虎造さんと最期の夏休み

おかゆ

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8月2日 AM3:00

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「ここ、上げるとシャワー出るんで。このボトルは、ここ押すと出るんでこう、手を添えて出して貰って、この体洗うやつ、泡立てて使ってください。」

素っ裸になって椅子に座る虎造とらぞうさんの隣で一通り説明して、まなぶは、風呂場を出ようとした。

「はあ。君の家は随分と裕福なんだな...かなり位の高い軍人の家系か何か?...こんなドロっとした良い香りの石鹸は見た事が無い...」

「うーん、なんて説明すれば良いのか...風呂はいって飯食ったら色々情報を整理しましょう」

「ありがとうございます」

虎造とらぞうさんは丁寧に頭を下げて、湯船のお湯を桶で掬って体を流す。
どうやらシャワーを使う気は無さそうだった。





風呂に入って綺麗になった虎造とらぞうさんは、タオルで頭をゴシゴシしながらダイニングにやって来た。

「あ、しまった。ドライヤーの説明をしないと」
当たり前の事過ぎて、抜けていた。
洗面所からドライヤーを持ってきて、虎造とらぞうさんをダイニングチェアに座らせる。

大きな音出ますけど大丈夫だからね、と前置きして、ドライヤーのスイッチを入れた。

髪が短いのですぐに乾く。
虎造とらぞうさんは、ずっと緊張しているみたいだった。

「よし!乾いたんで飯にしましょ、なんか和食の方がいいかなと思ったんで...ご飯と味噌汁...ま、インスタントだけど。鮭としめじとブロッコリーレンジでチンしてバター醤油で味付けしたやつ、あと納豆と、味付け海苔と生卵...」

なんだかホテルのモーニングみたいな感じになってしまったなと、まなぶは少し笑った。
ふと、虎造とらぞうさんを見ると、彼は静かに泣いていた。

「あなたは命の恩人だ。ありがとう。いただきます」

「いえ、そんな」

虎造とらぞうさんは、丁寧に手を合わせて頭を下げる。
今どきこんな丁寧に、いただきますしてる人あんま見ないなと思った。

彼はその後も、ずっと泣きながら食べていた。





食べ終えたので、食器を洗おうとすると、わしがやりますと、虎造とらぞうさんが代わってくれた。
お願いして、虎造さんの洗濯物を回そうかと思ったが、そういえば今が深夜だったのを思い出して辞めた。

再び虎造とらぞうさんの隣に戻る。
食器を洗い終えた虎造とらぞうさんに、リビングのソファーに座るように伝えた。

「何から話せば良いのかなぁ~これは俺の勝手な憶測なんですけど...あ、虎造さんは、どこまで覚えてるんです?サイパンとか言ってましたよね?」

「サイパン島に、到着して約1週間...気づいたら、ここに居た」

「ほぉーっ...サイパンってどこだっけ?アメリカの辺りか?」

まなぶは、スマホで地図を確認する。もっと遠いと思っていたが意外に日本とオーストラリアの間にあって近い。

サイパンってよく聞くよなーやっぱ殆ど死んじゃったのかな...

戦死。逝年21才の文字が頭に浮かんだ。

「すんません、俺、戦争とか全然詳しくなくて...単刀直入に言いますね、ここはあなたにとっての未来の日本です。今、西暦2023年」

虎造とらぞうさんは、表情を変えなかった。驚きすぎで、そうなったのかもしれないが、とにかく静かだった。

長い沈黙の後、絞り出すような声で質問をされる。

「...戦争は...終わりましたか?」

「終わりました...何年に終わったっけ...えーと、...(検索中)...ちょっと分かんないですけど」

まなぶは自信がなかったので答えながらスマホですぐに調べた。
サイパン戦の翌年に終戦している。

こういう事は本人には伝えない方が良いだろうか。
日本が負けたと知ったら、自決してしまうんじゃないかとまなぶは心配になったのではっきりと伝えなかった。

「...そうですか。てっきり死んであの世に来たのかと思っていました」

虎造とらぞうさんは小さく溜息をつく。

まなぶは、ペットボトルのお茶をコップに注いで虎造とらぞうさんに渡した。

虎造とらぞうさんは、ちびちびとお茶を飲んでずっと黙っている。

その横顔を見ながら、この人絶対モテただろうなとか、どーでも良い事をまなぶは考えていた。

アイドルグループとかに居そう。
母の家系は皆、二重で目がぱっちりしている。

なんで俺こっちの血寄りの顔じゃないんだろ。
男なのに母には似ておらず、どちらかと言えば父親似だった。
妹は母親似なんだよなぁ~

そんな事をごちゃごちゃ考えているまなぶに、虎造とらぞうさんは真剣な声で聞いてきた。

「君はなぜ、わしの名前を知っていたのですか?」

「あーっ...今日ちょうど、実家に行った時に母と話してて...あなたの話が出たんです、遠い親戚で、サイパンに行ってたご先祖さまが居るって...」

墓石で知ったと伝えれば、墓に行きたがるかもしれない。
死んだ年齢も分かってしまう。

どこまで伝えれば良いのか...
そもそも、この人は本当にここに存在しているのだろうか?
1度俺以外の誰かに見えるのか確認して貰わねば。

「という事は、君はわしのひ孫?」
「うーん...ひいおばあちゃんの名前...覚えてないなぁ...なんだっけ...ひ孫じゃないけど、それぐらい離れてる親戚です」

「そうか、もしかするとわしは君の曾祖母の兄弟...兄も弟達も出発前には亡くなったから...妹のふじか、きぬのひ孫か?」

「あー!ひいおばあちゃんの名前、ふじだ。ふじさんだったと思います」

そうか、と虎造さんはこの時初めて微笑んだ。
そして謎に、小さい頃に会った訳でもないのに大きくなって、と呟き、頭を撫でられる。

「いやいや、年下ですけど、今は同い年ですから辞めてくださいよ~」
ちょっと照れてまなぶは、虎造とらぞうさんの手から逃れる。

「うん?今幾つだ、君は」
「今21です」

「ああ、本当だ。わしも今21だ。幼く見えるな君は」

まなぶは、年齢を聞いてもいないのに言い当ててしまった。
失敗した、と思う。
なぜ21歳だと分かったのだろうと不思議に思われただろうか。
享年が書いてあったから、なんて言えない。

幸いその点について、虎造とらぞうさんに聞かれることはなかった。
自分の妹のふじさんのひ孫、という事がとても嬉しかったようで、そこからかなり、まなぶの事を年下として見るようになっている。
敬語も無くなり、喋り方が柔らい。

まなぶくん、寝ないのか。今は学校に行っているのか?それとも仕事?」

お茶を飲み終えてコップをまた洗ってくれながら虎造とらぞうさんは、まなぶに声を掛ける。

「大学。今、夏休み中だから全然大丈夫。頭冴えてて眠れないわー」

「大学かぁ。立派なもんだ」と、そんな事でも褒めてくれる。
昔の大学生と今の大学生の意味や価値は違うかもしれない。

虎造とらぞうさんは寝ていいよ。ベッド使って、俺ソファーでゲームしてゴロゴロするし」

そう伝えると、虎造とらぞうさんは、ダメだ、と言った。
風呂や食事を頂いてまだ恩も返してないのにこんな良い布団で寝られない。
との事だった。

何度説得しても床で寝ると言い出すので、まなぶが折れた。

「もぉ~!分かった!じゃあベッドで一緒に寝よう、セミダブルだから男二人でもいけるでしょ」

時刻はAM4:00
外は少し明るくなって来ていた。

隣に居る虎造さんが、フッと消えてしまわないか心配だったが、彼は疲れ果てていたらしく、ベッドに入ってすぐ、すやすやと寝息を立てていた。

その規則正しい呼吸を聞いているうちに、まなぶもいつの間にか眠りについた。




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