【完結】TAMTAM ~十二使徒連続殺人事件~

かの翔吾

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第八章 バルトロマイ Bartholomaeus

Ⅱ・8月1日

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 新宿カトリック教会へは、イタリアンカフェから十五分程歩いて辿り着いた。

 教会と言ってもその建物は一見普通の邸宅に見える。確かに見上げれば屋根の一番高い所に十字架をかかげているが、ただ前を通っただけなら少し大きな邸宅。金持ちの屋敷か何かだろう。その程度の認識で通り過ぎてしまう。

 立ち止まってよく見れば、黒大理石に金文字で新宿カトリック教会と彫られた表札はあるが、その小ささに、知らなければやはり見落としてしまうだろう。

「警視庁捜査一課の松田と申します」

 門は閉まっていた。日曜日なら開放され、ミサに訪れた信者を、受け入れるのかもしれないが、平日とあってか閉められた門に、一層教会らしさを失っている。

「少々お待ちください」

 インターホンから男の声が聞こえ、静かに門が開かれる。

「お待ちしていました。どうぞ」

 黒いキャソックの男が顔を覗かせ、手招きするように右手を挙げる。四十代位だろうか。

 門の先の庭は充分に手入されている印象を与えてくれた。

 ダリアだろうか。大きな赤紫色の花が出迎えるように、こちらを向いていた。外からは一般の邸宅に見えたが、庭の先に見える大きな重厚な扉に、一般の邸宅ではない事を改めて教えられる。

「それでは事務所へどうぞ」

 扉の先の教会内部へ足を踏み入れ、キャソックの男がさらに奥へ進むように促す。

 その声は明らかに葉佑に向けられたものだった。だがあの何て事のない外観からは、想像もつかない別世界に思わず返答してしまう。

「いえ、こちらで大丈夫です」

 教会内部の美しさ、それに、圧倒されるほど荘厳そうごんな中央祭壇に魅入る。

「あっ、すみません。多摩川南署の山﨑警部です」

 葉佑のフォローに、うっとりと中央祭壇に見惚れることができる。

「では、こちらへ」

 促された葉佑が会衆席かいしゅうせきに腰を下ろす。

 キャソックの男が促すように、視線をこちらに合わせてきたが、もう少し立ったままで、祭壇を堪能していたかった。

「本日は時間を頂き、有難うございます」

「いえ、こちらこそ。申し遅れましたが、私がサイモン・サンチェスです」

 キャソックの男がサイモンである事は分かったが、明らかな日本人顔に似つかわしくない、その名前に興味をかれる。

 それに葉佑が腰を下ろした、会衆席の前に立つ姿は、祭壇を背に司祭そのままの姿で、祭壇への興味さえ奪われつつあった。

「早速ですが……。サイモン神父。何故あなたが"TAMTAM"にフォローされているかを伺いたい」

 葉佑の切り出し方はストレートだった。

 ただその問いに、サイモンが答えられるかどうかには疑問だ。"TAMTAM"に何故サイモンをフォローしたのかを、聞く訳ではない。

「何故フォローされたか? それは分かりません。私がお答えできるのは、私がフォローし、メッセージを送った理由だけです」

——そりゃそうだよ。

 葉佑に突っ込みそうになるが、会衆席に座る葉佑までは手が伸びない。

「それではサイモン神父は"TAMTAM"を何故フォローしたのですか?」

「私がお話したかった事もそこにあります。実は、あのアカウントの人物だと思われる男がここに来まして」

「TAMTAM"がここにですか?」

「ええ。ただ確証がある訳ではありません。ですが、ゆるしの秘跡ひせきに訪れた男が語った話があまりにも」

「ゆるしの秘跡とは何ですか?」

 葉佑のすぐ後ろ、会衆席の二列目に腰を下ろしながら尋ねる。

「ああ、告解こっかいと言った方が分かり易いでしょうか」

「ああ、告解ですね」

「それで、その内容とは?」

 葉佑は会衆席からはみ出し、前のめりになっている。告解での内容を、神父が易々と話してしまっていいものだろうか? そう抱いた懸念けねん通りにサイモンが話し始める。

「本来ならゆるしの秘跡で聞き得た事は、どんな事であれ他言する訳にはいきません。ただそれも殺人となれば話は別です。本来ならもっと早く警察に届けるべきだったのですが」

「そうしなかった理由があるんですね」

「ええ。ゆるしの秘跡を受けたのは、私ではなく別の司祭です。彼はその内容を他言する事は、神への誓いに背く事だと、最初は何も語りませんでした。ただ自分の内に留めておく事に、疑問を抱き、私に打ち明けてくれました」

「今、その司祭は?」

「ここにはいません。ちょうどスペインの教会から、交流研修の話があり、それに参加させました」

「へぇ、交流研修。そう言った研修があるんですね」

 聞いた事のない話にはつい反応してしまう。

 サイモンは葉佑を通り越したこちらへ、ちらりと目を向け話を続ける。

「ここにいるよりは、いいだろうと行かせました」

「経緯は分かりました。それで? その司祭はどのような告解を受けたのですか?」

 会衆席から、はみ出した葉佑の姿勢は変わらない。

「それは、人を殺したと」

「殺人の告解なんですね」

「はい、十二人を手に掛ける計画だと。あと残り八人手に掛けると。十二使徒を用いた殺人事件を、ニュースで見ました。十二人と言うその数に、もしやと思ったんです」

「それはいつ頃の話ですか? その男がここを訪れたのは?」

「訪れたのは五月です。私が話を聞いたのは六月に入ってからです」

 五月。田邑先生の告別式の日が思い出される。

——アンデレ。——ヨハネ。——小ヤコブ。——フィリポ。

 四人を手に掛けた後、この教会へ告解に訪れたと言うのか。

 告解に訪れておきながら、悔い改める訳ではなく、残り八人を殺す計画を、わざわざ打ち明けに来たと言うのか。

 思わず右の拳に力が入る。

「四人を殺したあと、残り八人だと打ち明けるために、告解に訪れていたんですね。それでその男に心当たりは?」

「いいえ、ありません。この教会に毎週通われている信者さんなら、顔も名前も分かりますが、そうではないと言っていました。それと、手に掛けたのは四人ではないと。十一人だと言っていました。十一人も手に掛けた殺人犯と対峙して、ゆるしの秘跡を受けた司祭も滅入ってしまいまして」

「十一人!?」

 思わず大きな声を上げた事に、サイモンの厳しい声がすかさず飛んでくる。

「ここは神の家です。どうか静粛せいしゅくにお願いします。それとやはり事務所へ参りましょう」

 また大きな声を上げられると思ったのか、サイモンがゆっくり足を滑らせる。

 そのサイモンに続くため立ち上がった葉佑が、甲高かんだかい音を立てる。乱暴に扱った椅子が悲鳴を上げたようだ。そんな罰悪ばつわるそうな葉佑の後ろを続く。

「こちらへ」

 ドアを一枚、抜けただけでまた元の世界へと戻らされた。何て事のない事務所の姿は外観に似合うものだ。

「それで、その男は十一人を手に掛けたと、打ち明けたんですね」

「そのようです。すでに七人の殺害をおかし、更に十二人の殺害計画を立てた」

——七人?

 サイモンが口にしたその数に心拍数が上がる。

「分かりました。有難うございます」

 了承の返事をし、葉佑がサイモンではなく、こちらを見て口を開く。

「光平、お前から聞きたい事は?」

 そう振られても、七人という数が頭を巡り、それ以上の情報を欲しがってはいなかった。

「どうぞ」

 サイモンが紙コップを差し出す。

 湯気がコーヒーの香りをまとい、ほんの数秒で息が整えられた気になる。葉佑は受け取った紙コップにすでに口を付けている。そんな葉佑の様子に、コーヒーの温度を知る事が出来た。

「サイモンさん。告解の事は分かりました。一つ、個人的な事をお伺いしてもよろしいですか?」

「ええ。何でしょうか?」

「サイモンさんの顔は、日本人に見えるのですが」

 失礼な事を言ったつもりはなかったが、隣で葉佑がコーヒーにむせる。

「ああ、一応こんな見た目でも、ハーフなんですよ。母親が日本人で、父親がオーストリア人です。ただ母親の血が濃かったのか、目も髪も色は黒です。子供の頃から、ハーフだとは思われない容姿でしたね」

 突拍子もない質問だとは思われていないようだった。サイモンも気を悪くした様子など見せていない。その様子を見たからか、葉佑も安心した顔でコーヒーを飲んでいる。

「ああ、そうなんですね。子供の頃からずっと日本で?」

「そうです。生まれた時から日本です。中学生までですけど。その後、神学校へ行くために、オーストリアに住んでいました。親元を離れて、その頃は父方の祖父母に面倒を見て貰っていました。オーストリアと言っても、片田舎でしたけどね。サンチェスと言う名前も、父方のファミリーネームなんです。あ、戸籍上は日本の名前が付いていますけど」

「因みに何て言うお名前ですか?」

「はい、田村サイモン聖人まさとです」

 思わず葉佑と顔を見合わせてしまう。まさかここで田村の名前が出てくるとは。

「田村さんなんですか!?」

「はい。司祭になりサイモン・サンチェスと、名乗るようになりましたが、子供の頃から母にも周りにも聖人と呼ばれています。父だけはサイモンと呼びますが」

 田村と言う苗字に反応した事を、サイモンは気付いていないようだった。

 もう一度葉佑と顔を見合わせ、少しは冷めただろうコーヒーに口を付ける。

「もう一つお伺いします。"TAMTAM"にはどのようなメッセージを送られたのですか?」

「それは、これ以上の殺人を冒すべきではないと」

「そのメッセージであなたは神父である事、それとご自身の名前を名乗られましたか?」

「ええ、勿論。この新宿カトリック教会の司祭である事、それにサイモン・サンチェスと言う名前も名乗っていますが」

「それではあなたは田村である事は名乗っていないんですね?」

 葉佑の問いの真意に、そんな偶然があるはずはないと、口を挟もうとしたが、サイモンがあっさりとその偶然を否定する。

「メッセージではサイモン・サンチェスと名乗りましたが、私のアカウントのトップページには、田村サイモン聖人と本名が書いてあります」

 やはり偶然ではなかった。

 "TAMTAM"はタムラと言う名前を選んで、フォローしている。きっと四人全員がタムラなんだろう。

 さっきイタリアンカフェで葉佑に聞かされた、"TAKUMI1028"と言うアカウントネームを思い出す。

その時、ポケットの中でスマホが震えた。手に取ると晃平からの着信だった。

「ちょっとすみません。もしもし、あっ、はい。あ、はい、はい。大丈夫です。はい、分かりました。あ、はい。それじゃ、明日」

 ポケットにスマホを滑らせる。

「他には何かありますか? 私がお答え出来る事なら、何でもお答えいたします」

「いえ、有難うございました」

 葉佑に目をやると、もう充分と言った顔をしていた。さっきトマトソースで汚れた皿を、目の前にしていた時と同じ顔だ。サイモンの話に満腹になったのだろう。サイモンと同じように、後の三人にもコンタクトが取れれば"TAMTAM"に近付ける。そんな自信があるのだろう。
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