暁のミッドウェー

三笠 陣

文字の大きさ
上 下
94 / 105

94 ワシントン落伍

しおりを挟む
 敵ナガト・クラスへ命中弾を出した喜びも醒めやらぬ内に、ワシントンには四度目の衝撃が訪れていた。

「ダメージ・リポート!」

 デイビス艦長の声には、焦燥だけではない硬いものが混じっていた。
 合衆国海軍の新鋭戦艦たるワシントンが、旧式のナガト・クラスによって確実に打撃をこうむっている。その現実に、半ば恐れに近いものを感じていたのだ。

「中央部に被弾! 第一機関室、応答ありません!」

 そして、その報告はデイビスにさらなる衝撃を与えるものであった。

「馬鹿な! そこはヴァイタルパートだぞ!」

 軍縮条約による設計変更に翻弄されたノースカロライナ級であるが、機関部の装甲だけは敵十六インチ砲弾にも確実に耐えられるだけの厚みを誇っていた。
 ノースカロライナ級は第一主砲塔から第三主砲塔までを主要防御区画としており、十五度の傾斜を付けた舷側装甲(垂直装甲)は最大三二四ミリの厚さを誇り、さらにその内側にある機関部には十九ミリから十六ミリの装甲が施されていた。
 しかし、長門型の搭載する四十五口径三年式四十一センチ砲は、距離二万メートルにて垂直装甲に対して四五四ミリという貫通力を誇る。
 砲戦距離一万八〇〇〇メートルでは、ノースカロライナ級は長門型の主砲によって主要防御区画の装甲を容易に撃ち抜かれてしまうのである。
 この時、陸奥の放った九一式徹甲弾の内、一発がワシントンの垂直装甲を貫通、そのまま機関部を覆う十九ミリの装甲をも突き破ってその信管を作動させたのであった。
 ノースカロライナ級の機関部は汽缶二基と主機一基で一つの区画を構成し、汽缶と主機の位置を交互に入れ替えるシフト配置となっていた。
 そのために被害は一区画のみに抑えられたが、機関の四分の一を失ってしまったのである。
 先ほどの被弾によって第一主砲塔が使用不能となったこともあり、ワシントンは確実に戦艦としての能力を低下させつつあった。
 命中弾が出れば、逆転も可能。
 そう思っていたデイビスの考えとは裏腹に、新鋭戦艦たるワシントンは旧式のナガト・クラスに圧倒されつつあったのである。
 彼の衝撃は、次なる互いの斉射によってさらに大きくなった。
 ワシントンの放った第七射は、陸奥に対して二発の命中弾を得た。
 一発は陸奥の飛行甲板に命中し、そこにあったカタパルトなどを吹き飛ばして水平装甲を貫通、その下にある士官室や主計科事務室などを完全に破壊するもそれ以上の被害をもたらすことは出来なかった。
 大改装の際、機関部に張り巡らされた一〇〇ミリの装甲が、艦内深部への被害を食い止めたのである。
 もう一発は第三砲塔を直撃したが、青白い火花を散らしながら弾かれてしまった。
 長門型の主砲塔の装甲は、最大で五〇〇ミリの厚さを持っている。対してSHSの二万ヤードでの貫通力は、四四八ミリ。
 この距離で、ワシントンは陸奥の砲塔を完全に破壊することは出来なかったのである。
 しかし、被弾の衝撃で陸奥の第三砲塔は仰俯角装置が故障、これにより射撃が不可能となってしまった。
 一方、ワシントンに命中した陸奥の九一式徹甲弾は三発。そしてその被害は、陸奥以上のものだった。
 一発は艦首部の錨鎖庫を直撃。非装甲区画であったそこを、隔壁を突き破りながら反対舷まで貫通して水柱を立てた。そして、両舷に空いた破孔から海水の浸入が始まったのである。これにより、ワシントンは前のめりになるような形で傾斜を深めていく。
 二発目は第一砲塔と第二砲塔の中間に命中、最大で九五ミリの装甲が施された弾薬庫までは貫通出来なかったものの、弾薬庫付近にて火災を発生させることに成功。
 加熱された弾薬庫が誘爆することを恐れたデイビス艦長は、ただちに第一、第二砲塔弾薬庫に注水を命じた。
 これにより、バーベットの歪みによって使用不能となっていた第一砲塔に続き、ワシントンは第二砲塔まで失うこととなったのである。
 そしてワシントンは艦首への浸水によって艦のトリムが狂ってしまったため、一時的に射撃が不可能となってしまった。艦後部への注水によって傾斜を復旧するまで、彼女は沈黙することを余儀なくされたのである。

「リー提督!」

 デイビスは艦内電話で戦艦戦隊司令官に呼びかけた。

「ノースカロライナに目標をナガトに変更するよう命じて下さい! このままでは本艦は―――」

 その刹那、陸奥の第十三射がワシントンに降り注いだ。
 第三砲塔を失い、六門となった陸奥の四十一センチ砲が放った九一式徹甲弾は、二発がワシントンへの直撃弾となった。
 一発はすでに使用不能となっていた第二砲塔に命中し四〇六ミリの装甲を貫通、砲塔内で爆発し、砲塔長を始めとする砲塔員を全滅させた。
 ただし、すでに弾薬庫には注水され、また砲塔内は防焔・防爆対策がなされているので、九一式徹甲弾の爆発が弾薬庫にまで伝わることはなかった。
 そして、もう一発の砲弾は再び中央部の装甲を貫通、第三機関室を徹底的に破壊した。
四つの機関区画の内、二つが破壊されたワシントンは、艦首からの浸水の影響もあって吊光弾の光の下、急速に速力を低下させつつあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...