異世界喫茶『甘味屋』の日常

癸卯紡

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突然の異世界

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 気がついたら見た事もない場所に俺は立っていた。辺りは木々に囲まれ目の前には小さいがとても綺麗な川が流れ、見た事もない小動物たちがその川で水を飲んでいるのが目に入って来た。

まぁ動物には詳しいわけではないから目の前で川の水を飲んでいるのが何なのか俺にはわからないが、ここが家の近所でないことだけはわかった。

  ――――――昨日はたしかに酔っていたが家には帰ったはず。

 俺は必死に昨夜の自分の行動を思い出そうとするが会社の同僚たちと飲み歩いていたところまでは思い出せるのだがそこから先がどうしても思い出せない。

昨夜は長年の夢だった喫茶店を開くという一大決心をして会社を辞めた俺を励ます会と称し同僚たちが飲み会を開いてくれたのだ。

『励ます会』などといえば聞こえはいいが、幹事をはじめ飲み会に出席した奴らは主役であるはずの俺を差し置いて勝手に盛り上がり楽しんでいた。

と、まぁここまでは思い出せるのだがその後どうやって家に帰ったのかが全く思い出せない。それどころか何やら見ず知らずのおかしなジイさんと談笑していた記憶が甦って来た。

そのジイさんは自分の事を神様と名乗り死んでしまった俺の魂を異世界へと送るとか言っていた。
ジイさん曰く、自分が担当している世界の人口が急激に減ってしまった事で人を補充しなければならないらしく、もう何人も天寿を全うした人間を地球から転移させているんだと言っていた。

もちろんそんな話を鵜呑みにするほど俺の頭の中はお花畑じゃない。その時の俺は酔っぱらっていたせいもあってか、寂しい老人の話し相手になってやろうと半ばボランティアでもしているような気分でジイさんの話を聞いていたのだ。

そもそもあのジイさんとはどこで出会ったのか、そしてジイさんの話を聞いていたあの場所はどこだったのか、いろいろと細かい事が気にはなるが、今見ず知らずの場所に放り出された現状を顧みるに耄碌ジイさんの与太話と思い聞かされていた事は全て本当のことで、どうやら俺はあのジイさんが管理しているらしいここ異世界に飛ばされてしまったようだ。

あのジイさんの言葉を信じるのであれば、ジイさんはたしかに『天寿を全うした人間』をジイさんが管理する世界に送っていると言っていた。ということは、元の世界での俺はすでに・・・・。

「ごめんな、父ちゃん母ちゃん・・・・」

田舎の両親から親より先に死ぬこと以上の親不孝はないと昔言われたことを思い出し自分が置かれた現状と相まって涙が堪えきれず一人泣いていると、いつの間にか3匹の狼が俺を囲んでいる事に気づく。

「な、なんだお前たちは!?」

現状を嘆くことも許してくれない狼たちに俺は少し腹が立ち、俺は近くにあった石を拾うと「あっちへ行け」とばかりに狼たちへと投げつけた。

以前、熊などに襲われた時は相手に背を向けて逃げるというのが一番やったらダメなことだとテレビで言っているのを見たことがあったため熊よりも大分小さいこのくらいの狼なら逃げるより威嚇すればむこうから去ってくれると思ったのだが・・・・その考えはどうやら甘かったようだ。

3匹の狼たちは俺を目掛け口を大きく開けながら飛び掛かって来た。口にはひと噛みで人間の体など食いちぎってしまうのではないかと思うくらい鋭い牙が光っている。俺は近くに落ちていた木の枝を拾い大きく開けて突進してくる狼の口めがけ木の枝を力の限り横薙ぎに振った。

木の枝で狼の口を封じようと考えたのだが、俺が力いっぱい振った木の枝は狼の目に当たりキャンキャンと情けない声をあげながら後ろで待機している仲間のもとへと慌てて戻って行った。

「ハァハァ・・・・痛かっただろ!? 今日はこれくらいで勘弁してやるからどっか行け!!」

木の枝を両手で握り、昔テレビで見た時代劇の侍をイメージしながら木っ先を狼の方へと向けてかまえると俺は人間の言葉など理解できるはずもない狼相手に強い口調で必死に強がり威嚇した。

  ――――――3匹でかかって来られたら完全に詰む。

強がりながらもそんな考えが狼たちに読まれたのか、狼たちは3匹で一斉に俺へと襲いかかって来た。子供の頃から運動がそれほど得意ではない俺が全速力で逃げた所で結果はわかっているが逃げる以外の選択肢がない以上俺にできることは逃げる事だけだ。

俺はテレビの忠告などすっかり無視して狼たちに背を向ると全速力で逃げ出す。狼たちもさっきの一撃がよほど頭にきたのかガウガウと更にいきり立って追ってくる。

軽い気持ちで寂しい老人の話し相手などするものじゃないなと俺はあの時のことをオオカミたちから逃げながら後悔する。
と同時にジイさんが言っていたスキルというものの事を思い出した。


「すきる?」

「あぁそうじゃ! お主がワシの世界に来てくれるというならワシから一つスキルをお主に与えよう」

そう言うとジイさんはどこからか取り出した杖を俺に向け「それぃ!」という掛け声とともに振った。杖からは一瞬キラキラとした星屑のようなものが出て俺に纏わりついたがすぐに消えてしまった。

「なんだいこれ?」

俺が一瞬出たキラキラが纏わりついた自分の体を摩りながらジイさんに聞くとジイさんは笑顔で答える。

「ワシの世界に来たら使ってみるとよい。なぁに使い方は簡単じゃ、【スキル発動】と唱えれば今お主が一番望む力が得られるじゃろう」

その時は自分の与太話を信じさせるためとはいえ手が込んだジイさんだな、くらいにしか思わなかったのだが今になってアレがそんなものではないことだとわかる。どうせここでこのワン公共に噛み殺されるくらいならなんでもやってやる。

俺は逃げるのを止め追いかけてくる狼たちの方を向くと掌を狼たちに向けジイさんに言われた通りに唱える。

「 【 スキル発動 】!!!!! 」

ドーンという大きな音とともに砂煙をあげ俺と狼たちを遮るように現れたのは、どこか見覚えのあるような建物で入口の看板には『茶房』とだけ書いてあった。
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