性愛 ---母であり、恋人であったあの人---

来夢モロラン

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第8章 美智子とステディな仲になる

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 S高校の入学式の翌日の土曜日に美智子が家に遊びに来た。自宅に遊びに来るのは初めてだった。美智子は見慣れたセイラー服ではなく私服で尋ねて来た。美智子は全体が大胆にアイヌ文様であしらわれたブルー系のワンピースを着て、額にはアイヌ文様を刺繍した青い鉢巻(マタンブシ)を巻いていた。茨のような、渦巻きのような、星のような幾何学的デザインが目に飛び込んできて、はっと驚き、圧倒された。左右対称でシンプルなエキゾチックな文様は美智子の美しさを際立たせ、美智子を遠い異国からの訪問者のように見せた。
 当時、僕は美智子の出自がアイヌらしいとは感じていたが、確信していたわけではなかった。僕の周りにそのことをあからさまに言う人はいなかったからだ。誰それがアイヌだという発言は、差別的な言辞と認識されていたので、表だって言われることはなかった。出自がアイヌであっても、今は皆同じ日本人なのだから、それはどうでもよいことだと僕は考えていた。しかし、アイヌの伝統の文様があしらわれたワンピースを着て、昂然と尋ねて来た美智子に、アイヌであることを誇りとする美智子の強い意志を感じた。美智子の心の奥底に触れたと感じた。
 養母の静香は僕が美智子に勉強を教えていることを知らなかったので、僕を尋ねて玄関に立っている美智子を見た時、静香は驚いたようだが、愛想よく玄関から家の中に招じ入れ、お茶とお菓子をだしてくれた。美智子はS高校で僕と同じクラスになれなかったのを残念だと嘆き、部活はソフトボール部に入ることを語った。そして、毎朝一緒に登校し、せめて朝だけは僕と一緒に過ごしたいと恥ずかしそうに告げ、大きな目で僕を見つめた。今までどちらかといえば素っ気ない態度で僕に接していた美智子にとって、この申し出は並々ならぬ決断であったであろう。このきらきらした瞳も持つ少女が僕に熱い好意を持っていることを知って僕はうれしかったが、男である自分から告白しなかったのを少し恥じた。
 美智子はこの日、自らの出自も語った。美智子の祖先は樺太(サハリン)アイヌだという。明治八年に日本とロシアの間で締結された樺太・千島交換条約によって、樺太に住んでいたアイヌ民族は強制的に北海道に移住させられたが、美智子はその末裔であるという。(日本とロシアとの国境は安政元年(一八五五年)の日露和親条約において千島列島の択捉(エトロフ)島と得撫(ウルップ)島との間に定められたが、樺太については国境を定めることができなかった。これにより幕府とロシアは樺太に大量の移民を送り込んだので、現地はアイヌ人、日本人、ロシア人の混住の地となった。明治八年に樺太全島をロシア領とし、その代わりに得撫島以北の諸島を日本が領有する樺太・千島交換条約が日本とロシアの間で締結された。その結果、日本人(アイヌも含む。)は樺太から強制退去となった。)
 美智子は自分をアイヌだというが、人間はホモサピエンスという種が一種類だけ存在するだけで、「日本人だ。アイヌだ。朝鮮人だ。黒人だ。白人だ」という区別は意味のないことだと僕は思う。アイヌ人はもともと樺太から北海道、それに本州の東北地方にも住んでいたといわれており、現代に至るまでに日本人とアイヌ人は対立、融和、混血を繰り返しながら、共存してきたのだと思う。更に歴史を遡れば、弥生時代に朝鮮半島を経由して日本に渡来した弥生人が先住の縄文人と混血して日本に定住したとされている。日本列島には縄文時代以降各方面から様々な人たちが日本へ流入したと推定されており、その中には現在の朝鮮人とルーツを同じくする人達も沢山いたに違いない。現在日本列島に暮らす人は、日本人であれ、アイヌ人であれ、在日朝鮮人であれ、その遺伝子に強い近縁性があるに違いない。
 美智子にしても、典型的なアイヌの古老の風貌とは異なっており、祖先の誰かが日本人と混血していると思う。美智子の透けるような白い肌と彫りの深いエキゾチックな容貌からすると、ロシア人(白人)のDNAも受け継いでいるような気もする。美智子はアイヌであることにこだわりを持っているようだが、僕は父方の祖父が朝鮮半島出身者であることに何の意味も感じていない。僕は日本で生まれ、日本の童謡と昔話を聞かされ、小学校でかな文字や唱歌を学び、中学校で俳句や短歌を作り、朝鮮の言葉は聞いたことも見たこともなく、日本語しか知らない。日本食を食べ、日本の歌謡曲を聞いて育った。僕にとって朝鮮は見知らぬ遠い異国である。 
 美智子が尋ねて来た日の翌週の月曜日から二人一緒の登校が始まった。たいていは僕が待ち合わせ場所の郵便ポストに先に着いて、美智子が来るのを待った。美智子はいつも長い髪とセイラー服のスカーフなびかせて駆けて来た。息をはずませて一生懸命走り寄り、追いつくとスクールかばんを両手に持って「遅くなってごめんね」と言ってぺこんとお辞儀する。僕は美智子の走る姿が好きだった。揺れる髪とひるがえるスカート、そして、波打つスカートからかいま見える白い太ももが眩しかった。
 一緒に登校するようになって美智子は変わった。素っ気ない素振りは消え、打ち解けて何でも話すようになった。話す内容は、学校や家での出来事、友達のこと、流行っている音楽、タレントのことなどたわいのない話題であるが、僕に心を許し饒舌に語るようになった。僕はたいてい聞き役に回った。
 当時、この田舎町で、高校生が一対一で付き合うということ自体が珍しいことであったし、まして毎朝一緒に登校しステディな仲であることを大っぴらにするカップルはいなかったので、僕らは周りから好奇な目で見られたし、噂にもなった。
 しかし、いじめられたり、学校の教師から注意されるということはなかった。生徒の自主性を尊重する自由な校風の高校であったし、美智子が学校内でマドンナ的なあこがれの存在であったこと、僕がS高校でも学業成績が一、二位で一目置かれていたためであろう。もちろん陰で色々と言う人はいただろうし、美智子に嫉妬する女の子もいたであろうが、美智子は周りの雑音は一切気にせず、超然としていた。女の子の友達が多く、誰とでもうまく付き合える気さくでおっとりとした性格の美智子であったが、底に芯の強さを秘めていた。僕も周りの雑音は気にしなかった。僕たち二人はステディな関係であったが、休日にデートしたり、手をつないだりするのはかなり後になってからである。通学のバスの中で二人並んで座っているだけで十分幸せだった。
 
 
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