのくらいできるぜ」などと強がり、ミーアは凄い凄いとニナを大絶賛していた。

     ―――――今夜は客もいるし鍋にでもするかな。

親戚や友達といった、あまり気を遣う必要のない客が大勢来た時、俺の実家では店屋物を注文するか鍋にするかのどちらかだった。この世界に店屋物なんてものはない。であれば必然的に客が来た今夜は手間もかからず簡単なうえに美味い鍋料理で決定だ。

幸い、鍋に入れる野菜はエゼルバラルの町にいた時、ニナとライラがギルドの依頼をこなすついでによく取ってきたりしていた。さらには旅の途中にも食べられる山菜やキノコなんかを見つけては2人で採取していたため、腹を減らせた子供たちを満足させられるくらいは十分にある。

肉良し、野菜良し、、、だが肝心な事を忘れていた。出汁が作れない。

醤油やポン酢といった調味料は店内に設置されていたが、さすがに日本にいた時に愛用していたミ〇カンやエ〇ラなどが販売している鍋のつゆは無かった。

まぁ、普通に考えてこの世界にそんなものあるはずがなく醤油やポン酢があるだけでもありがたいのだが、それが無いと鍋は出汁を取って作らなければならず俺にはお手上げだ。一人暮らしが長い俺ではあるが調理法なんかは大雑把で、俺の作る鍋は鍋の素を入れて野菜と肉を突っ込めば完成なのだ。

その肝心な鍋のつゆがないため今夜の夕飯は急遽、鍋から焼肉へと変更となる。今夜、鍋を作ろうとしていたことも、鍋のつゆが無いという理由でそれを断念し焼肉へと変更したことも誰にも気づかれていないから問題ないだろう。

「今日は鍋にするぞ」などと豪快に宣言しなかった俺、グッジョブだ。人間、一度鍋の頭になってしまうと突然の変更に動揺し落胆してしまうのは俺だけではないはずだ。

俺は慌てて鍋を片付け石網を用意し野菜を切り始めると、ジュエリーボアの解体が終わったライラとニナが肉を持ってカウンターへとやってきた。

「ふむ、今日は焼肉か。やはりジュエリーボアは焼くのが一番美味いからな! わかっているではないか、マスター殿!!」

どうやら焼くのが正解だったようで図らずも俺はライラに褒められる結果になった。

「ますたぁなら今夜はお鍋にすると思いましたですよ。人が多い時は楽だし鍋に限ると前に言っていましたですから」

どうやらライラよりニナの方が俺の事をよくわかっているようだ。ニナはニヒヒと、自分には手抜き料理が得意な俺の事などすべてお見通しなのだとでもいわんばかりに、不敵な笑みを浮かべ笑っていた。

俺たち7人は焼肉の材料とコンロの上にセットされた石網が置かれている円形のダイニングテーブルにそれぞれ座る。ポックルたちは焼肉初体験ということもあってテーブルの上の焼肉セットを凝視していた。そんなポックル達は、昨日命がけで村の外に行き、落ちている木の実を一人3つも食えたため、昨日に引き続き今日も豪華な夕飯になったと喜んでいた。

俺とライラはそんなポックル達の話を聞き、笑っていいのか悲しんでいいのかわからずリアクションに困った。

熱して熱くなった石網に油を塗りジュエリーボアの肉を置く。ジュエリーボアの肉はその名の通り宝石のような輝きを放ちながら熱くなった石網の上でジュージューと美味しそうな音を立てて焼けていった。肉が人数分焼け子供たちに食べるように勧めるがニナ以外はギュッと拳を握ると目をつぶってしまい、何故か食べようとしなかった。

「どうした? もう焼けたから食べられるぞ?」

「俺たちが先に食べていいのか?」

「ははは、気にしなくっていいよ。うちの食卓は戦場だから早い者勝ちなんだ。ニナを見てみろ!」

俺に促されたポックル達は一人で肉とパンをかきこみ、食べた物がつっかえた胸を拳でトントンと叩きながら水で豪快に流し込むと、更にまた肉をかきこむニナを唖然と見つめていた。

「すっげぇ・・・・」

テトラがニナの喰いっぷりに脱帽しているとニナが口をもぐもぐさせながらポックル達を煽るように言う。

「お肉食べませんですか? だったら私が代わりに食べてあげますですからポックル君たちはお野菜を食べる係になるといいのですよ」

「「「 なっ!? 」」」

ニナには遠慮して食べないポックル達を煽るつもりなど毛頭なく、純粋に彼らが肉を食べないならその分は自分が食べてあげようと思ったようだ。だが、これがポックルたちの食欲に火をつけた。

ポックルにテトラやカイル、そしてミーアまでもが石網の上で焼かれた肉を手で掴みバクバクと口に運ぶ。エゼルバラルで育ったニナと違い、彼らにフォークやスプーンといった食器を使う習慣がないためポックル達の食事は全て手づかみなのだ。

「あちち」「あっちぃ」「アツッ!!!」

4人はそれぞれ石網の上の肉を掴む際、どうしても石網に触れてしまうらしく食欲と高熱のあいだで戦っていた。手を焼けどしながらもニナに負けじと食べ続けるポックルたちに俺とライラは苦笑する。


「・・・・冒険者の前に、まずは食事の仕方から教えねばならぬようだなマスター殿」

「たしかに・・・・」


それに焼肉にはきざみニンニクを入れたポン酢が合う事も教えてやらねばならない。焼肉×ニンニクポン酢という黄金の組み合わせに気づいている者など日本でもそうはいないだろう。

欲を言えば〇屋のきざみニンニクをポン酢に入れるのがベストだが、異世界で贅沢は言えない。


俺はそんな事を考えながら、焼肉は子供たちが食べ終わったら残りを食べればいいと思い席を立つとカウンターの中へ入りエスプレッソを作る。そして、一人カウンターの中から友達同士で楽しそうに焼肉を食べているニナ達をエスプレッソを啜りながら眺めていた。
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