勇者は善良な魔王を殺したい

おかゆ

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コッペからララへの手紙②

わしは、リゴの件は失敗すると思っていた。

ヴァシスの血は赤いからの。
彼の母親も、赤い血じゃった。
じゃがの、彼は混血で、どうやら父親は青い血のようじゃの。
つまりは、そういう事じゃ。

彼は万能じゃ。
赤い血、青い血、死者蘇生は両方に有効と言う事じゃ。
彼は恐ろしく、貴重な存在。

わしは、お前の暴走のお陰でその真実に辿り着くことができた。
それだけは、感謝しているぞ。





リューナは動けずベッドの上に座り込んだ。
どうやらヴァシスを助ける方法は最初から無かったようだった。

何か他の方法が無いか、考えなければと歯を食いしばった時、ヴァシスの悪魔が部屋にいる全員に聞こえるように言い放つ。

【勇者リューナ。俺はヴァシスにこれ以上危害を加えるつもりは無い。悪魔は基本的に誰の指図も受けないが…自分より強い悪魔の指示なら受ける。よって、この白い悪魔にお前の命を奪わないように命じることが可能だ。一度落ち着いて全員で話し合え】

この言葉を受けて、白い悪魔が低く呻いた。

【ゲェエエエ…そんなぁ…俺この勇者をなぶり殺して食うの超楽しみにして契約してたんですけどォ~】

ヴァシスの悪魔が腕に力を込めた。
【ゔゔ!!!】
と、白い悪魔の潰れた喉から漏れる。
【ギャハハッ!嘘です!冗談ですって!すみません…!!!】
手足をバタバタさせて一瞬、白い悪魔が逃れようとしたが、諦めたようで大人しくなった。


ベルムが動き、リューナの肩に手を置く。

「リューナさん、とりあえずちゃんと話し合おう」

リューナは脱力したまま小さく頷いた。





リューナが改めて確認すると、べルム、シャム、カルルテは死者蘇生についてほとんど知識が無いようだった。

今回1番の引き金となったのは、リゴが過去に蘇生したララの存在だ。
そしてこれは憶測だが、コッペも死者蘇生の件に関して真実を全て知っていると思われる。

リゴは死者蘇生について隠し通して死ぬ予定だったのだろうが、ララがシャムに話した事により子ども達に伝わり、さらにヴァシスにも話が伝わってしまった。

それだけならもしかしたらヴァシスも動かなかったのかもしれない。
その前に、リューナからも死者蘇生の話をしてしまった。
それが死者蘇生を確信するきっかけとなった。

リューナは悪魔の力を使ってヴァシスを母親の故郷、つまり虹色の髪の種族が暮らしているであろう天空へ避難させようと考えていた。
しかし、いくら調べても正確な位置までは分からなかった。
もしかしたら天空ではなく、他の場所にあるかもしれない。

それでも、この事件が起きてしまった以上、ヴァシスを連れて急いでこの城を出る必要があった。

ヴァシスをこの城から脱出させ、虹色の髪の種族の暮らす地へ必ず送り届けることを条件にリューナは悪魔の封印を解いたのだった。


「リューナ様…何故悪魔を使ったのですか?命と引き換えだったはずです」

ヴァシスが、問いかけてくる。
お前がそれを言うのか、とリューナは言い返しそうになった。

『…お前を魔族と人間両方から逃がす手段が…それしか思いつかなかったからだ…』

ヴァシスの悪魔は、ヴァシスを殺さなかったようだ。
足を切断したのも悪魔の力を借りて行なったとの事だった。
対価を要求されなかった筈はない。
今も悪魔がそばにいるという事は、もう契約は成立している可能性がある。

一体何をヴァシスは悪魔に願ったのだろう。
どのタイミングでそれが遂行されて、いつヴァシスの命を奪う気だ…?

噂で聞いたことがある。
ほとんどの悪魔は暇つぶしに勇者と契約を交わしている。
勇者の死後、食ってその魔力を手に入れる目的の為に一時的に従う「ふり」をしているだけなのだ、と。

もうリューナではどうにもできない。
ヴァシスを助けられるのは、ベルムしか居ない。
無力だ。
いつも、ずっと…
パーティーが全滅したあの日から。

『2年前…魔王ダーグに捕らえられてから…自分の価値が…もう無くなった気がずっとしてた…ここにいる意味も分からない…何も信じられない。人間からも魔族からも自由になりたかった』

シャムの口から震えたリューナの声が出て、室内に響いた。

リューナは、表面的には魔族たちと上手くやっていたはずだったのだが心の奥底ではずっと、怯えていた。

いつ魔族たちが裏切ってくるか分からないからと、ずっと警戒していたのだ。

2年間、魔王に捕らえられていた。
あの日からずっと、リューナは心を蝕まれていた。





勇者リューナは、体も小さく華奢だ。
体力も力も無かった。
しかし魔力だけは高く、かなりの数の魔法を使いこなす事ができた。

白い悪魔を右手に封印し、勇者に選ばれて魔王討伐に向かった。
最強と呼ばれる白い悪魔を手に入れた事で、仲間たちは少し浮かれていた。

魔王に勝利出来と信じきった状態で魔王城へ入る。
そして、リューナ以外のパーティーは魔王ダーグにより一瞬で全員即死した。

リューナが意識を取り戻すと、既に魔王ダーグの寝室に居た。

腹部に大きな穴が空いている。
幸い魔力は残っていたので、自分で回復魔法をかけながら、部屋を見渡した。

「ぐっ…」
痛みで呻き声が喉から漏れる。

魔王の気配は無かった。
巨大なベッドから一刻も早く降りて、身を潜めたかったが、両足が麻痺していて動けない。
とにかく必死で腹の傷を塞いで、貧血でフラフラする頭を回転させる。

最大レベル99の人間が、魔王に敵う筈が無かった。
一瞬しか確認できなかったが、魔王のレベルは人間の100倍ぐらいはあるだろう。
他のステータスもそうだ。
そもそも、身体の作りから桁が違うのだ。
勝てるわけが無い。
歴代勇者は、皆騙されている。

絶対負ける相手に…国が約20年の間、毎年勇者一行を送り続ける目的は何だ…

ゴトッ、と物音がして振り向くと、魔王ダーグがいつの間にか背後に立っていた。
緊張で震え、呼吸が整わない。

「あらぁ~♡自分で回復したのですねぇ凄い…」

ニヤリと微笑んだダーグは、血にまみれたリューナの服を破り捨て、大きな銀のボウルに湯を張り持って来た。
リューナの体を片手で鷲掴みにし、乱暴に湯の中に落とす。
どうやら血を洗い流しているようだった。

リューナはその間、貧血と恐怖で一切抵抗ができず、脱力した状態でぼんやりと魔王を見つめる。
水が鼻からも口からも、目にも耳にも入ってきたが、手足を少しばたつかせただけで、何も出来なかった。

どう考えても敵わない相手なら、生きて逃げなくてはならない。
生きて逃げて、無意味な勇者一行の死を食い止めなければならない。

濡れた体をすくい上げて、タオルに横たえ乾かす。
魔王の指が腹部の傷跡に何度も当たり、圧迫されて吐きそうになったが耐えた。

3mはある巨大な魔王は、リューナが声を出さない事に気がついたようだった。

腹の傷から鳩尾みぞおちに魔王の指が移動した。
そこそこ力を込めた状態で、そのままリューナの喉を圧迫する。

「うーん…喉が切れてますね~せっかく話し相手にしようと思ったのに」

喉を押されて、リューナは激しく咳き込んで身を捩った。
話し相手に、という言葉に青ざめる。
話し相手になれないのであれば殺されるかもしれない。

どうすれば生き残れるか、考えた後で、ふと冷静になり考えるのをやめた。

いいか。殺されても。
媚びて生き残るぐらいならば…。

いつでも殺されて良いように、また、その際は悪魔を召喚して一矢報いて死ねるように心の準備だけはしておいた。

しかし幸いな事に、多少の暴力はあったがそれ以外の機嫌の良い時の魔王は大人しい物だった。

定期的に体を洗浄され、服を着せ替え、放置される。
魔王はブツブツと独り言を漏らしながら、どんどんと新しいドレスを持ってきた。

魔王以外に、他の魔物は見当たらない。
近くにいる様子もなかった。
ひたすら独りでリューナを飾る。
子どもに食べさせるように食事をスプーンでリューナの口元に運ぶ。
想像していた邪悪で凶暴な魔王のイメージからかけ離れた一人暮らしの孤独な老婆のようだ、とリューナは思った。

魔王はたまに一定期間外出することがあった。
初めて外出した時は、ここから脱出できるかと考えて、ベッドから降りようとしたが、結界に弾かれた。

「っ…!?」

全身が痺れて後ずさる。
リューナはベッドの上でしか自由に動けないようだった。
結界で焼かれ負傷した右腕を治癒し、ベッドに再び座り込む。
ドレスの裾も焼けた。魔王は気づくだろう。

案の定、戻った魔王にバレたようで、何度か殴られる。
本気で殴られたら死ぬので、これでも手加減をしているのだろう。

リューナの細い身体は口と鼻と耳から出血して、ベットに沈みこんだ。
そのまま失神したようだった。

気がつくと魔王がベソベソと、リューナの身体を抱きしめて泣いていた。
回復魔法を使わずに動かなくなったので、このまま死ぬと思ったのかもしれない。

魔王の涙がリューナの肩に流れ落ちる。
魔族の涙も、温かいのだと知った。

誰だったか…
昔、俺を抱きしめて泣いたヤツが居たな。
リューナはまた目を閉じた。





リューナは幼い頃に、親に教会に捨てられたようで、物心ついた時には神父の老人が親代わりだった。
ただ、このジジイろくな人間ではなかった。
衣食住の代わりに、身の回りの世話と労働、夜の相手をさせられた。

他に同じように捨てられた子どもが数人居たが、1人、また1人と消えていく。

どうやらジジイが、気に入らない子どもを売っていたようだった。
ジジイに他の子どもになるべく危害を加えられないように、気持ちの悪い仕事は全てリューナが請け負うようにした。

茶色の髪の1つ歳下の少年がいた。
顔も名前も記憶がすっぽりと抜け落ちて思い出せない。
人は精神的にショックを受けると、その記憶を消去する機能が備わっているらしい。
茶色の髪の彼は、とても良い奴だった。

ジジイの相手をしている事がそいつにバレた。
彼は何故か、謝って泣いた。
なぜ彼が謝って泣くのかよく分からなかったが、彼はリューナを抱きしめてずっと泣いている。
左の肩が、彼の涙で濡れる。
温かいな、と思って夜空を見上げた。
空はとても広くて、星は沢山輝いているのに、リューナは何処へも行けずに、動けない。
そんな自分が、嫌だったが、どうしたら良いのか分からなかった。

茶髪の彼が、提案した。
ここを一緒に出よう。
僕は、強くなって勇者になるんだ。
僕が、リューナを守るよ。

それが彼の最後の言葉だった。

翌朝、物音で目が覚めて外に出ると、中庭で彼が血塗れになって倒れていて、ジジイがすぐ横で斧を持って立っていた。

散らばった薪に足を取られて転びながら、彼に近づいた。
身体を揺すると少し唇が震えて動いたが、声は出なかった。
頭を割られたのか酷い出血で、すぐに瞳孔が開いて事切れたようだった。

ジジイが、何か喚いている。
お前は逃がさんぞ、お前は私の物だ、と怒鳴っていたが、リューナはもうどうでも良かった。
彼の死体の前に座り込む。
彼が死んでしまったのなら、もうこの世界は全てどうでも良かった。


その時、突然手が熱くなり、驚いて自分の掌を見ると、何か白い湯気のような、煙のようなものが大量に出ている事に気が付いた。

それは次第に形を変え、炎になり、熱が顔に伝わって驚く。
ああ、これは魔法だ。とすぐに気が付いた。

喚いているジジイに視線を向け、炎に包まれるイメージをするとすぐにそれは現実になる。
ジジイは炎に包まれてのたうち回るが、炎はさらに力を増して大きな火柱となり、最後には人型のすみの塊が転がった。

あまりにも呆気なく、リューナは自由を手に入れたのだった。

茶色の髪の彼を埋葬し、残った数人の子ども達と一緒に、教会を出た。
リューナは他の魔法もどんどん習得し、その魔法を使って子ども達と旅をしながらしばらく暮らした。

ある城で、白い悪魔の噂を聞いた。
その悪魔を倒し、封印出来れば次の勇者に選ばれるだろう。
その時、リューナは、勇者になろうと決心した。





勇者リューナは、誰かに抱き抱えられている事に気が付いた。

茶色の髪が、風に揺れている。
うっすら開かれた淡い緑色の瞳が、リューナの碧眼をとらえた。

「にゃっ!?失礼!回復魔法をかけてて寝てしまいましたにゃ…リューナ様、体調はどうですかにゃ?」

人型になったシャムが、リューナの顔を覗き込んでいる。
リューナの部屋のベッドの上に居るが、シャムに抱えられて彼の膝の上で眠っていたようだった。

『ヴァシスは?』

「ベルム様と一緒ですから心配いらないですにゃ。悪魔も、約束通り大人しくしてますから大丈夫ですにゃ」

横になりますかにゃ?と、シャムがリューナをベッドに下ろそうとした。
リューナは、シャムの背中に腕を回して抱きつく。
シャムが奇声を上げた。

「ぎにゃぁああ!!!びっくりした!どうしましたにゃ、リューナ様」

『うるさい。動くな喋るな』

とても酷い気分だった。
1人では崩れ落ちそうだった。

シャムの肩に顔を埋める。
今は人型なのに、猫なので体温が高いのか心地良いぬくもりだ。

シャムの両手がしばらく宙をさ迷っていたが、リューナの背中をそっと抱き寄せた。

リューナは、触れている対象に魔法を使ってテレパシーを送る。
シャムは多少の距離なら問題なくシャムに送られてきたテレパシーをキャッチできる。
そして口から音声化する事が出来る能力がある。

『シャム…全部流すから、受け止めろ』
「え?」

リューナは、教会に捨てられて、勇者になり、魔王に捕らえられた日々の記憶の情報を全てシャムに送った。

シャムは一瞬、あまりの情報量に雷に打たれたように体を引きらせたが、より強くリューナを抱きしめた。

リューナは背中の温もりに涙を流す。

名前も顔も思い出す事が出来ない幼なじみの茶髪の彼が、死んだ時以来の涙だった。









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