11 / 18
11.呪縛
しおりを挟む
イアスからヴァシスへの手紙②
べルムには本当に感謝している。
糞親父の暴走で、あの時は本当に酷い状態だったのに、彼は全てを受け入れてくれた。
僕の事も、大切にしてくれた。
一時的にでも、彼の息子として育てて貰えた事を誇りに思っている。
糞親父は、まだゴネていてなかなか次の行き先が決まらないんだ。
最悪、殴ってでも連れていく。
また落ち着いたら、手紙を書くよ。
愛している。
*
自室に戻り、いつの間にかベッドで眠ってしまったヴァシスは、ドアのノックの音で目が覚めた。
時計を見ると、21時を少し過ぎたぐらいだった。
この時間に誰か来るなんて珍しい。
「はい」と返事をすると、ベルムが申し訳なさそうな顔をして入ってきた。
「ごめん…ヴァシス。こんな時間に…寝てた?」
「いや、大丈夫だ」
足の治療に来てくれたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
かなり元気がない。また何日も眠れていないようだった。
ベルムは無言でゆっくりヴァシスの隣に倒れ込んだ。
ヴァシスは彼の背中に手を回して、回復魔法をかける。
微々たる治癒力だろうが、やらないよりはマシだろう。
「ありがとう…ごめん…」
そう言ったべルムの声は、少し震えている。泣いているのかと思ったが、そうでは無いようだ。
ただ、かなり不安定なようだった。
メンタル弱々野郎…か。
リゴの言葉を思い出す。
そういえば、リゴも最近姿を見ていない。
「会うのは…久しぶりだな…最近は皆、忙しいのか?」
ヴァシスは、べルムに問いかけた。
何か自分にも手伝える事があれば良いのだけど。
この足では剣も握れないし、荷物の1つも自力で運べない。
べルムは顔をあげる。
ヴァシスの頬を両手でやんわりと固定するので、何かされるのかと思っていたが、特に何もせずにぼんやりとヴァシスの顔を眺めているだけだった。
長い沈黙のあと、小さく呟く。
「リゴが…俺のせいで死んでしまった。今朝…看取った。明日、正式に発表があると思う」
「え…っ」
何かの冗談かと思ったが、様子がおかしい。
本当なのだろうか?
先日会った時はリゴは、とても元気だった筈だ。
突発的な事故でも起きたのだろうか…それとも、何か持病があったのだろうか。
ヴァシスは何も聞けなかった。
べルムも、それ以上何も言わずに、ヴァシスの隣に横たわる。
しばらく静かだった。
べルムは眠ったようだ。
眠ったと言うよりは、また気絶したに近い状態だろう。
幼児化しないと良いのだけど。
ヴァシスは、体の向きを変えて、うつ伏せで横たわるべルムの顔を見つめる。
そういえば、一応コイツは王なのだから、王妃を迎えなくてはいけないんじゃないのか。
それとも、もう決まった相手が居るのだろうか。
カルルテと話している以外に決まった女性といる所を見たことが無い。
カルルテは、コイツの事をどう思っているのだろう。
魔王と人間が結婚すれば、それはもうかなり世界統一に近づくのではないか?
気が合うようで、楽しそうに話しているし。
カルルテは、普段サバサバしているし、服装はいつも白衣だし、眼鏡をかけているので分かりにくいが美人である。
明るいアッシュブラウンのロングヘアに青い瞳。肌は白く少し細身であるが、背も程よく高い。頭も良いので、政治の話も出来るだろう。
「ふふ、良いかもしれない…」
2人の事を想像して微笑んでしまった。
今度、カルルテにべルムの事について聞いてみよう。
魔王になったべルム。
その横に、凛と佇むカルルテ。
その時に、ヴァシスは何処にいるのだろう。
べルムの力になりたいと思うのだが、どう考えても何の役に立てるのか分からない。
邪魔になったりお荷物になるのは御免だ。
そうなりそうになったら、潔くこの城を出ていこう。
足の不自由なヴァシスだったが、一つだけ静かにこの場所を去れる方法がある。
右手を広げた。
手の甲に刻まれた魔法陣が小さく光を放っていた。
契約はまだ有効だ。
命と引き換えに、命令に絶対に従う悪魔。
これを使って、何か出来ないだろうか。
出来れば、城を出て行くのは最終手段だ。
それ以外にもう少し有効活用したい。
ただ、魔族はほとんどこの悪魔より強い。
なぜならこの悪魔はヴァシスにも負けて封印されたぐらいなのだから。
「あまり…役に立たないな…俺も、この悪魔も」
唯一、ヴァシスが役に立ちそうな事は、回復魔法が使える事だった。
魔族には回復魔法が使える個体がそこまで多くない。
ヴァシスは眠っているべルムの左手に自分の右手を重ね、眠りにつくまでの間、回復魔法をかけ続けた。
*
べルムの目の前に、何故かヴァシスが居た。
また…記憶があやふやだ。
確かリゴを看取った。
国中から呪術が使える魔物を集めて、どうにかリゴの呪いを解くことができないか、何日も色々試したのだが、結局この呪いはもう発動と同時に完成してしまっていて、そしてもう何をしても止まることは無いという結論に至った。
また良くない事に、呪われている事を他人に話すと言う事が余計にその力を増し、早めることに繋がってしまったようだ。
リゴはあっという間に体調を崩して寝たきりになってしまった。
リゴは意識を失うまではヘラヘラ笑っていた。
誰にも言わないで欲しいと言う本人の希望だった為、医者と世話に携わる使用人数人と、各族長にのみ状態を伝えるに留めた。
最後の数日は、とにかく昔話をしたり、お互いに言いたい事を言って、あとはリゴの財産をどうするだのという話になったり、死後の希望を聞いたりした。
財産は全て国に寄付する。
不用品は欲しい人にあげるから勝手にしろ。
ベッドの横の本棚の1番下の引き出しにはエロ本があるからそれはお前に全部やる。
葬式は派手にしたら殺す。必要最低限の人だけ呼んで地味にしろ。
棺桶にはユリの花を満杯にしてくれ。
墓も地味にしろ。
最後の1日、リゴの意識が無くなった。
呪いの文字は、リゴの内臓全てに広がったようだった。
3時間、呼吸が荒くなり苦しそうな状態が続く。
回復魔法は効かなかった。
心臓が止まる。
呼吸が浅くなり、呼吸をする間隔が広がり、呼吸をしているのかしていないのか分からなくなる。
時々思い出したように大きく呼吸を何回かして、ついに停止する。
「リゴ…」
彼の背中を擦る。
少しして、薄く開いた瞳の瞳孔が、開いて、止まった。
その後、リゴの開いた目を瞼を抑えて閉じさせて、べルムは従者に知らせを出すように頼む。
お世話係に伝えると、身体を清めて葬式の準備をするとの事だった。
べルム様、少し休んでください。と心配されたので、部屋に戻ってベッドに倒れ込む。
部屋は異様に静まり返っていて、何故かずっと、耳鳴りみたいな音が鳴っている。
その音は目を閉じても消えない。
そこでふと、ヴァシスは今、どうしているだろうかと、気になった。
そこで記憶が途絶えている。
「やだ~また幼児化した…?いや、服着てるか」
身体の疲れが少し取れていて頭がクリアになっていた。
ヴァシスが回復魔法をかけてくれたのだとべルムは気付く。
隣のヴァシスは安らかに眠っている。
リゴの、最後の顔を思い出した。
「ああ…リゴ…本当に死んじゃったんだな…」
父親を殺した時は、憎しみが強すぎて悲しいなんて言う感情は湧いてこなかった。
虹色の髪の女が殺された時も、怒りに支配されていて、悲しいという感情はそれほど顔を出さなかった。
今はとても悲しい。
身体がこのまま溶けて潰れてしまいそうだ。
自分の所為だと分かっていた。
あの時、虹色の髪の女を助けなければ。
すぐに人間に引き渡していれば。
リゴに手伝わせなければ。
リゴはきっと今でも元気に笑っていられた筈。
「かーさま」だって助かったかもしれない。
全て、あの時の俺の選択のミス。
目と脳が、ぐわんぐわんと回り始める。
ああ…これダメだ…
*
誰かが声を押し殺して泣いている。
ヴァシスは驚いて目を開けた。
隣にいるべルムが泣いていると思ったのだが、様子がおかしかった。
小さい…しかし以前よりは少し大きい。
10歳ぐらいだろうか…?
またべルムは子どもに戻ってしまったようだ。
「べルム、こっちおいで」
呼びかけると、べルムがビクッと跳ねた。
泣き腫らして濡れた赤い瞳がヴァシスを捉えた。
「かーさま…?生きてる?…違う…だれ?男の人…」
少し、警戒して後ずさったべルムは、自分の着ていた袖の長い服に突っかかって、ベッドから落ちそうになる。
「あっ!」
ヴァシスは、べルムの腕を引っ張って抱き留めた。
特に抵抗はされず、素直に腕の中に収まった。
「………」
無言で脱力するべルムの頭と背中を撫でる。
前に幼児化したべルムは5歳だったので結構派手に声を出して泣いたのだが、今回は随分と感情を抑えて静かに泣いていた。
それが余計、気の毒だった。
ヴァシスのシャツの胸の辺りが涙と鼻水で、ぐしょぐしょに濡れる。
子どもは体温が高いと言うが、その通りだと思った。
べルムの顔も、涙も、とても熱い。
「べルム、1回顔拭こうか」
机の上にちょうどハンカチが置いてあった。
ヴァシスは、それを手に取り、べルムを拭こうとした瞬間、しまったと思った。
そのピンクのハンカチは、前にリゴが、ヴァシスの鼻血を拭いてくれた物だった。洗って返す予定でそこに置いてあったのだ。
べルムは、ハンカチを見た瞬間にリゴの物だと気付いたようで、余計に泣いてしまった。
今度は声が抑えられないほど、彼は泣き出した。腫れてしまった瞼に、少し回復魔法を馴染ませる。
その時、扉がノックされ、声をかけられた。
「ねぇ、ヴァシス、べルムそこに居る?」
カルルテの声だった。
ヴァシスは、「また子どもになってしまった」と答えた。
扉を開けて、黒いワンピースを着たカルルテが、入ってくる。
「…これは…出席は無理そうかしら…今日はまだ大丈夫だけれど…明日には埋葬しないといけないから、それまでに戻って貰わないと…」
カルルテが、「埋葬」と言ったタイミングで、べルムが過呼吸のような状態になってしまう。
ヴァシスは慌てて彼の背中を撫で、また少し回復魔法を流した。
「ああっ…ごめんなさい…!今日は私から各族長には話しておくわ。ヴァシス、べルムをよろしくね」
「ああ…」
カルルテは、少し手を振って部屋から出て行った。
彼女も、やつれた様子だった。
「べルム、横になるか?」
べルムは首を振った。
涙は、少し落ち着いてきたようだ。
コイツはこういう事がある度に毎回こんな状態になるのだろうか…
繊細すぎないか?
ヴァシスは魔王戦の前にも何人も仲間が目の前で死んでいる。
一番最初の仲間の死は、かなりの衝撃だった。
15歳の時だった。
パーティーを募集していた時に、初めて仲間になってくれた剣士だった。
彼は、魔法も使えず、剣士なのに体力が無く、弱かったが、とても良い奴だった。
銅色の髪。鼻の頭のそばかす。
明るくて、優しい。同い歳だった。
家族が居らず、孤児院で育ったと聞いた。
彼はあっさり、出会って4ヶ月後に、背後から現れた魔物に一撃で殺された。
何とか1人で魔物に勝利し、彼に回復魔法
かけたが間に合わなかった。
穴を掘り、遺体を埋めて、一晩中泣いた。
その後も、事ある毎に思い出しては悲しくなり、3ヶ月ぐらいは悲しみを引きずった。
その後、1人、また1人と仲間を失う事に、不思議だが心が麻痺したように段々と、何も感じなくなって行った。
まるで夢の中の出来事のような。
ぼんやりとした記憶の中で。
そう言えば、あいつは死んだっけ、とたまに思い出す。
仲間の誰かが死んでも。
悲しいという気持ちは多少湧いたが、瞬間的に湧き出るだけで継続はしない。
涙はほとんど出なくなった。
毎回悲しんでいたら、心が壊れてしまうだろう。
それを防ぐ為の、防御策だと思う。
べルムにとっての防御策は、幼児化する事なのかもしれない。
子どもに戻って、思い切り悲しむ。
だが、それで前に進めるのだろうか?
より深く傷ついて居るような気もする。
「…ヴァシス…」
気が付くと、べルムは元の大きさに戻っていた。
ヴァシスが彼を抱きしめていた筈だったのだが、いつの間にか逆に抱きしめられている。
「戻ったのか?」
「うん…も~ホントに…いつもゴメン」
「小さくて可愛いから別に良いよ」と言ったら、べルムが真っ赤になっていた。
ヴァシスはその反応に思わず少し笑ってしまう。
「べルムと距離を置いた方が良い」と勇者リューナに忠告されていた事を、この時のヴァシスは完全に忘れていた。
育ての親の虐待。
村人の暴力。
不正を働く貴族や領主。
勇者になるまでに出会った醜い人々の欲望。
勇者になった後に知る、権力と金の汚さ。
本当の両親が共に魔族だと確定した時点で。
ヴァシスの心は少し、魔族側へと傾いていた。
べルムには本当に感謝している。
糞親父の暴走で、あの時は本当に酷い状態だったのに、彼は全てを受け入れてくれた。
僕の事も、大切にしてくれた。
一時的にでも、彼の息子として育てて貰えた事を誇りに思っている。
糞親父は、まだゴネていてなかなか次の行き先が決まらないんだ。
最悪、殴ってでも連れていく。
また落ち着いたら、手紙を書くよ。
愛している。
*
自室に戻り、いつの間にかベッドで眠ってしまったヴァシスは、ドアのノックの音で目が覚めた。
時計を見ると、21時を少し過ぎたぐらいだった。
この時間に誰か来るなんて珍しい。
「はい」と返事をすると、ベルムが申し訳なさそうな顔をして入ってきた。
「ごめん…ヴァシス。こんな時間に…寝てた?」
「いや、大丈夫だ」
足の治療に来てくれたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
かなり元気がない。また何日も眠れていないようだった。
ベルムは無言でゆっくりヴァシスの隣に倒れ込んだ。
ヴァシスは彼の背中に手を回して、回復魔法をかける。
微々たる治癒力だろうが、やらないよりはマシだろう。
「ありがとう…ごめん…」
そう言ったべルムの声は、少し震えている。泣いているのかと思ったが、そうでは無いようだ。
ただ、かなり不安定なようだった。
メンタル弱々野郎…か。
リゴの言葉を思い出す。
そういえば、リゴも最近姿を見ていない。
「会うのは…久しぶりだな…最近は皆、忙しいのか?」
ヴァシスは、べルムに問いかけた。
何か自分にも手伝える事があれば良いのだけど。
この足では剣も握れないし、荷物の1つも自力で運べない。
べルムは顔をあげる。
ヴァシスの頬を両手でやんわりと固定するので、何かされるのかと思っていたが、特に何もせずにぼんやりとヴァシスの顔を眺めているだけだった。
長い沈黙のあと、小さく呟く。
「リゴが…俺のせいで死んでしまった。今朝…看取った。明日、正式に発表があると思う」
「え…っ」
何かの冗談かと思ったが、様子がおかしい。
本当なのだろうか?
先日会った時はリゴは、とても元気だった筈だ。
突発的な事故でも起きたのだろうか…それとも、何か持病があったのだろうか。
ヴァシスは何も聞けなかった。
べルムも、それ以上何も言わずに、ヴァシスの隣に横たわる。
しばらく静かだった。
べルムは眠ったようだ。
眠ったと言うよりは、また気絶したに近い状態だろう。
幼児化しないと良いのだけど。
ヴァシスは、体の向きを変えて、うつ伏せで横たわるべルムの顔を見つめる。
そういえば、一応コイツは王なのだから、王妃を迎えなくてはいけないんじゃないのか。
それとも、もう決まった相手が居るのだろうか。
カルルテと話している以外に決まった女性といる所を見たことが無い。
カルルテは、コイツの事をどう思っているのだろう。
魔王と人間が結婚すれば、それはもうかなり世界統一に近づくのではないか?
気が合うようで、楽しそうに話しているし。
カルルテは、普段サバサバしているし、服装はいつも白衣だし、眼鏡をかけているので分かりにくいが美人である。
明るいアッシュブラウンのロングヘアに青い瞳。肌は白く少し細身であるが、背も程よく高い。頭も良いので、政治の話も出来るだろう。
「ふふ、良いかもしれない…」
2人の事を想像して微笑んでしまった。
今度、カルルテにべルムの事について聞いてみよう。
魔王になったべルム。
その横に、凛と佇むカルルテ。
その時に、ヴァシスは何処にいるのだろう。
べルムの力になりたいと思うのだが、どう考えても何の役に立てるのか分からない。
邪魔になったりお荷物になるのは御免だ。
そうなりそうになったら、潔くこの城を出ていこう。
足の不自由なヴァシスだったが、一つだけ静かにこの場所を去れる方法がある。
右手を広げた。
手の甲に刻まれた魔法陣が小さく光を放っていた。
契約はまだ有効だ。
命と引き換えに、命令に絶対に従う悪魔。
これを使って、何か出来ないだろうか。
出来れば、城を出て行くのは最終手段だ。
それ以外にもう少し有効活用したい。
ただ、魔族はほとんどこの悪魔より強い。
なぜならこの悪魔はヴァシスにも負けて封印されたぐらいなのだから。
「あまり…役に立たないな…俺も、この悪魔も」
唯一、ヴァシスが役に立ちそうな事は、回復魔法が使える事だった。
魔族には回復魔法が使える個体がそこまで多くない。
ヴァシスは眠っているべルムの左手に自分の右手を重ね、眠りにつくまでの間、回復魔法をかけ続けた。
*
べルムの目の前に、何故かヴァシスが居た。
また…記憶があやふやだ。
確かリゴを看取った。
国中から呪術が使える魔物を集めて、どうにかリゴの呪いを解くことができないか、何日も色々試したのだが、結局この呪いはもう発動と同時に完成してしまっていて、そしてもう何をしても止まることは無いという結論に至った。
また良くない事に、呪われている事を他人に話すと言う事が余計にその力を増し、早めることに繋がってしまったようだ。
リゴはあっという間に体調を崩して寝たきりになってしまった。
リゴは意識を失うまではヘラヘラ笑っていた。
誰にも言わないで欲しいと言う本人の希望だった為、医者と世話に携わる使用人数人と、各族長にのみ状態を伝えるに留めた。
最後の数日は、とにかく昔話をしたり、お互いに言いたい事を言って、あとはリゴの財産をどうするだのという話になったり、死後の希望を聞いたりした。
財産は全て国に寄付する。
不用品は欲しい人にあげるから勝手にしろ。
ベッドの横の本棚の1番下の引き出しにはエロ本があるからそれはお前に全部やる。
葬式は派手にしたら殺す。必要最低限の人だけ呼んで地味にしろ。
棺桶にはユリの花を満杯にしてくれ。
墓も地味にしろ。
最後の1日、リゴの意識が無くなった。
呪いの文字は、リゴの内臓全てに広がったようだった。
3時間、呼吸が荒くなり苦しそうな状態が続く。
回復魔法は効かなかった。
心臓が止まる。
呼吸が浅くなり、呼吸をする間隔が広がり、呼吸をしているのかしていないのか分からなくなる。
時々思い出したように大きく呼吸を何回かして、ついに停止する。
「リゴ…」
彼の背中を擦る。
少しして、薄く開いた瞳の瞳孔が、開いて、止まった。
その後、リゴの開いた目を瞼を抑えて閉じさせて、べルムは従者に知らせを出すように頼む。
お世話係に伝えると、身体を清めて葬式の準備をするとの事だった。
べルム様、少し休んでください。と心配されたので、部屋に戻ってベッドに倒れ込む。
部屋は異様に静まり返っていて、何故かずっと、耳鳴りみたいな音が鳴っている。
その音は目を閉じても消えない。
そこでふと、ヴァシスは今、どうしているだろうかと、気になった。
そこで記憶が途絶えている。
「やだ~また幼児化した…?いや、服着てるか」
身体の疲れが少し取れていて頭がクリアになっていた。
ヴァシスが回復魔法をかけてくれたのだとべルムは気付く。
隣のヴァシスは安らかに眠っている。
リゴの、最後の顔を思い出した。
「ああ…リゴ…本当に死んじゃったんだな…」
父親を殺した時は、憎しみが強すぎて悲しいなんて言う感情は湧いてこなかった。
虹色の髪の女が殺された時も、怒りに支配されていて、悲しいという感情はそれほど顔を出さなかった。
今はとても悲しい。
身体がこのまま溶けて潰れてしまいそうだ。
自分の所為だと分かっていた。
あの時、虹色の髪の女を助けなければ。
すぐに人間に引き渡していれば。
リゴに手伝わせなければ。
リゴはきっと今でも元気に笑っていられた筈。
「かーさま」だって助かったかもしれない。
全て、あの時の俺の選択のミス。
目と脳が、ぐわんぐわんと回り始める。
ああ…これダメだ…
*
誰かが声を押し殺して泣いている。
ヴァシスは驚いて目を開けた。
隣にいるべルムが泣いていると思ったのだが、様子がおかしかった。
小さい…しかし以前よりは少し大きい。
10歳ぐらいだろうか…?
またべルムは子どもに戻ってしまったようだ。
「べルム、こっちおいで」
呼びかけると、べルムがビクッと跳ねた。
泣き腫らして濡れた赤い瞳がヴァシスを捉えた。
「かーさま…?生きてる?…違う…だれ?男の人…」
少し、警戒して後ずさったべルムは、自分の着ていた袖の長い服に突っかかって、ベッドから落ちそうになる。
「あっ!」
ヴァシスは、べルムの腕を引っ張って抱き留めた。
特に抵抗はされず、素直に腕の中に収まった。
「………」
無言で脱力するべルムの頭と背中を撫でる。
前に幼児化したべルムは5歳だったので結構派手に声を出して泣いたのだが、今回は随分と感情を抑えて静かに泣いていた。
それが余計、気の毒だった。
ヴァシスのシャツの胸の辺りが涙と鼻水で、ぐしょぐしょに濡れる。
子どもは体温が高いと言うが、その通りだと思った。
べルムの顔も、涙も、とても熱い。
「べルム、1回顔拭こうか」
机の上にちょうどハンカチが置いてあった。
ヴァシスは、それを手に取り、べルムを拭こうとした瞬間、しまったと思った。
そのピンクのハンカチは、前にリゴが、ヴァシスの鼻血を拭いてくれた物だった。洗って返す予定でそこに置いてあったのだ。
べルムは、ハンカチを見た瞬間にリゴの物だと気付いたようで、余計に泣いてしまった。
今度は声が抑えられないほど、彼は泣き出した。腫れてしまった瞼に、少し回復魔法を馴染ませる。
その時、扉がノックされ、声をかけられた。
「ねぇ、ヴァシス、べルムそこに居る?」
カルルテの声だった。
ヴァシスは、「また子どもになってしまった」と答えた。
扉を開けて、黒いワンピースを着たカルルテが、入ってくる。
「…これは…出席は無理そうかしら…今日はまだ大丈夫だけれど…明日には埋葬しないといけないから、それまでに戻って貰わないと…」
カルルテが、「埋葬」と言ったタイミングで、べルムが過呼吸のような状態になってしまう。
ヴァシスは慌てて彼の背中を撫で、また少し回復魔法を流した。
「ああっ…ごめんなさい…!今日は私から各族長には話しておくわ。ヴァシス、べルムをよろしくね」
「ああ…」
カルルテは、少し手を振って部屋から出て行った。
彼女も、やつれた様子だった。
「べルム、横になるか?」
べルムは首を振った。
涙は、少し落ち着いてきたようだ。
コイツはこういう事がある度に毎回こんな状態になるのだろうか…
繊細すぎないか?
ヴァシスは魔王戦の前にも何人も仲間が目の前で死んでいる。
一番最初の仲間の死は、かなりの衝撃だった。
15歳の時だった。
パーティーを募集していた時に、初めて仲間になってくれた剣士だった。
彼は、魔法も使えず、剣士なのに体力が無く、弱かったが、とても良い奴だった。
銅色の髪。鼻の頭のそばかす。
明るくて、優しい。同い歳だった。
家族が居らず、孤児院で育ったと聞いた。
彼はあっさり、出会って4ヶ月後に、背後から現れた魔物に一撃で殺された。
何とか1人で魔物に勝利し、彼に回復魔法
かけたが間に合わなかった。
穴を掘り、遺体を埋めて、一晩中泣いた。
その後も、事ある毎に思い出しては悲しくなり、3ヶ月ぐらいは悲しみを引きずった。
その後、1人、また1人と仲間を失う事に、不思議だが心が麻痺したように段々と、何も感じなくなって行った。
まるで夢の中の出来事のような。
ぼんやりとした記憶の中で。
そう言えば、あいつは死んだっけ、とたまに思い出す。
仲間の誰かが死んでも。
悲しいという気持ちは多少湧いたが、瞬間的に湧き出るだけで継続はしない。
涙はほとんど出なくなった。
毎回悲しんでいたら、心が壊れてしまうだろう。
それを防ぐ為の、防御策だと思う。
べルムにとっての防御策は、幼児化する事なのかもしれない。
子どもに戻って、思い切り悲しむ。
だが、それで前に進めるのだろうか?
より深く傷ついて居るような気もする。
「…ヴァシス…」
気が付くと、べルムは元の大きさに戻っていた。
ヴァシスが彼を抱きしめていた筈だったのだが、いつの間にか逆に抱きしめられている。
「戻ったのか?」
「うん…も~ホントに…いつもゴメン」
「小さくて可愛いから別に良いよ」と言ったら、べルムが真っ赤になっていた。
ヴァシスはその反応に思わず少し笑ってしまう。
「べルムと距離を置いた方が良い」と勇者リューナに忠告されていた事を、この時のヴァシスは完全に忘れていた。
育ての親の虐待。
村人の暴力。
不正を働く貴族や領主。
勇者になるまでに出会った醜い人々の欲望。
勇者になった後に知る、権力と金の汚さ。
本当の両親が共に魔族だと確定した時点で。
ヴァシスの心は少し、魔族側へと傾いていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる