【完結】花水木

かの翔吾

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【11】 告白

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 少しし早いかもと思ったが、五時には下井草のアパートから新宿へ向かった。
 まだ六時前だと言うのに、歌舞伎町辺りは相変わらずの人込みだ。行き交う波を掻き分け、目的も持たず、ただ靖国通りを東へと歩く。西新宿とは逆へと向けた足。ふと立ち止まって見上げた空は、今にも雨粒を落としそうな色をしていた。
 
——失敗したかも。
 
 西新宿から離れた事に後悔しながら、足早に靖国通りを戻る。大ガードをくぐり、いつの間にか青梅街道と名前を変えた道を西へと進む。
 指定されたシティホテルまでは五分とかからず着くだろう。見上げた空はまだ雨粒を落とさず、こらえてくれている。ほっと胸を撫で下ろし、信号の点滅に足を止める、慌てる事はない。

 何度も訪れたシティホテルには、約束の二十分前に着いた。ロビーに置かれた大画面のテレビに目をやっても、花水木の光景が浮かぶ事も、ましてや高志との行為を思い出す事もなかった。日常に戻れた安堵あんどが肩の力を抜いていく。
 
——今日も三時間のはずだ。
 
 二万八千円と言う、自分の価値にほんの少し悲しい気持ちが纏わり付いたが、それも日常に戻れたあかしに違いなかった。スマホを取り出し、マスターから転送されていたメールを開く。
 
【六時半に七〇一号室をノック】
 
 六時半ちょうどかは分からなかったが、エレベーターを下り、廊下の一番奥、七〇一号室のドアをノックする。
 
「……待っていたよ。どうぞ」
 
 押し開けられたドアの隙間。妙に明るい声を発した客の顔に驚かされる。
 高志だった。

「えっ? なんで?」

 声が詰まる事はなかった。有りる事だと判断した脳が驚きを和らげる。

「電話したんだけど出なくて、またこんな形ですまないな」

 腕を掴んだ高志が強引に部屋へと招き入れる。照明が全て点けられた明るい部屋にはベッドが二台並んでいたからか、目の前に高志がいたとしても、あの日の暗闇を思い出す事はない。

「川野さんから話は聞いたか?」

「昨日電話で」

 混乱を招く事もなく落ち着いた口調で答える事が出来た。

「そうか」

 その声の色を読み取る事は出来なかったが、促されるままベッドの端に腰掛ける。高志も向かい合わせになるよう、もう一台のベッドの端に腰掛けている。

「川野さんと話をしたんだ。その時に陽太の携帯番号を教えてもらった。それで電話を掛けたんだけど繋がらなくて」

「すみません。ずっと電池が切れていました」

 昨日二度吐いたばかりの言葉は形を変える事はなかった。

「川野さんから聞いたと思うけど、ごめんな。何から話せばいいか分からないけど、陽一は、紺野陽一がおまえの父親なのは間違いないよ」

 どんな感情も沸いてくる事はなかった。父親だと言われても、昨日初めてその声を聞いただけだ。二十一年の間、一度もその存在に気を留めた事はない。
 だが高志は何を気にする事もなく、告白を続ける。

「……俺と陽一は付き合っていたんだ。男同士でって、思うかもしれないけど、売り専なんてしているんだから、お前にも解るだろ? それなのに酔った勢いか何か知らないが、陽一と茜が関係を持ってしまったんだ。びっくりしたよ。たった一度の事らしいが、茜はお前を身籠った。だが陽一は姿を消したんだ。茜の前からも、俺の前からも。まあ、しょうがないよな、陽一だって男が好きなんだし。酔った勢いのたった一度の事で、子供が出来たなんて言われてもな」

 用意していたかのように、息も付かず高志が言い放つ。

「何で? 今まで一度もそんな話しなかったのに」

「そんな事お前に言えないだろ? お前の父親は酔った勢いで関係を持って、お前が生まれたけど、怖くなって姿を消したんだって。そんな事子供のお前に話す事できないだろ?……それに」

「それに何?」

「……それに、お前の父親と俺が付き合ってたなんて、言える訳ないだろ」

 高志の口調が少しずつ激しくなっていく。だがそこにいつか感じたおびえが纏う事はなかった。
 どうしてだろうか? 混乱を招く事なく今は全てを受け入れる事が出来る。

「本当に好きだったんだ。俺は愛していたんだ。陽一を。それなのにあいつは消えたんだ。俺は、取り残されたんだ」

 高志が吐いたという言葉に満開の花水木を思い出した。

『お前も俺も、取り残されたんだよ』

 記憶の中の声。花水木の下、幼い少年の手を引いていた若い男。あれは高志なんだろうか?

「……ちゃんと面倒見るつもりだったけど、そんな余裕がなくて。本当にすまなかった。児童養護施設に預かってもらうしかなかったんだ。……それに、お前が施設を出る日。最後に会ったあの日。ごめんな。お前の顔が陽一に見えたんだ」

 何故か申し訳ない気持ちでいっぱいになった。記憶にもない母の、茜の弟。叔父。唯一の肉親。
 愛した男が自身の姉と関係を持ち、酔った勢いで生まれた甥の存在なんて、憎んでも当然なのに。高志はたった一人で背負ってきた。

「すまないな。お前に陽一を重ねてしまって……」

 高志の指が太腿に伸びてきた。
 身構える事もせず、ショートパンツの裾を捲り上げる指をただ眺める。そこに嫌悪感などないのだから、逃げる必要も、怯える必要もない。

「高志さん、ごめんね。俺、何にも知らなくて」

「お前は何も知らなくて良かったんだ」

 高志が柔らかく笑う。肉親、血縁。そんな事はもうどうでもいい。客てしてでもなく、一人の人間として今は高志を見る事が出来る。

 指先を高志の頬へ伸ばす。触れそうで触れないその指に、ベッドの端から腰を上げる。立ち上がった腹に高志の顔を埋めさせ、その頭をゆっくりと撫でる。
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