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かの翔吾

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Capitulo 0 ~prologo~

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 き出しにした感情に目がよどんでしまったのだ。

 

 何処かの哲学者や偉人の言葉ではない。冷静さを欠かなければ容易たやすく見抜けた事が、いま何かの格言のように後悔をもたらす。

——とんでもない嘘つき野郎だな。

 なんて酷い言い草なんだろう。今もまだ耳から抜けない声は誰の声でもない。この俺の。そう矢倉梗佑やぐらきょうすけの声だ。それがどれ程愚かな事かは充分に知っている。それでも法で裁かれる事がないのなら、神の裁きを待つしかないのだろう。

 既に裁きを受けた男が首に下げた小さな十字架クロスもてあそんでいる。こんな塀の中でそんなアクセサリーが許されるのかとふと思いもしたが、神と共に歩んできた者から神を奪う事は出来ないのだろう。

 男の名前は郷田ごうだレイエス斗真とうま——。

「お前が殺したんだ。あいつを殺したのはお前だ」

 ガラス板の向こういまだ十字架を弄びながらも郷田が罵声を浴びせてくる。その言葉の荒さに後ろに控えていた刑務官が立ち上がる。もしここで郷田が連れて行かれでもしたなら、神の裁きさえも受けられないだろう。

「大丈夫です。問題ありません」

 刑務官へと掌を向け制止する。

「ふざけんな。何が問題ないんだ。あいつは死んだんだ。それに俺はこのザマだ。刑務所ムショの中だ。おい、矢倉よ。お前一人問題がないなんて有り得ないだろ? このまま何もなかったように生きていけるとでも思っているのか?」

 手を下したからこそ法で裁かれ、郷田はこのガラス板の向こうにいるのだ。郷田に罪がない訳ではない。だがきっと十字架を手に神に祈り続けるだろう。

 確かに殺してしまったが殺す意思はなかった。

 あれは事故だ——。

 神が郷田の祈りを受け入れれば誰に審判が下されるかは判っている。その時を待つだけだが郷田の罵声が止む事はない。

「おい、何とか言えよ。あいつを殺したのは誰だ? 俺か? お前か? おい、お前は何をするためにここに来たんだ? 俺に謝るためか? それともまだあいつに未練があるとでも言うのか?」

「……そうだな、未練以上のものを引き摺っているよ」

 絞り出した声に呼応し、郷田が再び十字架を弄ぶ。

 郷田レイエス斗真——。

 長い付き合いでもなくましてや深い間柄でもない。だがこの郷田にすがらなければ裁かれる事も救われる事もないだろう。

「……教えて欲しいんだ」

「何をだ?」

「嘘をつかれた事は一度もなかったと。テルが嘘をついた事は一度もなかったと。ただ知りたいんだ。ただテルの事を。神の前で俺が殺しましたと跪けるように——」

 郷田へと発した言葉に偽りはない。望む事はただ一つ。神の前にひざまず懺悔ざんげする事だけだ。ゆるしをうつもりなどない。ただ持てる時間を全て神へと捧げたいだけだ。
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