勇者は善良な魔王を殺したい

おかゆ

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08.干渉

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スヴァルトからシーエルへの手紙②

子どもが無事生まれたようで本当に良かった。
そして、どうやら俺に似ていないようで、本当に良かった。

お前に似ているという事は、美しい子に育つだろう。
何も助けてやれずにすまない。

こうしてお前たちの状況を知れるだけでもとても嬉しい。
だからもう、こちらの心配はしなくても良い。

先日、洞窟で見つけた宝石を贈る。
子どもたちの瞳も、お前と同じ紫色だろうか?





べルムは目を覚ます。
ここが何処で、今が何日で、何時なのか分からない。

まだ明るいので、日は出ているようだった。
少し動くと、顔の前に腕があり、誰かに抱きしめられていると気付いて驚く。

なんだっけ…リゴが面倒だからって倒れ込んできて…そのまま治癒魔法を…ん?違うか…?

「起きたか?」

声をかけられて顔をあげると、薄紫の瞳と目が合った。
短く整えられた虹色の髪が、陽の光に照らされてキラキラと輝いている。

「あれ?ヴァシス…なんで…うわ!」

ブランケットが掛けられているものの、自分が全裸である事に気付いてべルムはさらに混乱した。

明らかに記憶が飛んでいる。

墓地で…ヴァシスを見つけて寝室に連れ帰って…でもここは寝室じゃなくてヴァシスの部屋…?

「お前が急に大人に戻るから…リゴが出してくれた服が破れてしまったぞ。後でちゃんと謝っておけ」

小さな服の残骸を、ヴァシスは右手で拾ってべルムの前に突き出した。
べルムは、全てを思い出す。

「嫌だ…最悪、恥ずかしすぎてお嫁に行けない…」

顔を覆うべルムは、冗談を言いながらも本当に赤くなっている。
ヴァシスは、メンタル弱々野郎、というリゴの言葉を思い出した。

そんなに気にする必要はないのに、と無言でべルムの頭を撫でてやると、調子に乗ったのか、全体重を乗せて抱きついてくる。

ヴァシスの首筋に顔を埋めると、ちょうど角が当たらずにハグができた。

「お前が幼児化している時に、北のオークと会ったから話をした。子どもの頃に話した事があって…俺はどうやら直接会話ができるらしい」

べルムは少しの無言の後、そうなんだ、と小さく頷いた。
次の言葉を紡ごうか、やめようか考えている様子だったが、べルムは口を開いた。

「ヴァシス…俺、幼児化している時にどこまで話した?多分あの人、ヴァシスのお母さんだよね?」

「…ダーグが女の首を撥ねた所まで聞いた。確信はないが、そうである可能性は高い。その母親は人間だったか?」

「魔族では無かった。でも人間ともまた少し違う感じがした」

「本当に、そっくり」と呟いて、べルムはヴァシスの顔を手で包み込み、瞳をじっと見つめた。
右の瞳が、白く濁っている。

きっとあの子は兄弟だったんだ、男の子だった…双子かもしれない。
助けられなかった…。

「…ごめん…」
「…謝るのはやめろ。殺したのはお前じゃない」

俯いたべルムは、自分の下にいるヴァシスを見てふと思い出した。

そういえば、あの時リゴに回復魔法をかけてもらった時に、やたらと傷の治りが早かった記憶がある。

「ヴァシス、ちょっと試したい事があって…このままちょっと横になってて。回復魔法をかけるから」

重たかったり、痛かったりしたら言って、と前置きしてリゴがあの時行った魔法を再現する。

いつもの、手から放出させて包み込むイメージまではない。
身体全体から注ぎ込むような、イメージだったと思う。

べルムの全身から、金色の光と銀色の光の粒子が発生し、ヴァシスの肌へ潜っていく。
ヴァシスから、驚いたような、戸惑っているような声が漏れた。

「んん…っ!お前…わざとか…っ」

「え、ごめん痛かった?」

「違…っ、俺がおかしいのか…?あ…っ!」

べルムは、ヴァシスの艶のある声に驚いて顔を上げると、ヴァシスは、片腕で顔を隠して荒い呼吸を繰り返している。

「べルムっ、お前…何して…這わせるな…!血管とか…皮膚の下…魔力が這ってる…」

あの時、魔王に言われた言葉を思い出す。
『おやおやおや、…回復魔法が、地面を這っている』

「あー…ごめん…集中しすぎるとそうなっちゃうのかも。無意識」

そう答えたべルムは、自身の太腿辺りに違和感を感じた。

「勃ってる。気持ちよかった?」

べルムは、殴られる覚悟で聞いてみたが、予想に反してヴァシスは少し顔を背け、小さく頷くだけだった。

べルムは、ヴァシスの、その先の表情を見てみたいと思った。

「あ!待て、べルム!」

不意に強力に流し込まれる治癒魔法により、ヴァシスは一気に身体中を走り抜ける快楽に仰け反り、声も上げずに射精した。

しかし、べルムの治癒魔法は、終わらない。

「まっ…て!うぁ!あ…は、あ、あ、あ…っ」

ヴァシスのズボンを下ろし、シャツを剥ぎ取ると、白い肌にいくつかの突起があり、それは長細く盛り上がり、ウネウネと皮膚の下で蠢いていた。

「本当に…虫みたい」

虫が通った部分が気持ち良いらしく、ヴァシスは皮膚の薄い部分に虫が近づく度に震えて耐えている。

「も…ムリ…おかしくなるから…ん、ん…っ」

声を出すまいと唇を噛んだヴァシスに、ベルムがキスをする。
唇が開かれて、口内に舌がヌルリと入り込む。
貪り喰っているという表現が一番正しいかもしれない。
べルムはヴァシスの口内を存分に堪能してから、ゆっくり唇を離した。

「はっ…あと少し…我慢して。右目と右足に、最後…魔力…流し込むから」

「や、これ以上…ムリ…あぁぁ!!!ぅあ!ぐっ、ん」

2回大きく痙攣をして、ヴァシスがまた達したようだった。

べルムも、呼吸が荒くなり、汗が額から溢れ出し頬を伝って流れ落ちる。

小さく震えるヴァシスの顔を確認すると、涙で濡れた右目が、キラキラと輝いていた。

良かった、視力がどうなっているかは別として…目の濁りは取れたようだ。
この調子で続ければ、右足ももう少し回復するかもしれない。

べルムは、治療に専念しすぎて、ヴァシスの気持ちを無視していた事に、この時まだ気付いていなかった。





「やらかしたんだって?お前」

部屋で仕事をしていると、ニヤニヤしながら楽しそうに、隣に座ったリゴが話しかけて来た。
べルムはじっとり睨み返す。

コイツはいつも口を開けば俺に怒りをぶつけて来るのに、こういう時だけ楽しそうだな。

「リゴ…お前に聞きたいことがある」

「なんだ、男の抱き方なら専門外だ」

「バカか!死ね!!!」

べルムは力いっぱい机を叩いて立ち上がる。
珍しく感情的になっている。

普段なら怒ることなんて滅多にないのに…と、周りにいた従者達が驚いて視線を向けた。

「なんだ…?抱き方じゃないなら、惚れた男の落とし方だな。残念ながらそれも専門外だ」

「もういいよ…喋るな」

べルムは座り直して両手で顔を覆った。
大きな溜息と共に、机に突っ伏す。

リゴは、ふっふ、と笑いながら改めて質問してきた。

「で?聞きたいことって?」

「…お前昔…あの人間の女の人の首が飛んだ後…俺に回復魔法かけたの覚えてるか?」

「ああ」

「あれ…どうやったか教えて。この前再現しようと思ってやってみたんだけど…上手くできなくて」

「…ほほーん、それであの人間の男を怒らせたのか?」

「ええっ?ヴァシス怒ってるの!?」

「怒ってるだろ~そりゃ、ヤった後放置なんかされたら…お前メンタル弱々野郎から、ドスケベヘタレ野郎に昇格したな」

「ヤってない!治療だ!」

「ハイハイよく逮捕されるドスケベ医者は皆そう言うんです~」

そうリゴに言われて、べルムは暗い顔になり黙り込んでしまった。

リゴは、「………おい真に受けるな」と言い、あの時の事を語り出す。

「俺はあの後、お前に殺されると思ったから…俺の全てをお前に渡そうと思って…」

「は?」

「俺の命をお前に流し込んだ」

真顔で、リゴが言い放つ。

「意味が分からない…俺がリゴを殺すって?」

「お前の王子命令無視したからな。結局、全てパァだったし…あの女も死んで。お前闇落ち寸前でキレまくってたからさ~多分コレ、殺されるわァと思って」

リゴがヘラヘラと笑いながら、べルムの肩を軽く叩いた。
べルムは、あの時の状況を思い出す。

リゴは、身体から光を放っていた。

べルムは、リゴが2人を同時に治療していると思っていた。

べルムの重症だった内臓は比較的すぐ回復して、リゴの顔の傷は、血こそすぐ止まったが、今でも顔に残っている。

あの時リゴは、リゴ本人を回復していない。

「お前…本当に?…リゴ、ふざけてないで本当の事を言え」

「王子命令?」

「…魔王命令だ」

「おっ、ようやくその気になったのか!良いねえ魔王就任のパーティーを開かなきゃだな!」

「リゴ」

リゴは観念したように両手を上げてみせる。
その手を下ろして膝の上で組み、目を伏せてポツポツと話し始めた。

「…言葉の通りです。あなたが俺を殺さなくてもダーグ様があなたを殺す可能性はありましたから…あなたには強くなって頂かなくてはならなかった。ですので、あの後…俺の命をお渡ししました。正確には、寿命と魔力の全てを。それで死んだと思ったんで、あの後目が覚めた時はめちゃくちゃビビりましたがね」

リゴは、あの後、騎士に志願してべルムの元から数年離れていた。
騎士団長になって戻ってきたが、ほとんど顔を合わせずに今に至る。

そう言われてみれば、リゴがあの後魔法を使っているのを一度も見た事後ない。
だがそれは、騎士団長になって主に剣を振るっていたからだと思っていた。

「魔法はもう一切使えないのか?寿命はどうなる?」

「一切使えません。寿命は、あとよく持って数年かと」

「は!?数年?」

べルムは、また大きな声を出した。
怒りと悲しみと混乱で感情がぐちゃぐちゃだ。
肩の震えが、止まらない。

「予定ではあの時死んでる筈だったんで。随分オマケがあったなと。王妃様の御加護かなぁ…べルム様が魔王になるまで生かして貰えたんだから俺はもう満足ですよ。ただまぁ…前魔王様をあんな風に殺したのは納得いってませんがね」

敬語である以外はいつもと変わらぬ口調でリゴは淡々と話している。
べルムは、身を乗り出してリゴを覗き込んだ。

「そんな…命を渡す魔法なんて聞いたことが無い…魔力は、枯渇することが稀にあるらしいから突然無くなることもあるかもしれないけど…寿命は気のせいじゃ無いの?今、元気なんでしょ?」

「あくまでも予想です。今普通に生きている奴らと同じですよ。このぐらいまで生きるかなっていう予想で。明日死ぬかもしれないし。ただ、最近体調を急に崩す事が多いので。もうそろそろかな…とは、思います」

「治療しよう!治るかもしれない」

医務室まで引っ張って行こうとしたべルムの手を、リゴは振り払う。

掴んだリゴの腕に違和感があった。
まるで、熱した鉄を掴んだかのように熱かったのだ。

「…リゴ、手袋取って…腕見せて」

「………」

「リゴ、魔王命令だ」

リゴがゆっくり自身の黒い手袋を取り、袖を捲り上げた。

青紫色の『呪いの文字』が、リゴの皮膚を喰っている。
噂で、聞いた事があった。
リゴの死んだ母親は、呪術に長けた一族の娘で、呪いで夫を殺し、自らも呪いで自害した。
そしてリゴだけが残された、と。

文字を見て、べルムは全てを理解した。
リゴはべルムを強くする為に、自らを呪い、生贄にした。

『呪いの文字』は、もうリゴの全身殆どに広がっている。

呪術は。
魔法では解除が不可能だと。









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