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Chapter 4 『友だちのうちはどこ?』

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——享だった。

 永井から送られた何枚もの画像。永井のスマホの待受けになっていた画像。そんな何枚かの画像を頭の中に浮かべ、いま目の前にある画像を並べてみても、同一人物である事は一目で分かる。

「まさか」

 言葉を失った永井に代わって口を開いたのは君生だった。その隣で驚嘆の声が漏れないようにと直樹は必死に口を押えている。

「どう言う事でしょうか? 二〇二一年十一月二十三日と言う日付をすぐに指差されたので驚きましたが。まさか、河野さん殺害のあの事件に高幡が関わっているとでも? だからこうして訪ねていらっしゃったんですか? 申し上げた通り金曜日はセマーの日です。高幡は私とずっと一緒におりました」

 蔵前の穏やかだった口調が一変した。明らかに怒りを含んでいる声。ルーミーである高幡を擁護するのは自分だと言う強い意志が見える。だが蔵前の発想は間違った方へ向いている。こんなふうに押し掛けた事で誤解を持たせてしまった。

「いえ、違うんです」

 何から誤解を解けばいいのかと一拍置いた時。それ以上明確な回答はないだろうと思える一言が永井の口から漏れた。

「息子です」

 口を押えたままの直樹の横で君生が頭を抱え込む。突き付けられた事実に永井への労いも蔵前への言い訳も何一つ見つけられないのだろう。だがそれは君生だけではない。永井の肩にそっと手を置いてみたが、何一つ掛ける言葉は見つからない。

「高幡の現世でのお父様だと言う事ですか? ですが、高幡は現世を断ち切り今はこのワーリン・ダーヴィッシュにおります。お気持ちはお察し致しますが、今はどうする事も出来ません。今の高幡は現世での記憶を持ち合わせておりません。それにもし今お会いになってもお互いが傷付くだけだと思います。少し私に時間を頂けませんか? 高幡の記憶障害が回復に向かうまでどうかお願いします」

 永井が息子である享を求めているように、蔵前もルーミーである高幡を求めている事。それにそんな高幡の事を第一に考えている事は十二分に伝わる。

「永井さん。とりあえず享君の居場所は分かったんだ。少し待ちましょうよ。記憶に障害を持ったままの享君に会っても永井さんが辛くなるだけです」

「お願いします」

 蔵前の声は懇願し続けた永井のものと同じ色だった。肩に置いた手を滑らせ永井の背中を二度叩く。本当に永井の気持ちに寄り添うのなら、どんな言葉を発すればいいのか、その答えはまだ見つけられない。

「永井さん。とりあえず良かったじゃないですか。例え記憶障害であろうがここに享さんがいるって分かったんだし。変な言い方ですけど、死んでいなかったんです。生きていたんです。永井さんの中にもそんな不安が少しはあったと思いますよ。でもそんな不安は拭えたんだから、とりあえず良かったですよ」

 君生の言葉は的を得ているようにも思えた。ただそれは刑事と言う職業の人間の言葉であって、永井に寄り添えたものかどうかは疑問が残る。そんな中、直樹は黙ったままだ。チューリップを挟んで仲良く撮影会をしていたとは言え、今日初めて会った人間だ。最初は同じように衝撃を受けた顔をしていたが、誰よりも早く落ち着きを取り戻している。そんな直樹が回り込んだ蔵前の後ろで何度もノート型パソコンの画面を指差す。

「何だ? どうしたんだ?」

 永井とのやり取りの中、蔵前はいつの間にか享の画像を閉じていた。永井享だった高幡颯斗を目に納め続ける事に苦痛を感じたのか、その意図は分からないが、画面は日付の羅列へと戻っていた。そんな日付の羅列を指差したまま、直樹が甲高い声を上げる。とんでもない物を見つけてしまった時に出るあの声だ。

「だって、二〇〇五年の二月十四日が!」

 その日付に思い出す物は君生がコピーして持ち帰って来たあの記録だ。

「前ルーミーの前城です。二〇〇五年二月十四日。その日は前城にとって、現世での最後の日でした」

「と、言う事はこれが前城の写真なんですね。お願いします。見せて下さい」

 ホモ狩りの主犯格。前城に持つイメージなんてただそれだけだ。鳴子の店で働いていたと聞かされても、ホモ狩りと言う言葉の破壊力には及ばなかった。

「あいつらの話は本当だったんだな」

 もう享の事は決着したのだろうか。いやそんな簡単に蹴りが着くはずはない。だが永井だって刑事だ。一瞬にして刑事のものに戻った目。その目を気にしながらも、蔵前が何も言わずクリックした画像が開くのを待つ。

 その時——。

 衝撃と言うものにも度合いがある事を初めて知った。確かに享の画像が映し出された時、途轍もない衝撃を受けたが、永井の言動から少なからず予測出来た事だった。身構えていた分、受け止めた衝撃の数パーセントは和らげる事が出来たはずだ。それなのにたったの一パーセントも緩和されず、ストレートに受けたパンチの威力は計り知れない。脳がぐらつく。そんな不安定な脳に描かれるのは、夕焼けの海を背にした二人の若い男の写真だ。

——成田和弥。

 十七年前の失踪事件。確実な手掛かりを何一つ掴めないまま、依頼人への報告も怠っていた。そんな成田和弥が降って湧いたように目の前に現れたのだ。だがどうして前城一樹なんだ? 今野、高橋、河野の殺害事件。前城には何らかの関係はあると睨んではいたが、どうしてその前城一樹が成田和弥となって現れるんだ?

「この方が先日亡くなられた、前城一樹氏なんですね」

「ええ、そうですよ。現世での最後の写真なのでかなり若い時ではありますが」

「死因は何だったんですか?」

 君生は既に消化できたのだろうか。突然降って湧いてきた成田和弥だ。その成田の死因を気にする事が出来るなんて。いやそんなに簡単に消化できるはずはない。いま口にしたその声も少なからず震えていたじゃないか。

「死因ですか? 表向きは急性心臓死です。去年の秋、心筋梗塞で倒れ、一度は持ち直したんですが」

「表向きは?」

 何気ない一言だったのかもしれないが、その一言がやけに気になる。

「その様に公表していると言う事です」

「では実際のところ死因は別に?」

「死因と言うものは科学的な根拠ですよね? 私共には科学的に証明できない事も多々ありますので」

 毅然とした蔵前の態度に表向きの死因を丸呑みするしか出来ない。

——君生は?

 自身が投げた質問のその答えに納得がいったのだろうか? 蔵前を逆撫でするような発言をしなければいいが。ふと見やった君生にそんな心配は余計だと教えられるが、また別の切り口で蔵前を逆撫でし始める。

「蔵前さんにはこれから色々とご協力頂く事になると思います」

「どう言う事でしょうか? 警察からの要請でしたら、もちろん協力はさせて頂きます。ですが何度も申し上げていますが、私共にも規定と言うものがあります。その規定に反してまでの協力は致しかねます」

 前城一樹が成田和弥だった事に君生も何かを確信したのだろう。十七年前の失踪事件には確かにこのワーリン・ダーヴィッシュと言う団体が絡んでいた。そうであれば連続殺人にも大きく関わっていると。ただ関わっているだけではなく、ここに真実があると嗅覚に教えられたのかもしれない。

 十七年前、小峰遼と成田和弥は、新宿二丁目でホモ狩りに遭い逃走した。その逃走の途中、小峰は靖国通りに架かる歩道橋から転落死した。そして一緒にいたはずの成田は歩道橋から忽然と姿を消した。そんな成田は十七年後、このワーリン・ダーヴィッシュの代表、前城一樹として死亡していた。

 小峰と成田を襲ったホモ狩り犯は四人。四人のうち三人は二週に渡り、新宿二丁目で死体となって発見された。死体となり発見された河野太一は、生前このワーリン・ダーヴィッシュの代表、前城に取材をしていた。河野太一と前城一樹は顔見知りであった。それは蔵前も証明するところだ。

——ホモ狩り犯。

 その四人のうちの二人なんだから、顔見知りで合って当然だ。違う。いま画像を見せられたじゃないか。前城一樹は成田和弥だった。それでは前城は? パーキングの防犯カメラに映らなかった前城はあの白装束の男達のバスに乗り込んだはずだ。

「二〇〇五年二月十四日。蔵前さん。他にこの日が現世での最後だった者の画像はありませんか?」

「ありませんが、それが何か?」

「どうして即答できるんですか。ここにこんなに日付が並んでいるじゃないですか」

「ありません。このファイルを今管理しているのは私です。ここにある物は私を含めた八十四名とルーミーであった前城と高幡のものだけです。肉体が滅びた時、現世に通ずるものを全て消滅させないと、私達は神に近付けないと考えています。それが私達の教えです」

「分かりました。それでは亡くなった者の写真は現世を消滅させるためにここにはないと言う事ですね」

「そうです」

「それでは何故、亡くなった前城の写真はあるのですか?」

「それは……」

 一瞬蔵前は言葉を詰まらせたが、すぐにその答えを提示した。

「ルーミーとなる者は現世を断ち切らなくても自らの力で神に近付けると言う事です」

——ルーミー。

 何て都合のいい言葉なんだ。その一言で全てがまかり通ってしまう。

「一つ聞いていいですか?」

 お口チャックにも限界がきたのか。直樹が身を乗り出す。君生や永井に比べれば、幾ら衝撃を受けたと言っても、一番に立ち直れる立場だ。事件の解決を急ぐ刑事でも、探し求めた息子に会えない父親でもない。もし俯瞰で見る事が出来ているなら、何かに気付けた可能性はある。

「こちらには蔵前さんとルーミーを含めた八十四人がいると仰っていましたよね? でもここにある写真は蔵前さん含めた八十四人と前城氏、高幡氏のものだって」

「ええ、そうですが」

「これカウントが八十六なんです。蔵前さんと高幡氏を含めた八十四人に前城氏で八十五人じゃないんですか?」

 確かにその不明な一人が前城一樹だとも考えられる。このまま直樹に任せておけば何かが分かるかもしれない。ふと浮かんだそんな妙案だったが、蔵前の説明にあっさりと蹴散らされる。

「私の説明不足でしたね。確かに私とルーミーである高幡を含め八十四人。それに前ルーミーであった前城とで八十五人です。ただ前城の前のルーミーだった高幡宗一郎を含めて八十六になります」

「高幡宗一郎氏? 初代ルーミーも高幡氏だったんですね」

「このジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュを創設したのが高幡宗一郎です」

 答えを得た直樹の顔は清々しいものだった。だがそんな直樹に向かう蔵前にも清々しさが窺える。更にその表情には自信も溢れている。高幡宗一郎と言う人物がどれ程偉大だったかを教えられるが、今は高幡まで遡る必要はない。何を置いても前城一樹だ。

「蔵前さん。どうして息子が今は高幡颯斗なんて名乗るようになったんですか? その高幡宗一郎って人と何か関係があるんですか?」

 切実な親の顔に戻った永井が真っ先に口を開く。永井には申し訳ないが、今はその答えよりも前城一樹だ。

「そうですよね。享さんが高幡颯斗になったり、成田和弥が前城一樹になったり。俺全然話についていけてないんですけど」

 君生の口がほんの少しだけ尖ったように見えた。いつもは可愛いとも思わないそんな表情だが今は愛おしくも思える。確かに君生の言う通りだ。享が高幡颯斗になり、成田が前城一樹になった理由は同じ所にある。

「蔵前さん、どうしてなんですか? 蔵前さんなら勿論ご存じですよね?」

「ええ、勿論。ですが私共の教えの話になります。そんなに簡単に理解頂けるとは思えませんので、お話したところで」

「お願いします。享の事なら何だって構わない。どんな話だって理解するよう努めます。いえ、理解します。なのでお願いします」

「そうですね。私はルーミーの記憶として、現世でのお父様だった永井さんにはお話しなければならない立場なのかもしれません」

 今日一日でどれだけ永井に助けられた事だろうか。永井がいなければ、享と成田和弥に辿り着く事はなかった。それに蔵前が語り出す事もなかっただろう。だがそんな蔵前の話にこれほど掻き乱されるとは思いもしなかった。

——ワーリン・ダーヴィッシュ。

 それはやはり不条理な世界なのかもしれない。逆を言えば彼らにとってはこの世界こそ不条理そのものなのだ。あの映画の少年の目を通した大人達の世界のように。





Chapter 4  『友だちのうちはどこ?』 終
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