【完結】TAMTAM ~十二使徒連続殺人事件~

かの翔吾

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第七章 ヨハネ Johannes

Ⅱ・7月29日

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 課長に続き、足を踏み入れた会議室。一番後ろの長テーブル。三つ並べられたパイプ椅子の真ん中には、すでに山﨑の姿があった。正座でもしているような、その姿勢に気後れするが、課長が容赦なく山﨑の隣を促す。

 山﨑を挟み課長が座った事を見届け、どっしりと腰を下ろした時、嫌なハウリング音が響いた。山﨑にとっては、それが開始の合図にでも聞こえたようで、背筋を一層伸ばしている。

 普段はあまり使われる事のないマイクが、急な出番で鳴いたのか、何度目かの調整でようやく嫌な音は落ち着き、捜査一課の松田から、望月へとマイクが手渡される。

「それでは、十二使徒連続殺人事件の捜査会議を始める。二人のガイシャが上がった、杉並南署に本部を設けていたが、知っての通り六日前、多摩川でまた新たなガイシャが見つかった。それに伴い、捜査本部を杉並南から、この多摩川南に移す事になった。杉並南、練馬、品川、川崎共に今まで同様頼む。それと本日より多摩川南署の山﨑警部と田村巡査部長も捜査に加わる事になった。今後とも一丸となって宜しく頼む!」

 望月の挨拶に体がびくんと跳ねる。

 突然呼ばれた名前に、状況に相応しくない自分を、嫌と言うほど知らされる。

 横目で山﨑の様子を盗み見したが、何ら変わった様子は見せない。その山﨑の向こうで課長は目を細めている。

 細めていると一瞬、思ったが、その目は固く閉じられているようにも見える。もしかしたら寝ているのか? いや、しっかりと寝ているようだ。こくりと落ちたその顎に、狸親父たぬきおやじめ! と、念を飛ばす。

「続いて、今までの事件の詳細だ。全員共通認識として確認しておいてくれ!」

 マイクを松田に戻し、近くにあったパイプ椅子に望月が腰を下ろす。松田はマイクを持ちながら、ホワイトボードを引きっている。

「えーっと、それでは。今回の連続殺人の、最初の被害者だと見られるのが田村浩之です。練馬にある廃屋で、筋交いに縛られた姿で発見されました。この筋交いはX字型の十字架を模したものだと思われます。田村浩之が殺害されたのが、去年の十一月三十日。この日は十二使徒の一人、アンデレの聖名祝日にあたります。皆さんも知っての通り、今回の連続殺人は十二使徒の殉教に擬え、その聖名祝日に犯行されています。そして、SNSで殺人予告が書き込まれています。殺人予告は十一月二十三日。このアンデレから全ての殺害が始まりました」

 松田がホワイトボードに貼った、田村浩之の顔写真を力強く指差す。その横には全裸で筋交いに縛られた男の写真。初めて目にする田村浩之の死に様だ。顔写真の下、田村浩之と名前が書かれ、その下にはアンデレと書かれている。

「続いての被害者が田邑春夫です。高輪のホテルで、頭を金槌で割られ殺害されました」

 松田が再びホワイトボードに貼った二枚の写真を指差す。田邑春夫の顔写真。血まみれでベッドに倒れ込む男の写真。

 山﨑の恩師の死に様を注視する暇もなく、松田は次々と写真を指差していく。

——田村晃。——田村俊明。——田村優希。
——フィリポ。——ペトロ。——トマス。
——五月三日。——六月二十九日。——七月三日。

 隣の山﨑は広げたノートに熱心にメモを取っている。その向こうの課長は、しっかりと寝たままじゃないか。固く閉じられた目に、ボールペンでも刺してやりたくなる。

 一通りの説明を終え、松田がホワイトボードを返す。

「そして、これが六日前。この多摩川南署の管轄、多摩川の河川敷で発見された多村じんです」

 血の海となった、ボートの写真を松田が指差す。

 実際にこの目で見ているから、その写真が死体を映したものだと分かるが、真っ赤に染まったその一枚は、どこに死体があるのかも分からない状態だ。今も、ビニールシートの下、首を切断された多村仁の姿は脳裏にしっかり焼き付いている。

——ん? 多村仁? えっ? 多村仁だって?

 松田がホワイトボードを力強く叩く。その掌の横、貼られた顔写真。多村仁の顔写真に、思わず声が漏れる。

「……嘘だろ?」

 山﨑が不思議そうな顔で覗き込んでくる。

——多村仁。

 その名前にはっきりとした確信はなかったが、ホワイトボードに貼られた顔写真には、間違いなく見覚えがあった。

 松田が二度、ホワイトボードを叩く。その音に合わせ体に電流が走る。

「晃平さん、大丈夫?」

 緊張が額に、大きな汗の粒を作っている事が、自分でも分かる。小さな声で心配してくれる、山﨑に話したかったが、どこから話せばいいかは分からない。それにまだ捜査会議中だ。纏まらない話を山﨑へ投げる訳にはいかない。

「ああ、大丈夫だ。後でな」

 無理に上げた口角に安心したのか、山﨑はまた松田へと顔を向けている。

「SNSでの殺人予告。これは警察への挑戦の他、成り得ません!」

 声を荒げ、強調する松田に、役者の素質を感じながらも、多村仁の顔が頭を占めていた。

 多村仁の顔写真が貼られた、ホワイトボードを端に追いやり、新たなホワイトボードを、松田が引き摺る。そこに貼られた写真は、嫌と言う程目にしたものだ。

 赤いパーカーの人物。パーカーと同じ、赤いマジックで書かれた”TAMTAM"の文字。フードを深く被り、その顔は男か女なのかさえも分からない。

 いや、違う。”TAMTAM"は男だ。田村晃と田村俊明と性行為を持ったのであれば、女であるはずがない。

「それともう一つ。この殺人予告の中で、被害者が発見されていないものがあります。それがヨハネです。ヨハネの聖名祝日は十二月二十七日。今もまだ捜査中ですが、この日に該当する殺人事件はいまだ見つかっていません!」

 松田がホワイトボードを激しく叩きつける。響き渡ったその音に、再びの電流が流れる。

——十二月二十七日。

 去年の冬じゃないか。去年の歳の暮れ。それにあの多村仁の顔写真。

 松田が響かせた音に驚いたのか、課長が目を覚ます。その隣で山﨑は難しい顔を作っている。

「なあ、山﨑。ちょっと聞きたいんだが」

 邪魔にならないようにと、極力小さな声を出す。まだ捜査会議の最中だ。山﨑にだけ聞こえればそれでいい。その隣の課長にも届かない程の声で続ける。

「ペトロとアンデレが兄弟だったように、もしかして大ヤコブとヨハネも兄弟だったりするのか?」

「えっ? そうですよ」

 絞りだした小さな声に応えるように、山﨑の小さな返事が届く。ただその表情は、問いの意図が見えないようで、眉を寄せ、困ったものになっている。

「それがどうかしたんですか?」

「ああ、後でな」

——大ヤコブ。
——多村仁。
——兄弟。
——ヨハネ。

 山﨑の返事に確信が持てた。

 去年の冬、あの薄暗闇で見た端正な輪郭が、あの暗闇の中で、すぐさま跨ってきたあの男が、湯船に浮かんだあの赤い顔が……。

——八十五度。あの男がヨハネだ。

 松田はまだヨハネについて語っている。

 未だ見つからない被害者を、今ここで手を挙げて、俺知っています。そう言ってしまえば話は早いが、どこから話すべきなのか、それにこんな大舞台で話を纏められるほど、役者の素質がない事は、自分が一番よく知っている。

 『後でな』そうに言ったように、まずは山﨑に話さなければ。
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