勇者は善良な魔王を殺したい

おかゆ

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01.全滅

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シーエルからスバルトへの手紙①

愛するあなたに、とても嬉しいお知らせです。
私のお腹に新しい命が宿りました。
双子だそうです。
あなたと、私の子です。
父は意外にも、喜んでくれました。
早くあなたに逢いたいです。
次に世界が繋がった時、子ども達と一緒に必ず逢いに行きます。





勇者ヴァシスは自分の手が震えている事に気がついた。
寒さではない。
恐怖でもないが、それに近い緊張からだと思う。
その手を、隣にいた賢者プユケが優しく包んだ。
彼女の美しい金色の長い髪が、風でフワフワ揺れている。

「ヴァシスさん、必ず魔王を倒しましょう。そしたら、私の故郷に遊びにきませんか?両親がぜひ会いたいと言っています。料理を振る舞いたいので、好物は何か聞いておくように、と」

震えは治まっていた。
重ねられた手を見つめながらヴァシスは返した。

「ああ、わかった。必ず全員生きて帰ろう。鶏肉が苦手だ。あとは大丈夫」

死ぬかもしれない戦いに赴く前に未来を語る彼女の澄んだ瞳を、ヴァシスは見ることができなかった。
彼女はパーティーの中で最年少の16歳だ。

プユケは小さく頷いて「鶏肉ですね、わかりました」と笑顔で答えた。

「ヴァシス!そろそろ出発しようか!」

焚き火を足で消しながら、騎士団長がこちらに手を振っている。
その手が木の枝に当たってカシャンと音を立て、光り輝く木の葉が数枚落ちた。

ここは宝石の森。
木々が全て水色に光っており、見る角度によって紫、青、白へと変化して輝く。
魔王城の目と鼻の先にあるので、まるで天国と地獄のようだった。

あと、一時間も歩けば魔王城へ到着できるだろう。
他の仲間達も立ち上がり、馬車に荷物を積み込み始めた。

10人居る仲間たち。
全員レベル99。
人間の最高レベルだ。
勝てると思うのだが、同じ条件で旅立った一代前の勇者一行は戻って来なかった。
何か、罠でもあるのだろうか?
最高レベルの人間が10人も居て勝てない事などあるのだろうか?

ここまで来るのに魔族や悪魔と戦ったが、苦戦はあったもののそこまで強いとは感じなかった。
城に集中的に強い魔物を置いているのだろうか。
魔物にそれだけの知識があるとは思えないのだが。

「ヴァシスさん、行きましょう」

今度はそう言ったプユケの手が震えていた。
その手を引いて、ヴァシスは仲間の元へと走った。





夜を待ち、城に侵入したが予想外の事が起きた。
城を守る兵士が1人も居ないのだ。
門番すらも居ない。
罠であるのか、この城はもう魔王が居ない状態なのか分からない。
この状況に、パーティー一同混乱していた。

ヴァシスは緊張から全身に汗が噴き出すのを感じた。
喉がカラカラに乾いて、心臓が激しく脈打った。
呼吸は早くなっていく。
慎重に歩みを進め、城の最上階に一際目立つ大きな扉を発見した。
魔王がいるならここに違いない。
手の汗を払い、騎士団長と息を合わせ扉を開く。

全員攻撃体勢を取った。





ここがどこか、自分が何をしていたのか、一瞬記憶が曖昧だった。
意識がはっきりしてくると、右足と右目に痛みが走る。
かなり深い怪我をしているようだった。
ようやく焦点が合ったヴァシスの左目が捉えたのは、血塗れで息絶える仲間たちの姿だった。

「こんな夜中にアポイントなしで来るなんて、礼儀知らずにも程がありますねぇ~」

岩のような巨体、紫色の肌、黒い頭部の二本角、金色の瞳。
噂通りの風貌で玉座に腰掛ける魔王が居た。
魔王ダーグ。
魔王は1人だけ息のあるヴァシスに気付いて近づいて来た。

ズン、ズン、と冷たい床が振動する。
傷が深くて動く事ができなかった。

「あらぁ~イケメン♡まだ生きてるなんて凄いですねぇ~」

魔王は目を細め、頬の前で両手を合わせて体をくねらせる。

最高レベルの人間が、たった一撃喰らっただけで死んでしまうなんて…
魔王は人間の上限レベルを遥かに超えているに違いなかった。
だから勇者は誰も帰って来なかったのだ。
最初から、勝てる訳がなかった。

「こんなの…無駄死に…」

ヴァシスはプユケの亡骸をぼんやり眺めた。
彼女の顔はべっとりと血に塗れ、瞳は光を失っている。

重傷者は30分以内に回復しなければ、細胞が死滅しそれ以上の回復が出来ない。
傷の深さにもよるがそこそこの傷であれば1~3時間は有効だ。
ただし、時間が経てば傷跡が残る可能性は高い。

せめて若い彼女だけでも逃してやれないだろうか。
少しでもプユケに近づこうと身を捩ったヴァシスの髪を、魔王ダーグは摘んで引き上げた。

「あらららら~綺麗な虹色の髪!ん?どこかで見た事ある気がするけど…珍しい。お人形ちゃんのお友達に決定~☆」

髪を掴まれ、ヴァシスの体が宙に浮く。
右足が重力を受け、ぶらんと大きく揺れ、激しい痛みが走った。

「ぐっ!!」

思わず呻いたヴァシスは、そのまま揺さぶられ、気がつくと玉座の後ろの分厚いカーテンの奥、巨大な魔王のベッドの上へ落とされた。

「私は回復魔法が使えないから治せないのよ~でも気に入ったから、お人形ちゃんに治してもらっていいわよ~♡」

魔王はそう言って少し離れたソファーに座り、積み上がる小さなドレスを畳み出した。

回復魔法は徳を積んだ善良な心の持ち主でなければ使えない。
僧侶、賢者、勇者、司祭、聖者、皇帝にも稀に使える人間がいる。
邪悪な魔物、魔王などには使えない特別な魔法である。

ヴァシスは右目から溢れた血で、左目もよく見えなくなっていた。
気配しか分からないが誰かが、目の前に居るようだ。邪悪な気配は感じない、人間だろうか…?
左目の血を拭い、瞬きを繰り返していると声をかけられた。

『おい、死ぬなよ。大丈夫か?』

頭の中で若い男の声が響く。
右目に温かさを感じて、痛みが消えていく。
回復魔法をかけられているようだった。

『とりあえず目は止血だけ…足が重症だ…』

また頭の中で声がする。
次は右足に回復魔法をかけ始めた。
ヴァシスは少し起き上がり、男を見た。
右目は何も見えないが、左目の視力だけぼんやりと戻る。

「…ありがとうございます」

『ああ』

頷いた男は、少女のような顔をしていた。
喉に大きな傷痕がある。
喋れないのか。
頭の中に直接声が伝わってきているようだ。
テレパシーのような状態なのかもしれない。

白い肌、腰まである長いプラチナブロンド、空のような青い瞳。
フリルの沢山付いた淡いグリーンのドレスを着せられている。

声を聞いていなければ、間違いなく女性だと思っただろう。

いつからここに捕らえられていたのだろう。
外傷はないようだが、もしかしたら自分で回復魔法を使ったのかも知れない。

彼の右手を見て、ヴァシスは驚いた。

悪魔との契約の証。魔法陣が右手の甲に浮かび上がっていた。

「…まさか、あなた勇者様ですか…?」

勇者は勇者と認められるために悪魔に挑み勝利する必要がある。
勝利した者だけが、その悪魔の力を利用できる。
悪魔は勇者の命と引き換えに、魔王に大きなダメージを与える役目を果たすのだ。

彼の右手の甲には紛れもなく悪魔封印の魔法陣があり、しかも最強と呼ばれる白い悪魔と契約をしている。
ヴァシスは一つの答えに辿り着いた。

「白い悪魔と契約できたのは16代目勇者である月の勇者…リューナ様だけ…」

目の前の美しい少女の容姿をした男が、あの勇者リューナ。

『そうだ。悪魔討伐の際に喉をやられて喋れないが、体の一部が触れている者には直接脳に声を伝えられる』

リューナは、小さく口の先を吊り上げた。
ヴァシスの右手を取る。

『お前、俺と死ぬ覚悟はあるか?』

「え?」

「ちょっとお!新入りちゃん、なに一人で喋ってるのぉ!無駄よ!その子口聞けないんだから~」

魔王がソファーから動かずに声をかけてきた。

『魔王は俺がテレパシーを使える事は知らない』

ヴァシスの右手を掴んだまま、リューナは続けた。

『俺たちは魔王には勝てない、でも大きな傷を追わせる事は可能だ。奴らは回復魔法が使えない、少しでも傷を追わせて次に来る勇者へ繋げる。俺と、お前、二人同時に悪魔を使う』

「わかりました」

ヴァシスは迷わず頷いた。
2匹の悪魔の力を使えば、勇者の命は悪魔に捧げられ失う事になる。
しかし、魔王に深傷を負わせる事ができるだろう。

次の勇者か…
その次の勇者…
いつか必ず誰かが魔王を倒してくれる。

『魔王はお前に着せるドレスを選んでいる。チャンスだ。今、この場で悪魔を召喚しよう。俺が合図をする』

ヴァシスは微笑んだ。
最期に、こんなに心強い仲間に出会えた事に感謝する。

『3』
『2』
『1』





「父上~!失礼!ちょっとサインして頂きたい書類がいくつかあります~!」

悪魔を召喚しようとしたその瞬間に、ヴァシスが連れてこられた玉座の間とは別の扉から部屋に魔物が入ってきた。

父上…?という事は、魔王の息子だ。

『2体はマズい…様子を見よう』

リューナの提案にヴァシスは大きく頷く。
魔王の息子はベッドの上で身を屈める人間達に気づいた様子だった。

「もおう~!部屋に入る時はノックしてよって言ってるでしょ!ていうか、寝室は立ち入り禁止って言ったじゃない!」

ふざけた口調だったが、魔王は本気で怒っているようだった。

慌てた様子で、ソファーから勢いよく立ち上がり、畳んだドレスが宙を舞う。
叫ぶ魔王に全く目を向けようとせず、ヴァシス達を見つめながら魔王の息子は呟いた。

「…なんです?あれは…人間…?」

静かな声だったのに、かなり殺気立っているのがわかった。
それに驚いた様子で、魔王の声に焦りが見えた。

「ええ~人間っていうか…私を殺そうと侵入してきたので、ちょっと捕まえておこうかな~と思いましてね☆」

それを聞いた魔王の息子の顔色が、変わった。

「ふざけるな」

ヒッ!と魔王が飛び退き、ソファーの後ろへ回る。

「半年前に人間保護法が制定されました。父上は会議にも出席したし、書類に印を押しましたよね?人間は今後一切、傷つけたり殺してはならないと」

「だああって!私を殺しにきたのだから正当防衛でしょう!?」

「力の差がこれだけあるのに何が正当防衛だ…」

「ちょっと…殺気出しすぎですよぉ~」

魔王の息子は俯いて小さく息を吐く。

「もういい」と、小声で漏らしたにも関わらず、広い部屋に声が響いた。

「終わりだ」

魔王の息子がため息のような、少し震える声を漏らしたその瞬間、魔王の周りに白い冷気が纏わりつき、一瞬でいくつもの巨大な氷の刃が発生する。
同時に、魔王の体を四方八方から貫いた。

「ぎゃあああ!!!痛い痛いやめて!いぎゃああああ!」

最初は逃げようと、のたうち回っていた魔王だったが、すぐに動かなくなった。

勇者ヴァシスとリューナは何が起こったのか分からないまま、ただ串刺しになっていく魔王を見つめていた。

容赦無く次々と氷の刃は生成され魔王の体がほぼ原型を留めなくなるまで攻撃は続く。
魔王の血は青く、細かく千切れた肉片と共に部屋のあらゆる場所へと飛び散った。

魔王のさらに上をいく魔力だ。
どう考えても、何人最高レベルの人間が集まろうと、もう人類の勝つ術などない。

勇者ヴァシスは座っている事ができずに横たわった。

右目は暗闇の中、右足は全く動かない。
呼吸がし辛くなり、心臓が痛い。
血が足りないようだった。
ぼんやりと仲間のことを思い出す。
もう30分以上経過していた。
蘇生魔法は間に合わない。
皆、死んだのだ。

氷の刃が消え、室内に静寂が訪れた。
獣の血ような生臭い匂いが充満する。
魔王の血の匂いだろうか。
魔王の息子は立ったまま宙を仰ぎ、両手で顔を覆っていた。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。

勇者リューナの顔を見た。
何故かうっすら微笑んでいた。
諦めたような、なにかを達成したような、そんな微笑みだった。

悪魔を召喚するまでもなく、我々は死に、人類は消滅するのだ。
それぐらい、圧倒的な強さだった。

つられて勇者ヴァシスも、少し笑う。
これで全て終わりだと思うと、なんだか気が楽になった。

足音が近づいてくる。

「大丈夫か?すぐ、治療を…」

そう言って魔王の息子に抱き起こされ、ヴァシスは彼の顔を初めて間近で見た。

褐色の肌に、長い白髪。
そこから伸びる黒い二本の角。
赤い瞳。
神官が来ているような服装だが、全身黒色だ。
全身のほとんどが、魔王ダグスの返り血で青く染まっている。
ヴァシスやリューナより20cmほど背が高いだけで、魔王ダーグと違い、かなり人間に近い容姿だと思った。





「ややや!魔王様!ぎゃっ!死んでるにゃ…!ついにやっちまったんですかべルム様!!」

大きな茶色の猫が現れて魔王の死骸を見て叫んた。
二足歩行で、服も着ている。

「シャム、早く来てこちらの方の治療を頼む!」

勇者リューナの元へ、猫は急いで駆け寄ってきた。
リューナは猫の手を払い除ける。

「ありゃ、こちらの方はお怪我無いようですにゃ」

「そうか、じゃあこの人。お前は右目、俺は右足を治療する」

「了解ですにゃー!」

何が治療だ。
回復魔法の使えない魔族に何ができる。
薬草でも貼り付ける気か。

ヴァシスはイライラしながら声を絞り出した。

「さっさと…殺せ…」

しかし、すぐに物凄い強力な回復魔法が開始される。
猫の方はリューナと同じぐらい魔力の強さだが、べルムと呼ばれた魔王の息子は、その10倍は強い魔力だった。
強力な魔法の手を緩める事なく、べルムはヴァシスに問いかけた。

「外に倒れていた方達は他の者が治療にあたるから心配しないで。倒れたのはどのぐらい前?」

「もう手遅れだ」

「…そう」

なぜ魔族にこんな強力な回復魔法が使えるのだろう…?
修行をした善良な心の持ち主でないと使えない聖なる魔法だ。
おかしい…どんなカラクリだ。
魔王を殺し、我々を回復して、何を企んでいる…。

何度か小刻みに意識が飛んでいるようだった。
回復魔法を使う魔物2匹を跳ね除けたいのに、体は全く言うことを聞かない。
急速に細胞が活性化し、血管が繋がり、筋肉や皮膚が繋がっていく。
電気が走っているようにビリビリしてカッと傷口が熱くなる。

リューナが回復できなかったより深い部分まで、魔王の息子べルムの力は潜り込んできた。
急速な回復に、肉体が痙攣し少し仰け反る。

勇者ヴァシスは考えるのを諦めて瞳を閉じた。
治療されて、捕虜にでもされるのだろうか。
屈辱を受ける気はない。
勇者の名に恥じぬよう、何があろうと自死するのみ。

仲間達は…
プユケは苦しまずに逝けただろうか。
それだけが気がかりだった。









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