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10.混血
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イアスからヴァシスへの手紙①
あの糞親父の所為で、こんな事になってしまったのは本当に申し訳ないと思ってる。
あの糞親父は、あの時…ヴァシスに会えた時に…大人しく死んでおけば良かったんだ。
でも、僕がヴァシスに早く会いたかったみたいに、あの糞親父もきっとヴァシスに会いたかったんだと思う。
それで、少しでも長く、一緒に過ごしたい…なんて欲が出てしまったんだ。
これは、僕にもある欲だから分かる。
あいつの面倒は僕がみるから、ヴァシスは僕達の事は気にせずに、どうか幸せに暮らして欲しい。
*
ヴァシス達は、人間の暮らしている保護ゾーンへと足を踏み入れた。
ここは前魔王ダーグに見つからないよう地下に造られたスペースで、魔王城の中庭の墓地を通り過ぎた森の中に入口がある。
青紫色の花の咲いた木の中に、1本だけ赤い花が咲いている場所がある。
その木の幹に回復魔法をかけると、木の根の部分が変形し、入口が現れる仕組みだった。
これなら、回復魔法を使えない過激派の魔族は入る事が出来ない。
長く続く階段を猫に抱えられながら降り、足の不自由なヴァシスでは確かに車椅子や杖を使ってでも来れない場所だと理解した。
階段を降りると、かなり広い地下空洞に出る。
沢山の家が密集して建ち並んでおり、様々な国の人間たちが生活をしているようだった。
人間の中に、何人か魔物も混じっている。
道があり、真っ直ぐ進むと、噴水のある広場に出た。
「あ!シャム様だ!」
複数の子どもの声がして、茶色の猫に一斉に人間の子ども達が群がってきた。
「あにゃ~今日はお菓子は持ってきてませんにゃ~残念でした~」
モフモフと、オーバーリアクションで子どもたちに説明するので、いちいちヴァシスの顔や腕に猫の毛が張り付く。
「ええーっ」と子どもたちが残念そうに解散していく中、残った小さな女の子がキラキラした瞳でヴァシスの方を見ていた。
「綺麗な髪…シャム様、この人妖精さんなの?」
「あ!俺この人知ってるぞ、勇者ヴァシス様だ!」
「ホントだ!勇者様だ!」
子どもたちが再びシャムの方にやってきて少し遠巻きに遠慮ない視線をヴァシスに送る。
ヴァシスは、こういう時どういう反応を返せば良いのか分からず、戸惑っていると、カルルテが口を開いた。
「ちょっと、どいてどいて~今日はコッペ爺様に会いに来たのよ、何処にいるか知ってる?」
子どもたちは、お互いに顔を見合い、首を振り分からない様子だった。
「今日は見てないなぁ~また教会に居るんじゃないの?」
少年がそう言うと、カルルテが「ありがと!」と答える。
少し離れた教会へ向かう事になったのだが、リューナは別の用事があるので途中で別行動になった。
『俺はあいつが苦手だから遠慮する。少し別件で調べたい事もあるしな…』
リューナが眉間に皺を寄せて答える。
それを見ていたヴァシスは、コッペ爺様という人物に会うのが少し不安になった。
*
地下にある教会は、地下の大岩を掘り作成した建物らしく、外からはゴツゴツした岩肌に扉といくつかの小さな窓が取り付けられた状態だった。
シャム、ヴァシス、カルルテの3人が中に入ると、その中の空間は広く、地上からの光が入ってきているのか大きなステンドグラスがキラキラと輝いていた。
並べられた長椅子と、パイプオルガン、女神の彫刻が祀られている。
地味でシンプルな造りだが、神聖な場所だと言うことが分かる。
ヴァシス達の仲間も、どうにも治療出来ない者を神父の元へ連れて行った時が何度かあった。
神父は、強力な回復魔法、解毒魔法、精神治療を得意としている。
そういえば、プユケが魔物に襲われて強い毒を浴びた時…立ち寄った街の教会に似ているな…
ヴァシスが思い出に浸っていると、視界の端に黒い人影がある事に気づいた。
背が高い男性が、椅子に浅く腰掛け、足を組み前席の背もたれの上に掛けている。
随分と行儀の悪い座り方だった。
1番気になるのは座り方よりその格好だ。
貴族の屋敷に居るメイドの格好をしている。
長いスカートから覗く足は網タイツを着用しているようだった。
「…あ、居たにゃコッペ爺様…」
シャムがボソッと呟いた。
あれが…?コッペ爺様?
爺様と呼ばれるような年齢には見えなかった。
20代後半ぐらいだろうか。
髪は黒くて目の少し下ぐらいで外側に跳ねている。
同じく黒の切れ長の瞳。
金の縁の丸メガネを掛けていた。
耳の先が尖っている。
エルフか妖精族か?
「コッペ爺様!今日ヴァシスを連れていくから入口で待っててって言ったじゃないの!」
カルルテが大きな声を出した。
コッペ爺様が、ゆっくりとこちらを向く。
「…ああ…そうじゃったかね?…すまんの」
彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
カツカツと音がする。
カルルテよりもヒールが高い、黒い艶のある靴を履いていた。
「ま、見ての通り、色々突っ込み所が多い人ですにゃ…いちいち気にしてたら身が持ちませんにゃ」
シャムにそう言われてヴァシスは小さく頷いた。
服の上からでも、筋肉がしっかりついている事が分かる。
元々の身長も高いが、ヒールも合わせて195cmぐらいはあるようだ。
「こんにちは、ヴァシス。ああ…噂通り…天使のような人じゃな…」
「…こんにちは…」
コッペ爺様は、少し微笑んで手を差し出してきた。
ヴァシスも応じて握手する。
腕の筋肉も相当付いているな、と感心した。
「猫君も元気かね?今日はあのお姫様、一緒じゃないのかの?」
猫君と呼ばれてシャムは苦笑いをする。
お姫様とは、リューナ様の事だろうか?
「リューナ様はちょっと別の用事があって…また後で合流する予定ですにゃ…」
そうか。会いたかったのぅ…とコッペ爺様は残念そうに頷く。
「ヴァシス、コッペ爺様は、父親がエルフで母親が人間の混血なの」
と、カルルテが教えてくれた。
浅黒い肌のダークエルフで黒髪の者は見た事があるが、明るい肌色で黒髪のエルフは珍しい。
混血であれば、爺様と呼ばれているのも納得だった。
エルフは見た目が若くても数百歳という個体が多く居る。
「今年めでたく1000歳のお誕生日を迎えるのよ」
ヴァシスは少し目眩がした。
数百歳かと思っていたら1000歳…
そういえば、カルルテがこの前言っていた…1000年前の文字の話は…解読できた人が居るという話だった。
この人だろうか?
「あなたが、あの文字を解読できたんですか?」
「おお、そうじゃ。イアスとアイリス。虹色の髪の女が連れていた子どもの名前のようじゃの。両方とも古い言葉で、神話に登場する双子の虹の神を意味しておる。片方は、君の本当の名かね?」
双子の虹の神?
随分とスケールの大きな名前だ。
「イアスは…なんだか聞き覚えがあるように思います。ただ、川で拾われる前の記憶が無くて…」
少しぐらい何か覚えていても良さそうな物なのだが、濃い霧がかかった様に、何も思い出せないでいる。
「ほうほう。カルルテや、ヴァシスと2人で話をしたいんだが良いかの?」
「えっ!?私も聞きたいのに!ダメなの?」
カルルテはいつも好奇心旺盛だ。
色々な情報を集めるのが得意だし、その為ならどんな事でもできるそうだ。
「ダメじゃ。ヴァシスに伝えたい事があるから、儂が話した内容をヴァシスがお前に話しても良いと思えるなら話してもらいなさい」
あからさまに残念そうな顔をしたカルルテが、トボトボ…と、教会の扉の方へ歩いていく。
シャムは、ヴァシスをコッペ爺様の隣に座らせて、カルルテの後を追った。
*
「さて、ヴァシス。お前さん自分が混血なのは分かっているかね?」
「はい…この髪色もそうですが、子どもの頃にオークとテレパシーで…会話をした事があります。それで、多分魔族の血も入っているのかなと」
「ふむ。父親側の特徴が全く出ていないのは非常に難しい。前例のない珍しい魔族の血じゃ。あとは、その虹色の髪の女じゃが、儂は人間ではないと思っておる」
ヴァシスは、薄々気づいて居たものの、その部分はあまり深く考えないようにしていた。
人間の代表として、魔王の討伐に向かった勇者が、そもそも人間ですら無かったのだ。
勇者一行を見送る、人々の期待の眼差し。
仲間達の笑顔。
全て「人間のヴァシス」に向けられた物だった。
黙って俯いているヴァシスを心配して、コッペ爺様が背中を擦る。大丈夫かの?と声を掛けられ、ヴァシスは、何とか頷いた。
「お前さんに父親の特徴が全く出ていないから母親側でしか分からんがの、母親はどうやら南の島に数百年に1度現れる謎の種族の可能性が高い。天空から舞い降りるという書物が残っておるのだ、ほらこれじゃ」
コッペ爺様が、分厚い古びた本を取り出す。
赤茶色の背表紙はボロボロになっており、中の紙も、黄ばんで変色していた。
書物に書いてある文字は読めなかったが、挿絵が描かれていた。
雲に乗って、何人かの人が地上に降り立つ様子だ。
「これは…誰かが創った、おとぎ話では?」
「儂も最初はそう思ったんじゃがね、ほらここに…虹色の髪の天に住まう一族が、588年9月、837年1月、1023年8月の3回目撃されたとある。」
ヴァシスは信じられずにいた。
雲の上に生物が乗れるだろうか?
天空に魔族が住んでいる?
そして数百年に1度、南の島に降りてくる?
「…実際に見た人は居ないんですよね?」
「ああ…書物の情報のみじゃ。だが、この書物は空想や創作の物語は載っておらん。全て真実が描かれておるのじゃ」
「………」
ヴァシスは、少し身体の力を抜いて、椅子にもたれ掛かる。
彼の言う事が真実かどうかは分からないが、両親共に希少な魔族である事が分かった。
だから、何だと言うのだろう。
万が一、探し出して同じ種族に会えたとしても、今まで人間として生きてきたヴァシスは馴染めはしないだろう。
人間でもない。
魔族にも、なれない。
「髪についてもじゃが…ほら、ここに、光輝く虹色の髪に紫の瞳を持ち、肌は白い、とあってじゃな…」
「貴方は…魔族ですか?それとも人間?」
話を途中で遮って、ヴァシスはコッペ爺様に尋ねる。
混血で、お互いに争っている今の状況を、彼はどう思って居るのだろう。
「両方じゃよ、儂は魔族であり、人間でもあるのじゃ。ヴァシスもそうじゃろ?お前さんに流れる血は魔族じゃが、人間として育てられたのだから、両方という事じゃ」
「選択を…迫られたらどうしますか?必ずどちらかに味方しないといけなくなった場合は…?」
「だとすれば、お互いに平和に暮らせる方を選ぶのぅ。だが、魔族側とか人間側とかで別れる戦には興味がないぞ。儂は、どんな時だってべルム様の側に、つくのじゃ」
突如、べルムの名前が出たので、ヴァシスは驚く。
ベルムが掲げている「世界統一」とは、人間と魔族が幸せに暮らしていける世界。
「地下の人間たちの様子を見てきたじゃろ?食料にも、住む場所にも困らず、色々な国の人間が助け合って豊かに暮らしておる。魔族の子ども達も遊びに来たりしての、皆、べルム様が我らの為に、用意してくださったのじゃ…この生活が、地上で出来るようにするのが…我々の望む、世界じゃよ」
ヴァシスは、自分の両手を握り締めた。
頭が混乱しているが、ゆっくりと目を閉じて自分の心を落ち着かせる。
自分が…魔族だろうが、人間だろうが、勇者だろうが関係無い。
ヴァシスという生き物は何を望んで居るのだろう。
今、1番の自分の望みは何だろう?
べルムの顔が頭に浮かんだ。
彼の力になれたら良いなと思う。
彼の夢が、叶えば良いなと思う。
「おやっ!大丈夫か?泣いているのか、すまん…色々一気に話し過ぎたかの?」
おお、よしよし、と言いながら赤子のようにヴァシスはヒョイとコッペ爺様に抱えられ、ユラユラと揺すられる。
ヴァシスはされるがままになっている。
悲しいわけでは無いのだが、涙が止まらない。
ずっと胸に支えて取れずに苦しかった何かが、ゆっくり溶けたような感覚だった。
メイドの格好をした男はカツ、カツとヒールを鳴らしながら鼻歌を歌い始める。
初めて聞いたのに、それが子守歌だと分かった。
育ての親に歌ってもらった覚えは無い。
本当の母が歌ってくれていたのかも知れない。
「それ…子守歌ですか?」
「そうじゃ~儂の母が歌っていた曲じゃ、とても古い歌じゃよ」
クルっと一回転してコッペ爺様は答えた。
途中から、ダンスを踊っているようなステップに変わる。
クルクルと連続で回転するので、ヴァシスは少し目が回ってしまった。
「あにゃ~!そんなに回しちゃダメですにゃ!ヴァシス様の抱っこ担当は僕ですにゃ!」
いつの間にか、シャムとカルルテが戻ってきており、シャムが回転するコッペ爺様からヴァシスを奪い取った。
「お話は終わったかしら?私も聞きたかったわ~残念だけど、そろそろお城に戻らないと」
カルルテが、コッペ爺様に伝えると、彼は頷き、手を振った。
「また、みんなで遊びに来ておくれ」
「ありがとうございました」
ヴァシスは、コッペ爺様にお礼を伝えた。
コッペ爺様は、一瞬驚いたような顔をしたが、少し笑った。
そして、3人が教会を出るまで手を振り続けていた。
あの糞親父の所為で、こんな事になってしまったのは本当に申し訳ないと思ってる。
あの糞親父は、あの時…ヴァシスに会えた時に…大人しく死んでおけば良かったんだ。
でも、僕がヴァシスに早く会いたかったみたいに、あの糞親父もきっとヴァシスに会いたかったんだと思う。
それで、少しでも長く、一緒に過ごしたい…なんて欲が出てしまったんだ。
これは、僕にもある欲だから分かる。
あいつの面倒は僕がみるから、ヴァシスは僕達の事は気にせずに、どうか幸せに暮らして欲しい。
*
ヴァシス達は、人間の暮らしている保護ゾーンへと足を踏み入れた。
ここは前魔王ダーグに見つからないよう地下に造られたスペースで、魔王城の中庭の墓地を通り過ぎた森の中に入口がある。
青紫色の花の咲いた木の中に、1本だけ赤い花が咲いている場所がある。
その木の幹に回復魔法をかけると、木の根の部分が変形し、入口が現れる仕組みだった。
これなら、回復魔法を使えない過激派の魔族は入る事が出来ない。
長く続く階段を猫に抱えられながら降り、足の不自由なヴァシスでは確かに車椅子や杖を使ってでも来れない場所だと理解した。
階段を降りると、かなり広い地下空洞に出る。
沢山の家が密集して建ち並んでおり、様々な国の人間たちが生活をしているようだった。
人間の中に、何人か魔物も混じっている。
道があり、真っ直ぐ進むと、噴水のある広場に出た。
「あ!シャム様だ!」
複数の子どもの声がして、茶色の猫に一斉に人間の子ども達が群がってきた。
「あにゃ~今日はお菓子は持ってきてませんにゃ~残念でした~」
モフモフと、オーバーリアクションで子どもたちに説明するので、いちいちヴァシスの顔や腕に猫の毛が張り付く。
「ええーっ」と子どもたちが残念そうに解散していく中、残った小さな女の子がキラキラした瞳でヴァシスの方を見ていた。
「綺麗な髪…シャム様、この人妖精さんなの?」
「あ!俺この人知ってるぞ、勇者ヴァシス様だ!」
「ホントだ!勇者様だ!」
子どもたちが再びシャムの方にやってきて少し遠巻きに遠慮ない視線をヴァシスに送る。
ヴァシスは、こういう時どういう反応を返せば良いのか分からず、戸惑っていると、カルルテが口を開いた。
「ちょっと、どいてどいて~今日はコッペ爺様に会いに来たのよ、何処にいるか知ってる?」
子どもたちは、お互いに顔を見合い、首を振り分からない様子だった。
「今日は見てないなぁ~また教会に居るんじゃないの?」
少年がそう言うと、カルルテが「ありがと!」と答える。
少し離れた教会へ向かう事になったのだが、リューナは別の用事があるので途中で別行動になった。
『俺はあいつが苦手だから遠慮する。少し別件で調べたい事もあるしな…』
リューナが眉間に皺を寄せて答える。
それを見ていたヴァシスは、コッペ爺様という人物に会うのが少し不安になった。
*
地下にある教会は、地下の大岩を掘り作成した建物らしく、外からはゴツゴツした岩肌に扉といくつかの小さな窓が取り付けられた状態だった。
シャム、ヴァシス、カルルテの3人が中に入ると、その中の空間は広く、地上からの光が入ってきているのか大きなステンドグラスがキラキラと輝いていた。
並べられた長椅子と、パイプオルガン、女神の彫刻が祀られている。
地味でシンプルな造りだが、神聖な場所だと言うことが分かる。
ヴァシス達の仲間も、どうにも治療出来ない者を神父の元へ連れて行った時が何度かあった。
神父は、強力な回復魔法、解毒魔法、精神治療を得意としている。
そういえば、プユケが魔物に襲われて強い毒を浴びた時…立ち寄った街の教会に似ているな…
ヴァシスが思い出に浸っていると、視界の端に黒い人影がある事に気づいた。
背が高い男性が、椅子に浅く腰掛け、足を組み前席の背もたれの上に掛けている。
随分と行儀の悪い座り方だった。
1番気になるのは座り方よりその格好だ。
貴族の屋敷に居るメイドの格好をしている。
長いスカートから覗く足は網タイツを着用しているようだった。
「…あ、居たにゃコッペ爺様…」
シャムがボソッと呟いた。
あれが…?コッペ爺様?
爺様と呼ばれるような年齢には見えなかった。
20代後半ぐらいだろうか。
髪は黒くて目の少し下ぐらいで外側に跳ねている。
同じく黒の切れ長の瞳。
金の縁の丸メガネを掛けていた。
耳の先が尖っている。
エルフか妖精族か?
「コッペ爺様!今日ヴァシスを連れていくから入口で待っててって言ったじゃないの!」
カルルテが大きな声を出した。
コッペ爺様が、ゆっくりとこちらを向く。
「…ああ…そうじゃったかね?…すまんの」
彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
カツカツと音がする。
カルルテよりもヒールが高い、黒い艶のある靴を履いていた。
「ま、見ての通り、色々突っ込み所が多い人ですにゃ…いちいち気にしてたら身が持ちませんにゃ」
シャムにそう言われてヴァシスは小さく頷いた。
服の上からでも、筋肉がしっかりついている事が分かる。
元々の身長も高いが、ヒールも合わせて195cmぐらいはあるようだ。
「こんにちは、ヴァシス。ああ…噂通り…天使のような人じゃな…」
「…こんにちは…」
コッペ爺様は、少し微笑んで手を差し出してきた。
ヴァシスも応じて握手する。
腕の筋肉も相当付いているな、と感心した。
「猫君も元気かね?今日はあのお姫様、一緒じゃないのかの?」
猫君と呼ばれてシャムは苦笑いをする。
お姫様とは、リューナ様の事だろうか?
「リューナ様はちょっと別の用事があって…また後で合流する予定ですにゃ…」
そうか。会いたかったのぅ…とコッペ爺様は残念そうに頷く。
「ヴァシス、コッペ爺様は、父親がエルフで母親が人間の混血なの」
と、カルルテが教えてくれた。
浅黒い肌のダークエルフで黒髪の者は見た事があるが、明るい肌色で黒髪のエルフは珍しい。
混血であれば、爺様と呼ばれているのも納得だった。
エルフは見た目が若くても数百歳という個体が多く居る。
「今年めでたく1000歳のお誕生日を迎えるのよ」
ヴァシスは少し目眩がした。
数百歳かと思っていたら1000歳…
そういえば、カルルテがこの前言っていた…1000年前の文字の話は…解読できた人が居るという話だった。
この人だろうか?
「あなたが、あの文字を解読できたんですか?」
「おお、そうじゃ。イアスとアイリス。虹色の髪の女が連れていた子どもの名前のようじゃの。両方とも古い言葉で、神話に登場する双子の虹の神を意味しておる。片方は、君の本当の名かね?」
双子の虹の神?
随分とスケールの大きな名前だ。
「イアスは…なんだか聞き覚えがあるように思います。ただ、川で拾われる前の記憶が無くて…」
少しぐらい何か覚えていても良さそうな物なのだが、濃い霧がかかった様に、何も思い出せないでいる。
「ほうほう。カルルテや、ヴァシスと2人で話をしたいんだが良いかの?」
「えっ!?私も聞きたいのに!ダメなの?」
カルルテはいつも好奇心旺盛だ。
色々な情報を集めるのが得意だし、その為ならどんな事でもできるそうだ。
「ダメじゃ。ヴァシスに伝えたい事があるから、儂が話した内容をヴァシスがお前に話しても良いと思えるなら話してもらいなさい」
あからさまに残念そうな顔をしたカルルテが、トボトボ…と、教会の扉の方へ歩いていく。
シャムは、ヴァシスをコッペ爺様の隣に座らせて、カルルテの後を追った。
*
「さて、ヴァシス。お前さん自分が混血なのは分かっているかね?」
「はい…この髪色もそうですが、子どもの頃にオークとテレパシーで…会話をした事があります。それで、多分魔族の血も入っているのかなと」
「ふむ。父親側の特徴が全く出ていないのは非常に難しい。前例のない珍しい魔族の血じゃ。あとは、その虹色の髪の女じゃが、儂は人間ではないと思っておる」
ヴァシスは、薄々気づいて居たものの、その部分はあまり深く考えないようにしていた。
人間の代表として、魔王の討伐に向かった勇者が、そもそも人間ですら無かったのだ。
勇者一行を見送る、人々の期待の眼差し。
仲間達の笑顔。
全て「人間のヴァシス」に向けられた物だった。
黙って俯いているヴァシスを心配して、コッペ爺様が背中を擦る。大丈夫かの?と声を掛けられ、ヴァシスは、何とか頷いた。
「お前さんに父親の特徴が全く出ていないから母親側でしか分からんがの、母親はどうやら南の島に数百年に1度現れる謎の種族の可能性が高い。天空から舞い降りるという書物が残っておるのだ、ほらこれじゃ」
コッペ爺様が、分厚い古びた本を取り出す。
赤茶色の背表紙はボロボロになっており、中の紙も、黄ばんで変色していた。
書物に書いてある文字は読めなかったが、挿絵が描かれていた。
雲に乗って、何人かの人が地上に降り立つ様子だ。
「これは…誰かが創った、おとぎ話では?」
「儂も最初はそう思ったんじゃがね、ほらここに…虹色の髪の天に住まう一族が、588年9月、837年1月、1023年8月の3回目撃されたとある。」
ヴァシスは信じられずにいた。
雲の上に生物が乗れるだろうか?
天空に魔族が住んでいる?
そして数百年に1度、南の島に降りてくる?
「…実際に見た人は居ないんですよね?」
「ああ…書物の情報のみじゃ。だが、この書物は空想や創作の物語は載っておらん。全て真実が描かれておるのじゃ」
「………」
ヴァシスは、少し身体の力を抜いて、椅子にもたれ掛かる。
彼の言う事が真実かどうかは分からないが、両親共に希少な魔族である事が分かった。
だから、何だと言うのだろう。
万が一、探し出して同じ種族に会えたとしても、今まで人間として生きてきたヴァシスは馴染めはしないだろう。
人間でもない。
魔族にも、なれない。
「髪についてもじゃが…ほら、ここに、光輝く虹色の髪に紫の瞳を持ち、肌は白い、とあってじゃな…」
「貴方は…魔族ですか?それとも人間?」
話を途中で遮って、ヴァシスはコッペ爺様に尋ねる。
混血で、お互いに争っている今の状況を、彼はどう思って居るのだろう。
「両方じゃよ、儂は魔族であり、人間でもあるのじゃ。ヴァシスもそうじゃろ?お前さんに流れる血は魔族じゃが、人間として育てられたのだから、両方という事じゃ」
「選択を…迫られたらどうしますか?必ずどちらかに味方しないといけなくなった場合は…?」
「だとすれば、お互いに平和に暮らせる方を選ぶのぅ。だが、魔族側とか人間側とかで別れる戦には興味がないぞ。儂は、どんな時だってべルム様の側に、つくのじゃ」
突如、べルムの名前が出たので、ヴァシスは驚く。
ベルムが掲げている「世界統一」とは、人間と魔族が幸せに暮らしていける世界。
「地下の人間たちの様子を見てきたじゃろ?食料にも、住む場所にも困らず、色々な国の人間が助け合って豊かに暮らしておる。魔族の子ども達も遊びに来たりしての、皆、べルム様が我らの為に、用意してくださったのじゃ…この生活が、地上で出来るようにするのが…我々の望む、世界じゃよ」
ヴァシスは、自分の両手を握り締めた。
頭が混乱しているが、ゆっくりと目を閉じて自分の心を落ち着かせる。
自分が…魔族だろうが、人間だろうが、勇者だろうが関係無い。
ヴァシスという生き物は何を望んで居るのだろう。
今、1番の自分の望みは何だろう?
べルムの顔が頭に浮かんだ。
彼の力になれたら良いなと思う。
彼の夢が、叶えば良いなと思う。
「おやっ!大丈夫か?泣いているのか、すまん…色々一気に話し過ぎたかの?」
おお、よしよし、と言いながら赤子のようにヴァシスはヒョイとコッペ爺様に抱えられ、ユラユラと揺すられる。
ヴァシスはされるがままになっている。
悲しいわけでは無いのだが、涙が止まらない。
ずっと胸に支えて取れずに苦しかった何かが、ゆっくり溶けたような感覚だった。
メイドの格好をした男はカツ、カツとヒールを鳴らしながら鼻歌を歌い始める。
初めて聞いたのに、それが子守歌だと分かった。
育ての親に歌ってもらった覚えは無い。
本当の母が歌ってくれていたのかも知れない。
「それ…子守歌ですか?」
「そうじゃ~儂の母が歌っていた曲じゃ、とても古い歌じゃよ」
クルっと一回転してコッペ爺様は答えた。
途中から、ダンスを踊っているようなステップに変わる。
クルクルと連続で回転するので、ヴァシスは少し目が回ってしまった。
「あにゃ~!そんなに回しちゃダメですにゃ!ヴァシス様の抱っこ担当は僕ですにゃ!」
いつの間にか、シャムとカルルテが戻ってきており、シャムが回転するコッペ爺様からヴァシスを奪い取った。
「お話は終わったかしら?私も聞きたかったわ~残念だけど、そろそろお城に戻らないと」
カルルテが、コッペ爺様に伝えると、彼は頷き、手を振った。
「また、みんなで遊びに来ておくれ」
「ありがとうございました」
ヴァシスは、コッペ爺様にお礼を伝えた。
コッペ爺様は、一瞬驚いたような顔をしたが、少し笑った。
そして、3人が教会を出るまで手を振り続けていた。
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(誤字脱字報告は不要)
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乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
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