【完結】TAMTAM ~十二使徒連続殺人事件~

かの翔吾

文字の大きさ
上 下
33 / 58
第八章 バルトロマイ Bartholomaeus

Ⅱ・8月1日

しおりを挟む
 新宿カトリック教会へは、イタリアンカフェから十五分程歩いて辿り着いた。

 教会と言ってもその建物は一見普通の邸宅に見える。確かに見上げれば屋根の一番高い所に十字架をかかげているが、ただ前を通っただけなら少し大きな邸宅。金持ちの屋敷か何かだろう。その程度の認識で通り過ぎてしまう。

 立ち止まってよく見れば、黒大理石に金文字で新宿カトリック教会と彫られた表札はあるが、その小ささに、知らなければやはり見落としてしまうだろう。

「警視庁捜査一課の松田と申します」

 門は閉まっていた。日曜日なら開放され、ミサに訪れた信者を、受け入れるのかもしれないが、平日とあってか閉められた門に、一層教会らしさを失っている。

「少々お待ちください」

 インターホンから男の声が聞こえ、静かに門が開かれる。

「お待ちしていました。どうぞ」

 黒いキャソックの男が顔を覗かせ、手招きするように右手を挙げる。四十代位だろうか。

 門の先の庭は充分に手入されている印象を与えてくれた。

 ダリアだろうか。大きな赤紫色の花が出迎えるように、こちらを向いていた。外からは一般の邸宅に見えたが、庭の先に見える大きな重厚な扉に、一般の邸宅ではない事を改めて教えられる。

「それでは事務所へどうぞ」

 扉の先の教会内部へ足を踏み入れ、キャソックの男がさらに奥へ進むように促す。

 その声は明らかに葉佑に向けられたものだった。だがあの何て事のない外観からは、想像もつかない別世界に思わず返答してしまう。

「いえ、こちらで大丈夫です」

 教会内部の美しさ、それに、圧倒されるほど荘厳そうごんな中央祭壇に魅入る。

「あっ、すみません。多摩川南署の山﨑警部です」

 葉佑のフォローに、うっとりと中央祭壇に見惚れることができる。

「では、こちらへ」

 促された葉佑が会衆席かいしゅうせきに腰を下ろす。

 キャソックの男が促すように、視線をこちらに合わせてきたが、もう少し立ったままで、祭壇を堪能していたかった。

「本日は時間を頂き、有難うございます」

「いえ、こちらこそ。申し遅れましたが、私がサイモン・サンチェスです」

 キャソックの男がサイモンである事は分かったが、明らかな日本人顔に似つかわしくない、その名前に興味をかれる。

 それに葉佑が腰を下ろした、会衆席の前に立つ姿は、祭壇を背に司祭そのままの姿で、祭壇への興味さえ奪われつつあった。

「早速ですが……。サイモン神父。何故あなたが"TAMTAM"にフォローされているかを伺いたい」

 葉佑の切り出し方はストレートだった。

 ただその問いに、サイモンが答えられるかどうかには疑問だ。"TAMTAM"に何故サイモンをフォローしたのかを、聞く訳ではない。

「何故フォローされたか? それは分かりません。私がお答えできるのは、私がフォローし、メッセージを送った理由だけです」

——そりゃそうだよ。

 葉佑に突っ込みそうになるが、会衆席に座る葉佑までは手が伸びない。

「それではサイモン神父は"TAMTAM"を何故フォローしたのですか?」

「私がお話したかった事もそこにあります。実は、あのアカウントの人物だと思われる男がここに来まして」

「TAMTAM"がここにですか?」

「ええ。ただ確証がある訳ではありません。ですが、ゆるしの秘跡ひせきに訪れた男が語った話があまりにも」

「ゆるしの秘跡とは何ですか?」

 葉佑のすぐ後ろ、会衆席の二列目に腰を下ろしながら尋ねる。

「ああ、告解こっかいと言った方が分かり易いでしょうか」

「ああ、告解ですね」

「それで、その内容とは?」

 葉佑は会衆席からはみ出し、前のめりになっている。告解での内容を、神父が易々と話してしまっていいものだろうか? そう抱いた懸念けねん通りにサイモンが話し始める。

「本来ならゆるしの秘跡で聞き得た事は、どんな事であれ他言する訳にはいきません。ただそれも殺人となれば話は別です。本来ならもっと早く警察に届けるべきだったのですが」

「そうしなかった理由があるんですね」

「ええ。ゆるしの秘跡を受けたのは、私ではなく別の司祭です。彼はその内容を他言する事は、神への誓いに背く事だと、最初は何も語りませんでした。ただ自分の内に留めておく事に、疑問を抱き、私に打ち明けてくれました」

「今、その司祭は?」

「ここにはいません。ちょうどスペインの教会から、交流研修の話があり、それに参加させました」

「へぇ、交流研修。そう言った研修があるんですね」

 聞いた事のない話にはつい反応してしまう。

 サイモンは葉佑を通り越したこちらへ、ちらりと目を向け話を続ける。

「ここにいるよりは、いいだろうと行かせました」

「経緯は分かりました。それで? その司祭はどのような告解を受けたのですか?」

 会衆席から、はみ出した葉佑の姿勢は変わらない。

「それは、人を殺したと」

「殺人の告解なんですね」

「はい、十二人を手に掛ける計画だと。あと残り八人手に掛けると。十二使徒を用いた殺人事件を、ニュースで見ました。十二人と言うその数に、もしやと思ったんです」

「それはいつ頃の話ですか? その男がここを訪れたのは?」

「訪れたのは五月です。私が話を聞いたのは六月に入ってからです」

 五月。田邑先生の告別式の日が思い出される。

——アンデレ。——ヨハネ。——小ヤコブ。——フィリポ。

 四人を手に掛けた後、この教会へ告解に訪れたと言うのか。

 告解に訪れておきながら、悔い改める訳ではなく、残り八人を殺す計画を、わざわざ打ち明けに来たと言うのか。

 思わず右の拳に力が入る。

「四人を殺したあと、残り八人だと打ち明けるために、告解に訪れていたんですね。それでその男に心当たりは?」

「いいえ、ありません。この教会に毎週通われている信者さんなら、顔も名前も分かりますが、そうではないと言っていました。それと、手に掛けたのは四人ではないと。十一人だと言っていました。十一人も手に掛けた殺人犯と対峙して、ゆるしの秘跡を受けた司祭も滅入ってしまいまして」

「十一人!?」

 思わず大きな声を上げた事に、サイモンの厳しい声がすかさず飛んでくる。

「ここは神の家です。どうか静粛せいしゅくにお願いします。それとやはり事務所へ参りましょう」

 また大きな声を上げられると思ったのか、サイモンがゆっくり足を滑らせる。

 そのサイモンに続くため立ち上がった葉佑が、甲高かんだかい音を立てる。乱暴に扱った椅子が悲鳴を上げたようだ。そんな罰悪ばつわるそうな葉佑の後ろを続く。

「こちらへ」

 ドアを一枚、抜けただけでまた元の世界へと戻らされた。何て事のない事務所の姿は外観に似合うものだ。

「それで、その男は十一人を手に掛けたと、打ち明けたんですね」

「そのようです。すでに七人の殺害をおかし、更に十二人の殺害計画を立てた」

——七人?

 サイモンが口にしたその数に心拍数が上がる。

「分かりました。有難うございます」

 了承の返事をし、葉佑がサイモンではなく、こちらを見て口を開く。

「光平、お前から聞きたい事は?」

 そう振られても、七人という数が頭を巡り、それ以上の情報を欲しがってはいなかった。

「どうぞ」

 サイモンが紙コップを差し出す。

 湯気がコーヒーの香りをまとい、ほんの数秒で息が整えられた気になる。葉佑は受け取った紙コップにすでに口を付けている。そんな葉佑の様子に、コーヒーの温度を知る事が出来た。

「サイモンさん。告解の事は分かりました。一つ、個人的な事をお伺いしてもよろしいですか?」

「ええ。何でしょうか?」

「サイモンさんの顔は、日本人に見えるのですが」

 失礼な事を言ったつもりはなかったが、隣で葉佑がコーヒーにむせる。

「ああ、一応こんな見た目でも、ハーフなんですよ。母親が日本人で、父親がオーストリア人です。ただ母親の血が濃かったのか、目も髪も色は黒です。子供の頃から、ハーフだとは思われない容姿でしたね」

 突拍子もない質問だとは思われていないようだった。サイモンも気を悪くした様子など見せていない。その様子を見たからか、葉佑も安心した顔でコーヒーを飲んでいる。

「ああ、そうなんですね。子供の頃からずっと日本で?」

「そうです。生まれた時から日本です。中学生までですけど。その後、神学校へ行くために、オーストリアに住んでいました。親元を離れて、その頃は父方の祖父母に面倒を見て貰っていました。オーストリアと言っても、片田舎でしたけどね。サンチェスと言う名前も、父方のファミリーネームなんです。あ、戸籍上は日本の名前が付いていますけど」

「因みに何て言うお名前ですか?」

「はい、田村サイモン聖人まさとです」

 思わず葉佑と顔を見合わせてしまう。まさかここで田村の名前が出てくるとは。

「田村さんなんですか!?」

「はい。司祭になりサイモン・サンチェスと、名乗るようになりましたが、子供の頃から母にも周りにも聖人と呼ばれています。父だけはサイモンと呼びますが」

 田村と言う苗字に反応した事を、サイモンは気付いていないようだった。

 もう一度葉佑と顔を見合わせ、少しは冷めただろうコーヒーに口を付ける。

「もう一つお伺いします。"TAMTAM"にはどのようなメッセージを送られたのですか?」

「それは、これ以上の殺人を冒すべきではないと」

「そのメッセージであなたは神父である事、それとご自身の名前を名乗られましたか?」

「ええ、勿論。この新宿カトリック教会の司祭である事、それにサイモン・サンチェスと言う名前も名乗っていますが」

「それではあなたは田村である事は名乗っていないんですね?」

 葉佑の問いの真意に、そんな偶然があるはずはないと、口を挟もうとしたが、サイモンがあっさりとその偶然を否定する。

「メッセージではサイモン・サンチェスと名乗りましたが、私のアカウントのトップページには、田村サイモン聖人と本名が書いてあります」

 やはり偶然ではなかった。

 "TAMTAM"はタムラと言う名前を選んで、フォローしている。きっと四人全員がタムラなんだろう。

 さっきイタリアンカフェで葉佑に聞かされた、"TAKUMI1028"と言うアカウントネームを思い出す。

その時、ポケットの中でスマホが震えた。手に取ると晃平からの着信だった。

「ちょっとすみません。もしもし、あっ、はい。あ、はい、はい。大丈夫です。はい、分かりました。あ、はい。それじゃ、明日」

 ポケットにスマホを滑らせる。

「他には何かありますか? 私がお答え出来る事なら、何でもお答えいたします」

「いえ、有難うございました」

 葉佑に目をやると、もう充分と言った顔をしていた。さっきトマトソースで汚れた皿を、目の前にしていた時と同じ顔だ。サイモンの話に満腹になったのだろう。サイモンと同じように、後の三人にもコンタクトが取れれば"TAMTAM"に近付ける。そんな自信があるのだろう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

逢魔ヶ刻の迷い子3

naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。 夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。 「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」 陽介の何気ないメッセージから始まった異変。 深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして—— 「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。 彼は、次元の違う同じ場所にいる。 現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。 六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。 七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。 恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。 「境界が開かれた時、もう戻れない——。」

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

逢魔ヶ刻の迷い子2

naomikoryo
ホラー
——それは、封印された記憶を呼び覚ます夜の探索。 夏休みのある夜、中学二年生の六人は学校に伝わる七不思議の真相を確かめるため、旧校舎へと足を踏み入れた。 静まり返った廊下、誰もいないはずの音楽室から響くピアノの音、職員室の鏡に映る“もう一人の自分”——。 次々と彼らを襲う怪異は、単なる噂ではなかった。 そして、最後の七不思議**「深夜の花壇の少女」**が示す先には、**学校に隠された“ある真実”**が眠っていた——。 「恐怖」は、彼らを閉じ込めるために存在するのか。 それとも、何かを伝えるために存在しているのか。 七つの怪談が絡み合いながら、次第に明かされる“過去”と“真相”。 ただの怪談が、いつしか“真実”へと変わる時——。 あなたは、この夜を無事に終えることができるだろうか?

夏の日の出会いと別れ~霊よりも怖いもの、それは人~

赤羽こうじ
ホラー
少し気の弱い男子大学生、幸太は夏休みを前にして、彼女である唯に別れを告げられる。茫然自失となりベンチで項垂れる幸太に「君大丈夫?」と声を掛けて来た女性、鬼龍叶。幸太は叶の美しさに思わず見とれてしまう。二人の出会いは運命か?偶然か? 想いを募らせていく幸太を叶は冷笑を浮かべて見つめる。『人の気持ちは変わるもの。本当の私を知った時、君は今の気持ちでいてくれるかな?』 若い男女が織り成す恋愛ホラーミステリー。語り継がれる怪談には裏がある。 怖いお話短編集、『縛られた想い』より鬼龍叶をヒロインとして迎えた作品です。 ジャンルはホラーですが恋愛要素が強い為、怖さは全然ありません。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

ホラフキさんの罰

堅他不願(かたほかふがん)
ホラー
 主人公・岩瀬は日本の地方私大に通う二年生男子。彼は、『回転体眩惑症(かいてんたいげんわくしょう)』なる病気に高校時代からつきまとわれていた。回転する物体を見つめ続けると、無意識に自分の身体を回転させてしまう奇病だ。  精神科で処方される薬を内服することで日常生活に支障はないものの、岩瀬は誰に対しても一歩引いた形で接していた。  そんなある日。彼が所属する学内サークル『たもと鑑賞会』……通称『たもかん』で、とある都市伝説がはやり始める。  『たもと鑑賞会』とは、橋のたもとで記念撮影をするというだけのサークルである。最近は感染症の蔓延がたたって開店休業だった。そこへ、一年生男子の神出(かみで)が『ホラフキさん』なる化け物をやたらに吹聴し始めた。  一度『ホラフキさん』にとりつかれると、『ホラフキさん』の命じたホラを他人に分かるよう発表してから実行しなければならない。『ホラフキさん』が誰についているかは『ホラフキさん、だーれだ』と聞けば良い。つかれてない人間は『だーれだ』と繰り返す。  神出は異常な熱意で『ホラフキさん』を広めようとしていた。そして、岩瀬はたまたま買い物にでかけたコンビニで『ホラフキさん』の声をじかに聞いた。隣には、同じ大学の後輩になる女子の恩田がいた。  ほどなくして、岩瀬は恩田から神出の死を聞かされた。  ※カクヨム、小説家になろうにも掲載。

処理中です...