【完結】White Whirling ~二丁目探偵物語~

かの翔吾

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Chapter 6 『シングルマン』

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 中央道をどれ程のスピードで走っているかは、気にも留めなかった。ハンドルを握る君生の隣でシートを倒し何度か目を閉じてみたが、眠りに誘われる事はない。

 小峰の車は直樹に運転をさせた。崩れ落ちた小峰に二時間もの距離を走らせる訳にはいかない。普段自転車のハンドルは握り慣れている直樹だが、車となれば話は変わるようだ。もう随分と差が開いてしまったようで、目の前のミラーに映り込む事はなかった。

 蔵前にとっても違反となるようなスピードを出す必要はない。だが君生にとってはそうもいかないようで、霊園を出発した一時間十分後には、左手の車窓に西新宿のビル群が映っていた。

 一時間十分もあれば頭を整理するには充分だ。

 三月十八日の金曜日。局地的な豪雨の夜だ。今野陽介と高橋潤の二人は新宿公園で殺害された。呼び出したのはきっと前城一樹だろう。前城か成田和弥か、どちらが公園の南京錠を壊したかは定かではないが、二人いれば南京錠を壊した上、今野と高橋を呼び出し、殺害する事も可能だ。

 今野と高橋は首を絞められ、更に左胸を刺された。前城にとっても成田にとっても、それが初めての殺人だったのだろう。だがまだそれで終わりではなかった。

 河野太一だ。河野を殺害するまでは前城に逃げられては困ると考えた成田はその様子を画像に残したのだろう。そしてスマホを向けられた前城も、成田へとスマホを向け返した。

 そして翌週だ。三月二十五日の金曜日。河野を呼び出す事は容易かっただろう。

 今野と高橋の死を知った河野はすぐにワーリン・ダーヴィッシュに結び付けたはずだ。そんな河野は、今野と高橋同様、首を絞められ左胸を刺された。

 ホモ狩り犯三人を殺害し使命を全うした前城。だが前城は自身も成田に死を望まれる存在だと言う事は知っていた。四人目のホモ狩り犯。いずれ自身の死を使命として受け止めなければならない。だが前城には一つだけ気掛かりが残っていた。

——樹。

 売り専で凌ぎながら、家族の生活を支えるには、前城は若すぎた。逃げ出した生活を顧みて、後悔する事もあっただろうが、神にゆるしを乞う事で拭っていたのだろう。

 断ち切ったはずの現世。だが使命として自身の死を受け入れる前に、樹への償いだけは全うしたかったはずだ。

 前城は樹の未来のために五千万円と言う大金を託した。それに写真だ。自身が殺人犯である事は隠し通せない。そう悟っていたのだろう。別の形で樹が事実を知ってしまうくらいなら。自身の手で伝えたい。そんな前城の気持ちは分からなくもない。

 樹への償いを見届けた前城に残された途は、使命として自身の死を受け入れるだけだ。そんな前城の死を成田は知っているのだろうか? いや、知っていようが、知っていまいが、成田が選ぶ途もただ一つだけだ。

「それで、何処まで送ればいいですか?」

「何処って、二丁目に決まっているだろ」

「ああ。店ですね」

 面倒臭そうに答える君生。店から歩いても五分程だが、直接行って貰った方が有難い。

「いや、靖国通りだ。仲通りからだと右折だから、四谷方面。五丁目側になるな」

「どう言う事ですか?」

「どう言うって、お前。歩道橋だよ。もしお前が恋人の後を追って自殺するなら何処で死にたい?」

「何処で死にたいって。そんなの何処でも死ぬのは嫌です。俺はそんな簡単に後を追って自殺なんかしないです」

「それはお前だからだろ。何だっけ? 直樹が観ていたって言う映画。……そうだ。『シングルマン』とか言っていたな。恋人の後を追って自殺しようとする男の話だって言っていたろ。それだけで一本の映画になるんだ。お前は後追い自殺なんかしないだろうが、誰にだって発想できる事だ」

「秀三さんは成田が自殺するって考えているんですか?」

「ああ。俺が成田ならな。愛する男が目の前で転落死したんだ」

 ふと樹の顔が脳裏を掠める。

 もし樹が死んだら?

 いや、それは考える必要のない事だ。未来ある二十歳の若者が死ぬ時なんて、見届けられるほど長生きはしないだろう。

「……愛する男が目の前で死んだら。後を追うって気になるだろうな。だがその死に何か因果関係があるなら、まずはそれを取り除くだろう。そうホモ狩り犯が関係していたなら、俺だってまずはホモ狩り犯をっていただろう。だが、その後だ。殺人を冒してしまったら、どれだけ逃げ回ろうがいつかは捕まる。それならば? 生きる目的もなく、時間を消化するだけの人生なら。自らの死を真っ先に選ぶだろう。そう。同じ死ぬなら何処で死にたいかって」

「歩道橋ですね。同じ死ぬなら愛する者が死んだ場所で死にたい」

「ああ。恋人と過ごした日々を思い出して、楽しく過ごした場所をなぞって歩くかもしれない。だが最後の場所は愛する者を失った場所だ。成田は必ずあの歩道橋を訪れる」

 甲州街道から新宿通りへ入り、仲通りへ左折する。

「……だから靖国通りを右折して、歩道橋の下だ」

 その時、ダッシュボードの上に放り投げていたスマホが震えだした。直樹からだ。

「ねぇ、秀三達は今どこにいるの?」

「新宿だよ。お前は何をしている?」

「もう新宿に戻ったの! あたしは今、石川のパーキング。小峰さんは勿論だけど、蔵前さんも一緒よ。それであたしは何処に行けばいいの? 新宿に着いたら、お店へ行けばいいの?」

「いや、店にはいない。靖国通りの歩道橋だ。着いたから切るぞ」

 信号が変わり、靖国通りを右折する。

「真下じゃなく、少し手前で停めろ。歩道橋の様子が見えるように」

 そうは言ったものの、歩道橋には人影の一つも見えない。元々、利用者の少ない歩道橋だ。新宿一丁目北の交差点からは百メートルも離れていない。わざわざ歩道橋へ上るより、信号を待って渡った方が早く靖国通りを越えられる。
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