異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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お客様は冒険者様です

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「マスター殿、パンケエキとやらのおかわりを頼む! さっきと同じ『ちよこれいとけいき』というやつも一緒にだ、大至急!!」

「いや、うちはケーキ屋でもなければ私はパティシエでもないんですがね・・・」

「『ぱてしえ』というのが何かはわからぬがあのケエキとやらは実に美味かった。私はケエキとやらが気に入ったぞ!!」

「まぁ私も甘いものは好きだから美味いのはわかりますが、ここはコーヒーがメインなんですがね・・・・」

「ふむ、あの黒い・苦い・飲みにくいといった怪しい飲み物か・・・・私はアレよりケエキと一緒に飲むのであればこのほうじ茶なるものや紅茶の方が好きだ。こうひぃとやらは口に合わぬ」


 このコーヒーを売りにしている(つもりの)俺の店にやって来て悪びれる事もなくコーヒーを飲みにくい怪しい飲み物と言ってのけた挙句ケーキを夢中で食べているこの見目麗しい金髪の女性はライラという名前の女冒険者のようだ。

スラッとしたモデルの様な見た目とは裏腹に食べ方は荒くれ者の男のように豪快で出されたパンケーキやチョコレートケーキ、そしてコーヒーをペロッと平らげてしまった。

そのうえコーヒーは不味いから他の飲み物をくれなどと俺に言うので、店を始めたら来た客全員に無料で提供するつもりだったほうじ茶を出すともの凄く気に入ってくれたようだ。俺が出したケーキやお茶を美味いと言ってくれるのは嬉しいが・・・・買い置きしておいただけのほうじ茶を美味いと言われるのは複雑な気持ちだった。

「ライラさん、お仕事の方はいいのですか?」

「ああ仕事か。仕事なら今日の分の依頼は片付けてしまったぞ! この通りだ!!」
 
そう言うとライラは座っているカウンター席の横に置いてある大きな袋を開き俺に中を見せた。中には見慣れない黒い石のようなものや角のようなもの、そして血の付いた耳のような物やふさふさした尻尾のようなものまで入っていた。

「うわっ!! なんですかコレ!? 耳に・・・尻尾? それに爪やら角のようなものまで・・・・」

「ん? 何を言っているのだ? 冒険者が討伐した魔物の素材を持ち帰るのは当たり前であろう? これは今日討伐した魔物の一部を切り取ったものだ」

「はぁ・・・・そういうもんなんですか・・・?」

「うむ、そういうもんだ。マスター殿も冒険者になってみる気はないか? 私がイチから鍛えてやってもいいぞ?」

「いやぁ、遠慮しておきます。私は喫茶店を開くのが子供の頃からの夢でしたので」

「ふむ、そうか。まぁゴブリン相手にあのザマでは一流冒険者になるにはちと厳しいな。だが気が変わったらいつでも言うがよい!」

「いやぁ、その節はどうも・・・・」

「そんなことよりマスター殿、パンケエキたちはまだか!? ついでにほうじ茶もセットとやらで頼む!!」

「かしこまりました!!」

このライラという女冒険者との出会いは今から少し前に遡る。この無礼だが美人な女冒険者に俺は命を救われたのだ。
             

 俺は朝食を食べ終わるとニナに町までの案内を頼み今日中にこの山を下りる事を決意した。スキルがあるため食う事には困らないが、いつまでもこんな山の中にいては店も営業できない。そして何よりも家の外に魔物がうようよと徘徊しているなんて物騒な所は1秒でも早く抜け出したい。

俺は下山するにあたって何もないよりはマシだろうと思い護身用に外で拾った木の棒を持っていく。もちろんスキルで何か護身用になるものが出ればと思い試してはみたが、何も出てくることはなかった。

護身用の武器は俺の身を守る、つまり店の運営に必要な物だろうがと内心腹を立てながらも、このスキルに対して俺の考察は間違っていたことがわかった。店に必要であれば何でもかんでも出てくるわけではなさそうだ。

俺は家の店の玄関の窓から外を覗き魔物の気配がない事を確認すると、ニナを店の中に一旦残し一人で外に出た。

外に出ると、もう一度周りを見渡し魔物がいない事を確認すると店の中で安全が確認できるまで待機しているようにと命じて待たせていたニナを呼ぶ。外に出て来たニナには俺の後ろを歩かせながら町へのナビを頼み2人で慎重に歩き始める。

それからどれくらい歩いただろう。町はまだ見えなかったが鬱蒼と生えていた木々がしだいに少なくなっていき昼間でもあまり太陽の光が射さず少し薄暗かった山道に太陽の光が届くようになっていた。

俺とニナは道が太陽の光で明るくなったこともあってかすっかり緊張もとれており、俺にいたっては鼻歌を歌っていたくらいだ。

  ―――――今になって思えばあれは完全に油断だった。

そんな俺たちをいつから狙っていたのか突然数匹の緑色をした小人のような者たちにとり囲まれてしまっていた。

「うおっ!! 何だコイツら!?」

俺たちをとり囲んでいた連中が人の形をしていたこともあって獣人のような種族なのかという淡い希望を持ったがそんなものは俺の後ろでガタガタと震えているニナを見てすぐに吹き飛んだ。

「ごぶりんさんの群れだよです・・・ごぶりんさんは私達人種の敵、魔物なんだよです」

相変わらずおかしな言葉を使うニナだったが今はそれをツッコむよりやらなければならないことがある。

     「スキル【 茶房 】!!!!」

俺は慌ててスキルを発動すると俺の背に隠れていたニナに店の中へと入るように言う。ニナは震えながらも目の前に現れた建物に駆け寄りドアノブに手をかけ開けようとしたがニナの手は何かに遮られるようにドアノブから手が弾かれてしまった。

「キャッ!」

「どうした!?」

「お家に入れないよ・・・・です」

「くそ、どうなってんだよ、あのジジイ!!」

こんなことならもっとスキルについて調べておけばよかった。だが今はそんなことも言ってられないと俺は右手に持っていた木の棒を両手で持ちゴブリンたちに向けてかまえると先手必勝とばかりにゴブリンたちに向かっていった。

ゴブリンたち単体はそれほど強くなく戦闘経験どころか殴り合いの喧嘩すらしたことがない俺でも数匹を殺す・・・・まではいかずとも気絶させることくらいまではできた。

だが姿を隠していたゴブリンに左肩を矢で射抜かれてしまい俺はケガをしてしまった。

「ますたぁ! ますたぁ!! 血が出てるよ、嫌だよ、ますたぁ!!!」

怯えているのか俺を心配してくれているのかはわからないが、ニナが発する言葉からはすっかりあの変な敬語が消えている。

肩を射抜かれるという今まで経験したことがない痛みををグッと堪え、俺は右手にもった木の棒をゴブリンたちに向け思いっきり投げつけると出血している左肩を右手で押さえながらニナが立っている俺の店の扉の前まで急いで駆け寄った。

扉を開けようとしたニナの手が弾かれたのは恐らく扉を開けようとしたのがこの店の主である俺の手ではなかったからだろう。おそらく、店内に俺がいないと外からは店の主である俺以外には開けられないとかそんな理由だ。

元の世界で見たゾンビ映画なんかでも安全地帯と思っていた場所に鍵がかかっていてゾンビに追われている主人公たちが恐怖を感じパニックを起こす、なんてシーンを見たことがあったが今まさにそれだ。

扉を開けさせようとしたニナには余計に怖い思いをさせてしまった事だろう、申し訳ない。


バンッ!!!!!

俺が扉のドアノブを捻り力いっぱい扉を開けると扉は勢いよく開いた。やはり店内に俺がいない時はこの店の扉は俺以外には開けられないようだ。

「さぁ、早く店の中に入って!!」

俺はニナを押し込むように店の中へと入れそれに続き俺も入ろうとしたのだが、背後に迫っていた一匹のゴブリンに気づかず俺は背中を太い木の棒のようなもので殴られて扉の前で地面に膝をつきそして倒れてしまった。

  ―――――やっぱり異世界なんてロクでもない所だったな。

俺は倒れたまま右手を目の前の開いている店の扉へと伸ばしギリギリ扉に届いた人差し指と中指にありったけの力を込めて扉を閉めることに成功した。

     ・・・・・ガチャ。

扉に鍵がかかる音が聞こえる。店の玄関の窓からは大粒の涙を流しながら何かを叫び窓を叩いているニナの姿が見えた。

   ―――――そんなに叩くと窓が壊れちまう。修理代高いんだぞ・・・・。

倒れながらも窓の修理代のことを考えている俺の周りを数匹のゴブリンが囲んでいた。どうやらさっき俺が殴り倒した数匹意外にも隠れていたゴブリンが出て来たようだ。ゴブリンたちは倒れている俺を見ながらニヤニヤと不快で薄気味悪い笑みを浮かべている。

このゴブリンという魔物、よく見ると中学時代に俺を目に敵にしていた西田という学年主任の教師に似ている事もあり余計に腹が立ったが、俺にはもう立ち上がって反撃する気力もなくなってしまっていた。


    ――――――ここまでか。


俺は観念して目を閉じる。だが、いつまでたっても次の攻撃が来なかった。観念した俺を眺めて楽しんでいるのだろうかとも思ったが違ったようだ。目を瞑っていた俺の耳に「ギギィ」とか「ギャギャッ」とか「ギィィィ」といった西田・・・・いや、ゴブリンの悲鳴のようなものが聞こえてきた。

  ―――――新手の魔物だろうか?まぁ、もうどうでもいいか・・・・。

俺はそのまま目を瞑って自分の最後を待っていると「おいっ!」という女の声が聞こえてきた。ニナの声ではない。ニナよりもっと大人びた声だ。

「おい、そこで倒れている奴!! まだ息はあるのか!?」

俺が恐る恐るそっと目を開けると、そこには剣を持った女が立っていた。女は頭にターバンのようなものをかぶり背中にはマントを羽織っていてまるで漫画やゲームなんかに出てくる旅人のような格好をしていた。

「あれ・・・・? えっと・・・・ゴブリンたちは?」

「あぁ、それならこの通りだ!」

女は「ごらんあれ」といった感じに両手を広げ自分の足元に倒れているゴブリンたちを俺に見せた。どうやら俺はこの人に助けられたようだ。

「ところで君はこんなところで何をやっているのだ? その建物は一体・・・・?」

女は俺が出した見慣れない建物を警戒し腰の鞘にしまった剣の柄に再び手を当てた。ギリギリ助かったのに今度はこの女に斬られて殺されてはたまったものではないと思い俺はゴブリンに背中を殴られてまだ痛む体を無理矢理起こし慌てて女剣士に事情を説明する。

「ほう、では君はこの家でそのキッサテンなるものをやっているのか。私もちょうど腹が減っていたので何か食べるものを貰おう。もちろんお代はちゃんと払うぞ」

「わかりました。まだ店として営業すらできてませんでしたが歓迎します。うちのコーヒーは絶品ですよ!!」

「そうか、私は茶菓子には疎くてな、その『こおひぃ』とやらも初めて聞くがどんなものか楽しみだ」


これが後に俺の店の常連となる冒険者、剣士ライラとの最初の出会いとなったのである。
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