【完結】White Whirling ~二丁目探偵物語~

かの翔吾

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Chapter 4 『友だちのうちはどこ?』

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 十五分で届いたデリバリーのバーガーを三分で平らげる必要なんてなかった。

「早く起きなさいよ!」

 十時三十分。そんな時間に店のドアを開けるのは、黒川オーナーくらいだが、朝っぱらの威勢のいい声は直樹だった。

「君ちゃんが連絡くれるから、いつでも出られる準備をして! ねえ、早く」

「準備? そんなもんいつでも出られるさ。それより朝飯だ」

 何を張り切っているのか、店に入ってくるなり仕切り始める直樹。そんな姿を横目にスマホを手に注文したバーガー。

「早く食べちゃってよ! 連絡入ったらすぐに出るからね」

 急かされながら喉奥に流し込んだバーガーとポテトだったが、君生からの連絡が入ったのは十二時を回ってからだった。胃に落ちてしまえば早く食べようが、ゆっくり食べようが同じだ。ただ十二時過ぎまでの一時間ちょっと、落ち着かない様子の直樹を見せられ続けるのは苦痛でもあった。

「それでどこだって?」

「代々木上原に来てって」

 騒々しいのは夜だけで充分だ。それを朝っぱらから付き合わされるこっちの身にもなれよ。出掛かった愚痴を飲み込み、紺色のマウンテンパーカーに袖を通す。余計な事を口にしてさらに騒がれでもしたら、それこそ朝っぱらから血圧を上げてしまう。

「タクシーでよかったんじゃないのか?」

 直樹の返事はない。

 黙って背中を追うと、新宿三丁目の駅から副都心線、更に千代田線へと乗り換え、代々木上原の駅に運ばれていた。

 この運ばれていたと言う表現は適格だ。地下鉄なんてもう何年も乗っていない。今なら一人で地下鉄に乗る事に一瞬は躊躇できる。それをただ直樹を追うだけで、新宿二丁目から代々木上原に来てしまったんだから。

「改札前でって言っていたのに。君ちゃんどこかしら?」

「すぐに来るだろ」

 暑くもなく寒くもない。天気だって上々じゃないか。降り立ったばかりの駅で慌てる必要はない。腹だってバーガーとポテトでまだ充分満たされている。

「だって君ちゃんの方が先に来ているはずだし」

「お前意外とせっかちなんだな」

「だって」直樹の声に被さり、「こっちです」と呼ぶ声が交差点の向こうから聞こえた。

 青い歩行者信号のすぐ横で手を上げる君生。

「ほらな。焦る事なんてないんだ」

 君生の手招きに向かい、歩行者信号の点滅に急いで横断歩道を渡る。

「それで、どっちだ?」

「何がですか?」

「何がじゃないだろ。日本旋舞教団だよ。お前、今こっちですって、手招きしたろ」

 君生からの電話で日本旋舞教団はこの代々木上原にある事は分かっていた。それだから久しぶりの地下鉄に文句の一つも言わず、ただ直樹の背中を追ってきたんじゃないか。

「それが。代々木上原だって事は間違いないんですが。詳しい住所が分からなくて」

「どう言う事だ。そんな教団なら、届出くらい出されているだろ?」

「勿論調べましたよ。でも宗教法人としての届出はなかったんです。日本旋舞教団なんて名前の団体なくて」

「それじゃあ、何で代々木上原だって分かったの?」

 今まさに口にしようとした疑問を直樹が口にする。

「それは河野の会社に問い合わせてみたんですよ。取材をしていた河野ならその所在を知っているだろうと思って。河野の同僚が代々木上原だと教えてくれたんですが、その同僚も住所までは知らなくて。でも、まあ来れば何とかなるだろうって」

 あっけらかんと答える君生はいつもの君生だ。ペアを組んでいた頃から向こう見ずな所はあったが、それは今も変わっていない。

「それで見つかったのか?」

「いえ、まだです。なんで秀三さんと直樹さんは、どこかでお茶でもして、待っていて下さい」

「何言っているのよ。あたし達も一緒に探すわ」

 君生のせっかくの提案を直樹が却下する。何の手掛かりもなく闇雲に探すのであれば、一人で探そうが三人で探そうが結果は同じだ。

「で、何処から探すんだ? そもそもどうやって探すって言うんだ」

「……そうですよね。そこにモスクがあるんです。東京モスク。日本旋舞教団もイスラムの集団だから、モスクの誰かが絶対知っているはずだって睨んだんですが」

「それで? 知っていたのか?」

「いいえ。一笑されました」

「後は?」

「クリーニング屋を三軒回りました。白いスカート。あんな白装束ならクリーニングに出すんじゃないかって思って」

「それも、撃沈か」

「はい、すみません」

「仕方ない。足で探すしかないだろう。白装束の男達の目撃情報がないか聞きながら、とりあえずくまなくこの代々木上原周辺を回るんだ」

 暑くもなく寒くもない上々の天気だ。散歩だと思えばいい。それで日本旋舞教団に繋がるなら上出来じゃないか。

「そうよね。代々木上原って言うんなら、住所で言えば上原か西原か大山町でしょ。回り切れない範囲じゃないわ」

「何だその自信は?」

「毎日毎日自転車で都内を回っているのよ。土地勘なら誰にも負けないから。山手通りまで行けばもう代々木八幡になるじゃない。それに西側だってすぐに東北沢だし。北側だってそうよ。すぐに幡ヶ谷だし。南も駒場キャンパスを越える事はないだろうし」

「お前の土地勘に賭けるしかないな」

「任せてよ」

 張り切る直樹と隣を行く君生に遅れ、その背中に続く。平日の住宅街にはそれほどの人影は見えない。目撃情報の聞き込みと言っても、三人目が出る幕はないだろう。

「上原で白いスカートの男を見掛けた事があるかもって今の人が」

 君生が得た目撃情報に井之頭通りを越える。道行く人に声を掛け始め、まだ十分と経っていない。案外早く日本旋舞教団に辿り着けるかもしれない。そんな考えがふと過ったが、そんなに甘くいかない事は刑事の頃に嫌と言う程教えられた。

「西原の方で何度か見た事があるって」

 直樹が得た目撃情報に井之頭通りを越える。いったいこれで何度目だろうか。井之頭通りを挟んで上原と西原を何度も行ったり来たりする。

「昔映画であったよな」

「そうなんですか?」

 張り切り続ける直樹に一歩遅れだした君生が足を止める。上原と西原を何度も行ったり来たりするこの行為に同じように疑問を持ち始めたのだろう。

「おい、直樹。ちょっと休まないか。少し戻った所に児童公園があったろ」

「そうね。あたしもちょっと喋り疲れたわ」

 歩き疲れたではなく喋り疲れたと言い放つ直樹に呆れそうになる。確かに刑事でも探偵でもない直樹に何を求める訳ではないが、ただ白装束の男達の目撃情報を尋ねるだけで、どれだけの言葉を連ねているのだろう。

「秀三さん。さっきの映画って何なんですか?」

 木陰になったベンチに君生と並んで腰掛ける。もう一つ離れた所にベンチはあるが、そのベンチは小学校にも上がっていないだろう子供達が輪を作る砂場の近くだ。だが君生と並んだベンチは大の男三人が並べる程の幅はない。

 一度は砂場近くのベンチに目を向けた直樹だったが、さすがに子供達の近くは気が引けるのだろう。黙ってウサギの形をしたバネ式の遊具に跨っている。そんな姿を見た方が子供達は驚くんじゃないのか。そう思いもしたがわざわざ口にする事でもない。

「ああ、随分と昔に観た映画をふと思い出したんだよ。もうタイトルすら覚えていないけど。間違って友達のノートを持って帰ってきた主人公が、主人公って言っても小学生の子供だけどな。その主人公が友達にノートを返すために、友達の家を一人で探すんだ。詳しい住所も分からないから、大人達に振り回されながら、自分の村と友達の村を行ったり来たりするんだよ。さっき井之頭通りで信号を待っている時にふと思い出してな」

「えっ、やだ。秀三ったら、それって、あたしと観た映画じゃない」

 ウサギの遊具に体を上下させながら、直樹が意味の分からない絡み方をする。

「何言ってんだ。お前と一緒に映画を観た記憶なんてないよ」

「やだ、忘れちゃったの? それか照れているの?」

「何をふざけているんだよ。それに何が照れているだ」

「何なんですか二人とも。もしかしてその映画、デートで観に行ったとか? だから秀三さん、昔話されて照れちゃったって事ですか?」

 普段の仕返しのつもりなのか、君生がにやにやと笑い不気味なほどの勝ち誇った顔を向けてくる。

「何がデートだ。それに何で俺が照れる必要がある?」

「そうよ。君ちゃん、おかしな誤解はやめてよ」

 おかしな誤解を招くような言い方を自らしておきながら、君生を否定する直樹。いったい何だって言うんだ。

「学校の視聴覚室よ。さっき秀三が話していたのは、授業の一環で観せられた映画の話だったわ。『友だちのうちはどこ?』って言う映画だったんだけど、さっきの秀三の話であたしも鮮明に思い出したわ。あたし達の青春の一ページね」

「俺は何となく思い出しただけだ。頼むからそれ以上深掘りするな」

 ふと思い出した事を口にしただけだ。普段から無駄話をする直樹とは違う。くだらない話はくだらない話であり、何かの成果をもたらす訳でもない。

「タイトルを聞いても俺は知らなかったです」

 くだらない映画の話はもう終わりだ。君生の声にも反応はせず、児童公園から路地を挟んだ向かいの邸宅をただ眺める。やけに高い壁に囲まれた敷地の中に、真っ白な屋敷の屋根が見える。その規模を目にし金持ちと言う奴は際限なく金持ちなんだろうと、無意識の溜息が漏れる。

「イランの映画だしね。派手な映画じゃないし、君ちゃんが知らなくても当然よ。随分昔の映画だし。あたしや秀三だって学校で観せられなかったら、一生観る事のなかった映画だと思うわ」

「イランですか。何処にある国かもさっぱり分からないです」

「ああ。イラクとアフガニスタンの間よ。あたしも仕事で一回行った事があるだけだから、詳しくは説明できないけど」

「さすが直樹さん。そのイランにも行った事があるんですね」

「一回だけよ。でもあんな国、あたしはもう二度と行かない」

「どうしてですか? やけに毛嫌いしますね」

「だってあの国では同性愛者は死刑なのよ。ゲイってだけで殺されるって、どう言う事なのよ。君ちゃんは大丈夫だけど、あたしや秀三があの国に産まれていたら、即刻死刑よ」

 真っ昼間の住宅街で、しかも近くに子供達がいるのに、物騒な言葉を口にするな。そうとがめたかったが、君生はそんな物騒な言葉にも関心を示している。

「同性愛者は死刑って酷いですね。やっぱり宗教的な話ですか?」

「同じイスラムでも色々あるのよ。イランって国はシーア派で、他にスンニ派があるんだけど。そのシーア派があたし達同性愛者に対して、特に厳しいんだと思うわ」

「くだらない話は終わりだ。そろそろ再開するぞ」

 いつまでも直樹の話に付き合っている訳にもいかない。徐に立ち上がり二人を促す。だがその立ち上がった視界に正面の屋敷の二階部分だろう窓が飛び込んできた。座っていた時には屋根しか見えなかったが、立ち上がった事で角度が変わったのだろう。幾何学模様に彫刻された木枠。青、緑、赤。木枠に填め込まれた色とりどりのガラス。視界に入ったのは飾り窓だ。

 金持ちと言う奴は窓一つにも金を掛けるようだ。ふとそんな考えが浮かびもしたが、記憶の奥の何かが否定する。

——何だ?

 ああ、さっきの映画か。そんな鮮明に残っているはずもない映画のシーンが、こびり付いた記憶の奥からがされていくようだった。

「おい、直樹。さっきの映画覚えているか? 映画の中に色ガラスの飾り窓が出てこなかったか?」

「えっ? 『友だちのうちはどこ?』に飾り窓?」

 ほんの少しだけ悩む表情を見せた直樹だったが、その答えを簡単に絞り出した。

「ああ、あの主人公の男の子が村で出会ったおじいさん。確か扉や窓の職人で自分で作った窓を男の子に見せてあげていたわね」

「あんな窓だよな」

 指差した屋敷の窓に直樹と君生が顔を向ける。

「変わった窓ですね」

 君生の反応が当たり前だと思えたが、直樹の反応は真逆だった。

「よくあるじゃない。イスラムの国に行ったらあんな窓ばっかりよ」

「やっぱりイスラムなのか?」

 白装束の男達の情報を集めなくても、簡単に手掛かりを掴む事が出来たんじゃないだろうか? 何故かそんな自信が生まれる。この目の前の屋敷はただの金持ちの住居ではなく、何かしらの形でイスラムと関りを持っている事は間違いない。目の前の飾り窓がそれを物語っている。あわよくば日本旋舞教団に辿れるかも。
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