縄文のビーナスに抱かれて—ー五千年の時空彼方、僕とアベンカとレラとクンネの物語—ー

来夢モロラン

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第1章 墜落したここは何処だ?なぜ世界中のあらゆる通信網が沈黙しているだ⁉

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 それが起こったのは、レーザー・シューティング・システム(LSS)を右腕に装着する手術を終えた帰りだった。手術は一時間ほどで問題なく終わったので、すぐ帰宅することにし、病院の売店で、昼食用におにぎりと菓子パンとお茶を買い、スカイカーに乗り込んだ。大学生の僕にスカイカーを買うお金はなく、父の車であるが、父が使わない日は僕が乗り回している。
 垂直にふわっと上昇してから、行き先を入力し自動操縦モードに切り替えた。雲一つない青空が広がり、八月の太陽が輝いていた。ここ札幌から自宅のある室蘭市の母恋まで十五分ほどかかる。支笏湖の上空を経由して、苫小牧沖に出てから、洋上を西に飛び、絵鞆半島の上空にさしかかった時だった。
 眼下の、トッカリショの金屏風から地球岬の岩礁帯に停泊して、ロックフィッシュングを楽しんでいる数隻の釣り船を、たらこおにぎりをほおばりながら、のんびりと眺めてると、突然フロントガラス越しに見えていた景色が消失した。同時に暗黒が周りを覆い、スカイカーが激しく振動した。シートベルトが肩に食い込み、胸を締めつける。真っ暗闇の中、スカイカーが回転しながら、落下しているようだ。手を操縦席の計器につき、足を突っ張り衝撃に耐える。しばらく耐えていたが、頭の中に赤い閃光が走り、意識を失った。
 気がついた時、スカイカーは海中に沈んでいた。エンジンは停止しているが、非常灯が点灯し車内をぼんやりと照らしている。シートベルトを外して体を動かしてみると、体のあちこちが痛いが、骨折はしていないようだ。薄明りの中、まだ朦朧としている頭で周りを見回す。車の中への浸水はないようだ。空から海に墜落すれば、車体は致命的なダーメージを受けて大破するはずなのに、浸水がないのは不思議だ。操縦席の計器類も破損せず動いている。
 ――急いで助けを呼ぼう―― 音声通信機をオンにして、警察を呼び出すが応答がない。通話先を消防に切り替えるが、やはりだめだ。こちらの電波が届かないようだ。航空管制官への緊急コードによる通信も試みるがだめだ。機器は作動しているのに届かないのはどうしてなのだろう。
 ――おかしいなあ、最近改良されて、水中でも通信可能になったと聞いたが、水深が深いので、電波が届かないということなのか?――
 現在の位置と時間を確認しようと、グローバル・ポジショニング・システム(GPS)を見ると、圏外のため表示できないと書かれた文字が目に入る。脳内に埋め込んだ無線通信システムでも試してみるが、やはり受信も送信もできない。
 事故を見た誰かが通報しているはずだ、慌てずにこのまま待とうと考え、気持ちを落ち着かせることにする。「冷静に!冷静に!」と声を出して、自分を励ますが、足元に異変を感じる。下を見ると、海水が靴を浸している。浸水だ。どこかにひび割れが生じたのか?それともエンジンの排気口からの浸水か?急速に水位が上昇し始める。救助を待っている時間はない、とにかく急いで脱出しなければと考える。
 ――よし、外に出よう――
 ドアのロックを外し、空気を胸いっぱい吸い込んでから、ドアをスライドする。海水がどっと押し寄せ、僕は、反対側のドアに押しつけられる。水流に抗して前進しようとするが動けない。手足をばたつかせてもがくが前に進まない。息が続かず、もう、だめかと思ったとき、水圧が減じた。車を満水にした水が逆流し車の外に僕を押し出してくれた。
 助かったと思ったが、なかなか水面に浮上しない。一分は経過したと思われるが、まだ水中だ。息が苦しい。これ以上息が続きそうにない。もう駄目だと、死の恐怖が襲う。恐怖が脳から酸素を奪い、急速に意識が薄れてくる。意識が飛び、ブラックアウトの状態になりかけたとき、ようやく顔が水の上に出る。
 ――助かった!!――大きく息を吸い込む。
 立ち泳ぎしながら、洋上から周りを見渡す。目の前に大きな岩が二つ見える。岩の向こうは断崖絶壁がそびえ立っている。どこにも釣り船は見えない。頭上は青空で、墜落前と同様に、太陽がギラギラと輝き、海は凪いでいた。陸まで五十メートル位だったので、すぐに近くまで泳いで行けた。断崖のすそは、打ち寄せる波で白くあわだっていたが、幸い波が静かだったので、何とか岩に取り付きよじ登ることができた。
 ほっと一息ついたが、脳内の通信システムが切断されているのに気がつく。再起動してもつながらない。チャンネルを切り替えても、世界中のあらゆる通信網が沈黙している。電波が感知されない。脳内のAIチップは壊れておらず、正常に作動している。なぜつながらないのか?うんともすんとも言わない。電波そのものが存在していないかのように静かだ!! なぜ電波が途絶えているのだろう。いったい何が起こったのか。大規模な太陽フレアが発生し、通信システムが一時的に使用できなくなっているのだろうか。
 崖下の岩に腰を下ろして、じっくり周りを観察する。ハヤブサが悠々と上空を滑空している。近くで営巣しているらしく、姿は見えないがハヤブサのヒナの鳴き声も聞こえる。金屏風から地球岬周辺の断崖絶壁周辺は絶滅が心配されているハヤブサの有数の繁殖地である。ウミウやオオセグロカモメものんびりと飛んでいる。のどかな様子で、何か異変が起きた雰囲気ではない。
 ところが、海を見やると、海上から釣り船は消え、地平線の彼方まで広がっている海には、漁船も貨物船も一隻も航行していない。スカイカーも飛来しない。耳をすましても、波の音と海鳥の鳴き声以外は何の音も聞こえてこない。まるで異世界に迷い込んだようだ。
 目の前の切り立った崖の高さは100メートル近くあり、崖面は太陽の光を浴びて金色に輝き、金屏風を立て連ねたように見える。水際に立つ奇岩も見覚えがある。ここは間違いなく金屏風だ。異世界ではない。やはり、絵鞆半島の上空から、ここに墜落したのだ。
 崖の上には道路が走っていたはずだ。とにかくこの崖を登り、道路まで出よう。岩肌にぽつぽつした突起があり、その突起や岩の裂け目を頼りに登り始める。少し登っては休み、登りやすいところ探しながら、少しずつ前進する。左上に笹の繁みが見えたので、そちらを目指し匍匐前進する。何度か滑り落ちそうになるが、ようやく笹地帯にたどり着く。幸いにも、そこから頂上付近まで、丈は低いが、草木が繁茂していた。灌木の幹に手をかけて体を引き上げながら登ることができた。
 あと十メートルで登り切れるというところで、低木の林は途絶えた。見上げると、垂直の近い角度で岩が切り立っている。岩肌もつるつるしており、手掛かりになりそうな尖った岩角もない。ここを登るのは無理だ。引き返して別ルートを探そうと考えて、左右や下を見渡すが、草木が生えているのは、このルートしかない。
近くに窪んだところを見つけて腰を下ろす。
 そこから、大声で助けを呼ぶ。近くに道路があるはずなので、通りがかりの人に気づいてもらえるかもしれない思い、大声で呼び続ける。呼んでは聞き耳を立てるが、波の音と鳥にさえずり以外は何も聞こえない。道路を走る車の音も全く聞こえない。なんの反応もないので、叫び疲れて声を出す気力も萎えてくる。
 登り始めてからどれくらい時間が経過しただろうか。2,3時間はたったであろう。もっとかもしれない。のどの渇きと空腹に気づく。見るとあちこちに鳥の巣があり、巣の中に卵やヒナがいる。巣から卵を盗み、飢えと渇をしのぐことにする。小さな卵であったが、おいしかった。空腹を満たし、また、助けを呼び続けるが、すぐに日が暮れ始めた。八月とはいえ、室蘭では日没後は急激に気温が下がるはずだが、暖かいのに気がつく。そう言えば、日中の日射しも強く、海水に濡れた着衣がすぐ乾いた。
 依然として通信は途絶えたままで復旧しない。救助隊もやってこない。僕の遭難にまだ誰も気づいていないのだろうか?航行する船は見えず、スカイカーも飛来しない。
 やがて太陽が完全に沈み、星々が夜空いっぱいに広がった。月の形は昨夜と同じだが、星の数がいつもより多く、星と月の輝きも今夜は強いように思う。
 何故だろうとぼんやりと考えていると、答えが突然浮かんだ。闇がいつもより濃いのだ。この世に光が、月と星の光以外存在しなのだ。この断崖の裏側にある工場群が夜空に放射しているはずの光は消失し、灯台や海上の灯標の灯火もどこにも見えない。船や航空機の点滅する明かりもない。何かがおかしい。違和感がある。ここは、地形はそっくりな異空間なのだろうか?まさか、そんなことがあり得るはずがない。
 父はどうしているだろうか?帰宅しない息子を心配しているはずだ。友人宅に問い合わせ、警察に捜索願も出したかもしれない。おろおろしている父の顔を思い浮かべているうちに寝入ってしまった。
 僕は夢を見た。女の人が手招きしている夢だ。思春期の頃から繰り返し見ている夢だ。思春期の頃から時々見るようになり、ここ数か月は頻繁に、数日前から毎夜現れ、しかもリアル感が増している。この夢を見始めた頃は、女の人は僕が五歳のとき亡くなった母だと思っていた。女の人の顔は、もやがかかっていて、輪郭がぼんやりと見えるだけで、年齢も不詳だが、目覚めると、どこか切なく、甘酸っぱい感覚が残っているので、僕の母恋しさが、女の人が僕を呼んでいる同じ夢を何度も見させるのだと思っていた。
 でも、今は違うと思う。なぜなら、私のお膝においでと手招きしていると思っていたが、最近夢に現れる彼女は、僕に助けを求めて必死に手を振っているように見えるからだ。しかも、ここ数日の彼女は依然として、顔には靄がかかっているが、縄模様の土器を抱え、編布の衣服に身を包み、森閑とした森の中や太古の海の渚に立って、僕をさし招いているからだ。彼女はいったい何者で、何を僕に求めているのだろうか?
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