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Interlude 『ルーミー』
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——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
ルーミーの声に合わせ、ただ回り続ける。ここは修行の場だ。誰かに囚われる必要はない。ただ右手を天に左手を地に廻り続ければいい。ただ廻り続ければ。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
一瞬、遠ざかったはずの声がまた近くなる。今週も神には近付けなかったのか。どれだけ多くの書物を読みどれだけ多くの詩を唱えようとも、生まれ持った力には抗えないのだろうか。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
まだ声は響き渡っていたが、誰かの手がふっと肩に伸びてくる。いや誰かではない。ルーミーの手だ。
耳元で響く、Be whirling. Whirling——。の声。その声にまだ回り続ける事が出来ると言う意識を持ちながらも、逆らう事は出来ない。
——自室に戻りなさい。
その手に込められた声に振り返る事は出来ない。ただ黙って自室に戻るだけだ。自室に戻ったところでまた呼ばれる事は分かっている。呼ばれると言っても、いつ呼ばれるかは分からない。どれだけの時間待たされるのかも分からず、眠る事も出来ない。それならば書庫でまだ手を付けていない書物を読み耽っていたいが、許されない事は知っている。金曜日の夜だ。
——セマー。
何を置いても優先しなければならない。
「高幡よ。参れ」
ドアの隙間にルーミーの声が聞こえたが、そこに姿はもうなかった。
「高幡様。それでは参りましょう」
廊下にはルーミーに代わり三人の男達が控えていた。男達の顔は勿論知っているが名前は知らない。だが尋ねもしなかった。名前と言うものは現世では必要だが、この修行の場には取り立てて必要がないと教えてくれたのは父だった。修業とは誰かに囚われるものではない。
「今日で十一人目ですよね?」
髭面の男に尋ねる。髭面の男と言っても、三人全員が髭を蓄えているのだから、特定するのは難しいが、三人の中で一番髭の濃い男だ。
「そうです」
髭面の男が答えながら廊下の一番奥の扉を開く。そこには見慣れた光景があった。真っ白な天井。真っ白な壁。中央の大きなベッドで真っ白なシーツに包まれた全裸の男が二人。ベッドの上で果てたのか、倒れたままぴくりとも動かない男。そのぴくりとも動かない男に怯えるもう一人の男。
「大丈夫でしょうか? これがあなたの服になります」
散乱した白い装束を手繰り寄せ、怯える男に手渡す。
「どうして俺が死んでいるんだ?」
取り乱す男。
もしこの男が言う通り、目の前で自分が死んでいたら。だがそれは不毛な考えだ。
「あなたは誰ですか?」
「俺は宮下亮平だ」
取り乱す男が名乗る。
それが入神性交の後遺症だと知っていても、上手く伝える自信はない。
「確かにこの男は宮下亮平です。これで十一人目です。ですが、亮平さん。どうぞ今はこちらに袖を通して下さい。まずはこの部屋から出ないと」
「十一人目? 何がだ?」
「この男の処理は私達にお任せ下さい。どうかお部屋へご誘導を」
髭面の男が放った処理という言葉を耳にした、亮平の顔色が一層悪くなった。そんな亮平に微かな笑みを向けると、ようやく自分が全裸で下半身まで晒している事に気付いたのか、素早くシーツを手繰り寄せている。
「まずはお部屋に戻りましょう。その後、温かい物をお持ちします。お腹を満たしてゆっくり休んで下さい」
装束と言っても着せるのは簡単だった。中央の穴に首さえ通せば後は立たせるだけだ。
「俺は何を?」
下半身に触れる装束の湿った布に違和感を覚えている事は分かる。
だがここで入神性交の説明をする時間など与えられないだろう。髭面の男が早く行けと言わんばかりに、その手を扉へと大きく振る。後でルーミーに何か好からぬ事を報告される訳にもいかない。亮平の手を引き素早く薄暗い廊下へと出る。
——亮平の部屋は何処だっただろう?
ふと一歩踏み出した廊下で立ち止まった時。
「南の一号室です」
髭面の男の声が飛んできた。
何も覚えていないと言う亮平のその顔に力は見えない。父が生きていればお前に見極める力がないのだと、叱咤されるかもしれないが、もしこの亮平の力が本物であれば世界を変える事が出来るのかもしれない。
いや、可能だ——。
変える事が出来る——。
亮平を部屋へ案内しすぐにキッチンへ向かう。
まずは食事の支度だ。バットに残された唐揚げに、電子レンジで温め直すべきか、油で揚げ直すべきか悩みはしたが、その答えは冷蔵庫の中に簡単に見つける事が出来た。調理係が亮平のために残した物かどうか定かではないが、まだ揚げていない衣を塗しただけの鶏肉があった。
皿に盛ったレタスにドレッシングをかけ、揚げたばかりの唐揚げをその上に盛る。ご飯と味噌汁の椀をトレイに載せれば後は急いで戻るだけだ。
——温かい物を。
そう言った自分の言葉を思い出し、急ぐ以上の速足で亮平の部屋へと戻る。
「失礼します」
返事を待たずに開けた扉の向こう、股間へと手を伸ばす亮平の姿があった。
「お食事をお持ち致しました」
机の上にトレイを載せる。ベッドと机が一台ずつ。シンプルな部屋だが個室であるだけまだマシだ。
「……お前は?」
「あっ、すみません。高幡です。高幡颯斗。お食事をお持ち致しました。ここに置いておきますね。それとお酒は飲まれますか? ワインならすぐにお持ちできますが」
「いや、飲まない。それで、高幡? 颯斗?」
「颯斗って呼んで下さい。歳も近そうだし。それで、何てお呼びすればいいですか?」
「俺は、宮下。宮下亮平だ」
「亮平さんですね。分かりました。どうぞ冷めないうちに召し上がって下さい」
「いや、腹は減っていない」
折角、鶏肉まで揚げて、熱々のうちに運んできたのに。急ぐ必要なんてなかった。
「それで、颯斗だっけ?」
「はい。他に御用はありますか?」
「ああ。俺は誰だ?」
「えっ? 亮平さんですよね? 宮下亮平さん。今そう教えてくれたじゃないですか」
「ああ、そうだった。それじゃあ、ここは何処だ?」
「えっ? ここですか? ここは修行の場ですよ」
「修行の場?」
ここが修行の場だと言う事も忘れてしまったんだろうか。入神性交の後遺症である事は間違いないが、一番大事な事まで忘れてしまえるなんて。本当に力を持っているんだろうか。思わず目を見開いて亮平を凝視する。
「亮平さんも、ずっとここにいますよね?」
「えっ? そうなのか? 俺もずっとここにいるのか?」
亮平は本当に全てを忘れているようだった。答えを一つ絞り出すにつれその表情が混乱に歪んでいく。自分が誰かさえ覚えていないのに、ここが修行の場であるなんて事は、真っ先に忘れられて当然なのかもしれない。
「その修行って何だ? 何を修行するんだ?」
「亮平さんは本当に何も覚えていないんですね」
入神性交の後遺症なんて正直分かるものではない。まだ入神性交すら経験がないのに。ただ一つ言える事はその力を見せつけられ、やっかむ気持ちが膨らんだだけだ。
「ここはジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュの宿泊所です」
「ジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュ? 宿泊所?」
「そうです。亮平さんはいいですよね。こんな個室で。私なんか二段ベッドが並べられた大部屋だから、八人が一緒ですよ」
「そうか、でも、それはいい。それよりジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュって?」
軽く流された事にやっかみが増幅する。
「えっ? そんな事も覚えていないんですか? んんー、何処から何を話せばいいんでしょうか?」
「何も分からないんだ。だから知っている事、全部教えてくれよ」
「私が知っている事って、それを全部話したら、すごい時間が掛かりますよ。私は真面目に勉強も修行もしていますから。あっ、上の人に怒られると怖いんで、今日はこれで失礼します」
「いや、待って」
「次、食事をお運びする時にゆっくりお話しますね。その時はちゃんと上の人の了承を取ってきますから」
バタンと扉を閉める。
その理由は分からないが亮平を前にすると少しずつ鼓動が高くなっていく。早鐘のように打ち始めた鼓動に扉を閉める事しか出来なかった。やはり亮平はルーミーに相応しい力を持っているのかもしれない。その力がこんなにも鼓動を早くしたのだろう。
——Be whirling. Whirling.
ルーミーの声に合わせ、ただ回り続ける。ここは修行の場だ。誰かに囚われる必要はない。ただ右手を天に左手を地に廻り続ければいい。ただ廻り続ければ。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
一瞬、遠ざかったはずの声がまた近くなる。今週も神には近付けなかったのか。どれだけ多くの書物を読みどれだけ多くの詩を唱えようとも、生まれ持った力には抗えないのだろうか。
——Be whirling. Whirling.
——Be whirling. Whirling.
まだ声は響き渡っていたが、誰かの手がふっと肩に伸びてくる。いや誰かではない。ルーミーの手だ。
耳元で響く、Be whirling. Whirling——。の声。その声にまだ回り続ける事が出来ると言う意識を持ちながらも、逆らう事は出来ない。
——自室に戻りなさい。
その手に込められた声に振り返る事は出来ない。ただ黙って自室に戻るだけだ。自室に戻ったところでまた呼ばれる事は分かっている。呼ばれると言っても、いつ呼ばれるかは分からない。どれだけの時間待たされるのかも分からず、眠る事も出来ない。それならば書庫でまだ手を付けていない書物を読み耽っていたいが、許されない事は知っている。金曜日の夜だ。
——セマー。
何を置いても優先しなければならない。
「高幡よ。参れ」
ドアの隙間にルーミーの声が聞こえたが、そこに姿はもうなかった。
「高幡様。それでは参りましょう」
廊下にはルーミーに代わり三人の男達が控えていた。男達の顔は勿論知っているが名前は知らない。だが尋ねもしなかった。名前と言うものは現世では必要だが、この修行の場には取り立てて必要がないと教えてくれたのは父だった。修業とは誰かに囚われるものではない。
「今日で十一人目ですよね?」
髭面の男に尋ねる。髭面の男と言っても、三人全員が髭を蓄えているのだから、特定するのは難しいが、三人の中で一番髭の濃い男だ。
「そうです」
髭面の男が答えながら廊下の一番奥の扉を開く。そこには見慣れた光景があった。真っ白な天井。真っ白な壁。中央の大きなベッドで真っ白なシーツに包まれた全裸の男が二人。ベッドの上で果てたのか、倒れたままぴくりとも動かない男。そのぴくりとも動かない男に怯えるもう一人の男。
「大丈夫でしょうか? これがあなたの服になります」
散乱した白い装束を手繰り寄せ、怯える男に手渡す。
「どうして俺が死んでいるんだ?」
取り乱す男。
もしこの男が言う通り、目の前で自分が死んでいたら。だがそれは不毛な考えだ。
「あなたは誰ですか?」
「俺は宮下亮平だ」
取り乱す男が名乗る。
それが入神性交の後遺症だと知っていても、上手く伝える自信はない。
「確かにこの男は宮下亮平です。これで十一人目です。ですが、亮平さん。どうぞ今はこちらに袖を通して下さい。まずはこの部屋から出ないと」
「十一人目? 何がだ?」
「この男の処理は私達にお任せ下さい。どうかお部屋へご誘導を」
髭面の男が放った処理という言葉を耳にした、亮平の顔色が一層悪くなった。そんな亮平に微かな笑みを向けると、ようやく自分が全裸で下半身まで晒している事に気付いたのか、素早くシーツを手繰り寄せている。
「まずはお部屋に戻りましょう。その後、温かい物をお持ちします。お腹を満たしてゆっくり休んで下さい」
装束と言っても着せるのは簡単だった。中央の穴に首さえ通せば後は立たせるだけだ。
「俺は何を?」
下半身に触れる装束の湿った布に違和感を覚えている事は分かる。
だがここで入神性交の説明をする時間など与えられないだろう。髭面の男が早く行けと言わんばかりに、その手を扉へと大きく振る。後でルーミーに何か好からぬ事を報告される訳にもいかない。亮平の手を引き素早く薄暗い廊下へと出る。
——亮平の部屋は何処だっただろう?
ふと一歩踏み出した廊下で立ち止まった時。
「南の一号室です」
髭面の男の声が飛んできた。
何も覚えていないと言う亮平のその顔に力は見えない。父が生きていればお前に見極める力がないのだと、叱咤されるかもしれないが、もしこの亮平の力が本物であれば世界を変える事が出来るのかもしれない。
いや、可能だ——。
変える事が出来る——。
亮平を部屋へ案内しすぐにキッチンへ向かう。
まずは食事の支度だ。バットに残された唐揚げに、電子レンジで温め直すべきか、油で揚げ直すべきか悩みはしたが、その答えは冷蔵庫の中に簡単に見つける事が出来た。調理係が亮平のために残した物かどうか定かではないが、まだ揚げていない衣を塗しただけの鶏肉があった。
皿に盛ったレタスにドレッシングをかけ、揚げたばかりの唐揚げをその上に盛る。ご飯と味噌汁の椀をトレイに載せれば後は急いで戻るだけだ。
——温かい物を。
そう言った自分の言葉を思い出し、急ぐ以上の速足で亮平の部屋へと戻る。
「失礼します」
返事を待たずに開けた扉の向こう、股間へと手を伸ばす亮平の姿があった。
「お食事をお持ち致しました」
机の上にトレイを載せる。ベッドと机が一台ずつ。シンプルな部屋だが個室であるだけまだマシだ。
「……お前は?」
「あっ、すみません。高幡です。高幡颯斗。お食事をお持ち致しました。ここに置いておきますね。それとお酒は飲まれますか? ワインならすぐにお持ちできますが」
「いや、飲まない。それで、高幡? 颯斗?」
「颯斗って呼んで下さい。歳も近そうだし。それで、何てお呼びすればいいですか?」
「俺は、宮下。宮下亮平だ」
「亮平さんですね。分かりました。どうぞ冷めないうちに召し上がって下さい」
「いや、腹は減っていない」
折角、鶏肉まで揚げて、熱々のうちに運んできたのに。急ぐ必要なんてなかった。
「それで、颯斗だっけ?」
「はい。他に御用はありますか?」
「ああ。俺は誰だ?」
「えっ? 亮平さんですよね? 宮下亮平さん。今そう教えてくれたじゃないですか」
「ああ、そうだった。それじゃあ、ここは何処だ?」
「えっ? ここですか? ここは修行の場ですよ」
「修行の場?」
ここが修行の場だと言う事も忘れてしまったんだろうか。入神性交の後遺症である事は間違いないが、一番大事な事まで忘れてしまえるなんて。本当に力を持っているんだろうか。思わず目を見開いて亮平を凝視する。
「亮平さんも、ずっとここにいますよね?」
「えっ? そうなのか? 俺もずっとここにいるのか?」
亮平は本当に全てを忘れているようだった。答えを一つ絞り出すにつれその表情が混乱に歪んでいく。自分が誰かさえ覚えていないのに、ここが修行の場であるなんて事は、真っ先に忘れられて当然なのかもしれない。
「その修行って何だ? 何を修行するんだ?」
「亮平さんは本当に何も覚えていないんですね」
入神性交の後遺症なんて正直分かるものではない。まだ入神性交すら経験がないのに。ただ一つ言える事はその力を見せつけられ、やっかむ気持ちが膨らんだだけだ。
「ここはジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュの宿泊所です」
「ジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュ? 宿泊所?」
「そうです。亮平さんはいいですよね。こんな個室で。私なんか二段ベッドが並べられた大部屋だから、八人が一緒ですよ」
「そうか、でも、それはいい。それよりジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュって?」
軽く流された事にやっかみが増幅する。
「えっ? そんな事も覚えていないんですか? んんー、何処から何を話せばいいんでしょうか?」
「何も分からないんだ。だから知っている事、全部教えてくれよ」
「私が知っている事って、それを全部話したら、すごい時間が掛かりますよ。私は真面目に勉強も修行もしていますから。あっ、上の人に怒られると怖いんで、今日はこれで失礼します」
「いや、待って」
「次、食事をお運びする時にゆっくりお話しますね。その時はちゃんと上の人の了承を取ってきますから」
バタンと扉を閉める。
その理由は分からないが亮平を前にすると少しずつ鼓動が高くなっていく。早鐘のように打ち始めた鼓動に扉を閉める事しか出来なかった。やはり亮平はルーミーに相応しい力を持っているのかもしれない。その力がこんなにも鼓動を早くしたのだろう。
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