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12.血肉
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イアスからヴァシスへの手紙③
なかなか手紙が書けなくてごめんね。
糞親父と南の島に来てるよ。
砂浜は金の砂と銀の砂がびっしり落ちていて、びっくりだよ。
これ拾って帰ったらお金になるかな?
糞親父はヴァシスの心配ばかりしてて、すぐ帰りたがって困ってる。
放っておくとすぐにボーッとしちゃうんだ。
もう歳だから仕方ないのかな~?
まだ寿命まで数千年ある筈なんだけど。
ヴァシスに会いたくて変になっちゃってるのかも。
でもちゃんと引き留めとくから安心してね。
そうだ、ひいおじいちゃんがね、昨日会った時に沢山お土産を持たせてくれたんだ。
いくつか送るからべルムと確認して!
コッペ爺様が気に入ってた気持ちの悪い「星の人形」も入ってるよ。
皆で仲良く分けてね。
じゃあ、再来月お城に戻る予定だから、皆によろしく。
*
特に何の考えも無く。
べルムの顔を見つめた。
べルムも、ヴァシスの顔を見ている。
そうだ、今しっかりと伝えないといけないと思い、ヴァシスは口を開いた。
「べルム、俺はお前の世界統一の手伝いがしたい。何か…俺に出来ることはあるか?」
べルムは驚いた顔をしていたが、すぐに微笑む。
「ありがとう。もちろん、手伝って欲しいのは山々なんだけど…まずは治療に専念して欲しい。リゴの事があって止まっちゃってたけど…今夜からまた右足の治癒再開するね」
「待て、まだ治ると思ってるのか?俺はもう無理だと思ってる。引き摺るし、歩きにくいから切断してくれ。そうすれば松葉杖なり義足なりで何とか自力でも歩けるようになるだろうから…」
ヴァシスは、このもどかしい治療にうんざりしていた。
早く、自分で何とか出来るようになりたい。
いつまで続ける気だろう。
もう、いっその事早く切って欲しい。
何も自分で出来ない状態が苦痛だった。
「頼むから…もう少し時間が欲しい。目は…どう?前に比べて眼球の曇りは取れたみたいだけど…」
そう言われてべルムに右目の端を少し指でなぞられる。
右目は、前の治療の際かなり治ったと思う。
しかし、何日か経つとまた視力が落ちたような感じがした。
一時的に回復しただけのようだ。
ただ、それをそのまま伝えると、べルムはガッカリしてしまうだろう。
「少しは…良くなっているようだが…あまりにも時間がかかりすぎる。最終的に何処まで治るのか分からないのに…お前の時間と体力を奪うのは避けたい」
上手く伝えられるだろうか。
もう必要ない。
べルムの役に立ちたいのに、お前からは奪ってばかりだ。
もう、治らないから諦めて次に進ませて欲しい。
*
べルムはリゴの葬儀に出席する為に、ヴァシスの部屋から出て行った。
しばらくすると、淡いイエローのドレスを着たリューナが明らかに暗い表情をしながら、ゆっくり部屋に入ってきた。
今日も茶色の猫は居ない。
『ヴァシス、もう少し距離を取れと言った筈だぞ』
「ベルムの事ですか…?呪術師を集めていたのは、リゴの呪いを解くためと言っていました…」
『それだけじゃないんだ…あー…どこまで伝えていいのやら…憶測も多いしな…』
いつもは思った事や自分の意思をはっきり伝えてくるのだが、珍しくリューナが言葉を選んでいた。
ベッドの横にある椅子に腰掛けた状態で、ヴァシスの両手を取り、俯いている。
しばらくの沈黙の後、ようやく頭に直接届くテレパシーは、ヴァシスの脳内に反響した。
『べルムはお前の母親の遺体を隠し持っている…これは俺も実際に見たから確定情報だ。あと、ここからは…起こるかも知れないという忠告も含めて。べルムはお前の血筋に関するある特殊な能力について…調査している。その力をどう利用しようとしているかは、分からないが、最悪…お前は監禁されてその力を使わざるを得ない状況に置かれるかもしれない』
ヴァシスはすぐには理解出来ずに硬直した。
母の遺体。
特殊な能力。
「特殊な能力とは何ですか?」
『死者蘇生だ』
それを聞いて、ヴァシスは首を傾げる。
「教会の神父や一部の聖人は普通に蘇生魔法を使っているはずですが?」
『今、一般的に使われている蘇生魔法と言われているものは、ほぼ回復魔法と変わりない。強力な回復魔法で、運良く息を吹き返した奴が居るだけだ。だが、特殊な方の死者蘇生は、間違いなくもう既に死んでいる者に効果がある』
通常、心臓が止まるほどのダメージを受けた場合。
30分から1時間以内に神父の元へ連れて行ったり仲間の蘇生魔法が有効であれば蘇生は可能だ。
ただ、傷の深さにより、その時間内でも蘇生は不可能な場合もある。
全ては運と、神父や仲間の魔力と技術に左右される。
「もし、本当に蘇生が可能だとして…心臓が止まってからどのぐらいで蘇生は有効なのですか?」
『3日以内なら蘇生可能だ』
*
リューナの話は、現実味がなくヴァシスはどう受け取って良いのか分からない。
少し具合が悪くなってきたので、1人にして欲しいと伝え、リューナに部屋から出て行ってもらった。
死んで3日以内の遺体の口から、虹色の髪の種族の血液を約500ml注ぎ込む。
大きな傷がある場合、そこにも血液を塗ると効果的。
暫くすると、遺体の心臓が僅かに動き始める。
その後、虹色の髪の種族の「肉」を、与えると、遺体はそれを食べ始める。
1度目は口に含ませて様子を見る。
2度目は口が動く限り食べさせ続ける。
3度目は半日あけて、再度食べさせ続ける。
ここから水を飲ませても良い。
さらに半日あけて、今度は回復魔法をかけつつ、様子を見て、また必要であれば「肉」を口に入れていく。
最終的に遺体は意識を取り戻し、口がきけるようになるので、そこからは回復魔法のみ使用する。
これが、死者蘇生の方法だそうだ。
ヴァシスはてっきり、死者蘇生の魔法の力が、虹色の髪の種族に宿っているという話かと思っていたので「血や肉」の話が出てきた時に思考が停止してしまった。
人間の世界にも似たような言い伝えがある。
人魚の肉を食うと、不老不死になれるという物だ。
この言い伝えのせいで人魚はかなり殺されてしまい、今では海底でしか生活しておらず、姿を見かけなくなった。
そして結局、人魚の肉を食べても不老不死にならない事が分かった。
「…ベルムは、死者蘇生の力が欲しいのだろうか…だから、あんなに親切で、随分と熱心に回復魔法をかけていたんだな…」
外が少し騒がしい。
リゴの葬儀の最中だった。
黒の正装に身を包んだ魔族たちが、リゴの亡骸を囲んでいる。
柩に縋り付き、小さな魔物が2匹、大声で泣いていた。
ヴァシスはその声を聞きながらぼんやり考えた。
今、血肉を飲ませれば、彼は生き返ることが出来るのか…?
血は特に問題は無さそうだ。
困るのは、肉。
切り刻まれた肉体は回復魔法で繋げることが可能だが、部分的に大きく失われてしまうと元には戻らない。
「ふふっ…今、ちょうど良く、足が1本不要だ…」
そう呟いて、ヴァシスは自分で笑ってしまった。
くっくっく、と肩を震わせる。
一体何が真実なのだろう。
べルムか。
リューナか。
それとも誰も真実を話していないのか。
べルムはあれだけ強力な回復魔法が使える。
なので悪い奴ではない筈なのだ。
回復魔法の力は、イコールで心の美しさ、精神力の高さ。
彼は、ヴァシスの今まで出会った誰よりも、優しい。
あの回復魔法の魔力の高さが物語っている。
リューナが教えてくれた情報全てが合っているとは思えない。
ただ、全て間違っている訳では無いと思う。
何となくだが、別にべルムは、ヴァシスの血肉が目的で親切にしてくれた訳では無いと思う。
ただ、運が悪い事に、今彼の幼なじみで1番の親友が死んでしまった。
このタイミングで、その「目的」が必要になった。
ここでべルムはどう出るだろうか?
ヴァシスはようやくべルムの役に立てるかもしれないと、少し安堵していた。
*
べルムが、再びヴァシスの部屋を訪れたのは、夕食前だった。
「夕食一緒にどうかと思って」
シルバーのトレイに2人分の食事を載せ、べルムはいそいそとヴァシスのベッドへ腰掛けた。
食事用の簡易テーブルをベッドの上に設置して、まずはヴァシスの夕飯をセットする。
ヴァシスは手際の良さに、苦笑した。
「魔王のする事か…?」
「するよ!城でふんぞり返って何も自分でやらない王様が1番嫌いだよ俺は」
フンフンと鼻息を荒くして、べルムはヴァシスの皿の肉を1口大に切り分ける。
ヴァシスは肉片をじっと見つめていた。
「べルム…リゴを蘇生するのに俺の血と肉が必要か?」
「はっ…?」
べルムがナイフを皿の上に落とした。
カシャン!!と大きな音を立てる。
左手のフォークはゆっくり置いて、身を乗り出した。
「何言ってんの?…コッペから何か言われた?」
少し震えた声で、べルムは低く呟く。
思いがけず出たコッペ爺様の名前に、ヴァシスは少し考え、首を振った。
「コッペ爺様には何も言われていない。ただ、お前が虹色の髪の女の遺体をまだ隠し持っている事と、死者蘇生の方法については別の人から聞いた」
「待って!隠し持ってるって言うか…ヴァシスのお母さんの遺体は…いつか…身内や知人が現れるかも知れないし…身元が分かるかもしれないから…子どもと一緒に埋葬してあげたかったけど保存しているだけだよ…!ヴァシスの体調が良くなったら話すつもりだったし…死者蘇生については、どう考えたってデマでしょ、本当だとしても使えない方法だよ」
「本当かどうか1度試して見たらどうだ?多分母親の遺体は時間が経ちすぎていて死者蘇生の効果は無いかもしれないが、俺なら血も肉も…」
「はあ?何考えてんの!?ダメに決まってる!」
べルムは立ち上がって肩で息をしている。
珍しく、かなり怒ったようだった。
「ダメじゃない。前も言ったが、右足はもう治らない。切断しろ。そしたら血も肉も手に入る。リゴに使ってみてくれ。蘇生する確率はゼロじゃない…」
「ゼロだよ!リゴは死んだんだ、明日埋葬して、終わりだよ!止めてくれ、自分が何言ってんのか分かってんの…?」
べルムはヴァシスの肩に手を置き、少し揺すった。
急にこんな事を言い出すなんて。
どうしてしまったんだろう。
これだけ言っているのに、ヴァシスは表情を一切変えない。
本当に、自分の体を傷付けることを何とも思っていないようだった。
その視線に、べルムは背筋が冷えていくのを感じる。
誰が、何をヴァシスに伝えてしまったんだろう…何を、どこまで…知っている…?
「ねえ、本当にダメだから、ね、ちょっと落ち着いて」
ヴァシスの背中に腕を回して抱きしめる。
どちらかと言うと、ヴァシスの方が冷静で、べルムの方が震えていた。
その反応を見て、ヴァシスは少し微笑んでいた。
べルムは、やっぱり、ただの善人のようだ。
「べルム、お前、結婚はしないのか?」
「はぁあああ~?もぉおお~突然なに~?今日どうしたの?」
今にも泣き出しそうな顔をして、べルムは裏返った情けない声を出す。
「好きな人は居ないのか?それとも魔王だから許嫁とか居るのか?カルルテの事はどう思う?2人はとても仲が良く見える」
矢継ぎ早に疑問を投げかけてくるヴァシスは、どこか楽しそうだった。
「…なんでカルルテ?…カルルテは、ただの友達だよ。許嫁も別に居ないよ。好きな人は…ヴむぐっ!」
自分から聞いたのに、答えを聞きたくなくて、ヴァシスはベルムの唇を指でつまんで開かないようにした。
カルルテの事が好きだって、言ってくれれば良かったのに。
それで丸く収まったのに。
「もういい…喋るな…」
「むむぐ…」
口をつままれたべルムは、言われた通り大人しくなった。
唇から手を離すと、答えの続きを吐き出した。
「今、好きな人はヴァシスだよ!」
「……喋るなと言っただろ」
ヴァシスは、ベルムの口を両手で塞いだ。
もがっ!と変な声を上げてべルムが一瞬、顔を引いだがヴァシスの両手を捉えて固定した。
ヴァシスが、少し目を伏せて小さく呟く。
「べルム…お前は…カルルテと結婚するのが1番…良いと思うんだ。そしたら人間と魔族の結婚で、子どもができて…両方の種族が…」
「ねえ、さっきヴァシスに一応告白したんだけど俺。あれ?もしかして無かった事にしようとしてんの?…あと、人間の女性と結婚しても異種間だから、子どもが出来るかどうかは分からないよ。ちなみに、カルルテは友達だから、そういう事考えた事ない」
ヴァシスの淡い紫色の瞳がユラユラ揺れている。きっと何かまた、良くない事を考えている。
べルムは、顔を傾け、角がぶつからないように注意して、ヴァシスとキスをした。
言葉でも行動でも伝えているのに、ヴァシスの前には1枚の絶対に破れない膜があるようだ。
べルムの想いは、彼の深い部分にまで伝わらない。
ヴァシスは自己否定が強すぎるのよ、と前にカルルテが話していた。
本当にちゃんと愛した事も、愛して貰ったことも無いから、気を付けてね。
急に近づきすぎると、多分怖くなって逃げちゃうわ。
彼を城で保護する事が決まった時に、各族長から出された条件が、徹底的に彼を調べる事だった。
カルルテを中心に、人間たちが出身の村、立ち寄った村や町、城を訪ねたり、噂を聞いたりして情報を集めた結果、彼の人生は壮絶な物だった。
何も持たず、行くあてもなく、1人で村を飛び出した少年ヴァシスは、自分の体を売ったり、窃盗を繰り返して必要な物や情報を集めて行ったそうだ。
「ああ!覚えていますとも!あのドブネズミ!親切にしてやったら、翌朝、私の寝室から金目の物全て盗みやがって…!」
「あら、懐かしいわね。ヴァシスが11歳の時に私が面倒見ましたわ。何も知らない子どもでしたからね、色々とマナーやルールを教えてあげて、今じゃ勇者さまになったんだとか。彼の支援者の1人として、鼻が高いですわね」
「今じゃ勇者さまですから、殺しに行くことは出来ませんが…彼のせいで酷い目に会いましたよ。私の秘密を、国王にバラしたのですから。それで国王は随分と彼を信頼して気に入ったようですね。国を出るまで随分と王に可愛がって貰ったようですよ」
「ふふ、彼の髪は珍しいから高く売れました。ご存知ですか?回復魔法をかけると切っても髪が結構伸びるんですよ!それで初めて高価な剣を買えたと喜んでました。あの子どもが…すぐに死んでしまうと思ってましたが。随分出世しましたねぇ」
「ヴァシスは今何処にいる!?絶対に許さん!また捕まえて閉じ込めてボコボコにしてやる!あの野郎…!」
「恐ろしい事です。あいつは悪魔ですよ。人も、なんの躊躇もなく殺します。笑いながら、強盗犯達をメッタ刺しにしていたのを見たことがあります。もう必要が無いのに、遺体に何度も穴をあけておりました」
カルルテから報告を受けたベルムは、暫く目眩がして椅子に深くもたれ掛かり、天井を見上げる。
高価なシャンデリアがぶら下がっている。
産まれた時からこの城が、自分の家だった。
べルムも色々な経験をしたが、飢えたことも、体や髪を売ったことも、住む場所が無くなった事も無い。
魔王の息子、という事で周りの人は皆、親切に接してくれた。
この時に、ベルムはヴァシスにこの城でどうか幸せに暮らして欲しいと、心から願ったのだった。
なかなか手紙が書けなくてごめんね。
糞親父と南の島に来てるよ。
砂浜は金の砂と銀の砂がびっしり落ちていて、びっくりだよ。
これ拾って帰ったらお金になるかな?
糞親父はヴァシスの心配ばかりしてて、すぐ帰りたがって困ってる。
放っておくとすぐにボーッとしちゃうんだ。
もう歳だから仕方ないのかな~?
まだ寿命まで数千年ある筈なんだけど。
ヴァシスに会いたくて変になっちゃってるのかも。
でもちゃんと引き留めとくから安心してね。
そうだ、ひいおじいちゃんがね、昨日会った時に沢山お土産を持たせてくれたんだ。
いくつか送るからべルムと確認して!
コッペ爺様が気に入ってた気持ちの悪い「星の人形」も入ってるよ。
皆で仲良く分けてね。
じゃあ、再来月お城に戻る予定だから、皆によろしく。
*
特に何の考えも無く。
べルムの顔を見つめた。
べルムも、ヴァシスの顔を見ている。
そうだ、今しっかりと伝えないといけないと思い、ヴァシスは口を開いた。
「べルム、俺はお前の世界統一の手伝いがしたい。何か…俺に出来ることはあるか?」
べルムは驚いた顔をしていたが、すぐに微笑む。
「ありがとう。もちろん、手伝って欲しいのは山々なんだけど…まずは治療に専念して欲しい。リゴの事があって止まっちゃってたけど…今夜からまた右足の治癒再開するね」
「待て、まだ治ると思ってるのか?俺はもう無理だと思ってる。引き摺るし、歩きにくいから切断してくれ。そうすれば松葉杖なり義足なりで何とか自力でも歩けるようになるだろうから…」
ヴァシスは、このもどかしい治療にうんざりしていた。
早く、自分で何とか出来るようになりたい。
いつまで続ける気だろう。
もう、いっその事早く切って欲しい。
何も自分で出来ない状態が苦痛だった。
「頼むから…もう少し時間が欲しい。目は…どう?前に比べて眼球の曇りは取れたみたいだけど…」
そう言われてべルムに右目の端を少し指でなぞられる。
右目は、前の治療の際かなり治ったと思う。
しかし、何日か経つとまた視力が落ちたような感じがした。
一時的に回復しただけのようだ。
ただ、それをそのまま伝えると、べルムはガッカリしてしまうだろう。
「少しは…良くなっているようだが…あまりにも時間がかかりすぎる。最終的に何処まで治るのか分からないのに…お前の時間と体力を奪うのは避けたい」
上手く伝えられるだろうか。
もう必要ない。
べルムの役に立ちたいのに、お前からは奪ってばかりだ。
もう、治らないから諦めて次に進ませて欲しい。
*
べルムはリゴの葬儀に出席する為に、ヴァシスの部屋から出て行った。
しばらくすると、淡いイエローのドレスを着たリューナが明らかに暗い表情をしながら、ゆっくり部屋に入ってきた。
今日も茶色の猫は居ない。
『ヴァシス、もう少し距離を取れと言った筈だぞ』
「ベルムの事ですか…?呪術師を集めていたのは、リゴの呪いを解くためと言っていました…」
『それだけじゃないんだ…あー…どこまで伝えていいのやら…憶測も多いしな…』
いつもは思った事や自分の意思をはっきり伝えてくるのだが、珍しくリューナが言葉を選んでいた。
ベッドの横にある椅子に腰掛けた状態で、ヴァシスの両手を取り、俯いている。
しばらくの沈黙の後、ようやく頭に直接届くテレパシーは、ヴァシスの脳内に反響した。
『べルムはお前の母親の遺体を隠し持っている…これは俺も実際に見たから確定情報だ。あと、ここからは…起こるかも知れないという忠告も含めて。べルムはお前の血筋に関するある特殊な能力について…調査している。その力をどう利用しようとしているかは、分からないが、最悪…お前は監禁されてその力を使わざるを得ない状況に置かれるかもしれない』
ヴァシスはすぐには理解出来ずに硬直した。
母の遺体。
特殊な能力。
「特殊な能力とは何ですか?」
『死者蘇生だ』
それを聞いて、ヴァシスは首を傾げる。
「教会の神父や一部の聖人は普通に蘇生魔法を使っているはずですが?」
『今、一般的に使われている蘇生魔法と言われているものは、ほぼ回復魔法と変わりない。強力な回復魔法で、運良く息を吹き返した奴が居るだけだ。だが、特殊な方の死者蘇生は、間違いなくもう既に死んでいる者に効果がある』
通常、心臓が止まるほどのダメージを受けた場合。
30分から1時間以内に神父の元へ連れて行ったり仲間の蘇生魔法が有効であれば蘇生は可能だ。
ただ、傷の深さにより、その時間内でも蘇生は不可能な場合もある。
全ては運と、神父や仲間の魔力と技術に左右される。
「もし、本当に蘇生が可能だとして…心臓が止まってからどのぐらいで蘇生は有効なのですか?」
『3日以内なら蘇生可能だ』
*
リューナの話は、現実味がなくヴァシスはどう受け取って良いのか分からない。
少し具合が悪くなってきたので、1人にして欲しいと伝え、リューナに部屋から出て行ってもらった。
死んで3日以内の遺体の口から、虹色の髪の種族の血液を約500ml注ぎ込む。
大きな傷がある場合、そこにも血液を塗ると効果的。
暫くすると、遺体の心臓が僅かに動き始める。
その後、虹色の髪の種族の「肉」を、与えると、遺体はそれを食べ始める。
1度目は口に含ませて様子を見る。
2度目は口が動く限り食べさせ続ける。
3度目は半日あけて、再度食べさせ続ける。
ここから水を飲ませても良い。
さらに半日あけて、今度は回復魔法をかけつつ、様子を見て、また必要であれば「肉」を口に入れていく。
最終的に遺体は意識を取り戻し、口がきけるようになるので、そこからは回復魔法のみ使用する。
これが、死者蘇生の方法だそうだ。
ヴァシスはてっきり、死者蘇生の魔法の力が、虹色の髪の種族に宿っているという話かと思っていたので「血や肉」の話が出てきた時に思考が停止してしまった。
人間の世界にも似たような言い伝えがある。
人魚の肉を食うと、不老不死になれるという物だ。
この言い伝えのせいで人魚はかなり殺されてしまい、今では海底でしか生活しておらず、姿を見かけなくなった。
そして結局、人魚の肉を食べても不老不死にならない事が分かった。
「…ベルムは、死者蘇生の力が欲しいのだろうか…だから、あんなに親切で、随分と熱心に回復魔法をかけていたんだな…」
外が少し騒がしい。
リゴの葬儀の最中だった。
黒の正装に身を包んだ魔族たちが、リゴの亡骸を囲んでいる。
柩に縋り付き、小さな魔物が2匹、大声で泣いていた。
ヴァシスはその声を聞きながらぼんやり考えた。
今、血肉を飲ませれば、彼は生き返ることが出来るのか…?
血は特に問題は無さそうだ。
困るのは、肉。
切り刻まれた肉体は回復魔法で繋げることが可能だが、部分的に大きく失われてしまうと元には戻らない。
「ふふっ…今、ちょうど良く、足が1本不要だ…」
そう呟いて、ヴァシスは自分で笑ってしまった。
くっくっく、と肩を震わせる。
一体何が真実なのだろう。
べルムか。
リューナか。
それとも誰も真実を話していないのか。
べルムはあれだけ強力な回復魔法が使える。
なので悪い奴ではない筈なのだ。
回復魔法の力は、イコールで心の美しさ、精神力の高さ。
彼は、ヴァシスの今まで出会った誰よりも、優しい。
あの回復魔法の魔力の高さが物語っている。
リューナが教えてくれた情報全てが合っているとは思えない。
ただ、全て間違っている訳では無いと思う。
何となくだが、別にべルムは、ヴァシスの血肉が目的で親切にしてくれた訳では無いと思う。
ただ、運が悪い事に、今彼の幼なじみで1番の親友が死んでしまった。
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*
べルムが、再びヴァシスの部屋を訪れたのは、夕食前だった。
「夕食一緒にどうかと思って」
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食事用の簡易テーブルをベッドの上に設置して、まずはヴァシスの夕飯をセットする。
ヴァシスは手際の良さに、苦笑した。
「魔王のする事か…?」
「するよ!城でふんぞり返って何も自分でやらない王様が1番嫌いだよ俺は」
フンフンと鼻息を荒くして、べルムはヴァシスの皿の肉を1口大に切り分ける。
ヴァシスは肉片をじっと見つめていた。
「べルム…リゴを蘇生するのに俺の血と肉が必要か?」
「はっ…?」
べルムがナイフを皿の上に落とした。
カシャン!!と大きな音を立てる。
左手のフォークはゆっくり置いて、身を乗り出した。
「何言ってんの?…コッペから何か言われた?」
少し震えた声で、べルムは低く呟く。
思いがけず出たコッペ爺様の名前に、ヴァシスは少し考え、首を振った。
「コッペ爺様には何も言われていない。ただ、お前が虹色の髪の女の遺体をまだ隠し持っている事と、死者蘇生の方法については別の人から聞いた」
「待って!隠し持ってるって言うか…ヴァシスのお母さんの遺体は…いつか…身内や知人が現れるかも知れないし…身元が分かるかもしれないから…子どもと一緒に埋葬してあげたかったけど保存しているだけだよ…!ヴァシスの体調が良くなったら話すつもりだったし…死者蘇生については、どう考えたってデマでしょ、本当だとしても使えない方法だよ」
「本当かどうか1度試して見たらどうだ?多分母親の遺体は時間が経ちすぎていて死者蘇生の効果は無いかもしれないが、俺なら血も肉も…」
「はあ?何考えてんの!?ダメに決まってる!」
べルムは立ち上がって肩で息をしている。
珍しく、かなり怒ったようだった。
「ダメじゃない。前も言ったが、右足はもう治らない。切断しろ。そしたら血も肉も手に入る。リゴに使ってみてくれ。蘇生する確率はゼロじゃない…」
「ゼロだよ!リゴは死んだんだ、明日埋葬して、終わりだよ!止めてくれ、自分が何言ってんのか分かってんの…?」
べルムはヴァシスの肩に手を置き、少し揺すった。
急にこんな事を言い出すなんて。
どうしてしまったんだろう。
これだけ言っているのに、ヴァシスは表情を一切変えない。
本当に、自分の体を傷付けることを何とも思っていないようだった。
その視線に、べルムは背筋が冷えていくのを感じる。
誰が、何をヴァシスに伝えてしまったんだろう…何を、どこまで…知っている…?
「ねえ、本当にダメだから、ね、ちょっと落ち着いて」
ヴァシスの背中に腕を回して抱きしめる。
どちらかと言うと、ヴァシスの方が冷静で、べルムの方が震えていた。
その反応を見て、ヴァシスは少し微笑んでいた。
べルムは、やっぱり、ただの善人のようだ。
「べルム、お前、結婚はしないのか?」
「はぁあああ~?もぉおお~突然なに~?今日どうしたの?」
今にも泣き出しそうな顔をして、べルムは裏返った情けない声を出す。
「好きな人は居ないのか?それとも魔王だから許嫁とか居るのか?カルルテの事はどう思う?2人はとても仲が良く見える」
矢継ぎ早に疑問を投げかけてくるヴァシスは、どこか楽しそうだった。
「…なんでカルルテ?…カルルテは、ただの友達だよ。許嫁も別に居ないよ。好きな人は…ヴむぐっ!」
自分から聞いたのに、答えを聞きたくなくて、ヴァシスはベルムの唇を指でつまんで開かないようにした。
カルルテの事が好きだって、言ってくれれば良かったのに。
それで丸く収まったのに。
「もういい…喋るな…」
「むむぐ…」
口をつままれたべルムは、言われた通り大人しくなった。
唇から手を離すと、答えの続きを吐き出した。
「今、好きな人はヴァシスだよ!」
「……喋るなと言っただろ」
ヴァシスは、ベルムの口を両手で塞いだ。
もがっ!と変な声を上げてべルムが一瞬、顔を引いだがヴァシスの両手を捉えて固定した。
ヴァシスが、少し目を伏せて小さく呟く。
「べルム…お前は…カルルテと結婚するのが1番…良いと思うんだ。そしたら人間と魔族の結婚で、子どもができて…両方の種族が…」
「ねえ、さっきヴァシスに一応告白したんだけど俺。あれ?もしかして無かった事にしようとしてんの?…あと、人間の女性と結婚しても異種間だから、子どもが出来るかどうかは分からないよ。ちなみに、カルルテは友達だから、そういう事考えた事ない」
ヴァシスの淡い紫色の瞳がユラユラ揺れている。きっと何かまた、良くない事を考えている。
べルムは、顔を傾け、角がぶつからないように注意して、ヴァシスとキスをした。
言葉でも行動でも伝えているのに、ヴァシスの前には1枚の絶対に破れない膜があるようだ。
べルムの想いは、彼の深い部分にまで伝わらない。
ヴァシスは自己否定が強すぎるのよ、と前にカルルテが話していた。
本当にちゃんと愛した事も、愛して貰ったことも無いから、気を付けてね。
急に近づきすぎると、多分怖くなって逃げちゃうわ。
彼を城で保護する事が決まった時に、各族長から出された条件が、徹底的に彼を調べる事だった。
カルルテを中心に、人間たちが出身の村、立ち寄った村や町、城を訪ねたり、噂を聞いたりして情報を集めた結果、彼の人生は壮絶な物だった。
何も持たず、行くあてもなく、1人で村を飛び出した少年ヴァシスは、自分の体を売ったり、窃盗を繰り返して必要な物や情報を集めて行ったそうだ。
「ああ!覚えていますとも!あのドブネズミ!親切にしてやったら、翌朝、私の寝室から金目の物全て盗みやがって…!」
「あら、懐かしいわね。ヴァシスが11歳の時に私が面倒見ましたわ。何も知らない子どもでしたからね、色々とマナーやルールを教えてあげて、今じゃ勇者さまになったんだとか。彼の支援者の1人として、鼻が高いですわね」
「今じゃ勇者さまですから、殺しに行くことは出来ませんが…彼のせいで酷い目に会いましたよ。私の秘密を、国王にバラしたのですから。それで国王は随分と彼を信頼して気に入ったようですね。国を出るまで随分と王に可愛がって貰ったようですよ」
「ふふ、彼の髪は珍しいから高く売れました。ご存知ですか?回復魔法をかけると切っても髪が結構伸びるんですよ!それで初めて高価な剣を買えたと喜んでました。あの子どもが…すぐに死んでしまうと思ってましたが。随分出世しましたねぇ」
「ヴァシスは今何処にいる!?絶対に許さん!また捕まえて閉じ込めてボコボコにしてやる!あの野郎…!」
「恐ろしい事です。あいつは悪魔ですよ。人も、なんの躊躇もなく殺します。笑いながら、強盗犯達をメッタ刺しにしていたのを見たことがあります。もう必要が無いのに、遺体に何度も穴をあけておりました」
カルルテから報告を受けたベルムは、暫く目眩がして椅子に深くもたれ掛かり、天井を見上げる。
高価なシャンデリアがぶら下がっている。
産まれた時からこの城が、自分の家だった。
べルムも色々な経験をしたが、飢えたことも、体や髪を売ったことも、住む場所が無くなった事も無い。
魔王の息子、という事で周りの人は皆、親切に接してくれた。
この時に、ベルムはヴァシスにこの城でどうか幸せに暮らして欲しいと、心から願ったのだった。
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唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
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飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
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性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
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宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
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乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
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