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第六章 大ヤコブ Jacobus Zebedaei

Ⅴ・7月25日

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 通報があったのは朝の六時頃だったらしい。第一発見者の第一声は、草むらに赤い水溜まりがあり、近付いたら死体だった。と、言うものだった。

 多摩川の河川敷。そこは草がきれいに刈られた、一角いっかくだ。周辺は背の高い草で覆われているのに、不自然に草が刈られた一角。違和感を覚えたあの場所。

「おい、山﨑、そっちか?」

 遅れてきた晃平に、土手の上から声を掛けられ、「そうです!」と、大きな声を返す。

「こんな所にわざわざボートを運んだのか?」

「そうみたいですね」

 何が何でもこの手で捕まえてやる。そう意気込んだ気持ちがしおれそうになる。奴の楽しみを食い止める事は出来なかった。

 第一発見者が言う、赤い水溜まりは、血で赤く染まったボートの内側だった。不自然な一角に運び込まれた、一艘いっそうのボート。

 そのボートの中には、変死体と呼ぶに相応しい死体があった。ボートの中に作られた血の海に沈んだ死体。

 いや、血の海はその死体が自ら作り出したものだ。掛けられたビニールシートが捲られ、晃平と並んで見たその死体は、胴から首が切り落とされていた。首を切断され、大量に流れ出た血液が、ボートの中に血の海を作ったのだ。

「"TAMTAM"の仕業しわざか?」

「おそらく。いや、きっとそうですね。大ヤコブよ! 剣に首を刎ねられよ! 予告の通り首を落とされていますから」

「奴に近付けられているような。そんな気にさせられるな」

 その言葉に納得し首を縦に振る。多摩川南署の所轄内で、初めて発見された変死体。近付けられていると言う、晃平の言葉がじわじわと広がっていく。

「おお、光平。そっちか?」

 再び声が掛かった土手を見上げると、葉佑と望月の二人が並んで立っていた。

「またあいつだな。ふざけやがって! これで六人目じゃないか」

 怒りを露わに、望月が草むらに唾を吐く。

「前に報告を受けていた場所だな。草がきれいに刈られているって。まさかこのボートを置くために刈ったのか?」

「そう考えるのが普通ですよね。たまたま草が刈られた一角があったから、そこにボートを置いてみたとも考えられますけど。そうしたら誰がわざわざ草を刈ったんだって、話になりますし、そもそもボートのサイズにぴったり合うのもおかしいです」

 望月はまだ怒りを抑えられないようで、鼻息を荒くしたままだ。

「おい、鑑識! 頼むよ! 何だっていい。小さな事でも何だっていいから、見逃さないでくれ」

 鑑識に発破はっぱを掛け、さらに鼻息を荒くしている。

「それにしても本当厄介だな。奴の予告通りだよ。また一人犠牲を出しちまった。あんなに世間が騒いでいる中で、警察も随分嘗められたもんだ」

 望月がしゃがみ込む。その目はボートの中に作られた、血の海に落ちている。怒りが窺える目。ただそれだけではない複雑な感情を持ち合わせているようにも見える。

 そんな望月とは対照的に、晃平と葉佑がこちらを見てニヤニヤと笑っている。

「おい、葉佑。それに晃平さんも。何でこんな時に、こっち見てニヤニヤしているんですか」

「いや、これでお前も遠慮なく捜査に加われるなって。そうしたら松田警部が、お前は遠慮なんか知らないから、前から勝手に加わっていますよって」

 どんな理由があれ、こんな状況の中、よくもニヤニヤと笑えるものだ。呆れた目だけを二人へと向ける。

 ボートの中に作られた真っ赤な血の海。捲られたビニールシートに付着した赤い血。立ちくらみを起こしそうな程、見続けたその赤に、赤いパーカーを思い出す。

 影で真っ黒になった顔。そこに誰かの顔を填めたくても、思い浮かぶ顔は一つもない。警察を嘗めていると望月が言ったように、本当に嘗めていやがる。いや、嘗め腐っていやがる。
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