勇者は善良な魔王を殺したい

おかゆ

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13.失踪

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リゴからべルムへの手紙①

俺がお前に手紙を書くなんて、恥ずかしくて死にそうだ。
ま、お前がこれを読んでるってことは既に死んでるんだろうけどな。

面と向かってなんて言えないから仕方がないので書いていく。

葬式やら後始末やらを、お前には任せることになると思うが、よろしく頼む。

お前は本当に自分勝手でワガママなくせに、すぐ泣くし傷つきやすくて本当にどうしようもない奴で、散々振り回されたが結構楽しく過ごせた人生だったと思っている。

早く死んだことを哀れに思わないで欲しい。
自分ではとても幸せだったと思っている。

お前に伝えてない事がある。

虹色の髪の種族の、死者蘇生の力についてだ。

コッペ爺様は、その件について前から色々調べてくれていると思うが、俺も別のルートで調べていた。

お前に怒られるから言えなかったが、あの時、虹色の髪の女の、事故死していた子どもの肉体を埋葬前に一部拝借した。
試しに死後半日の魔物に食わせてみたが、蘇らなかった。

次に、虹色の髪の女がダーグ様に見つかった時、どうせ殺されると思って眠らせた後、血と腹の肉の一部を保存しておいた。
こちらは死後一日の魔物に食わせてみたが、何も起こらなかった。

いいか、実際の実験結果だ。
何も起こらない。
死者蘇生なんぞ、全て作り話だ。

勝手な事をして悪かったな。
コッペ爺様にも結果を伝えておいてくれ。





「ヴァシス…好きだよ。愛してるよ。ちゃんと伝わってる?」

ヴァシスはベッドで、ベルムは隣の椅子に腰掛けて夕食を食べた。

ベルムは、ずっとヴァシスを見つめながら夕食を食べている。
視線が気になって食べにくい。

「伝わってるよ、ありがとう」

ヴァシスはなるべく感情を込めずに返事をした。
その返事に、べルムは少し不満そうな顔をした。

「うう…伝わってない…せっかく勇気を出して告白したのに…」

「あんなさらっと言っておいて何が勇気出しただよ…」

食欲が無くて、早めに夕食を切り上げた。
べルムも、あまり食べずに、片付け始めた。

「べルム…?食欲が無いのか?」
「ん?うん、まぁ今日も忙しくてさ…疲れててあんまりお腹空いてない…」

そうか、リゴの事で1日中動きわまわって居たからな。

食器を廊下に出したべルムが戻ってきた。
当たり前のようにヴァシスの隣に倒れ込む。

「ここで寝る気か?」
「…寝る気だよ。だって愛してるもん。愛してるヴァシスと一緒に寝たいもん!」

伝わらないので言い続ける作戦のようだ。
ベッドの上で手足をばたつかせる。

「子どもみたいにジタバタするな…」
「……じゃあ大人になろっと!」

起き上がってヴァシスの前に座り直したべルムは、ヴァシスの顎と後頭部に手を伸ばす。

少し上を向かされたヴァシスが無意識に口を開け、べルムはそこへ口付けた。

当たり前みたいにキスをして、服を脱いで肌に触れる。

「おいべルム…疲れてるんじゃないのか?」
「…え、ここまで脱いでそれ言う…?」

ヴァシスは、自分の心の片隅に、恐怖心がある事に気づく。
最後になるかもしれないから、ちゃんと伝えなくてはいけない。

「いや…違う…。続けてくれて構わないが…前のアレはやめてくれ。あの皮膚の下を這う回復魔法…あれは怖いから…」

恥ずかしくて顔を赤らめ、消え入りそうな声でようやく伝えることが出来た。
それを聞いたらべルムは、慌ててヴァシスの両手を握る。

「…ごめん…!分かった!回復魔法はもう使わない」

ヴァシスは頷いて、体の力を抜いた。
ゆっくりベッドに押し倒される。
動かない右足を伸ばして貰って、1番楽な姿勢で横たわった。

べルムの優しい触れ方に、丁寧だなと思う。
金を稼ぐ手段として、体を売っていた時期がヴァシスにはあったが、当時の自分の体は雑に『物』として扱われてたのだと気づく。

「右足大丈夫?少し持ち上げて良い?」
「…ああ」

月明かりが窓から入ってお互いの顔を照らした。
綺麗…と、べルムが呟いてヴァシスの首筋に顔をうずめ、彼の右手が背中を撫で、背骨を辿り、長い指が臀部へ到達する。

何か魔法を使ったようで、温かく粘り気を帯びた指先が、ヴァシスの中へゆっくりと侵入してきた。

「何?…あっ…温かい」
「水魔法と火魔法と、植物系の麻痺魔法の組み合わせ」

粘り気は植物の物だろうか?
すんなり指が2本入った上に、前立腺を刺激されてヴァシスは軽く何度か射精してしまう。

その後全身を、その粘り気のある温かい物を纏った指で愛撫され、ヴァシスは回復魔法の時とはまた違う快感に混乱していた。

「…っ…!…そこ…撫でるの、もうやめろ」

しつこく触られて、べルムの手を掴んで止める。限界だった。
べルムもそれを察したようで、ヴァシスの腰を掴み、ゆっくりと侵入する。

「う…ぐ、べルム…俺も…」
「ん…?」

俺もお前を愛してる。
言えずに言葉を飲み込んだ。

べルムは、きっと世界を統べる最高の魔王になるだろう。
王妃を迎えて子を成して、その血は何千年と続いていく。

傍に、居られない。
俺の醜い心では、お前の伴侶や子どもたちを笑顔で見守る事ができない。
変わっていくお前に、きっと耐えらない。

「べルム…っ、俺は…あ…あっ!あの時…魔王に捕まった時…死んでた筈なんだ…助けてくれて…ありがとう…その後も…治療してくれて…ありがとう…っ」

そういえば、仲間の墓のお礼は言ったような気がするが、あの時のお礼はまだだったなと、ヴァシスはふと思い出した。

べルムは驚いて目を見開く。
急に強く抱きしめられて、激しく揺さぶられる。
あまりの快楽に身を捩って仰け反り、ヴァシスは果てた。

「ヴァシス…っ」

べルムも程なく精を吐き出し、ベッドに横たわる。
ヴァシスは少し上半身を移動させて、べルムに口付けをした。
その際、気づかれないように睡眠魔法をかけた。





隣で眠っているべルムを起こさないように、ヴァシスはベッドからゆっくり起き上がる。

暫く、彼の寝顔を見ていた。

机に置いてある2匹のクマのぬいぐるみを、
手に取り「イアス」の方をベルムの隣に寝かせる。
「アイリス」の方を持って右手を宙にかざした。

「おい、悪魔、起きろ」

右手の封印の魔法陣が鈍く光る。
空中にも同様の魔法陣が大きく発生し、その中から悪魔がゆっくりと顔を出し、全身が現れた。
ヤギのような黒い角。
うねる黒い長髪。
青白い皮膚。
紫色の唇。
目の周りが窪んで赤黒く変色している。

特徴的なのは目だ。
人間と違い、結膜の部分が漆黒で、角膜の部分が白い。瞳孔は黒く縦に細く伸びている。

大きなコウモリのような羽が生えているが、とくに羽ばたきもせずベッドの上に浮かぶ。
全身黒づくめで、漆黒のマントですっぽりと全身を覆っていた。


【何故、今封印を解く?魔王を殺しに来たのではないのか?】

悪魔の低く、邪悪な声が脳内に反響した。
しかし悪魔は口すら動かしては居ない。

そうだ、コイツを封印したのは4年も前だったから忘れていたが、こんな声だったな。

「後で話す。べルムに気づかれないように俺を墓地へ連れて行け」

【分かった…】

歩けないヴァシスを抱き抱えて、悪魔はゆっくり宙に浮く。
ヴァシスはべルムの安らかな寝顔を数秒黙って見ていた。

顔を背け、目で合図をすると、悪魔は窓を開けて飛び立った。





城の中央にある庭園を越えると、墓地へはあっという間に着く。

「ヴァシス様、来た…!」

待ち合わせをしていた2匹の魔族の子どもが、木陰から飛び出して近づいてくる。
一瞬、悪魔の姿に驚いた様子だったが、ニコニコと笑顔は崩さなかった。

「嬉しい!来てくれたんですねっ」

2匹は女の子だ。
双子で3歳と言っていた。
2匹とも肌は白く、瞳は灰青。ラベンダー色の髪の毛を肩まで伸ばしており、額に1本の銀色の小さな角が生えている。

ストレートの髪が、姉のクク。
ウェーブした髪が、妹のピピと聞いた。

「遅くなってすまない…誰かに見つからなかったか?」

ヴァシスはクマのぬいぐるみを悪魔に預けて子どもたちのそばに座る。
右足が動かないので、座るのも一苦労だ。

悪魔は宙に浮かび、無言でその様子を見つめていた。

「大丈夫!」

「ちにく、持ってきてくれた?」

少し興奮気味の子どもたちが可愛らしく思えてヴァシスは微笑んだ。

この子達は、昼間リゴのひつぎの前で大泣きをしていた子たちだ。

「持ってきている。準備が必要だから、少し待ってて、瓶は用意してきたか?」

「あるよ!これで足りるかなぁ?」

ククが大きめの瓶を岩の影から出してくる。
中身が入るとかなり重くなるかもしれない。
2匹で持てるだろうか…。

「足りるよ。重くなるかもしれないから、お母さんの所までこの悪魔が持っていくよ。お母さんはリゴの所に居るんだよね?」

「そうなの~ママずっと泣いてて…今日の夜は、寝ずにお祈りしてリゴの体と、ロウソクを見守る当番をやるんだって」

「分かった。お母さんに伝えてくれ。ヴァシスに貰った。朝までに必ず飲ませるように」

「はーい!」

双子は、同時に元気よく手を挙げて返事をした。





【やめろ、何をするつもりだ…?】

「うるさいなぁ…お前は悪魔だろ、魔王を殺すより簡単な仕事なんだから文句を言うな。ちゃんとお前の分は残るからいいだろ」

悪魔を呼び出し、力を使った代償に、勇者は命を落とし、その亡骸を悪魔に食われる。
亡骸を食べることにより、勇者の魔力は、悪魔に吸収され、悪魔は力と自由を手に入れるのだ。

「俺は回復魔法を使いたいから、お前が切ってくれ。何か分からないぐらいある程度細かく…」

【愚かな…!何を考えている!】

ヴァシスは不思議に思って悪魔を見た。
悪魔は、残虐で欲深く、短気で、暴力的。
強大な力を持っていて、魔王も恐れる存在。

なんだコイツは?
本当に悪魔か?

「早くしてくれ、夜が明けてしまう前に持って行って貰わなくてはならない」

あまりにも言うことを聞かないので、仕方がないから自分の魔法で切ろうとしていたら、どうやら観念したらしかった。

【切った後、止血の為に熱魔法で少し焼く。痛みを感じる前に…切ったと同時に、すぐに回復魔法を使え】

「分かった」






ララは、リゴのやせ細ってしまった顔を眺めていた。
ずっと泣いていたせいで、瞼が重くて、痛い。

彼が、べルム様の為に命を削っていた事は知っていた。
もう長くないことも分かっていた。

何度も、こうなる事を思い描いて、大丈夫な筈だった。

なのに…

「リゴ…私…あなたに…まだ何もお礼出来てないのに…あの子たちともっと…沢山遊んで欲しかった」

また溢れ出した涙は、ボタボタとユリの花へと落ちて行く。
その時、子どもたちの無邪気な笑い声が、礼拝堂に響いた。

「ママ~ヴァシスから、ちにく貰ったよ!これでリゴが起きるんでしょ~?」

子どもたちは、2人で瓶を抱えて、ゆっくりと近づいてきた。
瓶の中は、赤黒く染まっている。

「きゃああああ!!!」

ララは、悲鳴を上げた。

子どもたちはその悲鳴に驚いて、瓶を落としそうになる。

ララは、慌てて、瓶を受け止めた。

「そんな…!!!ヴァシス様!ヴァシス様は!?」

瓶を抱えて、入口のドアへ走る。
ドアを開けても誰も居なかった。

「…ヴ…ヴァシス様はどこに…?」

「お墓でバイバイしたよ。ここまで悪魔さんが送ってくれたの」

「…そんな…どうしよう…私が…」

ララは全身震えている。
とんでもない事が、起こってしまった…

「ママどうしたの?あ、ヴァシス様が、ママに朝までに必ず飲ませてね、って言ってたよ」

子どもたちが、無邪気に微笑んだ。

それを聞いたララは、とうとう立って居られなくなり、座り込む。

「なんて事を…!どうしましょう…ああ!…ヴァシス様…ごめんなさい…ごめんなさい…」

ララは、瓶を握りしめて泣き叫ぶ。
その異様な光景に、子どもたちも異変を察知したのか、静かに母親を見つめていた。

ララは、ようやく体の震えが収まって、立ち上がることができた。
まだ、手と足が、細かく震える。
絞り出すように、娘たちに声をかけた。

「クク、ピピ、あなた達は…お部屋に戻ってて…」

「分かった~」
「おやすみ、ママ」

2人が、礼拝堂から出ていく。

静まり返った空間。
最愛の人の遺体。
ユリの香り。
赤黒い瓶の中の、血と肉。

ララは、ひつぎにもたれ掛かり、リゴの頬を撫でた。

「リゴ…あなたが、あの時、私を生き返らせてくれた。今度は、私が…」













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