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03.殺意
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シーエルからスバルトへの手紙③
次に貴方に逢うために、馬車を用意することにしました。
馬車を使うと3日ぐらいかかるそうなのですが、貴方に早く逢いに行く事ができます。
でもそんなにかかってしまうとなると、子ども達は一緒に行かない方が良いのかしら?
でも、宿を探して旅行気分で楽しく過ごすのも良いかもしれませんね。
出産予定日まであと半月です。
貴方を自由にできる一番良い手段を探しています。
*
勇者ヴァシスは夜中に目を覚ました。
天井には豪華な装飾が施されており、ぶら下がるシャンデリアが月の光を受けて輝いていた。
親切にしてくれた南の国、カラスィオス王の城とは違うようだった。
どこの城に泊まったんだっけ。
出発はいつだ?
意識がはっきりしてきたヴァシスの脳裏に浮かんだのは、仲間の死の瞬間の映像だった。
「!!?」
ベッドから飛び起きたつもりだったが、まともに動いたのは両腕だけだった。
もたもたしながら上半身を何とか起こすと、右足の横に人影が見える。
椅子に座った状態で、ベッドに突っ伏して眠っている魔王の息子だった。
ヴァシスは剣を探したが見当たらなかった。
流石の魔王の息子も、無防備な状態で首を切断すれば死ぬだろう。
しかし、魔法による攻撃だと、多少のダメージは与えられるだろうが殺すことはできない。
どうする…他の魔物は魔法だけで殺せるかもしれないが、魔王の息子は無理だ。
魔王を串刺しにして肉片にしたあの強力な魔法を思い出す。
…勇者リューナ様は!?
部屋を見渡しても、ヴァシスと魔王の息子しか居ないようだった。
どうする…
まずはリューナ様と合流しなければ…
緊張で呼吸が苦しくなり、体重をかけている両腕が震え出す。
部屋を出よう。
ゆっくりと、ベッドから降りようとした。
「バタッ!」
動くと思っていた左足も全く機能せず、ベッドから落ちたヴァシスは、全身から血の気が引いていくのを感じた。
魔王の息子が、起きたに違いない。
シーツが擦れる音がして、赤い瞳がヴァシスを捉えた。
「わ!目ぇ覚めた?良かったー!」
すぐに魔王の息子が立ち上がり、ヴァシスに近づいた。
ヴァシスは何とか距離を取ろうとしたが、腕を使って少し体をずらす事しかできなかった。
殺される訳にはいかないのに、殺される選択肢しか残っていない…
少しでも魔法を使って攻撃をしようとしたが、魔力は半分も回復していなかった。
なんとかしなければ、と考えるうちに魔王の息子はあっという間にヴァシスを抱き抱え、ベッドへ下ろした。
「落ち着いて、今、リューナさんを呼んでくる」
笑顔が向けられ、ヴァシスは戸惑った。
何か悪い夢を見ているだろうか。
それとも、ここが死後の世界だろうか。
死んだ自分の脳が、最後に見ている残像だろうか。
魔王の息子は部屋の扉を開け、近くにいた巨大な二足歩行の猫に声をかけていた。
魔王が死んだ時に見た猫とは違い、黒く毛の長い猫だった。
「1ヶ月、意識がなかったんだ。右目はどう?足は動かせる?」
馴れ馴れしい口調で魔王の息子が聞いてきたが、ヴァシスは答えない。
勇者リューナが生きている事だけが、今あるたった一つの希望だった。
魔王の息子は、横になる?と問いかけ、ヴァシスの背中に手を回そうとした。
「…触るな」
「あっ!良かった!喋れるね」
ニコニコしながら頷く魔王の息子に、結局ヴァシスは横にさせられた。
恐ろしいぐらい柔らかい枕に頭が沈み込む。
扉から物音がした。
「ベルム様~失礼しますにゃ~」
どうぞ、と魔王の息子が返事をした。
ベルムという名前らしい。
扉が開いて、魔王殺害時に見た茶色の二足歩行の猫と、淡いグレーのドレスを身に纏った勇者リューナが現れた。
リューナ様は、なぜまだ女装をなさっているのだろう…?
『体の調子はどうだ?』
驚いた事に、茶色の猫の口からリューナ様の声がした。
リューナはベッドの端へ腰掛ける。
「良かったですにゃ~!これ以上目を覚さないようなら本当に危ない所でしたのにゃ~」
今度は猫の口から、猫の声が発せられた。
混乱していると、リューナがヴァシスの腕を掴んだ。
『あの猫は、俺の言葉を読んで外へ伝える役目をしている』
今度は直接、頭の中にリューナ様の声がする。
とにかく、リューナが元気な様子でヴァシスは安心した。
『2人で話がしたい』
猫とベルムが顔を見合わせる。
わかった、とベルムが頷き猫の背を押して出て行った。
部屋に静寂が訪れる。
「リューナ様、ご無事で何よりです」
『ああ、お前も。目と足はどうだ?』
「右目は、ほぼ見えません。右足は痛みはないのですが、動く様子もありません。左足も、筋力の低下でうまく動かせないようです」
『そうか、ダメか…まあ、命が助かっただけでも良かったが…』
「リューナ様、これからどうすれば良いのでしょう」
リューナが困った様子でヴァシスの腕を握り直した。
『俺たちの他にもベルムの城には約50名の人間が保護されている。操られている様子も洗脳されている様子もない。人間保護法とやらに基づいて、人間を殺さない法律があるらしい。それを犯していたのは前魔王だけ』
「…は?」
『城はとても良い環境で、食べ物も水も豊富にある。貴族のような生活が保証されている。来る人間を一切拒まないようだ。噂を聞きつけ、国を捨てた人間が流れ込んでくる』
「馬鹿な!騙されています。そんなはずはありません!魔物が人間を殺さない?保護をしている?どれだけの人が魔物に苦しめられているか…」
『魔物にも派閥があるようだ。前魔王を支持していて人間を殺す魔物もいたようだが、ほとんどの魔物が人間を極力殺さないようにしているらしい。そういう魔物に会った事があるか?俺は何度かあるぞ』
「……」
何度か感じた違和感の正体。
魔王城に全く魔物が居なかったのも。
ここまで来る途中の魔物がかなり弱かったのも。
確かに考えてみれば、魔物から襲って来る事などほとんどなかった。
攻撃したのにもかかわらず、無抵抗で殺される魔物も何匹か居た。
一番驚いたのは、子を守る仕草をしたり、命乞いをした魔物が居たという事だ。多くの魔物には知能も感情もないとされてきた。
『人間側に終戦や平和条約の締結を求めているが拒否されているらしい。そういう情報は人間には知られていない。食料や物資の提供もしているようだが、貴族に全て没収されて使われているらしい。実際、現場に立ち会ってみたが魔族側は確実に物資を送っている』
「そんな…信じられません」
『勿論だ。俺も全てを信じている訳ではない。おかしな動きがあればすぐに行動できるよう準備をしている。信じているフリをしていればベルムの弱点も掴めるかもしれないし、内側から魔族を崩壊させることもできるかもしれない』
「はい」
『ただ、俺が見た限りでは彼らの言う通りだった。お前も気を緩めず、心を開いたフリをしていろ。これが全て魔物による演技であれば、どこかで必ずボロが出る』
リューナは手を離す。
ヴァシスの口からは、震えたため息だけが漏れた。
*
「にゃ~!お話は終わりましたかにゃ?」
『ああ』
モフッっと猫がリューナに抱きついた。
『やめろ。毛が付く』
「あっ!失礼しましたにゃ~」
その様子を見てベルムとヴァシスは、驚いた。
「え?いつの間にそんなに仲良しになったんだ?」
ベルムは嬉しそうに両手で口を覆って、目をキラキラさせている。
ヴァシスは、あまりにも馴れ馴れしい猫に殺意が湧いた。
『仲良くは無い』
「にゃっ!?そんな…」
猫が落ち込んで首を垂れた。
ベルムが微笑む。
リューナは無表情だった。
ヴァシスは、ずっと死んだ仲間達の事を考えていた。
もし、万が一、魔族が本当に人間と争う事を望んでいなかったとしたら。
彼らは何の為に犠牲になったのだろう。
あと一年、魔王を早くベルムが殺していれば。
ヴァシスの仲間達は死ぬ事はなかった。
「顔色が悪い…何か食べられそう?少しでも腹に入れなきゃ」
ベルムがヴァシスの顔を覗き込んできた。
不愉快だ。
この魔王の息子は何を企んでいるのだろう。
殺せるものなら、殺してやりたい。
だが、圧倒的な力の差があるのだ。
弱者は地を這い、泥水をすするのみ。
『少し、食べてみよう。ヴァシス』
リューナの提案に、何とか頷く。
もう少し、体力が回復したらベルムの寝込みを襲い首を取ってやる。
その為に、生きようとヴァシスは思った。
*
食事は殆ど喉を通らなかったが、スープのような液体に近いものは全て飲むことができた。
ベルムや猫といった魔物にジロジロ見られながらの食事は、気分が悪い。
驚いたのは、食事の味だ。
城で出された物にそっくりで、人間の国では滅多に食べられないようなものばかりだった。
凶暴で、知能がある個体が殆ど居ない野蛮な種族とされている魔族が、どのようにこの食物を手に入れ、どのように調理をしているのか疑問だ。
「味はどうかな?以前、東の国キトリス国の城で料理長をしていた人間に作ってもらったんだけど」
人間が作っているのか。
亡命してくる人間はある程度、地位のある者もいるようだ。
ベルムの問いかけに無言でいると、リューナも聞いてきた。
『これなら食べられそうか?』
「はい」
「あにゃ~!リューナ様にしか返事してくれないのにゃ~悲しいにゃ~」
「我々は退散しようか。リューナさん、食べ終えたら教えて」
『ああ』
リューナはヴァシスの左手に手を添えた。
『返事ぐらいしてやれ。ここ1ヶ月毎晩、眠らずに治癒魔法をお前にかけていたんだぞ』
「さっきの猫の件といい、随分、魔族共と打ち解けているようですね…」
少し、悪意を含んだ言い方だったが、リューナは気にしていないようだった。
『お前が眠っている間に色々あったんだ。体が良くなったら他の人間に会ったり、城の中を見て回ると良い』
「国を裏切って逃げてきた人間と穏やかに談笑できる自信がありません」
『ああ。自分の見たものだけ信じれば良い』
「一つだけお聞きしたいのですが…」
『ん?』
「リューナ様は普段からドレスを着ていらっしゃるのですか?」
『ああ。情報収集は、剣を持った勇者よりも、ドレスを着た口の聞けない、か弱そうな女の方がしやすいからな』
ヴァシスは、なるほどと大きく頷いた。
次に貴方に逢うために、馬車を用意することにしました。
馬車を使うと3日ぐらいかかるそうなのですが、貴方に早く逢いに行く事ができます。
でもそんなにかかってしまうとなると、子ども達は一緒に行かない方が良いのかしら?
でも、宿を探して旅行気分で楽しく過ごすのも良いかもしれませんね。
出産予定日まであと半月です。
貴方を自由にできる一番良い手段を探しています。
*
勇者ヴァシスは夜中に目を覚ました。
天井には豪華な装飾が施されており、ぶら下がるシャンデリアが月の光を受けて輝いていた。
親切にしてくれた南の国、カラスィオス王の城とは違うようだった。
どこの城に泊まったんだっけ。
出発はいつだ?
意識がはっきりしてきたヴァシスの脳裏に浮かんだのは、仲間の死の瞬間の映像だった。
「!!?」
ベッドから飛び起きたつもりだったが、まともに動いたのは両腕だけだった。
もたもたしながら上半身を何とか起こすと、右足の横に人影が見える。
椅子に座った状態で、ベッドに突っ伏して眠っている魔王の息子だった。
ヴァシスは剣を探したが見当たらなかった。
流石の魔王の息子も、無防備な状態で首を切断すれば死ぬだろう。
しかし、魔法による攻撃だと、多少のダメージは与えられるだろうが殺すことはできない。
どうする…他の魔物は魔法だけで殺せるかもしれないが、魔王の息子は無理だ。
魔王を串刺しにして肉片にしたあの強力な魔法を思い出す。
…勇者リューナ様は!?
部屋を見渡しても、ヴァシスと魔王の息子しか居ないようだった。
どうする…
まずはリューナ様と合流しなければ…
緊張で呼吸が苦しくなり、体重をかけている両腕が震え出す。
部屋を出よう。
ゆっくりと、ベッドから降りようとした。
「バタッ!」
動くと思っていた左足も全く機能せず、ベッドから落ちたヴァシスは、全身から血の気が引いていくのを感じた。
魔王の息子が、起きたに違いない。
シーツが擦れる音がして、赤い瞳がヴァシスを捉えた。
「わ!目ぇ覚めた?良かったー!」
すぐに魔王の息子が立ち上がり、ヴァシスに近づいた。
ヴァシスは何とか距離を取ろうとしたが、腕を使って少し体をずらす事しかできなかった。
殺される訳にはいかないのに、殺される選択肢しか残っていない…
少しでも魔法を使って攻撃をしようとしたが、魔力は半分も回復していなかった。
なんとかしなければ、と考えるうちに魔王の息子はあっという間にヴァシスを抱き抱え、ベッドへ下ろした。
「落ち着いて、今、リューナさんを呼んでくる」
笑顔が向けられ、ヴァシスは戸惑った。
何か悪い夢を見ているだろうか。
それとも、ここが死後の世界だろうか。
死んだ自分の脳が、最後に見ている残像だろうか。
魔王の息子は部屋の扉を開け、近くにいた巨大な二足歩行の猫に声をかけていた。
魔王が死んだ時に見た猫とは違い、黒く毛の長い猫だった。
「1ヶ月、意識がなかったんだ。右目はどう?足は動かせる?」
馴れ馴れしい口調で魔王の息子が聞いてきたが、ヴァシスは答えない。
勇者リューナが生きている事だけが、今あるたった一つの希望だった。
魔王の息子は、横になる?と問いかけ、ヴァシスの背中に手を回そうとした。
「…触るな」
「あっ!良かった!喋れるね」
ニコニコしながら頷く魔王の息子に、結局ヴァシスは横にさせられた。
恐ろしいぐらい柔らかい枕に頭が沈み込む。
扉から物音がした。
「ベルム様~失礼しますにゃ~」
どうぞ、と魔王の息子が返事をした。
ベルムという名前らしい。
扉が開いて、魔王殺害時に見た茶色の二足歩行の猫と、淡いグレーのドレスを身に纏った勇者リューナが現れた。
リューナ様は、なぜまだ女装をなさっているのだろう…?
『体の調子はどうだ?』
驚いた事に、茶色の猫の口からリューナ様の声がした。
リューナはベッドの端へ腰掛ける。
「良かったですにゃ~!これ以上目を覚さないようなら本当に危ない所でしたのにゃ~」
今度は猫の口から、猫の声が発せられた。
混乱していると、リューナがヴァシスの腕を掴んだ。
『あの猫は、俺の言葉を読んで外へ伝える役目をしている』
今度は直接、頭の中にリューナ様の声がする。
とにかく、リューナが元気な様子でヴァシスは安心した。
『2人で話がしたい』
猫とベルムが顔を見合わせる。
わかった、とベルムが頷き猫の背を押して出て行った。
部屋に静寂が訪れる。
「リューナ様、ご無事で何よりです」
『ああ、お前も。目と足はどうだ?』
「右目は、ほぼ見えません。右足は痛みはないのですが、動く様子もありません。左足も、筋力の低下でうまく動かせないようです」
『そうか、ダメか…まあ、命が助かっただけでも良かったが…』
「リューナ様、これからどうすれば良いのでしょう」
リューナが困った様子でヴァシスの腕を握り直した。
『俺たちの他にもベルムの城には約50名の人間が保護されている。操られている様子も洗脳されている様子もない。人間保護法とやらに基づいて、人間を殺さない法律があるらしい。それを犯していたのは前魔王だけ』
「…は?」
『城はとても良い環境で、食べ物も水も豊富にある。貴族のような生活が保証されている。来る人間を一切拒まないようだ。噂を聞きつけ、国を捨てた人間が流れ込んでくる』
「馬鹿な!騙されています。そんなはずはありません!魔物が人間を殺さない?保護をしている?どれだけの人が魔物に苦しめられているか…」
『魔物にも派閥があるようだ。前魔王を支持していて人間を殺す魔物もいたようだが、ほとんどの魔物が人間を極力殺さないようにしているらしい。そういう魔物に会った事があるか?俺は何度かあるぞ』
「……」
何度か感じた違和感の正体。
魔王城に全く魔物が居なかったのも。
ここまで来る途中の魔物がかなり弱かったのも。
確かに考えてみれば、魔物から襲って来る事などほとんどなかった。
攻撃したのにもかかわらず、無抵抗で殺される魔物も何匹か居た。
一番驚いたのは、子を守る仕草をしたり、命乞いをした魔物が居たという事だ。多くの魔物には知能も感情もないとされてきた。
『人間側に終戦や平和条約の締結を求めているが拒否されているらしい。そういう情報は人間には知られていない。食料や物資の提供もしているようだが、貴族に全て没収されて使われているらしい。実際、現場に立ち会ってみたが魔族側は確実に物資を送っている』
「そんな…信じられません」
『勿論だ。俺も全てを信じている訳ではない。おかしな動きがあればすぐに行動できるよう準備をしている。信じているフリをしていればベルムの弱点も掴めるかもしれないし、内側から魔族を崩壊させることもできるかもしれない』
「はい」
『ただ、俺が見た限りでは彼らの言う通りだった。お前も気を緩めず、心を開いたフリをしていろ。これが全て魔物による演技であれば、どこかで必ずボロが出る』
リューナは手を離す。
ヴァシスの口からは、震えたため息だけが漏れた。
*
「にゃ~!お話は終わりましたかにゃ?」
『ああ』
モフッっと猫がリューナに抱きついた。
『やめろ。毛が付く』
「あっ!失礼しましたにゃ~」
その様子を見てベルムとヴァシスは、驚いた。
「え?いつの間にそんなに仲良しになったんだ?」
ベルムは嬉しそうに両手で口を覆って、目をキラキラさせている。
ヴァシスは、あまりにも馴れ馴れしい猫に殺意が湧いた。
『仲良くは無い』
「にゃっ!?そんな…」
猫が落ち込んで首を垂れた。
ベルムが微笑む。
リューナは無表情だった。
ヴァシスは、ずっと死んだ仲間達の事を考えていた。
もし、万が一、魔族が本当に人間と争う事を望んでいなかったとしたら。
彼らは何の為に犠牲になったのだろう。
あと一年、魔王を早くベルムが殺していれば。
ヴァシスの仲間達は死ぬ事はなかった。
「顔色が悪い…何か食べられそう?少しでも腹に入れなきゃ」
ベルムがヴァシスの顔を覗き込んできた。
不愉快だ。
この魔王の息子は何を企んでいるのだろう。
殺せるものなら、殺してやりたい。
だが、圧倒的な力の差があるのだ。
弱者は地を這い、泥水をすするのみ。
『少し、食べてみよう。ヴァシス』
リューナの提案に、何とか頷く。
もう少し、体力が回復したらベルムの寝込みを襲い首を取ってやる。
その為に、生きようとヴァシスは思った。
*
食事は殆ど喉を通らなかったが、スープのような液体に近いものは全て飲むことができた。
ベルムや猫といった魔物にジロジロ見られながらの食事は、気分が悪い。
驚いたのは、食事の味だ。
城で出された物にそっくりで、人間の国では滅多に食べられないようなものばかりだった。
凶暴で、知能がある個体が殆ど居ない野蛮な種族とされている魔族が、どのようにこの食物を手に入れ、どのように調理をしているのか疑問だ。
「味はどうかな?以前、東の国キトリス国の城で料理長をしていた人間に作ってもらったんだけど」
人間が作っているのか。
亡命してくる人間はある程度、地位のある者もいるようだ。
ベルムの問いかけに無言でいると、リューナも聞いてきた。
『これなら食べられそうか?』
「はい」
「あにゃ~!リューナ様にしか返事してくれないのにゃ~悲しいにゃ~」
「我々は退散しようか。リューナさん、食べ終えたら教えて」
『ああ』
リューナはヴァシスの左手に手を添えた。
『返事ぐらいしてやれ。ここ1ヶ月毎晩、眠らずに治癒魔法をお前にかけていたんだぞ』
「さっきの猫の件といい、随分、魔族共と打ち解けているようですね…」
少し、悪意を含んだ言い方だったが、リューナは気にしていないようだった。
『お前が眠っている間に色々あったんだ。体が良くなったら他の人間に会ったり、城の中を見て回ると良い』
「国を裏切って逃げてきた人間と穏やかに談笑できる自信がありません」
『ああ。自分の見たものだけ信じれば良い』
「一つだけお聞きしたいのですが…」
『ん?』
「リューナ様は普段からドレスを着ていらっしゃるのですか?」
『ああ。情報収集は、剣を持った勇者よりも、ドレスを着た口の聞けない、か弱そうな女の方がしやすいからな』
ヴァシスは、なるほどと大きく頷いた。
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