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Chapter 1 『苺とチョコレート』

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 同じ犯人像を頭に浮かべただろう君生を見上げ、今度は直樹が不貞腐れた顔を作る。さっき糖分が足りないと言われた君生と同じ表情だ。君生があっさりと思い浮かべた犯人像に見当が付かず、その口を尖らせているのだろう。ただ二十代の君生と違い、四十近い直樹の口に可愛らしさなんてものは見えない。

「犯人は最初首を絞めたんだ。ただ本当に死んだかは分からなかったから、念のため心臓を狙ってナイフを刺した。念のために刺したって事は、犯人にとっては初めての殺人だ。殺人に慣れている奴なら、首を絞めた時点で相手が死んでいるかどうか分かるだろう。それに通りすがりの殺人なら一度ではなく何度も刺しただろうからな」

「どう言う意味?」

 今一つ煮え切らない、半信半疑の目を直樹が向けてくる。

「通りすがりの犯人なら、殺人をたのしむために、何度も何度も刺しただろうって事だ。もしこれが快楽犯なら、何度も傷を付けてトドメの一撃を刺しただろう。だが犯人は心臓に狙いを定めて一度だけ刺した。と、言う事は。被害者はもう抵抗していなかったんだ。首を絞められ、気を失った? いや、もしかしたらもう息絶えていたかもしれない。だから心臓に狙いを定められたし、一刺しだけでよかったんだ。殺人が目的ではなく、被害者の死が目的だから、間違いなく死んでくれればそれでいいんだ。もし通りすがりなら、殺人が目的だから、こうはならない。だから被害者に死んでほしいと願った顔見知りの犯行だと考えるのが妥当だろう。あっ、被害者じゃないな。被害者達だ」

 ようやく納得した直樹が満足そうにグラスのチョコミルクを飲み乾した。

 犯人は顔見知りで初犯だなんて、簡単に予測はしたが、この今野陽介と高橋潤の殺害が、この後に続く全てのになるなんて事は予測できなかった。それは君生にも、直樹にも同じ事のようで、目の前の二人は、まだ何も解決していない、新宿公園での事件を隅に追いやり、さっき見せた不貞腐れた顔を見せ合う事もなく、軽い口を叩きあっている。

 直樹にいたっては分かるが、君生は仮にも刑事だ。この新宿二丁目を管轄としている新宿東署の刑事。

——もう少し真面目に働けよ。

 そう口にしようとしたが、じゃれ合う二人に小言が引っ込む。

「で、何か収穫はなかったのか? 一応、この辺りで聞き込みはしたんだろ?」

「えっ? あっ、はい。聞き込みはしましたよ」

 話半分でチョコレートリキュールのボトルを奪い合い、苺リキュールを押し付け合う姿につい声が大きくなる。

「おい、君生!」

「あっ、すみません。……ちゃんと聞き込みはしましたよ。でも大した情報は何もないです。白いスカートの男が現れたってくらいで」

「白いスカートの男?」

「何か白い大きな傘が落ちていると思ったら、白いスカートの男だったって、……全然、意味分かんないですよね」

 女装をした男の事だろうか? そんな輩なら大勢いるこの町で、君生がどうでもいい情報だと判断するのは無理もないが、この町の住人が見慣れた女装の男をわざわざ口にするだろうか?

「金曜の夜は集中豪雨に襲われて土砂降りだったんだよな?」

「そうですよ。秀三さん先週の事も覚えていないんですか?」

「いや、そうじゃない。土砂降りの雨の中でスカートを傘と見間違うか? どれだけ広がったスカートだよ」

 何かがつかえていたがその何かはまだ分からない。

「集中豪雨って言っても、一晩中降っていた訳じゃないわよ。確かにひどい豪雨に見舞われたけど、止んでいた時間もあったわ。……あたしも土砂降りの時は雨宿りしながら、雨が止んだ瞬間を見計らってフーデリしていたんだもん。それにあの日はすごく風も強かったし、風で膨らんだスカートが傘に見えたんじゃない?」

 直樹が示した仮説に痞えが取れた訳ではなかったが、それ以外の理由を弾く事も出来ない。女装の男がモンローのように、風で捲れ上がったスカートを押さえつける画。ふとそんな画が浮かんだがわざわざ説明する必要はない。

「……はい、じゃあ直樹さんには次、苺を入れますね。俺はチョコにします」

 ボトルを奪い合ったり、押し付け合ったり。そんなくだらない遊びにも飽きたのか、君生が空になった直樹のグラスを引き寄せている。刑事でありながら、二人の殺人事件を簡単に追いやれる君生の単純さに呆れはするが、刑事を続けるための素質として、そんな単純さが必要な事はよく解っている。

「そうね、さっきチョコミルクだったから、次は苺ミルク。これであたしは立派なリバね。一人で苺とチョコレートだし」

「えっ? あれ? 『苺とチョコレート』って何でしたっけ?」

 ほんの少し顔を赤らめ新しいグラスにチョコミルクと苺ミルクを作る君生が、直樹へと目を細める。

「もう、やだ。さっき話したばかりじゃない。映画だって。キューバのね、ハバナに、コッペリアって言うアイス屋があって、男が苺のアイスを食べるのは、オカマの象徴だって、オネエの象徴だって。映画の中でそう描かれているの。だから苺はウケなの。ネコちゃん。タチならチョコレートよ。さっきがチョコレートで今から苺だから、あたしはリバ。あっ、君ちゃんも苺とチョコで一緒だから、リバね」

「えー、だから俺は何度も言いますけど、ストレートなんです!」

 この『苺とチョコレート』の話は本当にどうでもいい知識だが、直樹のくだらない知識が大いに役立つ時もある。

「君生、モーツァルトおかわり」

「秀三さん、タチぶって、またチョコレートなんですか? 苺もありますよ」

「ああ、俺はタチだから、またチョコレートだ。早くしろよ」

 矛先ほこさきをこっちへ向けたい気持ちは分かるが、そんな君生を制止し、コンコンと二度グラスの底でカウンターを叩く。チョコミルクを飲みたい訳でも、苺ミルクを飲みたくない訳でもない。だからと言って、直樹の話に踊らされている訳でもない。そんな事よりも。

——白いスカートの男。

 痞えているものが何か、その正体を探りたいだけだ。女装の男なんていくらでもいるこの町で、そんな事をわざわざ気に留め、口にするだろうか? それを確認するために、どの店の誰からの情報だ? そう問い詰めてやりたいが、君生の記憶なんて当てにはならないだろう。ちらりと見やったその顔は既にチョコミルクを半分飲み乾し、さっき以上に赤くなっている。
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