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第二章 小ヤコブ Jacobus Alphaei
Ⅳ・5月13日
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告別式の日から一週間が過ぎていた。
一人でも先生の死の真相を探ってやる。そう意気込みはしたが、何から手を付ければいいのか、それすらも分からず、手探りすら始められなかった時、大島からの連絡が入った。大島の負担にならないようにと、待ち合わせしたのは夕方、大島が勤める高校がある三鷹の駅前だった。
「お、田村。すまないな。わざわざこんな所まで来てもらって」
「いや、先生に関わる事だったら、何処にだって行くさ」
大島が鞄から封筒を取り出している。注文して届いたばかりのアイスコーヒー二つを、テーブルの端に寄せ、取り出された封筒のためにスペースを作る。
「これなんだけどな」
大島が封筒から書類の束を取り出す。
「何なんだ?」
受け取った束に目を落とす。上部には受信者や送信者と言った文字。それに日付が見える事から、誰かのメールである事は察しが付く。
「先生の奥さんから預かったんだ。告別式のあと、先生の息子さんが、先生のパソコンをチェックしたらしいんだ。何か手掛かりがあるかもって」
「そう言えば、亡くなる前の先生は、ずっとパソコンの前に座っていたって言っていたな」
「ああ。先生のメールを見る事が出来たらしくて。特定の人物と頻繁にメールのやり取りをしていたらしい。それがこれなんだ」
「特定の人物って?」
「さあ。送信者が"S・TAMURA"ってなっているから、タムラって人物だと思う。それと名前の頭文字は"S"」
「奥さんには、心当りなかったのか?」
「先生も田邑な訳だし、一応親戚筋で名前が"S"の人物には聞いてみたみたいだよ。でもその中に先生とメールのやり取りがあったって言う人物はいなかったって。内容が内容なだけに、奥さんも放っておけなかったらしくて」
「どんな内容なんだ?」
「それが何て説明すればいいのか。ただこのメールの相手は、自分を神とでも思っているみたいだ。見てもらえば分かるけど」
「神だって?」
「ああ。こんなメールを何度も送り付けられたら、俺なら気が滅入っちまう」
大島の困った顔を見ながら、もう一度手にした束に目を落とす。古い物から順に並べてあるようで、最初の一枚に書かれているものは挨拶文にすぎなかった。
「先生の事を、先生って呼んでいるな。田邑先生、お久しぶりですって」
「ああ、そうだな」
「親戚筋って言うよりは、先生の教え子だった人物じゃないのか?」
その考えには妙な自信が持てた。先生の教え子となれば、一体どれだけの人物が浮かび上がるかは分からない。それでもタムラであり、頭文字がSとなれば、ある程度の数には絞り込めるだろう。
「すまないな」
大島がもう一度困った顔を見せる。一体何に謝っているのだろう。何一つ手掛かりがない中、こっちが感謝したいくらいだ。
「厄介な事、お前に持ち込んでしまったな」
「厄介な事って。俺はお前に感謝するよ。このメールの相手と先生の間には、何かしらあったのは事実だし。もしかしたら先生が何故殺されたか、その手掛かりになるかもしれない」
「そう言ってもらえて俺も救われるよ。先生の奥さんから預かったのはいいけど、内容が内容なだけに素直に、警察に提出していいものか分からなくて」
「警察には提出していないのか?」
「ああ、していない。後はお前に任せていいか? お前が判断して、お前が警察に届けるなら届けてくれればいい。って、あ、お前も警察官だったな」
大島がようやく困った顔を崩す。その表情につられて顔が崩れる。預かったメールの束を大事に封筒へと戻し、氷の解けたアイスコーヒーを口に含む。
大島と分かれた三鷹駅からは、中央線に乗り込んだ。空いていれば座席に着き、封筒を開くところだったが、新宿まで座る席を見つけられず、吊革にぶら下がり、窓の外を見ながら過ごした。大島に任された以上、雑に目を通す分けにはいかない。
中央線には東京まで乗っているつもりだったが、新宿で降りる人の流れに押し出され、気付いた時には人の流れに合わせ、階段を駆け下りていた。
構内にチェーン店のカフェを見つけ、アイスティー片手に腰を下ろす。
——内容が内容なだけに。
大島の言葉が掠め、封筒から束を抜く時に、体が少し委縮した。ストローを咥え、息を整えて、固まった体を解す。
田邑先生と"S・TAMURA"とのやり取りは、さっき一瞬目にしたように、何気ない挨拶文から始まっていた。
『田邑先生、お久しぶりです。お元気でしょうか?先日、先生とばったり再会して本当にびっくりしました。アドレスを交換して頂いたので、早速メールさせて頂きました。お時間ある時でいいので、色々と相談に乗って下さい』
『久しぶりの再会、私もびっくりしましたよ。元気そうで何よりです。私でよければいつでも連絡下さい』
最初の二ページは何て事ない挨拶文にすぎなかった。数ページを捲ってみても特に違和感はない。ただ久しぶりに再会した先生を、先生と呼んでいる事から、やはり教え子だと、判断するのがしっくりとくる。
『時間がある時にまたお会いしましょう』
『今日は何時に待ち合わせしますか?』
『今日は有難うございました』
メールだけではなく、頻繁に会っていた事も読み取れる。日付を見ると五年前に遡り、最初の三年はそんなやり取りが続いていた。
他愛もない内容に、流し読みしそうになったが、大島の言葉を思い出し、一枚一枚丁寧に捲っていく。半分位は読み進めただろうか。目を通した束を封筒に戻そうとした時、神と言う言葉が目に飛び込んできた。
咄嗟に大島の困った顔が浮かぶ。
『先生は神ではありません。先生にそんな力はありません。神は私です!私は神以外の何者でもない!先生も認めなければならない。私にとって先生は先生であり神ではない。ですが先生にとっての私は神以外の何者でもない。それは私の力を見れば容易く分かるでしょう』
それより先"S・TAMURA"からのメールだけで、田邑先生の返信はなかった。
『私は神だ!神である私に従いなさい』
同じ文面が何ページも続く。
田邑先生の返信は見受けられないが、もし先生がこの"S・TAMURA"の言葉通り、従事していたのであれば、先生がホテルの部屋へ、自ら招き入れたとしても、何の不思議もない。顔見知りの犯行。
それにもし先生が、"S・TAMURA"を神と讃えてしまっていたのなら、喜んで部屋に招き入れただろうし、その死すら喜んで受け入れてしまったかもしれない。
一人でも先生の死の真相を探ってやる。そう意気込みはしたが、何から手を付ければいいのか、それすらも分からず、手探りすら始められなかった時、大島からの連絡が入った。大島の負担にならないようにと、待ち合わせしたのは夕方、大島が勤める高校がある三鷹の駅前だった。
「お、田村。すまないな。わざわざこんな所まで来てもらって」
「いや、先生に関わる事だったら、何処にだって行くさ」
大島が鞄から封筒を取り出している。注文して届いたばかりのアイスコーヒー二つを、テーブルの端に寄せ、取り出された封筒のためにスペースを作る。
「これなんだけどな」
大島が封筒から書類の束を取り出す。
「何なんだ?」
受け取った束に目を落とす。上部には受信者や送信者と言った文字。それに日付が見える事から、誰かのメールである事は察しが付く。
「先生の奥さんから預かったんだ。告別式のあと、先生の息子さんが、先生のパソコンをチェックしたらしいんだ。何か手掛かりがあるかもって」
「そう言えば、亡くなる前の先生は、ずっとパソコンの前に座っていたって言っていたな」
「ああ。先生のメールを見る事が出来たらしくて。特定の人物と頻繁にメールのやり取りをしていたらしい。それがこれなんだ」
「特定の人物って?」
「さあ。送信者が"S・TAMURA"ってなっているから、タムラって人物だと思う。それと名前の頭文字は"S"」
「奥さんには、心当りなかったのか?」
「先生も田邑な訳だし、一応親戚筋で名前が"S"の人物には聞いてみたみたいだよ。でもその中に先生とメールのやり取りがあったって言う人物はいなかったって。内容が内容なだけに、奥さんも放っておけなかったらしくて」
「どんな内容なんだ?」
「それが何て説明すればいいのか。ただこのメールの相手は、自分を神とでも思っているみたいだ。見てもらえば分かるけど」
「神だって?」
「ああ。こんなメールを何度も送り付けられたら、俺なら気が滅入っちまう」
大島の困った顔を見ながら、もう一度手にした束に目を落とす。古い物から順に並べてあるようで、最初の一枚に書かれているものは挨拶文にすぎなかった。
「先生の事を、先生って呼んでいるな。田邑先生、お久しぶりですって」
「ああ、そうだな」
「親戚筋って言うよりは、先生の教え子だった人物じゃないのか?」
その考えには妙な自信が持てた。先生の教え子となれば、一体どれだけの人物が浮かび上がるかは分からない。それでもタムラであり、頭文字がSとなれば、ある程度の数には絞り込めるだろう。
「すまないな」
大島がもう一度困った顔を見せる。一体何に謝っているのだろう。何一つ手掛かりがない中、こっちが感謝したいくらいだ。
「厄介な事、お前に持ち込んでしまったな」
「厄介な事って。俺はお前に感謝するよ。このメールの相手と先生の間には、何かしらあったのは事実だし。もしかしたら先生が何故殺されたか、その手掛かりになるかもしれない」
「そう言ってもらえて俺も救われるよ。先生の奥さんから預かったのはいいけど、内容が内容なだけに素直に、警察に提出していいものか分からなくて」
「警察には提出していないのか?」
「ああ、していない。後はお前に任せていいか? お前が判断して、お前が警察に届けるなら届けてくれればいい。って、あ、お前も警察官だったな」
大島がようやく困った顔を崩す。その表情につられて顔が崩れる。預かったメールの束を大事に封筒へと戻し、氷の解けたアイスコーヒーを口に含む。
大島と分かれた三鷹駅からは、中央線に乗り込んだ。空いていれば座席に着き、封筒を開くところだったが、新宿まで座る席を見つけられず、吊革にぶら下がり、窓の外を見ながら過ごした。大島に任された以上、雑に目を通す分けにはいかない。
中央線には東京まで乗っているつもりだったが、新宿で降りる人の流れに押し出され、気付いた時には人の流れに合わせ、階段を駆け下りていた。
構内にチェーン店のカフェを見つけ、アイスティー片手に腰を下ろす。
——内容が内容なだけに。
大島の言葉が掠め、封筒から束を抜く時に、体が少し委縮した。ストローを咥え、息を整えて、固まった体を解す。
田邑先生と"S・TAMURA"とのやり取りは、さっき一瞬目にしたように、何気ない挨拶文から始まっていた。
『田邑先生、お久しぶりです。お元気でしょうか?先日、先生とばったり再会して本当にびっくりしました。アドレスを交換して頂いたので、早速メールさせて頂きました。お時間ある時でいいので、色々と相談に乗って下さい』
『久しぶりの再会、私もびっくりしましたよ。元気そうで何よりです。私でよければいつでも連絡下さい』
最初の二ページは何て事ない挨拶文にすぎなかった。数ページを捲ってみても特に違和感はない。ただ久しぶりに再会した先生を、先生と呼んでいる事から、やはり教え子だと、判断するのがしっくりとくる。
『時間がある時にまたお会いしましょう』
『今日は何時に待ち合わせしますか?』
『今日は有難うございました』
メールだけではなく、頻繁に会っていた事も読み取れる。日付を見ると五年前に遡り、最初の三年はそんなやり取りが続いていた。
他愛もない内容に、流し読みしそうになったが、大島の言葉を思い出し、一枚一枚丁寧に捲っていく。半分位は読み進めただろうか。目を通した束を封筒に戻そうとした時、神と言う言葉が目に飛び込んできた。
咄嗟に大島の困った顔が浮かぶ。
『先生は神ではありません。先生にそんな力はありません。神は私です!私は神以外の何者でもない!先生も認めなければならない。私にとって先生は先生であり神ではない。ですが先生にとっての私は神以外の何者でもない。それは私の力を見れば容易く分かるでしょう』
それより先"S・TAMURA"からのメールだけで、田邑先生の返信はなかった。
『私は神だ!神である私に従いなさい』
同じ文面が何ページも続く。
田邑先生の返信は見受けられないが、もし先生がこの"S・TAMURA"の言葉通り、従事していたのであれば、先生がホテルの部屋へ、自ら招き入れたとしても、何の不思議もない。顔見知りの犯行。
それにもし先生が、"S・TAMURA"を神と讃えてしまっていたのなら、喜んで部屋に招き入れただろうし、その死すら喜んで受け入れてしまったかもしれない。
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