1 / 17
Capitulo 0 ~prologo~
0-0
しおりを挟む
剥き出しにした感情に目が澱んでしまったのだ。
嘘と隠し事は似て非なるもの。
何処かの哲学者や偉人の言葉ではない。冷静さを欠かなければ容易く見抜けた事が、いま何かの格言のように後悔を齎す。
——とんでもない嘘つき野郎だな。
なんて酷い言い草なんだろう。今もまだ耳から抜けない声は誰の声でもない。この俺の。そう矢倉梗佑の声だ。それがどれ程愚かな事かは充分に知っている。それでも法で裁かれる事がないのなら、神の裁きを待つしかないのだろう。
既に裁きを受けた男が首に下げた小さな十字架を弄んでいる。こんな塀の中でそんなアクセサリーが許されるのかとふと思いもしたが、神と共に歩んできた者から神を奪う事は出来ないのだろう。
男の名前は郷田レイエス斗真——。
「お前が殺したんだ。あいつを殺したのはお前だ」
ガラス板の向こう未だ十字架を弄びながらも郷田が罵声を浴びせてくる。その言葉の荒さに後ろに控えていた刑務官が立ち上がる。もしここで郷田が連れて行かれでもしたなら、神の裁きさえも受けられないだろう。
「大丈夫です。問題ありません」
刑務官へと掌を向け制止する。
「ふざけんな。何が問題ないんだ。あいつは死んだんだ。それに俺はこの様だ。刑務所の中だ。おい、矢倉よ。お前一人問題がないなんて有り得ないだろ? このまま何もなかったように生きていけるとでも思っているのか?」
手を下したからこそ法で裁かれ、郷田はこのガラス板の向こうにいるのだ。郷田に罪がない訳ではない。だがきっと十字架を手に神に祈り続けるだろう。
確かに殺してしまったが殺す意思はなかった。
あれは事故だ——。
神が郷田の祈りを受け入れれば誰に審判が下されるかは判っている。その時を待つだけだが郷田の罵声が止む事はない。
「おい、何とか言えよ。あいつを殺したのは誰だ? 俺か? お前か? おい、お前は何をするためにここに来たんだ? 俺に謝るためか? それともまだあいつに未練があるとでも言うのか?」
「……そうだな、未練以上のものを引き摺っているよ」
絞り出した声に呼応し、郷田が再び十字架を弄ぶ。
郷田レイエス斗真——。
長い付き合いでもなくましてや深い間柄でもない。だがこの郷田に縋らなければ裁かれる事も救われる事もないだろう。
「……教えて欲しいんだ」
「何をだ?」
「嘘をつかれた事は一度もなかったと。テルが嘘をついた事は一度もなかったと。ただ知りたいんだ。ただテルの事を。神の前で俺が殺しましたと跪けるように——」
郷田へと発した言葉に偽りはない。望む事はただ一つ。神の前に跪き懺悔する事だけだ。赦しを乞うつもりなどない。ただ持てる時間を全て神へと捧げたいだけだ。
嘘と隠し事は似て非なるもの。
何処かの哲学者や偉人の言葉ではない。冷静さを欠かなければ容易く見抜けた事が、いま何かの格言のように後悔を齎す。
——とんでもない嘘つき野郎だな。
なんて酷い言い草なんだろう。今もまだ耳から抜けない声は誰の声でもない。この俺の。そう矢倉梗佑の声だ。それがどれ程愚かな事かは充分に知っている。それでも法で裁かれる事がないのなら、神の裁きを待つしかないのだろう。
既に裁きを受けた男が首に下げた小さな十字架を弄んでいる。こんな塀の中でそんなアクセサリーが許されるのかとふと思いもしたが、神と共に歩んできた者から神を奪う事は出来ないのだろう。
男の名前は郷田レイエス斗真——。
「お前が殺したんだ。あいつを殺したのはお前だ」
ガラス板の向こう未だ十字架を弄びながらも郷田が罵声を浴びせてくる。その言葉の荒さに後ろに控えていた刑務官が立ち上がる。もしここで郷田が連れて行かれでもしたなら、神の裁きさえも受けられないだろう。
「大丈夫です。問題ありません」
刑務官へと掌を向け制止する。
「ふざけんな。何が問題ないんだ。あいつは死んだんだ。それに俺はこの様だ。刑務所の中だ。おい、矢倉よ。お前一人問題がないなんて有り得ないだろ? このまま何もなかったように生きていけるとでも思っているのか?」
手を下したからこそ法で裁かれ、郷田はこのガラス板の向こうにいるのだ。郷田に罪がない訳ではない。だがきっと十字架を手に神に祈り続けるだろう。
確かに殺してしまったが殺す意思はなかった。
あれは事故だ——。
神が郷田の祈りを受け入れれば誰に審判が下されるかは判っている。その時を待つだけだが郷田の罵声が止む事はない。
「おい、何とか言えよ。あいつを殺したのは誰だ? 俺か? お前か? おい、お前は何をするためにここに来たんだ? 俺に謝るためか? それともまだあいつに未練があるとでも言うのか?」
「……そうだな、未練以上のものを引き摺っているよ」
絞り出した声に呼応し、郷田が再び十字架を弄ぶ。
郷田レイエス斗真——。
長い付き合いでもなくましてや深い間柄でもない。だがこの郷田に縋らなければ裁かれる事も救われる事もないだろう。
「……教えて欲しいんだ」
「何をだ?」
「嘘をつかれた事は一度もなかったと。テルが嘘をついた事は一度もなかったと。ただ知りたいんだ。ただテルの事を。神の前で俺が殺しましたと跪けるように——」
郷田へと発した言葉に偽りはない。望む事はただ一つ。神の前に跪き懺悔する事だけだ。赦しを乞うつもりなどない。ただ持てる時間を全て神へと捧げたいだけだ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。
エリカ
喜島 塔
ミステリー
藍浦ツバサ。21歳。都内の大学に通う普通の大学生。ただ、彼には、人を愛するという感情が抜け落ちていたかのように見えた。「エリカ」という女に出逢うまでは。ツバサがエリカと出逢ってから、彼にとっての「女」は「エリカ」だけとなった。エリカ以外の、生物学上の「女」など、すべて、この世からいなくなればいい、と思った。そんなふたりが辿り着く「愛」の終着駅とはいかに?
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
それ、あるいはあれの物語
鬼霧宗作
ミステリー
これは、それ――あるいはアレにまつわる物語。それをどう読み解こうが、どう解釈しようが、それはあなたの自由です。
並べ立てられた、短くとも意味深な物語。
それらの解釈は、人それぞれで良い。
※現在、第二話まで掲載中。
こちらは不定期更新となります。
【改稿版】 凛と嵐 【完結済】
みやこ嬢
ミステリー
【2023年3月完結、2024年2月大幅改稿】
心を読む少女、凛。
霊が視える男、嵐。
2人は駅前の雑居ビル内にある小さな貸事務所で依頼者から相談を受けている。稼ぐためではなく、自分たちの居場所を作るために。
交通事故で我が子を失った母親。
事故物件を借りてしまった大学生。
周囲の人間が次々に死んでゆく青年。
別々の依頼のはずが、どこかで絡み合っていく。2人は能力を駆使して依頼者の悩みを解消できるのか。
☆☆☆
改稿前 全34話→大幅改稿後 全43話
登場人物&エピソードをプラスしました!
投稿漫画にて『りんとあらし 4コマ版』公開中!
第6回ホラー・ミステリー小説大賞では最終順位10位でした泣
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる