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8月1日 AM10:00
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大学の夏休み初日。
もう就職先が決まった大学4年生の馬淵 学は、夏休み中に数日、就職先にアルバイトに行く以外は用事を入れずにゆっくりする予定だった。
大学1年生から続けていた、飲食店のバイトは就職活動が始まった3年生の時に辞めてしまったので、とりあえず時間を持て余している。
課題もない、余裕のある、素敵な夏休みのスタートは、母方の曾祖母のお墓参りに行くというミッションから始まった。
暑い。
蝉がうるさい。
蚊もめっちゃ飛んでる。
帰りたい。
母と一緒に駐車場からとぼとぼと墓地に入り、バケツに水を入れ、かなり奥まったところにある古い墓石の前に到着する。
花を新聞紙から取り出して、線香を取り出す母。
学は、バケツから水を掬って正面の窪みと花を挿す部分に新しい水を入れた。
「俺初めて来たよね?ここ」
そう聞くと母は笑った。
「1回だけ年長さんの時に来たけど覚えてないよね、そりゃ」
「全然」
線香に火をつけて、2人で手を合わせる。
学は、ちょっとだけ、ここに眠る母のお母さんのお母さん。
つまり、ひいおばあちゃんの記憶がある。
一緒に写っている写真も何枚か見た事がある。
その、ひいおばあちゃんの顔を思い出しながら、就職先が無事決まった事を心の中で報告した。
ふと、墓石に目をやると右側の側面に文字が彫ってある。
正面の文字と違って小さく、少し掠れて読みにくかったが、こう書いてあった。
『外浦 虎造 《そとうら とらぞう》南方にて戦死 逝年21才』
学は、21才、戦死という文字にドキッとした。
同い年の遠いご先祖さまが、外国で戦死したという事だと思う。
母に、この虎造という人について知っているか尋ねると、初めて見たと言った。
母の母、つまりおばあちゃんに聞けば何か知っているかも知れないが、祖母は半年前に『認知症』になって入院してしまった。
先日もリハビリを見に行ったが、俺が行っても誰だか分からないようだった。
この虎造さんという見たことも聞いたことも無いご先祖さまを想う。
死にたくねぇよ、まだ若いのに、やりたい事沢山あっただろうなぁ...
俺、最近だらけてたから反省だわ~
ちゃんと毎日生きなきゃな~
*
実家で夕飯を食べて、自分のアパートに帰った頃には「虎造さん」の事などすっかり忘れていた。
スマホゲームをして夜更かしした深夜2時。
そろそろ寝ようと布団に潜り込んだ時に頭の上から声がした。
「あの、ここはどこですか?」
学は、ゾッとした。
人の声がする訳がない。
若い男の声だった。
今日墓場なんか行ったから連れてきてしまったんだろうか...
こんな事なら実家に泊まるんだった。
声のした方向を見る事が出来ず、学は目を閉じる。
気のせいだ。
幻聴だ。
万が一、幽霊の場合は、大体無視しておけば消えるはず。
テレビで見た。
無視だ。無視が1番。
「すみません、聞こえますか?もしもし、君」
めっちゃ揺すられて思わず目を開ける。
幽霊って生きてる人間こんなガッツリ触れるのかよ!?
半透明でスカッと空振りして通り抜けろよ!
目の前にはいわゆる、兵隊さんの格好をした短髪の青年がいて、学の肩に手を置いていた。
あー...お化けじゃん。
怖っ...てか誰!?
いやいや待て、夢か。
夢だわ。寝ぼけてるんだわ。
虎造さんのこと考えちゃったから夢に出てきてるんだわ~
あーあるある、その日の出来事に近い事がその夜の夢にも出てくるアレだわ。
「なぜ返事をしてくれない。君は日本人?違うのか?...待てよ...儂は確かサイパンに...」
薄暗くて表情はしっかりと見えては居ないが、虎造さんの手が震えていた。
いや、虎造さんじゃないかも知れないけど。
でももし、この人が虎造さんで、成仏できずにさ迷っているなら、ちゃんとお墓まで送っていくか、お坊さんにお経を上げてもらって供養してあげないと。
俺のご先祖さまなんだから。
「あのー...違ったらアレなんスけど...あなた虎造さん...?」
「ああ!!良かった日本人だ!」
学は部屋の電気を枕の下のリモコンを操作して点けた。
突然明るくなったので、虎造さん(たぶん)が、驚いて天井を見た。
電気をつけたらお化けは消えるんじゃないかと淡い期待をしていたものの、よりそれは鮮明に目の前に存在していた。
所謂、イケメンと言われる類の随分顔が整った兵隊さんがそこには居た。
よくドラマとか映画で見るカーキ色の服を着て、足に包帯みたいなのを巻いていて、なんと、今気づいたが、土足だこの人。
靴に付いていた泥が落ちたのか、フローリングに土がポロポロと落ちていた。
何日か風呂に入っていない人の頭皮の臭い。
汗と血みたいな臭いもする。
その人は、そこに確かに存在していた。
「ヤバ...本物じゃん」
思わず学は呟いた。
幽霊ではない。
存在している。
「儂を知っているという事は、ここは家の近くですか?外浦 虎造ですが...君は?」
「あーえーっと...馬淵 学です」
「学くん、ここは今橋町?」
「違います...北大池町」
「うん?聞いた事ない地名だ。愛知県今橋市では無いのか?」
「今橋市です」
「.........」
虎造そんは何やら考え込んでいる様子で、無言になった。
学も、どうすれば良いか考える。
幽霊ではなさそうだ。
だって触れるし、会話ができる。
声も口から出しているし、呼吸をしているようだ。
母に相談してみようか...?
墓参りした時に墓石に名前か彫ってあった虎造さんが今家に居るって?
あんた大丈夫?
病院行った方がいいんじゃない?と、ガチで青ざめて心配する母親の顔が目に浮かぶ。
とりあえず、落ち着こう。
夜が開けたら消えてるかもしれないし。
ぐぐぅ~っ
と大きな腹の鳴る音が部屋に響く。
虎造さんは腹を擦りながら、申し訳なさそうに呟いた。
「後で...お礼しますから...何か食い物はありませんか?3日まともに食べてなくて...」
3日...!?
あーもう、ご先祖さまは大変だったんだな。
毎日3食食える俺はなんて恵まれてるんだ。
まじ戦争ろくなもんじゃねえ。
「あ、飯、用意しますんで。先、風呂入って着替えてください...その...土、めっちゃ落ちてるし...」
虎造さんは、ようやく自分がかなり汚れた状態で土足で家の中に居ることに気づいた様子だった。
とりあえず、コップ1杯の水を飲んでもらい、母から貰ったクッキーがあったので食べてもらう。
そして風呂場へ行って、洗濯物は洗濯機の中へ入れるように伝え、タオルを出して、シャンプーとトリートメントと、ボディソープの説明と、予備のスエット上下を着るように伝えた。
「これは、どう使うのですか?」
と、シャンプーボトルを振り始めた。
え、液体石鹸とかって無い時代なのか?
「蛇口は...どこに?」
学は、これは1人では入れないと判断した。
自分はいつもシャワーだけなので湯船は空だが、せっかくご先祖さまが、こうして大変な戦争の時代から現れた訳だから、丁重に饗さなければ。
「お湯はりますんで、もうちょい待ってください。全部説明しますんで」
こうして、学と、虎造さんの夏休みが始まったのであった。
もう就職先が決まった大学4年生の馬淵 学は、夏休み中に数日、就職先にアルバイトに行く以外は用事を入れずにゆっくりする予定だった。
大学1年生から続けていた、飲食店のバイトは就職活動が始まった3年生の時に辞めてしまったので、とりあえず時間を持て余している。
課題もない、余裕のある、素敵な夏休みのスタートは、母方の曾祖母のお墓参りに行くというミッションから始まった。
暑い。
蝉がうるさい。
蚊もめっちゃ飛んでる。
帰りたい。
母と一緒に駐車場からとぼとぼと墓地に入り、バケツに水を入れ、かなり奥まったところにある古い墓石の前に到着する。
花を新聞紙から取り出して、線香を取り出す母。
学は、バケツから水を掬って正面の窪みと花を挿す部分に新しい水を入れた。
「俺初めて来たよね?ここ」
そう聞くと母は笑った。
「1回だけ年長さんの時に来たけど覚えてないよね、そりゃ」
「全然」
線香に火をつけて、2人で手を合わせる。
学は、ちょっとだけ、ここに眠る母のお母さんのお母さん。
つまり、ひいおばあちゃんの記憶がある。
一緒に写っている写真も何枚か見た事がある。
その、ひいおばあちゃんの顔を思い出しながら、就職先が無事決まった事を心の中で報告した。
ふと、墓石に目をやると右側の側面に文字が彫ってある。
正面の文字と違って小さく、少し掠れて読みにくかったが、こう書いてあった。
『外浦 虎造 《そとうら とらぞう》南方にて戦死 逝年21才』
学は、21才、戦死という文字にドキッとした。
同い年の遠いご先祖さまが、外国で戦死したという事だと思う。
母に、この虎造という人について知っているか尋ねると、初めて見たと言った。
母の母、つまりおばあちゃんに聞けば何か知っているかも知れないが、祖母は半年前に『認知症』になって入院してしまった。
先日もリハビリを見に行ったが、俺が行っても誰だか分からないようだった。
この虎造さんという見たことも聞いたことも無いご先祖さまを想う。
死にたくねぇよ、まだ若いのに、やりたい事沢山あっただろうなぁ...
俺、最近だらけてたから反省だわ~
ちゃんと毎日生きなきゃな~
*
実家で夕飯を食べて、自分のアパートに帰った頃には「虎造さん」の事などすっかり忘れていた。
スマホゲームをして夜更かしした深夜2時。
そろそろ寝ようと布団に潜り込んだ時に頭の上から声がした。
「あの、ここはどこですか?」
学は、ゾッとした。
人の声がする訳がない。
若い男の声だった。
今日墓場なんか行ったから連れてきてしまったんだろうか...
こんな事なら実家に泊まるんだった。
声のした方向を見る事が出来ず、学は目を閉じる。
気のせいだ。
幻聴だ。
万が一、幽霊の場合は、大体無視しておけば消えるはず。
テレビで見た。
無視だ。無視が1番。
「すみません、聞こえますか?もしもし、君」
めっちゃ揺すられて思わず目を開ける。
幽霊って生きてる人間こんなガッツリ触れるのかよ!?
半透明でスカッと空振りして通り抜けろよ!
目の前にはいわゆる、兵隊さんの格好をした短髪の青年がいて、学の肩に手を置いていた。
あー...お化けじゃん。
怖っ...てか誰!?
いやいや待て、夢か。
夢だわ。寝ぼけてるんだわ。
虎造さんのこと考えちゃったから夢に出てきてるんだわ~
あーあるある、その日の出来事に近い事がその夜の夢にも出てくるアレだわ。
「なぜ返事をしてくれない。君は日本人?違うのか?...待てよ...儂は確かサイパンに...」
薄暗くて表情はしっかりと見えては居ないが、虎造さんの手が震えていた。
いや、虎造さんじゃないかも知れないけど。
でももし、この人が虎造さんで、成仏できずにさ迷っているなら、ちゃんとお墓まで送っていくか、お坊さんにお経を上げてもらって供養してあげないと。
俺のご先祖さまなんだから。
「あのー...違ったらアレなんスけど...あなた虎造さん...?」
「ああ!!良かった日本人だ!」
学は部屋の電気を枕の下のリモコンを操作して点けた。
突然明るくなったので、虎造さん(たぶん)が、驚いて天井を見た。
電気をつけたらお化けは消えるんじゃないかと淡い期待をしていたものの、よりそれは鮮明に目の前に存在していた。
所謂、イケメンと言われる類の随分顔が整った兵隊さんがそこには居た。
よくドラマとか映画で見るカーキ色の服を着て、足に包帯みたいなのを巻いていて、なんと、今気づいたが、土足だこの人。
靴に付いていた泥が落ちたのか、フローリングに土がポロポロと落ちていた。
何日か風呂に入っていない人の頭皮の臭い。
汗と血みたいな臭いもする。
その人は、そこに確かに存在していた。
「ヤバ...本物じゃん」
思わず学は呟いた。
幽霊ではない。
存在している。
「儂を知っているという事は、ここは家の近くですか?外浦 虎造ですが...君は?」
「あーえーっと...馬淵 学です」
「学くん、ここは今橋町?」
「違います...北大池町」
「うん?聞いた事ない地名だ。愛知県今橋市では無いのか?」
「今橋市です」
「.........」
虎造そんは何やら考え込んでいる様子で、無言になった。
学も、どうすれば良いか考える。
幽霊ではなさそうだ。
だって触れるし、会話ができる。
声も口から出しているし、呼吸をしているようだ。
母に相談してみようか...?
墓参りした時に墓石に名前か彫ってあった虎造さんが今家に居るって?
あんた大丈夫?
病院行った方がいいんじゃない?と、ガチで青ざめて心配する母親の顔が目に浮かぶ。
とりあえず、落ち着こう。
夜が開けたら消えてるかもしれないし。
ぐぐぅ~っ
と大きな腹の鳴る音が部屋に響く。
虎造さんは腹を擦りながら、申し訳なさそうに呟いた。
「後で...お礼しますから...何か食い物はありませんか?3日まともに食べてなくて...」
3日...!?
あーもう、ご先祖さまは大変だったんだな。
毎日3食食える俺はなんて恵まれてるんだ。
まじ戦争ろくなもんじゃねえ。
「あ、飯、用意しますんで。先、風呂入って着替えてください...その...土、めっちゃ落ちてるし...」
虎造さんは、ようやく自分がかなり汚れた状態で土足で家の中に居ることに気づいた様子だった。
とりあえず、コップ1杯の水を飲んでもらい、母から貰ったクッキーがあったので食べてもらう。
そして風呂場へ行って、洗濯物は洗濯機の中へ入れるように伝え、タオルを出して、シャンプーとトリートメントと、ボディソープの説明と、予備のスエット上下を着るように伝えた。
「これは、どう使うのですか?」
と、シャンプーボトルを振り始めた。
え、液体石鹸とかって無い時代なのか?
「蛇口は...どこに?」
学は、これは1人では入れないと判断した。
自分はいつもシャワーだけなので湯船は空だが、せっかくご先祖さまが、こうして大変な戦争の時代から現れた訳だから、丁重に饗さなければ。
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