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Epilogue
Be whirling.
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——八月。
容赦ない真夏の暑さに汗をだらだら流しながら、文化センターの前に出来た短い列に並ぶ。
「あのポスター、開場は十八時って書いてあるな。まだ十七時過ぎなのに、こんなに早くから付き合わせて済まなかったな」
「全席自由席だから早く並んでおいた方がいいって事じゃないですか。そのうち皆さん来ますよ」
若い分新陳代謝はいいはずなのに、樹は涼しい顔をしている。
「あっ。ほら直樹さん」
「いっ君じゃない。お久しぶり」
直樹が両腕を拡げ樹に抱き付く。ただでさえ暑いのに暑苦しい奴。それに軽々しく樹に抱き付くな。
「お前が十七時って言うから、こんなに早く来たのに、開場は十八時って書いてあるじゃないか」
ポスターを指差す。
白装束。そう白いスカートを傘のように広げた男の写真が使用されたポスターだ。
「だって自由席なんだから仕方ないでしょ? 君ちゃんと永井さんは開演の十八時半に間に合うかどうかだし」
「恭介ママは十八時半までには来ると思います」
「ああ、鳴子さん! そう言えば、いっ君は今何しているの? まだ鳴子さんのお店で働いているの?」
また直樹の余計な詮索が始まった。わざわざ樹の事を直樹に話す必要はないと黙っておいた事が、こんな所で裏目に出る。
「……恭介ママにはまだお世話になっていますけど、もうお店では働いていません。来年の大学受験のために、今は受験勉強中です。でもアルバイトはしていますよ。三丁目のカフェで」
前城一樹から樹に送られた五千万円。蔵前蓮の口座から出金されたものだが、蔵前は、いや、高幡颯斗は樹に返金を求めなかった。
今もまだ五千万円の管理は鳴子がしているが、大金を手に入れた樹をいつまでも店で働かせておく必要はない。
体を売る男の目的なんて金だけだ。そんな事は鳴子が一番よく知る事だ。五千万円は樹の未来のため。五千万円もあれば、充分な学費を捻出できる。鳴子は樹に大学受験を勧め、樹はそれを了承した。
「そうだったのね。安心したわ」
直樹が顔を崩す。
誰にでも勝手に母性を示す直樹に呆れながら、いつの間にか長くなっていた列を振り返る。
「何かすごい人が増えて来たな。セマーってそんなに人気があるのか?」
「やだ。秀三、テレビで観なかったの? 高幡さんってイケメンだし。颯斗―って、黄色い声援が上がって、ファンが急増殖中なのよ。あたしなんて最初から目を付けていたのに」
成田和弥が亡くなった後、蔵前蓮はジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュを解散させた。
それはルーミーとしての享の任を解く事だったが、記憶を取り戻しつつある享を、永井の元へ返すためには仕方のない事だったようだ。
高幡颯斗と言うルーミーを失い、解散したジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュに残った者は、蔵前を含め十五人。
蔵前は残った同志を、真に教えを広めたいと願う者だと判断し、新たなジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュを設立した。
その新たな団体の代表として、高幡颯斗として、蔵前は再スタートを切った。代表となった高幡の望みはただ一つ。ルーミーの教えを広める事だけだ。その手段の一つが今日のセマーの公演でもある。
「高幡さんにお礼を言いたくて、今日は連れて来てもらったんですけど、俺もセマーってよく分からなくて。今日の公演って何が行われるんですか?」
樹の問いに、何処から仕入れてきた情報なのか、直樹が詳細に答えていく。
「……セマーって言うのは旋廻舞踊の事なの。白装束の男達が神と一体化するまで、スカートを翻しながら、くるくると廻り続けるの。あのポスターみたいに。でも、今日の公演はショーだから、セマーとはこう言うものですって、見てもらうために、三十分程みたい。セマーの後は高幡さんによるルーミーの詩の朗読があって、後は質問コーナーや、撮影会、それにセマーの講習会があるみたい」
「やけに詳しいな」
「だって、ホームページにプログラムが出ていたんだもん。あ、開場が始まったわ。いい? あたしと秀三といっ君とで六席確保よ。後から来る、鳴子さん、君ちゃん、永井さんの分の席も確保しなくちゃだから、一人二席! 何としても一人二席確保よ!」
張り切る直樹だったが、受付でそれらが全て無駄である事を教えられる。
ポスターにも記載があるように、確かに自由席であるが、それは一般客に限った話だ。
「来賓の方は特別席へご案内させて頂きます」
チケットを見せた受付係の言葉に、直樹への怒りが沸いてくる。
容赦ない暑さにだらだらと流れる汗を我慢して、一時間も待つ必要はなかった。
「特別席だって、あそこかしら? ステージの目の前、六席だけ椅子がちょっと豪華じゃない?」
「えっ? あの席ですか? 特別席って、すごくラッキーですね」
はしゃぐ樹のために、直樹への罵声を堪える。空気を澱ませる訳にはいかない。ただ直樹や樹に合わせてはしゃぐ気にはならないから、有難いはずの特別席に腰を下ろしても、腕を組んで舞台に目を向けるだけだ。
「凄い人! 満員御礼ね」
会場に設置された椅子が埋まっていく。
「……お久しぶり」
樹の向こう。掛けられた声に目を向けると鳴子の姿があった。だが鳴子が席に着いたと同時、会場の照明が全て落とされた。
君生と永井の姿はまだ見えないが、開演の十八時半になったのだろう。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
ライトが当たった舞台の上には、白いスカートの男が六人。それに聞き覚えのある声だ。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
ルーミーの声。ルーミーではない。高幡の声だ。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
会場に響き渡る声に、誰もが息を飲んでいる。もし高幡が神の遣いだと言われても、今なら全てを飲み込むだろう。そんな高幡の声に合わせ、六人の男達がゆっくりと廻り始める。いつか話を聞かされた姿だ。
右手を天に左手を地に——。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
高幡の声が止む事はない。廻り始めた六人の男達が止まる事もない。舞台の上に、神に通じる途を見せられているような錯覚。ただ高幡の声を聞き、ただ六人の男達の姿を見ているだけで何かが解放されていくようだ。
肉体と心と意識の解放。そんな話を聞かされた覚えもある。
ふと思い出したルーミーの教え。
これも高幡から聞かされたものではあるが、今ならそれの意味を口に出来そうだ。
——私達の肉体はそれによって創られている。それによって人体と宇宙は生まれたが、それは人体と宇宙から生まれたものではない。
『White Whirling~二丁目探偵物語~』 終
容赦ない真夏の暑さに汗をだらだら流しながら、文化センターの前に出来た短い列に並ぶ。
「あのポスター、開場は十八時って書いてあるな。まだ十七時過ぎなのに、こんなに早くから付き合わせて済まなかったな」
「全席自由席だから早く並んでおいた方がいいって事じゃないですか。そのうち皆さん来ますよ」
若い分新陳代謝はいいはずなのに、樹は涼しい顔をしている。
「あっ。ほら直樹さん」
「いっ君じゃない。お久しぶり」
直樹が両腕を拡げ樹に抱き付く。ただでさえ暑いのに暑苦しい奴。それに軽々しく樹に抱き付くな。
「お前が十七時って言うから、こんなに早く来たのに、開場は十八時って書いてあるじゃないか」
ポスターを指差す。
白装束。そう白いスカートを傘のように広げた男の写真が使用されたポスターだ。
「だって自由席なんだから仕方ないでしょ? 君ちゃんと永井さんは開演の十八時半に間に合うかどうかだし」
「恭介ママは十八時半までには来ると思います」
「ああ、鳴子さん! そう言えば、いっ君は今何しているの? まだ鳴子さんのお店で働いているの?」
また直樹の余計な詮索が始まった。わざわざ樹の事を直樹に話す必要はないと黙っておいた事が、こんな所で裏目に出る。
「……恭介ママにはまだお世話になっていますけど、もうお店では働いていません。来年の大学受験のために、今は受験勉強中です。でもアルバイトはしていますよ。三丁目のカフェで」
前城一樹から樹に送られた五千万円。蔵前蓮の口座から出金されたものだが、蔵前は、いや、高幡颯斗は樹に返金を求めなかった。
今もまだ五千万円の管理は鳴子がしているが、大金を手に入れた樹をいつまでも店で働かせておく必要はない。
体を売る男の目的なんて金だけだ。そんな事は鳴子が一番よく知る事だ。五千万円は樹の未来のため。五千万円もあれば、充分な学費を捻出できる。鳴子は樹に大学受験を勧め、樹はそれを了承した。
「そうだったのね。安心したわ」
直樹が顔を崩す。
誰にでも勝手に母性を示す直樹に呆れながら、いつの間にか長くなっていた列を振り返る。
「何かすごい人が増えて来たな。セマーってそんなに人気があるのか?」
「やだ。秀三、テレビで観なかったの? 高幡さんってイケメンだし。颯斗―って、黄色い声援が上がって、ファンが急増殖中なのよ。あたしなんて最初から目を付けていたのに」
成田和弥が亡くなった後、蔵前蓮はジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュを解散させた。
それはルーミーとしての享の任を解く事だったが、記憶を取り戻しつつある享を、永井の元へ返すためには仕方のない事だったようだ。
高幡颯斗と言うルーミーを失い、解散したジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュに残った者は、蔵前を含め十五人。
蔵前は残った同志を、真に教えを広めたいと願う者だと判断し、新たなジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュを設立した。
その新たな団体の代表として、高幡颯斗として、蔵前は再スタートを切った。代表となった高幡の望みはただ一つ。ルーミーの教えを広める事だけだ。その手段の一つが今日のセマーの公演でもある。
「高幡さんにお礼を言いたくて、今日は連れて来てもらったんですけど、俺もセマーってよく分からなくて。今日の公演って何が行われるんですか?」
樹の問いに、何処から仕入れてきた情報なのか、直樹が詳細に答えていく。
「……セマーって言うのは旋廻舞踊の事なの。白装束の男達が神と一体化するまで、スカートを翻しながら、くるくると廻り続けるの。あのポスターみたいに。でも、今日の公演はショーだから、セマーとはこう言うものですって、見てもらうために、三十分程みたい。セマーの後は高幡さんによるルーミーの詩の朗読があって、後は質問コーナーや、撮影会、それにセマーの講習会があるみたい」
「やけに詳しいな」
「だって、ホームページにプログラムが出ていたんだもん。あ、開場が始まったわ。いい? あたしと秀三といっ君とで六席確保よ。後から来る、鳴子さん、君ちゃん、永井さんの分の席も確保しなくちゃだから、一人二席! 何としても一人二席確保よ!」
張り切る直樹だったが、受付でそれらが全て無駄である事を教えられる。
ポスターにも記載があるように、確かに自由席であるが、それは一般客に限った話だ。
「来賓の方は特別席へご案内させて頂きます」
チケットを見せた受付係の言葉に、直樹への怒りが沸いてくる。
容赦ない暑さにだらだらと流れる汗を我慢して、一時間も待つ必要はなかった。
「特別席だって、あそこかしら? ステージの目の前、六席だけ椅子がちょっと豪華じゃない?」
「えっ? あの席ですか? 特別席って、すごくラッキーですね」
はしゃぐ樹のために、直樹への罵声を堪える。空気を澱ませる訳にはいかない。ただ直樹や樹に合わせてはしゃぐ気にはならないから、有難いはずの特別席に腰を下ろしても、腕を組んで舞台に目を向けるだけだ。
「凄い人! 満員御礼ね」
会場に設置された椅子が埋まっていく。
「……お久しぶり」
樹の向こう。掛けられた声に目を向けると鳴子の姿があった。だが鳴子が席に着いたと同時、会場の照明が全て落とされた。
君生と永井の姿はまだ見えないが、開演の十八時半になったのだろう。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
ライトが当たった舞台の上には、白いスカートの男が六人。それに聞き覚えのある声だ。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
ルーミーの声。ルーミーではない。高幡の声だ。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
会場に響き渡る声に、誰もが息を飲んでいる。もし高幡が神の遣いだと言われても、今なら全てを飲み込むだろう。そんな高幡の声に合わせ、六人の男達がゆっくりと廻り始める。いつか話を聞かされた姿だ。
右手を天に左手を地に——。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
高幡の声が止む事はない。廻り始めた六人の男達が止まる事もない。舞台の上に、神に通じる途を見せられているような錯覚。ただ高幡の声を聞き、ただ六人の男達の姿を見ているだけで何かが解放されていくようだ。
肉体と心と意識の解放。そんな話を聞かされた覚えもある。
ふと思い出したルーミーの教え。
これも高幡から聞かされたものではあるが、今ならそれの意味を口に出来そうだ。
——私達の肉体はそれによって創られている。それによって人体と宇宙は生まれたが、それは人体と宇宙から生まれたものではない。
『White Whirling~二丁目探偵物語~』 終
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