地獄までいっしょ

求めてない

「っ…」

今になってみれば、鮫島という名字でどうして気づかなかったのか。


だがまさか、この学校で誰よりも野暮ったかったこいつと、ここら一帯を仕切っている一般人でもそれなりに名前くらいは知っているヤクザが結びつくはずがない。


俺は唾を飲み込んだ。


…正直高卒という肩書がなくなるのは痛いが、背に腹は代えられない。ヤクザが身元隠してたにしろ、いじめられてましたなんて洒落にならない。


仕方ねえからこの場では謝るふりして、帰ったら速攻で町を出てやるよ。

ヤクザの嫁だかなんだか知らねえが、要は鉄砲玉か雑用で死ぬまでこき使われんだろうし、んなの底辺生活してた方がまだマシだろ。


「…あ゛ー、…殴れば？俺のこと。金も明日返す。」


だから、見逃してくんねえ？と思ってもない謝罪をしようと喉まででかかった声は、鮫島が俺の前に突き出した１枚の紙を前に泡のようにして消えた。


「あのさ、謝罪もいらないし金も要らない。俺と結婚してよ。」
「…は、」

そこにあったのは、鮫島の名前と印鑑が押された婚姻届け。

それをはっきりと認識した瞬間、頭に一気に血が上り考える間もなくやつに暴言を浴びせていた。

「てめぇ、馬鹿にするのも大概にしろよ、ふざけんな！くそきめえんだよ、しね！！」

罵倒されているのに奴の表情は変わらない。それどころかどこか嬉しげな笑みを浮かべ、そして唐突に、何かを思い出したとでも言わんばかりに手をたたいた。