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18.妊娠
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カルルテからベルムへの手紙①
私と貴方が初めて会ったのは城の図書館だったわね。
あの時の私は本当に人間の世界にうんざりしていて、真実を知りたくて魔王城まで1人で来たんだから。
若いって凄いわね。
あの時最初に会った魔族が貴方だったから私は今生きていて真実を追いかける事ができているの。
本当に感謝しているわ。
人間の寿命は魔族に比べたらとても短いけれど、私が生きている限り貴方に恩返しがしたいの。
だからどうか、ヴァシスとずっと幸せでいてね。
*
「カルルテ…今から話す事は誰にも言うな。墓場まで持って行ってくれ」
カルルテの「作業部屋」兼「医務室」を訪れたベルムは、突然椅子に腰かけてそう言った。
べルムの声のトーンがいつもより低く、それを聞いたカルルテは、背筋に悪寒が走り、全身がぶるっと震えてしまった。
「なに!怖い怖い…!やめてよ、貴方まさか!また何か変な事に首を突っ込んでいるのね!?」
後ずさったカルルテがガタンと机にお尻をぶつけたが、気にせずベルムは続けた。
「ヴァシスは悪魔との子どもを妊娠している、あと数週間で産まれるだろう。俺の子として育てる。絶対に俺と、お前と、黒い悪魔以外にバレないようにしなければいけない」
「…………。」
カルルテは目を見開いて硬直している。
当然の反応だ。
構わずべルムは続けた。
「悪魔の子どもは卵で産まれる。体外に排出後、すぐに殻を破るらしい。産まれてきて最初に見た生き物そっくりに変化して5年過ごし、5年で成熟して独り立ちする。だから卵が出てきたら、最初に見るのは俺の姿がいいと思う。虹色の髪は色々と狙われやすいからな…」
「待って、待ってって!!」
顔を自身の手で覆って、カルルテは震えながら叫んだ。
「なに?」
「なにじゃ無いわよ、どういう事!?なんで悪魔の子を妊娠して…ていうか男性で妊娠する訳ないでしょ、え、まさかヴァシスって体の機能は女性だったの?」
「ヴァシスは男性だ。性別問わず妊娠できる魔族も稀だが居るだろう、ヴァシスの父親はその性別問わず妊娠できる種族だ。まぁ悪魔なんだが…それで、ヴァシスの父親はヴァシスの悪魔だ。で、生まれてくる子どもの父親でもある」
「ちょ、ちょっ待って、貴方説明が下手すぎない!?言ってる事の半分も理解できないわ…!分かった、貴方もよく分からなくて適当に喋ってるんでしょ!」
そうカルルテに指さされ、べルムは口を尖らせ肩をすくめてボソボソと答える。
「……まぁ、混乱はしているけど…説明は一応できてるだろ?」
「…最初から丁寧に全部 順番通りに話して頂戴!」
そう言われてベルムは渋々、悪魔から聞いた全ての内容をカルルテへ伝え始めた。
長くなる。
でもきっととても分かりやすいだろう。
*
「カルルテ…居るか?」
ヴァシスが声をかけて部屋に入ると、カルルテはあからさまにビクッと驚いて椅子から跳ねた。
なんだ…?
「あ…あぁ…ヴァシス。ごめんなさい考え事をしてて…何かご用?」
いつも元気なカルルテの様子がおかしい。
目線が合わないし、動きがいつもよりワタワタしている。
「少し…体調が悪くて…回復魔法も使ってるんだが治らない。一度診てもらいたいと思って…でも忙しいならまた今度でも…」
そう言いかけたヴァシスの言葉に被せるようにカルルテは慌てた様子で口を開いた。
「いえ!全然忙しくないの、今から診れるから大丈夫よ、さ、ここ座って」
…?
その辺の木の椅子で問題ないのだが、わざわざ来客用のソファに座らされた。
いつもと違う雰囲気に、ヴァシスは戸惑う。
「何かあったのか?」
「え?いえ、何も」
明らかにおかしなカルルテが、ヴァシスの右膝に手を置き、しゃがみ込んだ。
「義足はどうかしら?まだ慣れない?」
「いや、それはだいぶ慣れたんだが…それとは関係なくフラフラするんだ。ずっと…貧血みたいな…眠いし…体がだるい」
それを聞いたカルルテが、「そうなの…」と小さく呟いた。
声が震えている。
ヴァシスの右膝に置いた彼女の手も、明らかに震えている。
「カルルテ…大丈夫か?体調が良くないのか」
ヴァシスにそう聞かれて、カルルテは顔を上げる。
酷い顔だった。青ざめていた。
「ご…ごめんなさい…私…」
両手で顔を覆って、カルルテは肩を震わせる。
やはりおかしい。
ヴァシスはカルルテの肩を抱き、自分の座っていたソファとは反対側のソファへ座らせた。
少しだけ、肩に手を当てて回復魔法を流すと、カルルテがまたビクッとなって顔をあげた。
「いいの、ヴァシス、回復魔法は要らないわ…!」
「でも…」と言って、さらに回復魔法を流そうとするヴァシスの両手を握りしめ、カルルテは首をブンブンと横に振った。
彼女は泣いていた。
首を振ったせいで、涙が飛び散る。
「ごめんなさい…本当に大丈夫なの。ちょっと自分が凄く嫌になる事があって落ち込んでて…はぁ…だから大丈夫、私より貴方の事を診なきゃ」
少し鼻を啜りながら、彼女は息継ぎをして、ゆっくり喋った。
ヴァシスはソファへ座り直し、カルルテは、デスクの上のトレイから、注射器を取り出した。「まだ…貧血気味なのかも。血液の検査をしてみましょう」とそう言った彼女は、もうかなり冷静さを取り戻したようだった。
血液を採取し、心臓の音を確認し、どこか痛みがある所はあるか聞かれた。
貧血なので、体内での出血がある可能性があるとの事だった。
「特に痛みは…無いんだが…最近おかしくて…、あまり食べてない筈なのにすぐ満腹になってしまう。なのに吐き気もあって…」
それを聞いたカルルテは、腹部を確認すると言ったのでヴァシスは診察台に横になった。
治癒魔法で治らない出血とはなんだろう…
もしかしたら知らないだけで、回復魔法で直せない物は沢山あるのかもしれない。
カルルテが、ヴァシスの腹部を触りながら痛みがあるか確認する。
1箇所、違和感がある部分があった。
「カルルテ…そこ…押すと背中に当たる」
正確には背中には当たっていないと思うのだが、何か柔らかい痼のような物があり、押すと背中にグッっと当たるような感覚があった。
「血の塊か何かだろうか?」
ヴァシスは詳しくないが、あまりにも酷い傷を何度も負った後、回復魔法を多用しすぎると皮膚再生はするが血液が傷口に残されて固まり、それが元で死に至るという話を聞いた事があった。
それなのかもしれないな、と思っていると、カルルテが首を振った。
「そういうのは固くなるはずよ、触った感じだと柔らかかったわ。映るかどうか分からないけど一度中を診てみましょう」
そう言ってカルルテが、棚の中の無数の小瓶のうちの1つを取り出す。
中には小さな芋虫が、2匹入っていた。
体長約1cm程の芋虫の小瓶を見て、ヴァシスは少し嫌な予感がする。
カルルテは、そんなヴァシスの様子を察知し、説明を始めた。
「ほら!べルムとあなたが部屋に籠って皆を追い出した時に外の映像が見れたと思うんだけど、それと同じ原理なの。この虫はオスとメスのペアで、片方の見ているものをもう片方が見ることができて、こう…複雑な原理でそれを人間側でも確認できるのよ!」
なるほど。とヴァシスは頷く。
あれはべルムの魔法だと思っていたが違うのか。
カルルテはさらに棚から水晶の球を取り出して、黒い芋虫を水晶の隣に、緑色の芋虫をヴァシスに差し出してきた。
「この子を、噛まずに飲み込めるかしら?検査の後は、自力で出てくるから安心して」
「………」
ウネウネと蠢く緑色の芋虫をしばらく凝視していたヴァシスだったが、分かった、と呟き飲み込んだ。
特に、見た目以外の違和感は無い。
飲み込むと同時に、カルルテが指をパチンと鳴らす。
べルムもあの時鳴らしてたな…と見ていると丁寧にカルルテが説明してくれた。
「この指を鳴らす音が、この芋虫たちの危険信号の音と似てるの。パートナーが危険な目にあったと思って、視覚の共有をしだすのよ」
「カルルテは几帳面で細かい所にも気付く優秀な人間だな」
「えっ?」
突如、褒められてカルルテは少し顔を赤くした。硬直するカルルテの横で、芋虫の視線を映す水晶のモニターはぐんぐんとヴァシスの体内を進んでいく。
「どうしたの突然…あっ…!褒めてもらったって事よね?ありがとう」
「ふ…」
照れてお礼を伝えてくるカルルテが可愛らしくて、ヴァシスは少し笑った。
また変なことを考えてしまう。
ああ…この人が、べルムの伴侶だっだら。
とても良い。
お似合いだと思う。
「カルルテはべルムの事どう思ってる?」
「どうって…友人っていうか…友人よ、友人」
「そうか…」
少しの違和感をヴァシスは掴む。
カルルテはべルムの事がどうやら好きなようだ。
「あっ、ヴァシスほら見て!」
芋虫が腹に到着したようだった。
目の前に、黒い塊が映っている。
「なんだこれは?」
「うーん…場所は大腸なのだけど…大腸憩室…みたいな物なのかしら…腸管壁が部分的に外に膨らんで部屋ができていて、そこにこの黒い塊が出来ているみたいなの…」
聞いたことが無い単語が出てきてヴァシスは困惑する。
どうやら良くない状態のようだった。
「治るか?切除しての治癒が可能なら腹を切ってもらって回復魔法を使えば良い」
「ヴァシス…これ…まだ断定は出来ないんだけど卵だと思うのよ」
「……」
ヴァシスは何を言われているのか分からなかった。
卵?何の卵だ?
人間の遺体に卵を産み付ける魔物は聞いたことがある。生きている人間にもそういう事が起きる可能性もゼロでは無いと思うが。
いや…1つ思い当たる節がある。
悪魔だ。
悪魔が契約を結んで何も対価を要求して来ない筈がない。
アイツが、何かしたのかもしれない。
しかしカルルテを見ると、やたらと表情が明るくて驚いた。
そして優しい笑顔でこう言った。
「ヴァシス。多分これ卵よ。もしかしたらべルムとあなたの子どもが…この中に入っているかも知れないの。見て、まだ卵が柔らかいから中が動いてるのが分かる…ほら、そこが心臓なのよ、脈打ってるわ」
カルルテが、優しく何かをずっと伝えてくれていたが、ヴァシスの耳にはそれ以上何も入って来なかった。
*
「お前何をした!!」
ヴァシスの部屋に怒声が響く。
胸ぐらを掴んで壁に打ち付けたのに、黒い悪魔は表情ひとつ変えなかった。
【何のことだ?】
脳内に低い悪魔の声が響く。
無表情で無感情。
その態度に余計に腹が立つ。
「お前、俺に卵を産み付けたか?何が目的だ。何もしてこないからおかしいと思ったんだ…もう契約は完了していたんだな」
そこで初めて、悪魔は少し目を見開いて驚いたような表情をした。
【ほう…催眠の効果が薄いようだな。確かに同族には効きにくい傾向がある。かけ直す必要があるようだ】
そう言った悪魔は、ヴァシスの肩を掴んだ。
振り払い、ヴァシスは距離をとる。
催眠と言った…。
やはり何か術をかけられていて記憶や感情を操作されている可能性がある。
ヴァシスはあの日の…城を出た日の記憶の一部が無い。
気を失っていたからだと思っていたが、そうでは無いようだ。
こいつが。この悪魔が何かしたに違いない。
必死で思い出そうとするが、頭が締め付けられるように痛くなるだけだった。
なんだ…どうして…どうしよう…腹を切って、卵を取り出して潰してしまえばいい、そうだ、これはべルムの子どもでは無い…男同士なのに…子どもが出来るわけない…殺してしまおう。
どうしよう…だってべルムにはカルルテがお似合いなんだから。俺は…祝福しなければ…2人に子どもができたって、笑って祝福しなければ…
ガクンとヴァシスが膝から崩れ落ち、悪魔がその脱力した身体を支えた。
ヴァシスは、眠っている。
【催眠をかけ直した。今度は強めにかけておいたから、日常生活で少し支障が出てくるかもしれないが…とりあえず出産まで持てばいい。定期的に今後は催眠をかけ直す】
悪魔はヴァシスの身体をベッドまで運んで横たえた。
いつの間にかべルムも部屋にいて、ヴァシスの顔を見つめている。
「分かりました。カルルテには全ての事情を伝えてあります。各族長たち、コッペにも、ヴァシスが俺の子を妊娠していることは報告済です」
【すまない…】
べルムは首を振って、眠るヴァシスのベッドへ腰掛けた。
ヴァシスの目尻から涙が流れている。
その悲しそうな顔を見て、べルムも泣いてしまいそうになった。
ヴァシスの涙を拭い、べルムは消え入りそうな声で悪魔に問う。
「ヴァシスは…俺といて幸せなんでしょうか…?」
問いには悪魔は答えなかった。
だが悪魔はべルムの頭を優しく撫でたあと、ヴァシスの頭も撫でて、空気に溶けるように部屋から消えていった。
私と貴方が初めて会ったのは城の図書館だったわね。
あの時の私は本当に人間の世界にうんざりしていて、真実を知りたくて魔王城まで1人で来たんだから。
若いって凄いわね。
あの時最初に会った魔族が貴方だったから私は今生きていて真実を追いかける事ができているの。
本当に感謝しているわ。
人間の寿命は魔族に比べたらとても短いけれど、私が生きている限り貴方に恩返しがしたいの。
だからどうか、ヴァシスとずっと幸せでいてね。
*
「カルルテ…今から話す事は誰にも言うな。墓場まで持って行ってくれ」
カルルテの「作業部屋」兼「医務室」を訪れたベルムは、突然椅子に腰かけてそう言った。
べルムの声のトーンがいつもより低く、それを聞いたカルルテは、背筋に悪寒が走り、全身がぶるっと震えてしまった。
「なに!怖い怖い…!やめてよ、貴方まさか!また何か変な事に首を突っ込んでいるのね!?」
後ずさったカルルテがガタンと机にお尻をぶつけたが、気にせずベルムは続けた。
「ヴァシスは悪魔との子どもを妊娠している、あと数週間で産まれるだろう。俺の子として育てる。絶対に俺と、お前と、黒い悪魔以外にバレないようにしなければいけない」
「…………。」
カルルテは目を見開いて硬直している。
当然の反応だ。
構わずべルムは続けた。
「悪魔の子どもは卵で産まれる。体外に排出後、すぐに殻を破るらしい。産まれてきて最初に見た生き物そっくりに変化して5年過ごし、5年で成熟して独り立ちする。だから卵が出てきたら、最初に見るのは俺の姿がいいと思う。虹色の髪は色々と狙われやすいからな…」
「待って、待ってって!!」
顔を自身の手で覆って、カルルテは震えながら叫んだ。
「なに?」
「なにじゃ無いわよ、どういう事!?なんで悪魔の子を妊娠して…ていうか男性で妊娠する訳ないでしょ、え、まさかヴァシスって体の機能は女性だったの?」
「ヴァシスは男性だ。性別問わず妊娠できる魔族も稀だが居るだろう、ヴァシスの父親はその性別問わず妊娠できる種族だ。まぁ悪魔なんだが…それで、ヴァシスの父親はヴァシスの悪魔だ。で、生まれてくる子どもの父親でもある」
「ちょ、ちょっ待って、貴方説明が下手すぎない!?言ってる事の半分も理解できないわ…!分かった、貴方もよく分からなくて適当に喋ってるんでしょ!」
そうカルルテに指さされ、べルムは口を尖らせ肩をすくめてボソボソと答える。
「……まぁ、混乱はしているけど…説明は一応できてるだろ?」
「…最初から丁寧に全部 順番通りに話して頂戴!」
そう言われてベルムは渋々、悪魔から聞いた全ての内容をカルルテへ伝え始めた。
長くなる。
でもきっととても分かりやすいだろう。
*
「カルルテ…居るか?」
ヴァシスが声をかけて部屋に入ると、カルルテはあからさまにビクッと驚いて椅子から跳ねた。
なんだ…?
「あ…あぁ…ヴァシス。ごめんなさい考え事をしてて…何かご用?」
いつも元気なカルルテの様子がおかしい。
目線が合わないし、動きがいつもよりワタワタしている。
「少し…体調が悪くて…回復魔法も使ってるんだが治らない。一度診てもらいたいと思って…でも忙しいならまた今度でも…」
そう言いかけたヴァシスの言葉に被せるようにカルルテは慌てた様子で口を開いた。
「いえ!全然忙しくないの、今から診れるから大丈夫よ、さ、ここ座って」
…?
その辺の木の椅子で問題ないのだが、わざわざ来客用のソファに座らされた。
いつもと違う雰囲気に、ヴァシスは戸惑う。
「何かあったのか?」
「え?いえ、何も」
明らかにおかしなカルルテが、ヴァシスの右膝に手を置き、しゃがみ込んだ。
「義足はどうかしら?まだ慣れない?」
「いや、それはだいぶ慣れたんだが…それとは関係なくフラフラするんだ。ずっと…貧血みたいな…眠いし…体がだるい」
それを聞いたカルルテが、「そうなの…」と小さく呟いた。
声が震えている。
ヴァシスの右膝に置いた彼女の手も、明らかに震えている。
「カルルテ…大丈夫か?体調が良くないのか」
ヴァシスにそう聞かれて、カルルテは顔を上げる。
酷い顔だった。青ざめていた。
「ご…ごめんなさい…私…」
両手で顔を覆って、カルルテは肩を震わせる。
やはりおかしい。
ヴァシスはカルルテの肩を抱き、自分の座っていたソファとは反対側のソファへ座らせた。
少しだけ、肩に手を当てて回復魔法を流すと、カルルテがまたビクッとなって顔をあげた。
「いいの、ヴァシス、回復魔法は要らないわ…!」
「でも…」と言って、さらに回復魔法を流そうとするヴァシスの両手を握りしめ、カルルテは首をブンブンと横に振った。
彼女は泣いていた。
首を振ったせいで、涙が飛び散る。
「ごめんなさい…本当に大丈夫なの。ちょっと自分が凄く嫌になる事があって落ち込んでて…はぁ…だから大丈夫、私より貴方の事を診なきゃ」
少し鼻を啜りながら、彼女は息継ぎをして、ゆっくり喋った。
ヴァシスはソファへ座り直し、カルルテは、デスクの上のトレイから、注射器を取り出した。「まだ…貧血気味なのかも。血液の検査をしてみましょう」とそう言った彼女は、もうかなり冷静さを取り戻したようだった。
血液を採取し、心臓の音を確認し、どこか痛みがある所はあるか聞かれた。
貧血なので、体内での出血がある可能性があるとの事だった。
「特に痛みは…無いんだが…最近おかしくて…、あまり食べてない筈なのにすぐ満腹になってしまう。なのに吐き気もあって…」
それを聞いたカルルテは、腹部を確認すると言ったのでヴァシスは診察台に横になった。
治癒魔法で治らない出血とはなんだろう…
もしかしたら知らないだけで、回復魔法で直せない物は沢山あるのかもしれない。
カルルテが、ヴァシスの腹部を触りながら痛みがあるか確認する。
1箇所、違和感がある部分があった。
「カルルテ…そこ…押すと背中に当たる」
正確には背中には当たっていないと思うのだが、何か柔らかい痼のような物があり、押すと背中にグッっと当たるような感覚があった。
「血の塊か何かだろうか?」
ヴァシスは詳しくないが、あまりにも酷い傷を何度も負った後、回復魔法を多用しすぎると皮膚再生はするが血液が傷口に残されて固まり、それが元で死に至るという話を聞いた事があった。
それなのかもしれないな、と思っていると、カルルテが首を振った。
「そういうのは固くなるはずよ、触った感じだと柔らかかったわ。映るかどうか分からないけど一度中を診てみましょう」
そう言ってカルルテが、棚の中の無数の小瓶のうちの1つを取り出す。
中には小さな芋虫が、2匹入っていた。
体長約1cm程の芋虫の小瓶を見て、ヴァシスは少し嫌な予感がする。
カルルテは、そんなヴァシスの様子を察知し、説明を始めた。
「ほら!べルムとあなたが部屋に籠って皆を追い出した時に外の映像が見れたと思うんだけど、それと同じ原理なの。この虫はオスとメスのペアで、片方の見ているものをもう片方が見ることができて、こう…複雑な原理でそれを人間側でも確認できるのよ!」
なるほど。とヴァシスは頷く。
あれはべルムの魔法だと思っていたが違うのか。
カルルテはさらに棚から水晶の球を取り出して、黒い芋虫を水晶の隣に、緑色の芋虫をヴァシスに差し出してきた。
「この子を、噛まずに飲み込めるかしら?検査の後は、自力で出てくるから安心して」
「………」
ウネウネと蠢く緑色の芋虫をしばらく凝視していたヴァシスだったが、分かった、と呟き飲み込んだ。
特に、見た目以外の違和感は無い。
飲み込むと同時に、カルルテが指をパチンと鳴らす。
べルムもあの時鳴らしてたな…と見ていると丁寧にカルルテが説明してくれた。
「この指を鳴らす音が、この芋虫たちの危険信号の音と似てるの。パートナーが危険な目にあったと思って、視覚の共有をしだすのよ」
「カルルテは几帳面で細かい所にも気付く優秀な人間だな」
「えっ?」
突如、褒められてカルルテは少し顔を赤くした。硬直するカルルテの横で、芋虫の視線を映す水晶のモニターはぐんぐんとヴァシスの体内を進んでいく。
「どうしたの突然…あっ…!褒めてもらったって事よね?ありがとう」
「ふ…」
照れてお礼を伝えてくるカルルテが可愛らしくて、ヴァシスは少し笑った。
また変なことを考えてしまう。
ああ…この人が、べルムの伴侶だっだら。
とても良い。
お似合いだと思う。
「カルルテはべルムの事どう思ってる?」
「どうって…友人っていうか…友人よ、友人」
「そうか…」
少しの違和感をヴァシスは掴む。
カルルテはべルムの事がどうやら好きなようだ。
「あっ、ヴァシスほら見て!」
芋虫が腹に到着したようだった。
目の前に、黒い塊が映っている。
「なんだこれは?」
「うーん…場所は大腸なのだけど…大腸憩室…みたいな物なのかしら…腸管壁が部分的に外に膨らんで部屋ができていて、そこにこの黒い塊が出来ているみたいなの…」
聞いたことが無い単語が出てきてヴァシスは困惑する。
どうやら良くない状態のようだった。
「治るか?切除しての治癒が可能なら腹を切ってもらって回復魔法を使えば良い」
「ヴァシス…これ…まだ断定は出来ないんだけど卵だと思うのよ」
「……」
ヴァシスは何を言われているのか分からなかった。
卵?何の卵だ?
人間の遺体に卵を産み付ける魔物は聞いたことがある。生きている人間にもそういう事が起きる可能性もゼロでは無いと思うが。
いや…1つ思い当たる節がある。
悪魔だ。
悪魔が契約を結んで何も対価を要求して来ない筈がない。
アイツが、何かしたのかもしれない。
しかしカルルテを見ると、やたらと表情が明るくて驚いた。
そして優しい笑顔でこう言った。
「ヴァシス。多分これ卵よ。もしかしたらべルムとあなたの子どもが…この中に入っているかも知れないの。見て、まだ卵が柔らかいから中が動いてるのが分かる…ほら、そこが心臓なのよ、脈打ってるわ」
カルルテが、優しく何かをずっと伝えてくれていたが、ヴァシスの耳にはそれ以上何も入って来なかった。
*
「お前何をした!!」
ヴァシスの部屋に怒声が響く。
胸ぐらを掴んで壁に打ち付けたのに、黒い悪魔は表情ひとつ変えなかった。
【何のことだ?】
脳内に低い悪魔の声が響く。
無表情で無感情。
その態度に余計に腹が立つ。
「お前、俺に卵を産み付けたか?何が目的だ。何もしてこないからおかしいと思ったんだ…もう契約は完了していたんだな」
そこで初めて、悪魔は少し目を見開いて驚いたような表情をした。
【ほう…催眠の効果が薄いようだな。確かに同族には効きにくい傾向がある。かけ直す必要があるようだ】
そう言った悪魔は、ヴァシスの肩を掴んだ。
振り払い、ヴァシスは距離をとる。
催眠と言った…。
やはり何か術をかけられていて記憶や感情を操作されている可能性がある。
ヴァシスはあの日の…城を出た日の記憶の一部が無い。
気を失っていたからだと思っていたが、そうでは無いようだ。
こいつが。この悪魔が何かしたに違いない。
必死で思い出そうとするが、頭が締め付けられるように痛くなるだけだった。
なんだ…どうして…どうしよう…腹を切って、卵を取り出して潰してしまえばいい、そうだ、これはべルムの子どもでは無い…男同士なのに…子どもが出来るわけない…殺してしまおう。
どうしよう…だってべルムにはカルルテがお似合いなんだから。俺は…祝福しなければ…2人に子どもができたって、笑って祝福しなければ…
ガクンとヴァシスが膝から崩れ落ち、悪魔がその脱力した身体を支えた。
ヴァシスは、眠っている。
【催眠をかけ直した。今度は強めにかけておいたから、日常生活で少し支障が出てくるかもしれないが…とりあえず出産まで持てばいい。定期的に今後は催眠をかけ直す】
悪魔はヴァシスの身体をベッドまで運んで横たえた。
いつの間にかべルムも部屋にいて、ヴァシスの顔を見つめている。
「分かりました。カルルテには全ての事情を伝えてあります。各族長たち、コッペにも、ヴァシスが俺の子を妊娠していることは報告済です」
【すまない…】
べルムは首を振って、眠るヴァシスのベッドへ腰掛けた。
ヴァシスの目尻から涙が流れている。
その悲しそうな顔を見て、べルムも泣いてしまいそうになった。
ヴァシスの涙を拭い、べルムは消え入りそうな声で悪魔に問う。
「ヴァシスは…俺といて幸せなんでしょうか…?」
問いには悪魔は答えなかった。
だが悪魔はべルムの頭を優しく撫でたあと、ヴァシスの頭も撫でて、空気に溶けるように部屋から消えていった。
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はじめまして。いつも楽しみにしてます。
ハッピーエンドタグ、信じてます
今のとこ誰がハッピーなのか分かんないですけど。ワタシ的にはヴァシスかなあ。
勇者薄幸すぎる。
これからも楽しみにしてます。
はじめまして!
ありがとうございます( ¨̮ )
これからもヴァシスには色々と試練が訪れますが、彼にとって最終的にはハッピーエンドになる予定ですのでご安心ください〜✿