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02.虹色
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シーエルからスバルトへの手紙②
最後にあなたの顔を見れたのは、いつだったかしら。
また、はやく自由になって一緒に出かけましょう。
エルフの国のお花畑や泉はとても綺麗だったわね。
空が金色に輝いて泉もキラキラ光ってた。
あの時摘んだエメラルドのお花はまだ寝室の花瓶で咲いているわ。
次に逢えたら、必ずあなたを私の国へ連れて帰ります。
お父様は反対しているけど、お腹の子達の為だと説得します。
お腹の子は順調です。
安心してくださいね。
また逢える日を楽しみにしています。
*
王子ベルムは会議室に入った。
獣、竜、妖精、人間の4つの各種族の代表が同時に立ちあがり、こちらに向かって礼をする。
魔物代表の幼なじみのリゴだけが腕を組んだまま座っていた。
彼の鋭く光る灰色の瞳が、べルムを睨みつける。
べルムは、眉を上げて溜息混じりに言い放つ。
「俺は魔王じゃないので、そういうのいりません」
手をサッサと振って席についた。
「魔王様を殺害した犯罪者として投獄すべきかと」
リゴがいきなり喋り出した。
ベルムは頷いた。
「俺もそう思うが、投獄前に怪我人の治療はさせてくれ。重症なんだ」
「王子!!お待ちください!」
他の種族長達が慌てて声を上げる。
「あなたが次期魔王にふさわしい。魔族代表となって世界統一を実現してくださいませ!」
獣族長がそう発言すると、他の代表も続いた。
「そうですとも、お父上を貴方以外の誰も止められませんでした。貴方がこの国を救ってくださったのです。我々が非力なばかりに…これは貴方の責任ではありません。貴方がやらねば他の誰かがやらなければならず、そうなれば多くの犠牲が出たことでしょう」
竜族長が目にうっすら涙を浮かべて力強く話終えた所で、椅子から立ち上がり暗紅色の髪を振り乱した、リゴがまた口を挟んだ。
「カッとなって殺したんだろう。自分の意思どうりに動かない奴を怒りの感情を制御できず殺害するなど、王候補のすることではない」
「ちょっと黙ってろリゴ」
「はあ!?ジジイ達が黙ってろよ!魔王様を止める機会なんぞいくつもあっただろ!?それをしなかったのは俺たちだ。王妃様を人間に殺されて心を病んでいらっしゃった。それを放置して、言う事きかなかったから殺すのかよ!」
「おいおい、落ち着きなさい」と妖精族長が諌めたが、リゴは止まらなかった。
「ベルム!力があるのなら、お前がああなる前に魔王様を止めなきゃいけなかったんだ!なのにお前はヘラヘラしやがって目を背けたあげくこの様だ!」
ベルムは机の上で組んだ自分の指をじっと見つめて黙っていた。
「リゴ、貴方が幼い頃に魔王様に保護され我が子のように大切に育てられた恩を感じているのは分かりますが、ベルム様に全ての責任を押し付けるのはいかがなものかと思いますわ」
カルルテが冷静に言い放つ。
彼女は自ら望んで魔族の国へ亡命してきた人間代表だ。
長い茶髪を纏め、薄紫の眼鏡をかけ、常に白衣を着ている。
「リゴ…すまない。罰は受けるし、魔王になる気はない。お前がなればいい、次期魔王に」
ベルムはリゴをじっと見つめた。
リゴの機嫌は、ますます悪化する。
「俺は魔王になんかなる気はない!」
「そうですとも、こんな奴魔王にしたら、国が滅びます」
「ああ!?お前よりマシだ!クソジジイ!」
二人の言い争いの声を遮ってベルムは続けた。
「カッとなったのは確かなんだ。感情的で、衝動的だった。虹色の髪の人間が、血塗れになっていた。それを見たら、物凄い怒りが湧いてきて。自分が何をしたのか、断片的にしか覚えていない…」
ベルムの声は小さく弱々しい。
騒がしかった会議室が鎮まりかえる。
「虹色の髪の人間」。
その存在がベルムにとって何なのか会議室に居る全員、知っていた。
妖精族長が背筋を正して言い放つ。
「とにかく、多数決では確実に王子が次期魔王です。反対はリゴだけでしょうからね」
「は?俺だけじゃないわ、本人も反対してるぞ!」
「はいはい、リゴと王子の2名が反対していても、賛成多数で次期魔王は決定です」
ベルムは肩をすくめ「俺、本当に無理なんだけど」と呟いた。
人間代表カルルテは、手を上げて発言した。「とりあえず今急いで決める事ではありません。もう少し落ち着いてから、全国民の平等な投票による選挙をしてはいかがでしょうか?まずは、王子は魔王代理という事で、仕事をひとまず進めていただいて」
「良いですな、そうしましょう」と、他の族長達も頷いた。
本人は自覚がないようだが、もし選挙をするにしてもベルムの人気は圧倒的だ。
必ず魔王になるだろう。
族長達はそれを理解していた。
ベルムは渋々頷いた。
「わかりました。国務は進めなければなりませんし、一時的な代理という事で。一つだけ、お願いがあるのですが…」
隣で不貞腐れるリゴへ顔を向けた。
「リゴを俺専属の秘書にしたい」
「はあ!?」
「リゴが魔王になるかもしれないから仕事を見ておいた方が良い」
「まあ、王子が良ければそれで進めましょう」
竜族長が驚いた様子で書類にメモを取った。
「では、本日は解散」
*
「大丈夫?ちゃんと眠れてるの?」
会議室から出たカルルテが声をかけてきた。
彼女が自分を心配してくれるなんて初めてかもしれない。
ベルムは少し嬉しくなった。
「びっくりする程、眠れない。だから夜は人間の治療をしているよ」
カルルテは、俯いた。
無理もないわね、と聞こえた。
「あの日から意識が戻らないんだ…どうしよう」
魔王から救い出された虹色の髪の男性は、酷い状態だった。
右目は激しく損傷し、右足は骨が見えてしまう程酷い傷だった。
回復魔法である程度まで治療できたものの、右目の視力は戻らないようだった。
右足は、見た目は元どおりになったが、まったく動かず。
このまま動かないようであれば、切断する他ない。
ベルムは、小さくため息をつく。
「せめて足はなんとかならないだろうか。切るなんてことは絶対に避けたい」
カルルテは頷いた。
「勿論よ。でも無理はしないで。回復魔法だって凄く体力使うじゃない。寝ずにやるなんて、いくら貴方でもダメよ」
「うん。でも1ヶ月毎晩、回復魔法治療を続けたら不治の病が治ったって文献がいくつかあってね…」
ベルムは笑って答えた。
他の誰が、無理だと思おうと、ベルムの中にはまだ希望の光が見えている。
「昼の治療には、シャムとリューナさんが加わってくれてる」
喋りながら、隣にカルルテが居ないことに気づく。
後ろを振り返るとカルルテは数メートル先で俯いて止まっていた。
「どしたの?」
「あなた…昔からそうよ。一人で抱え込みすぎ…魔王を…唯一の家族であるお父様を…殺してしまった事、物凄く後悔してるし傷ついてるし、誰よりも自分が憎くて許せないんだわ」
彼女の瞳が、うっすら光っていた。
「わ~!珍しい!泣いてるの!?カルルテ!」
「この!馬鹿!」
ヒールで脛を蹴られてベルムはよろける。
カルルテはそのまま振り返らずに行ってしまった。
*
部屋に戻るとベルムは真っ先にヴァシスの様子を確認した。
やはりまだ、目を覚ましていない。
出会った時、血に塗れて黒ずんでいた彼の髪は、洗ってもらったので美しく輝いている。
柔らかく、細く、ツヤツヤしているので、ベルムは思わず触れてしまう。
光にかざすと、銀色、青、紫、ピンク、赤へと色が変化する。
「綺麗…」
「ああああー!セクハラですにゃ!リューナ様!見てくださいにゃ、決定的な現行犯で逮捕ですにゃー!」
シャムがノックもせずに部屋に入って来る。
『手を離せ、殺すぞ…』
続いてリューナも部屋に入ってきた。
めちゃめちゃ睨まれている。
ベルムは両手を上げて全面降伏をした。
「ごめんなさい」
「もおおおおー!夜の治療担当、交代した方がいいですかにゃ?まさか変な事してないでしょうにゃー?」
シャムが、ぷりぷり怒っている。
ベルムはベッドから慌てて立ち上がった。
「は?するわけないでしょ!?」
『したら即、殺す』
日に透けるプラチナブロンドの美しい長髪。
少女のような容姿、花柄のドレスを纏った天使のような出で立ちだが、発せられる言葉は、邪悪。
そして紛れもない男性の声。
勇者リューナの声は、シャムを通して発せられているので、彼は会話の対象に触れずとも、話せるようになっていた。
シャムはリューナの心を読み取り、彼の声を使って、彼の意思を表現している。
口を動かしているのがシャムだけだし、声もシャムから聞こえるので最初は慣れない様子だったが、リューナはシャムが傍に居れば、他人と普通に会話できるようになっていた。
「ささっ!日中は僕たちが治療しますから、ベルム様はお休みくださいにゃ!」
シャムの巨大な毛まみれの体が近づいてきてソファーへ追いやられる。
ボヨン!と腹で押されて、ベルムはソファーへ倒れ込んだ。
「おやすみなさいにゃ~!」
「おやすみ」
大人しくベルムは目を閉じた。
しかし、瞼の裏が光っているようで眩しい。
カルルテに聞いたら、ストレスからくる神経異常らしい。
彼女は何でも知ってる。
真っ白な光に耐えきれす、結局目を開けてしまう。
シャムとリューナはいつの間にか仲良くなったようだった。
「リューナ様、ここでの暮らしはだいぶ慣れましたかにゃ?」
『ああ、最初はお前ら魔物全員殺してやろうと思っていたが、他の保護されている人間に説得されて思いとどまった』
「あにゃ~怖いですにゃ…思いとどまってくれてよかったですにゃ」
『保護されている人間は皆、酷い事をされたり操られている様子もない。50名程居るのにも驚いた、大人も、子どもも、全員幸せそうに暮らしている』
「そうですにゃ~迷い込んだ人や、自らの意思で亡命してきた人もいるのにゃ。魔王様に見つからなければ、ベルム王子の領土で暮らせるのにゃ」
『人間の国に居るより幸せかもしれない、貧しい人間はどんどん飢えて死んでいる』
「おかしいですにゃ~?魔族側は人間たちへ停戦や平和条約の提案は定期的にしているのですにゃ、必要なら食糧や物資も届けられる準備もしているし…」
「なんなら、既に届けている国もあるのに、国民に届いていないようですにゃ…」
『貴族で止めてんだろ。下の方の人間には届いていない』
「はあ、世界統一の道は険しいですにゃ~」
ベルムは会話を黙って聞いていた。
世界統一、そんな事が可能なのだろうか?
自分の事で精一杯だ…とても魔王にはなれない。
一番向いていない。
なぜ、他の魔物達が自分を慕ってくれているのかベルムは理解できずにいた。
ぼんやりと天井を眺める。
体は疲れているのに、脳は異常に元気になって、結局その日も眠れそうになかった。
*
「ほらベルム、今日から一緒に暮らす、お友達ですよ♡」
父上が、リゴを初めて城へ連れてきた。
3歳の誕生日だった。
「リゴ、あなたのお誕生日はいつですか?」
リゴは、ボサボサの暗紅色の髪の毛を腰まで伸ばしている。
クルクルと巻いた漆黒の大きな角は、先が少し欠けてしまっているようだった。
顔も身体も傷だらけで酷く痩せて震えており、まともに会話ができる状態ではなかった。
ずっと鼻息が荒く、灰色の瞳がゆらゆらと揺れている。
恐怖を感じているようだった。
両親が亡くなり、親戚から虐待にあっていたと父上が教えてくれた。
「よし。ではベルムと同じ日にしましょうか。今日お誕生日会を盛大にしましょうね☆」
優しく父上がリゴに微笑みかける。
伸びっぱなしの髪から片目だけ出したリゴは、ぎこちない様子だったが、少しだけ笑った。
ベルムはその時、父上のような優しい魔王になりたいと思ったのだ。
「父上は、すごいですね」
「え?いえいえ、凄くなんかないですよ♡」
「ぼく、父上みたいなりっぱな魔王になりたいです!!」
そうベルムが発した瞬間、魔王の顔がドロドロに溶け出た、目玉が流れ出し、髪の束がボドっと床に落ちる。青い血が飛び散り、床一面
広がった。
被った血の匂いを、ベルムは知っている。
*
「懐かしい夢…最後なにあれ最悪…」
のっそりとソファーから起き上がる。
シャムとリューナは部屋に居らず、室内は日の光で真っ赤に染まっていた。
「夕方か…」
少し眠れたはずなのに、汗が吹き出し身体中がだるかった。
「ダメだ、吐きそう」
口を押えてソファーから立ち上がる。
ベルムの体には、あの時の魔王の血の匂いと温かさがまとわりついている。
それは亡霊のように常に背後に存在し、彼の命を内側から削っていくのだった。
最後にあなたの顔を見れたのは、いつだったかしら。
また、はやく自由になって一緒に出かけましょう。
エルフの国のお花畑や泉はとても綺麗だったわね。
空が金色に輝いて泉もキラキラ光ってた。
あの時摘んだエメラルドのお花はまだ寝室の花瓶で咲いているわ。
次に逢えたら、必ずあなたを私の国へ連れて帰ります。
お父様は反対しているけど、お腹の子達の為だと説得します。
お腹の子は順調です。
安心してくださいね。
また逢える日を楽しみにしています。
*
王子ベルムは会議室に入った。
獣、竜、妖精、人間の4つの各種族の代表が同時に立ちあがり、こちらに向かって礼をする。
魔物代表の幼なじみのリゴだけが腕を組んだまま座っていた。
彼の鋭く光る灰色の瞳が、べルムを睨みつける。
べルムは、眉を上げて溜息混じりに言い放つ。
「俺は魔王じゃないので、そういうのいりません」
手をサッサと振って席についた。
「魔王様を殺害した犯罪者として投獄すべきかと」
リゴがいきなり喋り出した。
ベルムは頷いた。
「俺もそう思うが、投獄前に怪我人の治療はさせてくれ。重症なんだ」
「王子!!お待ちください!」
他の種族長達が慌てて声を上げる。
「あなたが次期魔王にふさわしい。魔族代表となって世界統一を実現してくださいませ!」
獣族長がそう発言すると、他の代表も続いた。
「そうですとも、お父上を貴方以外の誰も止められませんでした。貴方がこの国を救ってくださったのです。我々が非力なばかりに…これは貴方の責任ではありません。貴方がやらねば他の誰かがやらなければならず、そうなれば多くの犠牲が出たことでしょう」
竜族長が目にうっすら涙を浮かべて力強く話終えた所で、椅子から立ち上がり暗紅色の髪を振り乱した、リゴがまた口を挟んだ。
「カッとなって殺したんだろう。自分の意思どうりに動かない奴を怒りの感情を制御できず殺害するなど、王候補のすることではない」
「ちょっと黙ってろリゴ」
「はあ!?ジジイ達が黙ってろよ!魔王様を止める機会なんぞいくつもあっただろ!?それをしなかったのは俺たちだ。王妃様を人間に殺されて心を病んでいらっしゃった。それを放置して、言う事きかなかったから殺すのかよ!」
「おいおい、落ち着きなさい」と妖精族長が諌めたが、リゴは止まらなかった。
「ベルム!力があるのなら、お前がああなる前に魔王様を止めなきゃいけなかったんだ!なのにお前はヘラヘラしやがって目を背けたあげくこの様だ!」
ベルムは机の上で組んだ自分の指をじっと見つめて黙っていた。
「リゴ、貴方が幼い頃に魔王様に保護され我が子のように大切に育てられた恩を感じているのは分かりますが、ベルム様に全ての責任を押し付けるのはいかがなものかと思いますわ」
カルルテが冷静に言い放つ。
彼女は自ら望んで魔族の国へ亡命してきた人間代表だ。
長い茶髪を纏め、薄紫の眼鏡をかけ、常に白衣を着ている。
「リゴ…すまない。罰は受けるし、魔王になる気はない。お前がなればいい、次期魔王に」
ベルムはリゴをじっと見つめた。
リゴの機嫌は、ますます悪化する。
「俺は魔王になんかなる気はない!」
「そうですとも、こんな奴魔王にしたら、国が滅びます」
「ああ!?お前よりマシだ!クソジジイ!」
二人の言い争いの声を遮ってベルムは続けた。
「カッとなったのは確かなんだ。感情的で、衝動的だった。虹色の髪の人間が、血塗れになっていた。それを見たら、物凄い怒りが湧いてきて。自分が何をしたのか、断片的にしか覚えていない…」
ベルムの声は小さく弱々しい。
騒がしかった会議室が鎮まりかえる。
「虹色の髪の人間」。
その存在がベルムにとって何なのか会議室に居る全員、知っていた。
妖精族長が背筋を正して言い放つ。
「とにかく、多数決では確実に王子が次期魔王です。反対はリゴだけでしょうからね」
「は?俺だけじゃないわ、本人も反対してるぞ!」
「はいはい、リゴと王子の2名が反対していても、賛成多数で次期魔王は決定です」
ベルムは肩をすくめ「俺、本当に無理なんだけど」と呟いた。
人間代表カルルテは、手を上げて発言した。「とりあえず今急いで決める事ではありません。もう少し落ち着いてから、全国民の平等な投票による選挙をしてはいかがでしょうか?まずは、王子は魔王代理という事で、仕事をひとまず進めていただいて」
「良いですな、そうしましょう」と、他の族長達も頷いた。
本人は自覚がないようだが、もし選挙をするにしてもベルムの人気は圧倒的だ。
必ず魔王になるだろう。
族長達はそれを理解していた。
ベルムは渋々頷いた。
「わかりました。国務は進めなければなりませんし、一時的な代理という事で。一つだけ、お願いがあるのですが…」
隣で不貞腐れるリゴへ顔を向けた。
「リゴを俺専属の秘書にしたい」
「はあ!?」
「リゴが魔王になるかもしれないから仕事を見ておいた方が良い」
「まあ、王子が良ければそれで進めましょう」
竜族長が驚いた様子で書類にメモを取った。
「では、本日は解散」
*
「大丈夫?ちゃんと眠れてるの?」
会議室から出たカルルテが声をかけてきた。
彼女が自分を心配してくれるなんて初めてかもしれない。
ベルムは少し嬉しくなった。
「びっくりする程、眠れない。だから夜は人間の治療をしているよ」
カルルテは、俯いた。
無理もないわね、と聞こえた。
「あの日から意識が戻らないんだ…どうしよう」
魔王から救い出された虹色の髪の男性は、酷い状態だった。
右目は激しく損傷し、右足は骨が見えてしまう程酷い傷だった。
回復魔法である程度まで治療できたものの、右目の視力は戻らないようだった。
右足は、見た目は元どおりになったが、まったく動かず。
このまま動かないようであれば、切断する他ない。
ベルムは、小さくため息をつく。
「せめて足はなんとかならないだろうか。切るなんてことは絶対に避けたい」
カルルテは頷いた。
「勿論よ。でも無理はしないで。回復魔法だって凄く体力使うじゃない。寝ずにやるなんて、いくら貴方でもダメよ」
「うん。でも1ヶ月毎晩、回復魔法治療を続けたら不治の病が治ったって文献がいくつかあってね…」
ベルムは笑って答えた。
他の誰が、無理だと思おうと、ベルムの中にはまだ希望の光が見えている。
「昼の治療には、シャムとリューナさんが加わってくれてる」
喋りながら、隣にカルルテが居ないことに気づく。
後ろを振り返るとカルルテは数メートル先で俯いて止まっていた。
「どしたの?」
「あなた…昔からそうよ。一人で抱え込みすぎ…魔王を…唯一の家族であるお父様を…殺してしまった事、物凄く後悔してるし傷ついてるし、誰よりも自分が憎くて許せないんだわ」
彼女の瞳が、うっすら光っていた。
「わ~!珍しい!泣いてるの!?カルルテ!」
「この!馬鹿!」
ヒールで脛を蹴られてベルムはよろける。
カルルテはそのまま振り返らずに行ってしまった。
*
部屋に戻るとベルムは真っ先にヴァシスの様子を確認した。
やはりまだ、目を覚ましていない。
出会った時、血に塗れて黒ずんでいた彼の髪は、洗ってもらったので美しく輝いている。
柔らかく、細く、ツヤツヤしているので、ベルムは思わず触れてしまう。
光にかざすと、銀色、青、紫、ピンク、赤へと色が変化する。
「綺麗…」
「ああああー!セクハラですにゃ!リューナ様!見てくださいにゃ、決定的な現行犯で逮捕ですにゃー!」
シャムがノックもせずに部屋に入って来る。
『手を離せ、殺すぞ…』
続いてリューナも部屋に入ってきた。
めちゃめちゃ睨まれている。
ベルムは両手を上げて全面降伏をした。
「ごめんなさい」
「もおおおおー!夜の治療担当、交代した方がいいですかにゃ?まさか変な事してないでしょうにゃー?」
シャムが、ぷりぷり怒っている。
ベルムはベッドから慌てて立ち上がった。
「は?するわけないでしょ!?」
『したら即、殺す』
日に透けるプラチナブロンドの美しい長髪。
少女のような容姿、花柄のドレスを纏った天使のような出で立ちだが、発せられる言葉は、邪悪。
そして紛れもない男性の声。
勇者リューナの声は、シャムを通して発せられているので、彼は会話の対象に触れずとも、話せるようになっていた。
シャムはリューナの心を読み取り、彼の声を使って、彼の意思を表現している。
口を動かしているのがシャムだけだし、声もシャムから聞こえるので最初は慣れない様子だったが、リューナはシャムが傍に居れば、他人と普通に会話できるようになっていた。
「ささっ!日中は僕たちが治療しますから、ベルム様はお休みくださいにゃ!」
シャムの巨大な毛まみれの体が近づいてきてソファーへ追いやられる。
ボヨン!と腹で押されて、ベルムはソファーへ倒れ込んだ。
「おやすみなさいにゃ~!」
「おやすみ」
大人しくベルムは目を閉じた。
しかし、瞼の裏が光っているようで眩しい。
カルルテに聞いたら、ストレスからくる神経異常らしい。
彼女は何でも知ってる。
真っ白な光に耐えきれす、結局目を開けてしまう。
シャムとリューナはいつの間にか仲良くなったようだった。
「リューナ様、ここでの暮らしはだいぶ慣れましたかにゃ?」
『ああ、最初はお前ら魔物全員殺してやろうと思っていたが、他の保護されている人間に説得されて思いとどまった』
「あにゃ~怖いですにゃ…思いとどまってくれてよかったですにゃ」
『保護されている人間は皆、酷い事をされたり操られている様子もない。50名程居るのにも驚いた、大人も、子どもも、全員幸せそうに暮らしている』
「そうですにゃ~迷い込んだ人や、自らの意思で亡命してきた人もいるのにゃ。魔王様に見つからなければ、ベルム王子の領土で暮らせるのにゃ」
『人間の国に居るより幸せかもしれない、貧しい人間はどんどん飢えて死んでいる』
「おかしいですにゃ~?魔族側は人間たちへ停戦や平和条約の提案は定期的にしているのですにゃ、必要なら食糧や物資も届けられる準備もしているし…」
「なんなら、既に届けている国もあるのに、国民に届いていないようですにゃ…」
『貴族で止めてんだろ。下の方の人間には届いていない』
「はあ、世界統一の道は険しいですにゃ~」
ベルムは会話を黙って聞いていた。
世界統一、そんな事が可能なのだろうか?
自分の事で精一杯だ…とても魔王にはなれない。
一番向いていない。
なぜ、他の魔物達が自分を慕ってくれているのかベルムは理解できずにいた。
ぼんやりと天井を眺める。
体は疲れているのに、脳は異常に元気になって、結局その日も眠れそうになかった。
*
「ほらベルム、今日から一緒に暮らす、お友達ですよ♡」
父上が、リゴを初めて城へ連れてきた。
3歳の誕生日だった。
「リゴ、あなたのお誕生日はいつですか?」
リゴは、ボサボサの暗紅色の髪の毛を腰まで伸ばしている。
クルクルと巻いた漆黒の大きな角は、先が少し欠けてしまっているようだった。
顔も身体も傷だらけで酷く痩せて震えており、まともに会話ができる状態ではなかった。
ずっと鼻息が荒く、灰色の瞳がゆらゆらと揺れている。
恐怖を感じているようだった。
両親が亡くなり、親戚から虐待にあっていたと父上が教えてくれた。
「よし。ではベルムと同じ日にしましょうか。今日お誕生日会を盛大にしましょうね☆」
優しく父上がリゴに微笑みかける。
伸びっぱなしの髪から片目だけ出したリゴは、ぎこちない様子だったが、少しだけ笑った。
ベルムはその時、父上のような優しい魔王になりたいと思ったのだ。
「父上は、すごいですね」
「え?いえいえ、凄くなんかないですよ♡」
「ぼく、父上みたいなりっぱな魔王になりたいです!!」
そうベルムが発した瞬間、魔王の顔がドロドロに溶け出た、目玉が流れ出し、髪の束がボドっと床に落ちる。青い血が飛び散り、床一面
広がった。
被った血の匂いを、ベルムは知っている。
*
「懐かしい夢…最後なにあれ最悪…」
のっそりとソファーから起き上がる。
シャムとリューナは部屋に居らず、室内は日の光で真っ赤に染まっていた。
「夕方か…」
少し眠れたはずなのに、汗が吹き出し身体中がだるかった。
「ダメだ、吐きそう」
口を押えてソファーから立ち上がる。
ベルムの体には、あの時の魔王の血の匂いと温かさがまとわりついている。
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