虚構幻葬の魔術師

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アビスフリード争奪戦

幻影 ~phantom~ ⑤中編

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「炎の……剣?」
 信じられない光景に零弥は驚きを隠せない。暁介の右手に収まる炎は確かに剣を形作っていた。
「何の魔術だ……瓦解しやすいとは言え光子と張り合うぐらいだぞ」
 地面に叩きつけられた重い身体にもつを持ち上げながら、零弥は今自分が置かれている状況を確認する。
「無様だなァ。クソケダモノヤロウをぶっ飛ばした時はさすがに冷や汗かいたが、拳を合わせてみる大したことねェな」
 振りかぶった剣で斬り付けようとしたが、零弥は大きく下がる。
「やはり見ていたのか……」
「あぁ。他の陣営と比べて明らかに行動が違ぇ。しかも脱法的な二人組。ならば警戒して当然だろ?」
 暁介の剣はさらに燃える。その熱波が零弥の呼吸を乱す。
「そして、一つ収穫もある」
 暁介は見せつけるような不気味な表情。勝ち誇ったようなニヤリとした笑顔を見せた。
「オメェはドルガとの戦闘で能力アビリティを使った。正確には逃走の時からだが。オメェの力は恐らく物体移動の類。逃走時の大ジャンプもそうだなァ」
 振りかざした炎の剣と光子剣フォトンブレードが重なりあう。つばぜり合いに持ち込んでも、暁介には余裕が見える。
「だが、オメェには欠点がある。大きな変換力を要する事象の改変は魔術も能力も直接触れることを要する。特に知的生命体そのものの操作はなァ。だからドルガはあれだけ吹っ飛んだ。しかし、俺はさっきの攻撃で確信した」

「オメェはその左手で触れなければ、強い変換力を必要とする事象の改変が出来ねェ!」

 つばぜり合いは暁介が押しきる形で払われた。
 零弥の鳩尾に直接叩き込んだ一撃。ドルガやユミに対して能力アビリティが発動できるのなら、あのタイミングでカウンターが発動してもおかしくはなかった。
「クッ……」
 もっと言えば、ドルガの攻撃を左手で受け止める必要もなかったはずだ。当たるタイミングでカウンターを発動すれば、実質無傷で飛ばせるのだから。
 無回答。それは肯定を意味する。
 確信は持てないはずだが、暁介は気にしない。なぜなら、次の仮説が最も重要だからだ。
「もう一つ。ドルガをなぜ一発で仕留めず、何度も避けた後のカウンターに頼ったのか。それはつまり、逃走時の度重なる能力アビリティの使用で身体が悲鳴をあげているからだ」
 二つ目の推理は厳密には当たっていない。あの程度で息をあげるほど零弥の身体は弱々しくない。
 だが、零弥自身の根幹に関わる推理をされそうで、零弥は不安がった。暁介の推理を遮るように零弥は銃弾を浴びせる。
 それに対して、暁介は軽くかわすだけでなく、あろうことか銃弾を炎の剣で弾き飛ばした。
「だがその可能性は低い。実際、あの瞬間の様子を見ても、オメェは肩一つ動かさず、そのムカつく顔をしていた。つまり体力に余裕はある」
「……」
「ならもう一つの仮説だァ。見たところ、オメェの力は直接それで攻撃することがあまりねぇ。むしろ、攻撃のサポートをする役割が多い。オメェの力では相手に攻撃を加えられないということになる。だが、それは違うんじゃねぇのか?」
「……!ふぅ……っ」
 暁介は何度も剣を振る。すると、そこから炎の斬激が刃を形取って放たれた。零弥は自身の重力を操作して回避した。
 その視線の先には、暁介が剣を構える姿が。
「オメェは……怖がっている」

「ハァーッ……うっ!ハー……ッ」
 零弥の呼吸が荒い。

「オメェの、渾身の実力を発揮させることをナァ!」

「……あっ……!」
 その脳裏に、最も思い出したくない記憶が蘇った。中三になる前の話。彼女が死んだ、あの光景が、燃え上がる火が、彼女の……死に際の笑顔が!
「クソッ!」
 普段感情を表に出さない零弥。だが唯一、その動揺を隠しきれない記憶がある。
 京 紅緒の死。
 わずか二年にも満たない彼女との生活は、零弥を成長させると共に、その力を強化させる最大の要因でもあった。
 しかし、彼女は非業の死を遂げる。その記憶が、今にも脳裏を蝕む。
「うぅぅぅぅ!」
 その視界を振り払い、零弥は光子剣フォトン・ブレードを振るう。
 それに呼応して、暁介も一段、一段と下がっていく。
 炎の爆発力は制御が効いている。下がる際も小さなエネルギーで回避できている。
「ハァッ……ハァッ……ハァ」
 零弥は呼吸を整えようとする。
 だが、息は整ってくれない。
 むしろ、呼吸は荒くなる一方だ。
「どうした?その程度で壊れるようなやつなのカァ?」

 自分はもう立ち直れない。

 自分はもう、大切な物を失いたくない。
 
 だから……自分は……



「全てを見つめな」



 アイツはいつもそう言っていた。
 訓練でいつも負けっぱなしの俺に、アイツはそう言ってきた。あの時、俺は三百六十度全てを見るような戦闘をしろと受け取っていた。
 だが、それは違った。
 三百六十度は当たり前。だけど、それは戦闘だけじゃない。自分の人生において、自分を構成する存在を確立するための、過去と未来。そして周りの見えない力まで見えなくてはいけないのだと。そうでなければ、俺は本当に盲目な人間になるのだと。
「零弥、アンタに過去は無いのかもしれない。目一杯受けて当たり前の愛情もなかったのかもしれない。それがあの時の、アンタを構成したのだとしても関係ない。
 自分を知りな。そうでなければ、アンタは初めてあったときのように、本当に人間で無くなってしまう。だから、全てを見ろ。そうやって自分を作り上げられれば、もう少しは人生が楽しくなるはずさ」
 彼女は笑いかけてくれた。何一つ、進歩しない俺をここまで育て上げた。
 唯一の手がかりは名前がかかれていた手袋。それ以外に何もなかった自分を。
「なぁ、紅緒」
「なんだい?」
「俺がもう少し、自分を確立できたのなら……紅緒の役に立てるようになるのか」
「……ふふっ」
「何が可笑しい」
「いやぁ、アンタがそんな事いい始めるなんて夢にも思わなかったから」
「……酷い奴だ」
「まぁまぁ、役に立つかどうかは、とにかく腕を上げるしかない。だが、そのきっかけぐらいにはなってくれるんじゃないのか?
 アンタならできるさ。お前は自覚していないようだが、今こうしてその力で役に立てるポテンシャルはあるんだぞ」
「例えば?」
「そうだな……倉庫の片付けとか?」
「……知るか」
 拍子抜けした俺とは違って、アイツはずっと笑っていた。
 その日から俺の動きは変わったと彼女は言う。そうして、彼女の仕事にも首を突っ込むようになった、はずだ。
 

 零弥は今まで、何度も何度も、その過去に苛まれてきた。唯一だった安らぎを与えてくれたのは他でもない彼女だけだった。それを失った過去は、辛い。
(俺はあの日にまた全てを失った。
 俺はあの日に激しい感情を欠落させた。
 だが、アイツはそれでも、俺の背中を死ぬ間際でも押してくれた。
 だから、俺は乗り越えなければならない。
 自らを確立する。それがどれだけ難しいか、俺は分かっている。だから、前に進むしかない。『役に立つのかわからない情報でも、それを大事だと感じたから集める』。ならば、自分自身が大事だと思えるようにならなければならない。
 自分自身を……信じるために!)

「……ふぅっ」
 顔を上げる。そこは広場。前には妖霊獣ドワーフ。今は戦闘の途中だ。
 呼吸は整った。後は、奴を仕留めるだけだ。
「なんだ……さっきとは明らかに雰囲気が違うぞ」
 あまりの変わりように、暁介は驚く。
 だが、状況は変わらない。こちらも戦うだけ。
「行くぞ。これが俺の、見つけ出した信ずる道だ」
 零弥はその言葉と共に、重力を操る。
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