勇者は善良な魔王を殺したい

おかゆ

文字の大きさ
上 下
17 / 18

17.再会

しおりを挟む
ララからリゴへの手紙①

体調はどうですか?

コッペ様から貴方には当分会ってはいけないと注意を受けました。
手紙は良いとのことでしたので、たまに送ることを許してください。
返信は不要です。

深い森の奥の小さな山小屋に子どもたちと居ます。
見張りの方が1人か2人、いつも小屋の扉の前にいる状態です。
それだけ不自由ですが仕方がありません。

毎日、必要なものは届けてもらっています。

子どもたちがヴァシス様にお礼のクッキーをお渡ししたいそうです。

本当に酷いお願いをしたのは十分承知しています。
でも、あなたに血肉を飲ませたことを、後悔することはないでしょう。





緊急で、族長会議が開かれた。

部屋に集まった族長たちは、室内の異様な空気に凍りつく。
魔王べルムの隣に、一際邪悪なオーラを纏った黒い悪魔が居たからだ。

「べルム様…その悪魔は…一体」

ベルムは少し機嫌が悪いのか、漏れ出す殺気を抑える事ができていないようだった。
これは、稀にある事なので、族長たちは慣れている。
殺気が漏れようとも、特に他者に対して危害を加えることは無い。

ただ、その隣の悪魔に関しては、べルムとほぼ同等の力を持っていると推測され、その禍々しい雰囲気に、通常の魔族であれば足が竦んでしまうだろう。
そういう、異様な状況だった。

「ヴァシスの悪魔だ。関係者だから同席してもらう」

その場にヴァシスは居なかった。
なぜ悪魔だけ居るのだろう。

族長たちは戸惑いながら席に着く。
最後の1席が空いていた。

「コッペ爺様来ないわね…」
人間代表のカルルテが溜息をついた。

それとほぼ同時に、ヒールの音が廊下に響く。
スカートをゆらゆら揺らしたコッペが部屋に入って来た。

「ああ…失礼。城に来たのが久しぶりで迷ってしまった。すまんの。…おや」

少し目を見開いて驚いた様子のコッペだったが、すぐに口の端を吊り上げて微笑む。
少し進み、悪魔の前でスカートの裾を広げて深々と頭を下げた。

その姿に族長たちは青ざめる。
コッペは最年長者である故なのか、誰にも従わず、誰にも媚びず、誰に対しても大体失礼な態度である。
そのコッペが礼をするという相手というのは、やはりとんでもない悪魔なのだ。

「なるほど、なるほど。悪魔の王が封印されていたと言う噂は本当だったようじゃの。スヴァルト様が、ただの人間に封印されるなぞ…まさかと思ったが、ご子息であれば頷ける。お守りするためでしょう?」

コッペは頭を上げて、ニッコリと微笑んだ。
悪魔は無表情でコッペを見つめ、抑揚のない声で答える。

【そのつもりだったが、失敗した】

脳内に直接響くような声に、族長達は互いに顔を見合せ困惑の表情を浮かべる。
悪魔の声を初めて聞いたからだった。

「コッペ、席そこ。早く座りな」

べルムがコッペと悪魔の方を一切見ずに、静かに座席を指さして伝える。
部屋の空気がまた重くなり、族長たちは息を飲んだ。

コッペが席に着くと、すぐにべルムが口を開いた。

「今日の会議は皆に本当の事を全部、話して欲しい。やってしまった事に対しては別に罰したりしないから…俺は…とにかく真実が知りたいんだ。」

普段の様子と違い、感情のこもっていない疲れた声を出してベルムは全族長へ伝える。

「この、ヴァシスの悪魔は他者の思考を読んで嘘を見抜けるそうなので、余計な考えは捨てるように。卑怯だけど…無用な争いの芽は早めに詰んでおきたいからね」

少し沈黙があった後、恐る恐る族長が手を挙げた。

「あの…べルム様、この悪魔が嘘を見抜けるとして、真実を貴方に伝えるでしょうか?失礼ながら…悪魔は残酷で好戦的、他者を騙すし利用すると聞きます…そう易々やすやすと信用するべきでは無いかと…」

かなり気を遣いながら話しているようで、所々声が震えていた。
ベルムは、それを聞いて溜息をつき、宙を仰いだ。

「ふ~…じゃあ俺は今後、何を信じれば良いのかな~」

背もたれにもたれ掛かり、ギィギィと椅子を揺らしているべルムを横目に、カルルテが少し笑って発言した。

「悪魔さんの意見を聞いて、調査して事実確認をすれば良いだけでしょ、いい歳して不貞腐れないで」

「はいはい。じゃあ会議始めるか。悪魔さん、何か気になる事や意見があったら教えてください」

べルムはようやく姿勢を正して、椅子に深く腰掛けた。





会議が終わったあと、悪魔とべルムだけその場に残っていた。

ベルムは俯きながら、ため息混じりに悪魔に問いかける。

「皆、真実を述べてましたか?」

【ああ。今日の話の内容は全て、事実だと受け取って良い】

「…分かりました」

魔族の中に、べルムの知らない派閥が存在していた。

前王妃を支持する派閥の存在だ。
前王妃の死の原因調査と、復活を望む集団であり、コッペとリゴがこの派閥に属している事が分かった。

その話が出た際に、コッペは悪びれた様子も見せずに発言をした。

「前王妃の死の原因は、娘を人間に人質として取られていた事。その娘を利用して罠に嵌められ殺されたようじゃの。王妃様は魔力も高く、その辺の人間が集まっただけではそう簡単には殺せまい…だが、大変お優しい方であったのが命取りになったのじゃ。その娘はリゴの妻であるララである事。ララは前王妃が前魔王様と出会う前に別の魔族との間に産まれた子で、前魔王様も、ララの存在はご存知じゃったし、一緒に暮らせるように準備をなさっておったが、いざ魔王様との結婚式の当日に行方不明になったのじゃ。魔王様と血が繋がっていない子どもを王女にしたくない奴らもやはり存在していてな、そいつらの仕業として調査しておったのだが結局行方は分からなかった…」

「それが事実なら、俺や周りの魔族が知らない訳が無いと思うが…」

「前魔王様と王妃様のご希望で、べルム様がお産まれになったその日から、ララの事は禁句事項になったからのぅ」

小さなため息を漏らして、コッペは続けた。

「……王妃様復活に関しては、儂が中心になって色々と調べておりましてな、リゴにも色々頼んで居ましたが、そこで虹色の髪の種族の事を調べておったのじゃ。もちろん、虹色の髪の種族の肉を食わせても、首だけになった王妃様は…もう復活は無理だという事は分かったがの」

「リゴの遺書には、2回実験したと書いてある。これは本当は失敗してないと言う事か?」

「虹色の子どもを使った実験で、最初に血肉を食わせたのがララでした。これは成功したのです。次に虹色の髪の母親の肉を食わせた魔族がおりましたが、こちらは失敗しました」

「リゴはヴァシスを食って息を吹き返した。母親の肉と何の違いがある?」

「恐らくですが血液の型と思われます」

「我々魔族には赤色の血を持つ魔族と、青色の血を持つ魔族がおりますが、人間は赤色の血です。赤の血を持つ虹色の種族は、赤色の血を持つ魔族には効果があるようです」

「…リゴの血は青いぞ。ララは、王妃と同じであれば赤いはずだ。ヴァシスは赤い。虹色の髪の母親も赤い」

「ヴァシスとその兄弟は混血である可能性が高い。青い血、赤い血、両方に効果が期待できる特殊な血の可能性があります」

そうだ。
ヴァシスの父親は魔族なのだから。

「最悪だな…そこまで俺に黙ってコソコソと調べていたのか?2人とも」

ベルムは椅子に座って天井を見上げ、目を細めた。

リューナがヴァシスを連れてこの城から出ようとしたのも頷ける。
ヴァシスは、どの魔族にも効果のある血肉を持っている「死者蘇生アイテム」なのだ。

ヴァシスを、早く虹色の髪の種族の元に避難させなければ、いつ狂った魔族に拉致監禁されるか分からない。



「俺は魔族はもう少し善良な心を持っている物だと思ってましたが…そうでも無かったんですね…」

心底、ガッカリしたという声を出したベルムに、悪魔は少し微笑んで答えた。

【お前以上に強い回復魔法を使える魔族は居ないのだろう、という事は全員お前以下だ。お前の基準は高すぎる。悪魔からしたら城の魔族はかなり善良の部類だぞ】

「…そうでしょうか…とにかく、ヴァシスを守らなければ…最終的にどうするのが彼の幸せに繋がるか…虹色の髪の種族はヴァシスが戻ったら歓迎してくれるでしょうか?」

【ああ…祖父にあたる人物が居る。今までの経緯を話せば、歓迎してくれるはずだ。ただ…】

「ただ?」

【ヴァシスはお前と離れるのを嫌がるだろう。お前が天空で一緒に暮らすのなら話は別だが。虹色の髪の種族は、魔族を嫌っている。悪魔なんかは、立ち入ることすら許されない】

「でもヴァシスが安全であるなら…虹色の髪の種族の血が入っていれば大丈夫ですか?ヴァシスと、子どもは?一緒に歓迎してもらえて暮らせるなら…」

【べルム…何度も言わせるな。ヴァシスはお前と離れるのを望まない】

「………」

【お前が傍に居てくれ。俺と子どもは、5年経ったらヴァシスの前から消えなければならない】

ベルムは、悪魔の声に俯いた。

5年。

ヴァシスは記憶を操作されているが、間もなく腹が膨れて、妊娠に気付くだろう。

悪魔の子どもは、卵で産まれてくるらしい。

卵で産まれ、すぐに殻を破る。
最初に見た生き物にそっくりな姿に変化し、そのまま5年間母親の元で成長をする。

成長した子どもは、5年で母親の元を去り、それ以降は1人で生きていく。

それが、あの夜…ヴァシスが足を切って城から出て行き、悪魔と一緒にべルムの部屋の窓へ戻ってきた夜に…悪魔から聞いた話だった。

べルムは最初、悪魔を殺すつもりだった。
何故なら、人間が契約をした悪魔は、人間を最後に殺して食べて力を得る契約をしているからだ。

血の気の引いた青白い顔をして気を失ってはいるが、悪魔に抱き抱えられたヴァシスはまだ生きている。

目の前の悪魔は、見た所、魔力はかなり強いが衰弱している。
契約を実行される前に、殺してしまうしかないと思った。

しかし、何故か悪魔はヴァシスの体をベルムヘ引渡し、震える声で謝罪の言葉を口にしたのだ。

【すまない…あの場ではこうするしか…俺が消えても、イアスはお前の元へは戻れないし…戻らないだろう。他に…方法が無かった…】

そこでべルムは悪魔から、ヴァシスが契約を実行して死のうとしていたのを止めた事や、止めるには悪魔の子どもを産まなければならない事。

5年したら子どもも悪魔もこの場を去るのでどうか許して欲しいという事。
そして、悪魔がヴァシスの父親であるという事を聞いたのだった。





ヴァシスは庭園で歩行訓練をしていた。

義足は思ったより身体に馴染んでいたが、大量の出血のせいで数週間寝たきり状態になってしまい、足の筋肉が落ちてしまった。

何歩か歩けたと思ったらすぐに目が回ってしまい、ヨロヨロと座り込む。
そんな状態が1週間ほど続いていた。

「…義足はピッタリな筈ですから、やはりもうちょっと体力が回復してからの方が良いですかにゃ?」

ヴァシスを支えた二足歩行の茶トラの大猫が首を傾げている。
すぐ隣で付き添っていたリューナは、小さく頷いた。

「ヴァシス、お前まだ目眩がするんだろ…無理をするな…今日はもうやめよう」

「…分かりました」

ゆっくりとガーデンチェアへ腰をおろしてヴァシスは深く溜息をついた。

身体がおかしい。
回復魔法をかけているのに、全く良くならない。
もちろん傷は全て塞がっている筈だ。
しかし、怠さや疲れがずっと残っていて、胃や腸が圧迫されている感じがする。

食欲も無いし、酷い時には吐いてしまう。
思うように動けないくて、本当にもどかしかった。

【ヴァシス…一度詳しく調べてみろ】

いつの間にか隣に悪魔が来ていて、座るヴァシスを見下ろしている。

イアスと呼ぶのを何度も注意して、最終的にはイアスと呼んだら無視するようにして、最近悪魔はようやくヴァシスのことをイアスと呼ばなくなった。

「調べるって…何を。回復魔法で治せない病気は無いはずだ」

肉体の衰え、寿命以外の傷や病気に関しては全て回復できる筈だ。
今、不調なのは肉体が弱っているからだ。

【………】

悪魔は俯いた。
なんなんだコイツは。

「うーん…あ、そうですにゃ~!カルルテさんに一度診てもらうのはどうですかにゃ?人間の多くは回復魔法が使えませんから色々な植物や鉱物を使って病を治すのが得意と聞いたことがありますにゃ!」

花の香りのする紅茶をカップに注ぎながら、猫がヴァシスの表情を伺った。

そうだ、カルルテに聞きたいこともあるしちょうどいいかも知れない。

ヴァシスは「分かった」と、小さく頷いた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

処理中です...