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- sequel -
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高志の体液を尻から洗い流す間、陽一はいっこうに細くならないシャワーの音を聞いていたのだろう。
お互い、息子だと、父親だと名乗れるほど、都合良くは生きてこなかったようだ。それでも陽一は父親としての責に駆られたのだろう。
「これからの事は二人でゆっくり考えていこう」
陽一の吐いた言葉に、わざと小さな溜息をぶつける。今更だなんて、強い言葉は吐けないが、最善の策は、何事もなかったようにここで別れ、違う道を辿る事だ。
「色々あって大変だっただろ? 今日は俺の所に来てゆっくり休めばいい。高志が取ったホテルになんかに、いつまでも居られないし」
「いえ、大丈夫です。自分の家に帰ります。それに……」
陽一が困った顔を向けてくる。二十年以上前の写真は見たが、まじまじと見せられるその顔は親子だと言う事実を否定できない。
「もう会う事はないです。俺には俺の人生があるし、紺野さんには紺野さんの人生があるだろうし」
「でも俺たち親子だろ?」
二十一年生きてきたが、初めて聞かされる台詞だった。だがやはり今更だ。胸が抉られるような思いが沸く事もなく、ぽっかりと空いた胸の穴が埋められる事もない。そもそも穴が空いているのかどうかも不確かだ。
「今までそんな関係じゃなかったんで、いきなり言われても無理です。それに父親が欲しいなんて一度も思った事がないし、これからも同じです」
本心だった。修理工場に勤め、週末の夜は客を取る。今、欲しているものはそんな日常だ。母親の死も、父親の存在も知らなかったそんな日常。
「……分かった」
陽一が小さく頷く。
「また連絡するよ」
「連絡はいいですけど、その時は俺を買って下さい。高志さんみたいに」
笑ってみせたが、陽一は呆然としている。だがそんな陽一に改めてかける言葉など持ち合わせていない。
既に高志と川野が去った部屋で、最後に取り残されるのは陽一だ。それは高志の復讐がまだ続いているのかもしれない。
——高志の復讐?
もし高志に加担する行為だとしても、きっと後悔なんてしないだろう。
西新宿のシティホテルに取り残したのが最後。陽一から連絡が来る事はなかった。
陽一、そして高志については、川野から全てを聞かされた。父親との再会を演出したつもりだったのだろうが、有難くもない。川野の話に沸いてくるものは、ただ高志への同情だけだ。
茜と関係を持った陽一は、弟である高志も避けるようになった。
茜が臨月を迎えた頃、恋人であるはずの高志にすら何も告げず、陽一はアメリカへと旅立った。陽一にしてみれば、例え一度でも茜と関係を持ってしまった疚しさを抱え、高志の顔を見るのは辛かったのだろう。
陽一に去られた高志は、その原因を作った茜を許せずにいた。だが父親のいない幼子を抱えた茜には、高志に詫びる気持ちなどなく、陽一が去った理由も高志にあると、責め続けた。
そんな時だ。旅行に出かけた両親が事故に遭い、揃って他界してしまった。家族だと、双子の姉弟だと、辛うじて繋げていた糸がぷつりと切れてしまった。
茜を許せずにいた高志の中に、殺意が生まれるのは当然の事だった。陽一の名前を使い、思い出の惣岳山に茜を誘き出し、高志は茜を殺害した。
茜を埋めた花水木の下、陽太の手を握り、新たな道を選択したが、自らの手で殺した茜の息子を手元に置いておけるほど、良心を全てを失っていた訳ではなかった。
「高志さんは、どうなりますか?」
高志の供述を伝えにきた川野に尋ねる。
「まだ、分かりません。……供述だけで、高志さんが茜さんを殺した物的証拠はありません。十五年も前の話ですし。このまま起訴されない可能性も」
どんな結論が導き出されるかは分からない。だが唯一の肉親に変わりはない。父親が現れようが、例え母親を殺していようが、肉親と呼べるのは高志しかいない。
——お前も俺もひとりぼっち、取り残されたんだ。
確かにひとりぼっちだ。だが今は日常を熟し、高志を待つ事が唯一の救いだ。
【完】
お互い、息子だと、父親だと名乗れるほど、都合良くは生きてこなかったようだ。それでも陽一は父親としての責に駆られたのだろう。
「これからの事は二人でゆっくり考えていこう」
陽一の吐いた言葉に、わざと小さな溜息をぶつける。今更だなんて、強い言葉は吐けないが、最善の策は、何事もなかったようにここで別れ、違う道を辿る事だ。
「色々あって大変だっただろ? 今日は俺の所に来てゆっくり休めばいい。高志が取ったホテルになんかに、いつまでも居られないし」
「いえ、大丈夫です。自分の家に帰ります。それに……」
陽一が困った顔を向けてくる。二十年以上前の写真は見たが、まじまじと見せられるその顔は親子だと言う事実を否定できない。
「もう会う事はないです。俺には俺の人生があるし、紺野さんには紺野さんの人生があるだろうし」
「でも俺たち親子だろ?」
二十一年生きてきたが、初めて聞かされる台詞だった。だがやはり今更だ。胸が抉られるような思いが沸く事もなく、ぽっかりと空いた胸の穴が埋められる事もない。そもそも穴が空いているのかどうかも不確かだ。
「今までそんな関係じゃなかったんで、いきなり言われても無理です。それに父親が欲しいなんて一度も思った事がないし、これからも同じです」
本心だった。修理工場に勤め、週末の夜は客を取る。今、欲しているものはそんな日常だ。母親の死も、父親の存在も知らなかったそんな日常。
「……分かった」
陽一が小さく頷く。
「また連絡するよ」
「連絡はいいですけど、その時は俺を買って下さい。高志さんみたいに」
笑ってみせたが、陽一は呆然としている。だがそんな陽一に改めてかける言葉など持ち合わせていない。
既に高志と川野が去った部屋で、最後に取り残されるのは陽一だ。それは高志の復讐がまだ続いているのかもしれない。
——高志の復讐?
もし高志に加担する行為だとしても、きっと後悔なんてしないだろう。
西新宿のシティホテルに取り残したのが最後。陽一から連絡が来る事はなかった。
陽一、そして高志については、川野から全てを聞かされた。父親との再会を演出したつもりだったのだろうが、有難くもない。川野の話に沸いてくるものは、ただ高志への同情だけだ。
茜と関係を持った陽一は、弟である高志も避けるようになった。
茜が臨月を迎えた頃、恋人であるはずの高志にすら何も告げず、陽一はアメリカへと旅立った。陽一にしてみれば、例え一度でも茜と関係を持ってしまった疚しさを抱え、高志の顔を見るのは辛かったのだろう。
陽一に去られた高志は、その原因を作った茜を許せずにいた。だが父親のいない幼子を抱えた茜には、高志に詫びる気持ちなどなく、陽一が去った理由も高志にあると、責め続けた。
そんな時だ。旅行に出かけた両親が事故に遭い、揃って他界してしまった。家族だと、双子の姉弟だと、辛うじて繋げていた糸がぷつりと切れてしまった。
茜を許せずにいた高志の中に、殺意が生まれるのは当然の事だった。陽一の名前を使い、思い出の惣岳山に茜を誘き出し、高志は茜を殺害した。
茜を埋めた花水木の下、陽太の手を握り、新たな道を選択したが、自らの手で殺した茜の息子を手元に置いておけるほど、良心を全てを失っていた訳ではなかった。
「高志さんは、どうなりますか?」
高志の供述を伝えにきた川野に尋ねる。
「まだ、分かりません。……供述だけで、高志さんが茜さんを殺した物的証拠はありません。十五年も前の話ですし。このまま起訴されない可能性も」
どんな結論が導き出されるかは分からない。だが唯一の肉親に変わりはない。父親が現れようが、例え母親を殺していようが、肉親と呼べるのは高志しかいない。
——お前も俺もひとりぼっち、取り残されたんだ。
確かにひとりぼっちだ。だが今は日常を熟し、高志を待つ事が唯一の救いだ。
【完】
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中編とも云える文字数でここまで書き切られ、
自身の技量の足らなさを差し置いて嫉妬さえ覚えました(笑)
陽太に幸あれと本気で願う程、入り込んでしまいました。
滅多にない感覚です。拝読させて頂けて幸せです。
有難うございます。
ありがとうございます。
とても多作な志賀様にそんなふうにおっしゃって貰えるなんて光栄です。
まだまだこれからなので精進します。