勇者は善良な魔王を殺したい

おかゆ

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06.逆行

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シーエルからスヴァルトへの手紙⑥

最後の手紙となりました。
今からあなた元へと参ります。

子ども達は、旅行だと言ってとても楽しそうにしています。
どうか、無事にあなたを救い出して、家族で安らかに暮らせますように。

この手紙が届く3日後に、到着する予定です。

まず、子ども達を抱きしめてあげて。
あなたの大好きな紅茶と、胡桃のパンも焼いていくから、楽しみにしていてくださいね。






「なんだ…これはどういう状況だ…?」

リゴが扉を開け放ったままの状態で硬直した。

ベッドの上に居るのは、この前保護した人間。
鼻から出血して何やら苦しそうだ。
まだ療養中だった筈。

着衣に乱れは無いものの、ただならぬ様子である事は間違いない。
リゴにはそういう性的趣向は無いが、なんかエロいなこの男、というのが第一印象である。

さて、その横でスヤスヤ寝ているこのバカタレをどうしてくれようか?

「…か…うっ…回復魔法…」

人間が、かすれた声を上げた。
言葉を発すると思っていなかったのでリゴは驚く。

回復魔法?とべルムを注視すると、奴の身体から漏れ出し、暴走している魔力が人間の首に纏わりついて居るのが確認できた。

「あー…一応確認しておくが…そういう…お楽しみの最中、ではないんだな?」

「違う!!」

人間の返答を聞いて頷いたリゴは、眠るベルムに近づいて行き、間髪入れずに腹へ思いっきり拳を打ち込んだ。

衝撃で倒れそうになる人間を支えて、べルムから引き離す。
人間はかなり疲弊していた。

少し離れた場所からべルムを確認したが、特に変化は無いようだった。

人間の首からはべルムの回復魔法が外れている。
まあ、それなら放っておけばそのうち目覚めるだろう。

「…あのクソバカが悪い事をしたな、すまない。ここ、座れるか?」

人間はゆっくりと椅子に腰掛けた。
リゴはハンカチを取り出し、人間の鼻に付着した血を拭う。

レースのついた光沢のあるピンクのハンカチ。
前魔王様の遺品だった。

人間はされるがまま、鼻を拭われる。
まだ混乱しているようだ。

「あいつは空に浮かぶ雲みたいにいつものらりくらり、ヘラヘラしているが、一皮剥くとメンタル弱々野郎だからこんなのしょっちゅうだ。気にすんな…」

人間はリゴとべルムを交互に見た。
人間の淡い紫色の瞳が少し濡れている。

「大丈夫なのか…?意識が…戻らないように見えた…」

「ああ…この程度じゃ死なないから安心しろ。どうせまた、『あの女』の首の事を思い出して幼児退行してるだけだろ」

「幼児退行…?」

リゴはまた、ベルムに近づいて、今度は頬を思いっきり引っぱたいた。
『パァン!』と、とんでもない音が部屋に響き渡る。

「起きろ!!!」

「…う…痛いよ、リゴ…」

ベルムの、くぐもった声がした。

ホッとしたヴァシスは、ベッドからのそのそと起き上がった人影に自分の目を疑った。

浅黒い肌に灰色がかった長い白髪。
太く長い黒角が、こめかみから生えている。
血のように赤い目をしたベルムにそっくりな5歳ぐらいの小さな子どもの魔物が、頬をさすっていた。
身長が半分位になってしまっている。

「…会議だ。支度しろ」

小さな魔物に、リゴは構わず接している。
それでは、あれはべルムなのだろうか?

ヴァシスが不思議そうに見つめていると、小さなベルムがこちらに気付いて振り向いた。

「あ、かーさま、そんな所に居たんですね?今日は早起きだなぁ、あれ?ぼうやは?」

「早起きじゃねーんだわ。昼過ぎてるぞ」

リゴにそう言われて、べルムは部屋の時計を見つめた。
心底驚いた、という顔をする。

「ええ!?僕が寝坊?ありえない!」

「うるせぇ!バカ言ってないで会議に行くぞ!何十人待たせてると思ってるんだ!!!」

「どうしよう~!服がブカブカだょう!」

「きィィい!うぜぇぇえ!!!」


リゴが、むしゃくしゃした様子でベッドを軽く殴る。
すると、子ども用の上品な服と靴が、ベッドの上に突如出現した。
早速それに着替えながら、べルムはすごい、と呟いた。

「リゴ、お前いつの間にそんな魔法を身につけたんだ!?これ物品移動の魔法?それとも物品精製?」

「あー……もう、魔法じゃねーわ。魔道具な。なんでも良いから早くしてくれ」

リゴは心底うんざりした様子で既に部屋の扉を開けて待っている。

着替え終わったべルムは、机の上にあったリボンのついた白い2匹のクマのぬいぐるみをヴァシスに渡してきた。
よく分からないが、ヴァシスは受け取る。
べルムは満足そうに微笑んだ。

「かーさま、僕は会議に行かないといけないので、お留守番をお願いします。ぼうや達は、ここに居るから。ほら、抱っこして待っててくださいね」

小さな手が、ヴァシスの手に添えられる。
彼の赤く大きな瞳は、ヴァシスを映していなかった。







庭園の白いテーブルにティーセットとお菓子を並べて、二足歩行の大きな茶色の猫と、人間2人がお茶をしている。
様々な花が咲き乱れ、青い空を沢山の虫たちが行き交っていた。

「大変申し訳ございませんのにゃ~あの時、僕がもう少し様子を見てから出ていけばこんな事には…あにゃ~失態ですにゃ…」

シャムが耳をぺったんこにして謝罪してきた。

「いや、そもそも…俺が逃げようとしたから…こんな事に」

『ところで、なんだ、このクマのぬいぐるみは?』

薄紫色のドレスに身を包んだ勇者リューナ様が、ヴァシスの抱えているぬいぐるみの頬を指でつついた。

今日の彼はプラチナブロンドを後ろでまとめてお団子を作っており、パールのアクセサリーが髪に散りばめられている。
背後に咲く薔薇が、とても似合っている、とヴァシスは思った。

「小さくなったベルムに渡されました。シャム、…ぼうやと、かーさまっていうのは誰の事だ?」

それを聞いたシャムが、アチャ~と顔を手で覆う。
彼の肉球はオレンジががったピンク色だ。
シャムはボソボソと話し始めた。

「べルム様が幼い時に、魔王様に内緒にして保護していた人間の親子が居ましたにゃ…当時の魔族は人間の言葉もあまり理解出来ずに居ましたから、べルム様は、かーさまという名前と、ぼうやという名前だと思ってたようなのですが…。その親子で保護された人間が…」

シャムは、顔をあげてヴァシスの目をじっと見つめた。

「ヴァシス様と同じ虹色の髪を持っている親子でしたにゃ」

『…ヴァシス、お前自分の出生について調べた事は無いのか?』

リューナが、足を組み替えて伸びをする。
庭園の蝶々が彼の横を通り過ぎた。

「ありません。俺以外にこの髪色を持つものの情報が一切なかったので、突然変異か遺伝子異常なのかと…」

『ああ…そう言えば、あの時べルムがやたらとお前の親兄弟について聞いてきた時があったな、ヴァシス、お前今20歳だったか?』

「…はい」

『べルムがその親子を保護したのは?』

「ううーん…確かべルム様の5歳のお誕生日のすぐ後でしたから20年前ですかにゃ?」

『…計算が合わないな。ヴァシスが育ての親に拾われたのが3歳ぐらいの時だったか?』

ヴァシスは机に置いた2匹のクマを見つめて呟いた。

「魔族は…人間より少し成長が早いと聞きますので、3歳ぐらいの見た目だったかもしれませんが実際はもう少し下だった可能性もあります」

それを聞いてリューナは静かにティカップを置いた。
少しの沈黙の後、クッキーを手に取ると、ヴァシスに差し出す。

『お前、自分が魔族だと思ってんのか?』

「ヴァシス様、魔族の中にも虹色の髪を持つ種族はおりませんにゃ、妖精族長にも確認しましが、妖精やエルフ場合は耳の形や目の色や大きさなど、特徴は必ずどこかに出るはずだと仰っておりましたにゃ」

ヴァシスはリューナからクッキーを受け取り、口に含む。

ふと視線を外したちょうどそこに、昨日べルムと話したであろう庭仕事をしているオークが、片付けを終えて通りかかった。

ヴァシスは驚いた。
とても大きなオークだったからだ。

3mはあるだろうか、幼い頃会った小さなオークは、無事成長出来ていればこんなにも大きくなっていたのだろうか。

オークを見つめていると、こちらをふと、振り向いた。

「ああ、失礼しました。シャムさん。お客様でしたか?」

かなり遠くでオークが「グルル」と小さく鳴いた。
大人のオークはこんな鳴き声なんだな…とヴァシスは、小さなオークの声を思い出していた。
聞こえたテレパシーでの声は、落ち着いた青年の声だった。

「にゃ!この前べルム様に保護された人間の方々ですにゃ!」

シャムはオークに返事をする。
リューナ様は、不思議そうな顔をして、シャムに問いかけた。

『今、あのオークと話しているのか?』

「はいですにゃ!彼の種族はオークの中でも特別知能が高くテレパシーを飛ばして会話ができますのにゃ」

オークは突然、何かを見つけたようにゆっくり歩み寄ってきた。

「ああ、懐かしい、やはりあなたでしたか。先日お見かけしましたが、遠くからでしか拝見出来なかったので…覚えていらっしゃいますか、もう随分と前になりますが…山で会った小さなオークを」

クルルルと少し高い鳴き声になり、オークはヴァシスの前に膝をついた。

ヴァシスは、血に濡れ、めちゃくちゃになったオークの死体を思い出す。

彼が生きていた?

死体が見つからなかったのでその可能性はあるかもしれないが、あんなに切り刻まれ、潰されて生きている事があるだろうか?

「…あなたは、あの時のオークですか?」

「いいえ、私は彼ではありません。我々北のオークは数が少ないので、身を守る為の情報伝達能力が優れています。北のオーク全ての個体が全ての記憶を共有できるようになっていて、あの時の彼の記憶は北のオーク全てに共有されています。こうして情報を共有することで、全ての知能・知識を統合し、我々は進化をしてきたのです」

ヴァシスは、息が出来なくなる。
あの酷い記憶を北のオーク全てが共有している?

本当にそうなのであれば、今頃村はオークに襲われ壊滅しているだろう。

しかし、魔王討伐直前に訪れた村は、以前と変わらず存在していた。

「あの子の…最期を…見ましたか?」

ヴァシスの声は震えていた。

「はい、彼の意識が途絶える直前まで」

「復讐はしなかったのですか?あの子は何も…悪くないのに、村の大人たちが…俺も何も出来なくて…見殺しに…」

「誰も悪くありません」

落ち着いた声が頭の中に木霊する。


ヴァシスは、その言葉を聞いて全身の力が抜ける。
その場に崩れ落ちてしまいそうになった。

「彼を…助けられませんでした...ごめんなさい…」

ヴァシスは大きなオークの瞳を見つめる。
あの日見た金色に光る大きな瞳が、そこにあった。

「…もしよろしければ、城にもう1人北のオークかおります。ぜひ会ってやってください。あと、落ち着いたらで大丈夫ですので、あの日の約束を…すぐそこに川がありますので…一緒に釣りをしませんか?」

「…っ…はい」

震える声で答えるのがやっとだった。
気を抜いたら涙が溢れて来そうだったが、ここで自分が泣く資格は無いとヴァシスは思って堪えた。



オークが去って、ずっと無言だったリューナが口を開く。

『シャム、オークと話せるのは魔族だけと聞いたがその認識で合ってるか?』

「一般的にはそうですにゃ…でも発見されてないだけで例外もあるかもしれませんにゃ、そもそもオークは人間とあまり接触しない物ですから前例が確認できてないだけかも知れないですにゃ~」

『ヴァシス、悪魔と契約してその力を宿しているからオークの声が聞こえただけなんじゃないのか?』

「村を出る前…10歳の頃に…会話をした事があります」

『っほぉー。なるほどね』

勇者リューナはため息と共に椅子に沈み込んだ。

そろそろ戻りましょうかね、とシャムが片付けを始める。

ヴァシスはずっと、机の上の白いクマのぬいぐるみを見つめている。
その目には紫色に輝くアメジストが埋め込まれていた。












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