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84 リー少将の闘志
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「アストリア、航行不能の模様! スミス少将との通信途絶!」
「巡洋艦部隊の指揮はキンケード少将が継承せる模様! 現在、ジャップ水雷戦隊と交戦中!」
戦艦ワシントン艦橋には、前方を進む駆逐戦隊、巡洋艦戦隊を襲った悲劇についての報告が寄せられていた。
駆逐戦隊司令官のアーリー大佐、巡洋艦戦隊のスミス少将が指揮を執れなくなった今、ニューオーリンズ座乗のトーマス・C・キンケード少将が指揮を継承するより他になかった。
「キンケード少将にはジャップ水雷戦隊の阻止に全力を尽くすよう、命じたまえ」
司令塔で、リー少将は冷静に命じた。
残念ながら、夜戦の技量ではレーダーを装備していようとも未だジャップの方が上であるようだ。高速で駆逐艦や巡洋艦が駆け回る水雷戦に、こちら側の指揮官が対応出来ていないのであろう。
しかし、それでも火力というものはどのような状況下でも小細工を一蹴出来る力を持つ。
アストリアが戦闘不能に陥ったとはいえ、未だ五隻の重巡が健在なのである。その八インチ砲は、ナガラ・クラスと思しき艦を先頭にしているというジャップ水雷戦隊を圧倒出来るだろう。
海戦開始直後の混乱を収拾出来れば、まだ十分に勝機はあるとリーは考えていた。
「レーダー室、ジャップ大型艦の反応を捉えているか?」
「こちらレーダー室。ジャップ水雷戦隊後方に大型艦と思しき反応七。現在、本艦との距離四万ヤード(約三万六〇〇〇メートル)」
ノースカロライナ級戦艦の搭載する四十五口径Mk.6十六インチ砲の最大射程は、三万三七〇〇メートル。未だ、ジャップ大型艦を射程圏内に捉えるには至っていなかった。
「大型艦七、か。気になるところだな」
レーダー室からの報告を共に聞いていたスプルーアンス少将が呟く。
「コンゴウ・クラスが最大で四隻として、残りは何だと思う?」
「恐らく、ジャップ機動部隊の護衛についていたトネ・クラスでしょう」リー少将はそう分析していた。「ジャップの重巡は魚雷を搭載しているのが厄介ですが、後衛駆逐戦隊に任せるより他にないでしょう。ワシントンとノースカロライナは、ジャップ戦艦との砲戦に集中させるつもりです」
「現在、艦隊の指揮権は貴官にある。貴官の思うように指揮すれば良かろう」
「そうですな」
未だ、ワシントンとノースカロライナの主砲は沈黙を続けている。巡洋艦戦隊を援護するために続けられている星弾射撃が、わずかな振動を司令塔に伝えていた。
こちらに向かってくるジャップ水雷戦隊はおらず、ワシントン、ノースカロライナ、そして後衛の四隻の駆逐艦は、キンケード少将の巡洋艦部隊がジャップ水雷戦隊を防いでいる間に前進を続けている。
ワシントンのレーダーが異変を捉えたのは、その数分後のことであった。
「ジャップ大型艦の反応に変化あり! 面舵に転舵した模様! 本艦の針路を抑えようとしています!」
「ジャップは四〇年前のトーゴーの真似事をする気か」
鼻で嗤うように、リーはレーダー室からの報告に応じた。
敵前で大回頭し、こちらの針路を塞いでT字を描く。まさしく、四〇年前にツシマ沖でトーゴーの艦隊が行った戦術であった。
だが、自分はロジェトヴェンスキーではない。むざむざ、ジャップにT字を描かせはしない。
「こちらは取り舵に転舵! 右同航砲戦用意!」
「アイ・サー! 取り舵に転舵! 右同航砲戦用意!」
リーの命令を受けたデイビス艦長が取り舵を命じ、面舵に転舵したジャップ艦隊に対して同航砲戦を挑むような航跡を描いていく。
おそらく、ジャップの艦隊機動はこちらに対してT字を描こうとする以外に、こちらの針路を妨害してその後方の空母に向かわせないようにする意図も含まれているのだろう。
「レーダー室! 現在の距離は!?」
「およそ三万ヤード(二万七〇〇〇メートル)!」
主砲射程内に捉えはしたが、まだ遠距離である。
夜間ということもあり、光学照準の精度を高めるためにも(レーダーと違い、測距儀は距離に比例して誤差が大きくなる)、砲戦は二万ヤード(約一万八〇〇〇メートル)を切った辺りから行うべきだろう。
「艦長、このままジャップとの距離を詰める! 砲戦距離は二万ヤードだ!」
「アイ・サー!」
「巡洋艦部隊の指揮はキンケード少将が継承せる模様! 現在、ジャップ水雷戦隊と交戦中!」
戦艦ワシントン艦橋には、前方を進む駆逐戦隊、巡洋艦戦隊を襲った悲劇についての報告が寄せられていた。
駆逐戦隊司令官のアーリー大佐、巡洋艦戦隊のスミス少将が指揮を執れなくなった今、ニューオーリンズ座乗のトーマス・C・キンケード少将が指揮を継承するより他になかった。
「キンケード少将にはジャップ水雷戦隊の阻止に全力を尽くすよう、命じたまえ」
司令塔で、リー少将は冷静に命じた。
残念ながら、夜戦の技量ではレーダーを装備していようとも未だジャップの方が上であるようだ。高速で駆逐艦や巡洋艦が駆け回る水雷戦に、こちら側の指揮官が対応出来ていないのであろう。
しかし、それでも火力というものはどのような状況下でも小細工を一蹴出来る力を持つ。
アストリアが戦闘不能に陥ったとはいえ、未だ五隻の重巡が健在なのである。その八インチ砲は、ナガラ・クラスと思しき艦を先頭にしているというジャップ水雷戦隊を圧倒出来るだろう。
海戦開始直後の混乱を収拾出来れば、まだ十分に勝機はあるとリーは考えていた。
「レーダー室、ジャップ大型艦の反応を捉えているか?」
「こちらレーダー室。ジャップ水雷戦隊後方に大型艦と思しき反応七。現在、本艦との距離四万ヤード(約三万六〇〇〇メートル)」
ノースカロライナ級戦艦の搭載する四十五口径Mk.6十六インチ砲の最大射程は、三万三七〇〇メートル。未だ、ジャップ大型艦を射程圏内に捉えるには至っていなかった。
「大型艦七、か。気になるところだな」
レーダー室からの報告を共に聞いていたスプルーアンス少将が呟く。
「コンゴウ・クラスが最大で四隻として、残りは何だと思う?」
「恐らく、ジャップ機動部隊の護衛についていたトネ・クラスでしょう」リー少将はそう分析していた。「ジャップの重巡は魚雷を搭載しているのが厄介ですが、後衛駆逐戦隊に任せるより他にないでしょう。ワシントンとノースカロライナは、ジャップ戦艦との砲戦に集中させるつもりです」
「現在、艦隊の指揮権は貴官にある。貴官の思うように指揮すれば良かろう」
「そうですな」
未だ、ワシントンとノースカロライナの主砲は沈黙を続けている。巡洋艦戦隊を援護するために続けられている星弾射撃が、わずかな振動を司令塔に伝えていた。
こちらに向かってくるジャップ水雷戦隊はおらず、ワシントン、ノースカロライナ、そして後衛の四隻の駆逐艦は、キンケード少将の巡洋艦部隊がジャップ水雷戦隊を防いでいる間に前進を続けている。
ワシントンのレーダーが異変を捉えたのは、その数分後のことであった。
「ジャップ大型艦の反応に変化あり! 面舵に転舵した模様! 本艦の針路を抑えようとしています!」
「ジャップは四〇年前のトーゴーの真似事をする気か」
鼻で嗤うように、リーはレーダー室からの報告に応じた。
敵前で大回頭し、こちらの針路を塞いでT字を描く。まさしく、四〇年前にツシマ沖でトーゴーの艦隊が行った戦術であった。
だが、自分はロジェトヴェンスキーではない。むざむざ、ジャップにT字を描かせはしない。
「こちらは取り舵に転舵! 右同航砲戦用意!」
「アイ・サー! 取り舵に転舵! 右同航砲戦用意!」
リーの命令を受けたデイビス艦長が取り舵を命じ、面舵に転舵したジャップ艦隊に対して同航砲戦を挑むような航跡を描いていく。
おそらく、ジャップの艦隊機動はこちらに対してT字を描こうとする以外に、こちらの針路を妨害してその後方の空母に向かわせないようにする意図も含まれているのだろう。
「レーダー室! 現在の距離は!?」
「およそ三万ヤード(二万七〇〇〇メートル)!」
主砲射程内に捉えはしたが、まだ遠距離である。
夜間ということもあり、光学照準の精度を高めるためにも(レーダーと違い、測距儀は距離に比例して誤差が大きくなる)、砲戦は二万ヤード(約一万八〇〇〇メートル)を切った辺りから行うべきだろう。
「艦長、このままジャップとの距離を詰める! 砲戦距離は二万ヤードだ!」
「アイ・サー!」
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