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80 夕立突撃
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それは、唐突に起こった。
突然、艦隊の先頭を行く駆逐艦フェルプスの周囲に、水柱が発生したのである。
「本艦、射撃を受けています!」
「どこからだ!?」
先ほどまで、フェルプス以下の駆逐戦隊は後方の巡洋艦戦隊と共に、ジャップの前衛駆逐艦に対する射撃を行っていた。
その敵艦は煙幕を張ってすでに遁走している。この射撃は、別の敵艦からのものに違いない。
だが、見張り員が敵艦を発見するよりも、フェルプスの船体に衝撃が走る方が早かった。
轟音と共に、艦橋の床が跳ねる。アーリー司令官以下の艦橋要員が引き倒され、計器類に体を打ち付けて呻き声を上げる。
「ダメージ・リポート!」
いち早く立ち直った艦長が、そう叫んだ。
わずか一度の修正で、ジャップはこちらに命中弾を叩き込んできた。艦長の声に、焦燥が滲む。
「右舷七〇度方向に発砲炎らしきものを確認! 距離不明!」
「いかん! また来るぞ! 総員、衝撃に備えよ!」
艦長の警告から十数秒後、フェルプスはさらなる衝撃に襲われた。爆音と共に艦全体が揺さぶられ、爆炎が暗かった艦橋内を照らし出す。
「ダメージ・リポート!」
「レーダーは生きているか!? 生きていたら早く回せ!」
「魚雷発射管付近に火災発生!」
「消火、急げ! 何としても誘爆を防ぐんだ!」
「さらなる発砲炎を確認!」
フェルプス艦橋は、不慣れな夜戦のために混乱状態に陥っていた。こちらを撃ってくる敵艦の姿を確認出来ず、ただ一方的に損害が拡大していく状態である。
「リー少将に、右舷七〇度方向に星弾射撃を要請しろ!」
「駄目です! 先ほどの被弾で電路が損傷! TBSが使用不能です!」
混沌と化した艦橋の中で問答が続いている間に、三度目の衝撃がやって来た。それはフェルプスの船体を強かに打ち据え、操舵装置と機関部を破壊して彼女を海上に漂流させることとなった。
「敵一番艦、炎上! 行き足、止まります!」
「目標、敵二番艦に変更! 照準出来次第、撃ち方始め!」
「宜候! 目標、敵二番艦に変更!」
一方、駆逐艦夕立の艦橋では統制の取れた怒鳴り声の応酬が響き渡り、次なる獲物を求めて主砲が旋回していた。
この時、夕立は僚艦春雨と共に、五月雨が発見した敵艦隊に向かって突撃していた。
前衛を務めていた第二駆逐隊の内、最北を担当していたのが春雨で、そこから夕立、村雨、五月雨の順で航行していた。
そして、最も南に位置していた五月雨が「敵艦見ユ」との警報を発したため、夕立駆逐艦長吉川潔中佐は躊躇うことなく、自らの艦に敵艦隊への突撃を命じたのである。
そこに、二五〇〇メートルほどの距離を空けて春雨が後続していた。
星弾に照らし出され、敵艦隊からの集中砲火を受けていた五月雨が煙幕を張って反転することは確認していたが、吉川は夕立に退避を命じなかった。
最初の命令のまま、敵艦隊への突撃を続けていたのである。
どうやら敵艦隊は五月雨を撃つのに夢中なようで、夕立に気付いた様子はなかった。これを、吉川は好機と判断していたのだ。
バリ島沖海戦では、四隻の駆逐艦で巡洋艦を含む強力な連合軍艦隊に立ち向かった経験がある。たとえ夕立一艦であろうとも、吉川には突撃を躊躇う理由などなかったのだ。
帝国海軍が誇る優秀な夜間見張り員は、暗い海上でもはっきりと敵艦の姿を視認していた。
そして、距離八〇〇〇メートルにて、夕立は敵一番艦(フェルプス)に対して射撃を開始した。
夕立の搭載する五〇口径三年式十二・七センチ砲は射程一万八四〇〇メートル、砲口初速九一〇メートル毎秒、発射速度は毎分十発。
他の列強諸国の駆逐艦の主砲に比べ射撃速度には若干劣るとされているが、射程や初速、精度などは勝っていた。
そして夕立の吉本謙一砲術長は、二度目の射撃にして敵艦に命中弾を出していた。三射目は全門斉射を行い、四射目で敵艦は炎上しつつ漂流を始めた。
第一射から、わずか一分弱で決着がついてしまったのである。
一方的な戦果を挙げた興奮も冷めやらぬ間に、吉川はただちに目標を敵二番艦に切り替えさせた。
未だ、敵艦隊からの反撃はない。
「目標、敵二番艦! 撃ち方始め!」
「てっー!」
吉本大尉の裂帛の命令を聞きながら、艦橋の吉川は不敵な笑みを敵艦に向け続けていた。
突然、艦隊の先頭を行く駆逐艦フェルプスの周囲に、水柱が発生したのである。
「本艦、射撃を受けています!」
「どこからだ!?」
先ほどまで、フェルプス以下の駆逐戦隊は後方の巡洋艦戦隊と共に、ジャップの前衛駆逐艦に対する射撃を行っていた。
その敵艦は煙幕を張ってすでに遁走している。この射撃は、別の敵艦からのものに違いない。
だが、見張り員が敵艦を発見するよりも、フェルプスの船体に衝撃が走る方が早かった。
轟音と共に、艦橋の床が跳ねる。アーリー司令官以下の艦橋要員が引き倒され、計器類に体を打ち付けて呻き声を上げる。
「ダメージ・リポート!」
いち早く立ち直った艦長が、そう叫んだ。
わずか一度の修正で、ジャップはこちらに命中弾を叩き込んできた。艦長の声に、焦燥が滲む。
「右舷七〇度方向に発砲炎らしきものを確認! 距離不明!」
「いかん! また来るぞ! 総員、衝撃に備えよ!」
艦長の警告から十数秒後、フェルプスはさらなる衝撃に襲われた。爆音と共に艦全体が揺さぶられ、爆炎が暗かった艦橋内を照らし出す。
「ダメージ・リポート!」
「レーダーは生きているか!? 生きていたら早く回せ!」
「魚雷発射管付近に火災発生!」
「消火、急げ! 何としても誘爆を防ぐんだ!」
「さらなる発砲炎を確認!」
フェルプス艦橋は、不慣れな夜戦のために混乱状態に陥っていた。こちらを撃ってくる敵艦の姿を確認出来ず、ただ一方的に損害が拡大していく状態である。
「リー少将に、右舷七〇度方向に星弾射撃を要請しろ!」
「駄目です! 先ほどの被弾で電路が損傷! TBSが使用不能です!」
混沌と化した艦橋の中で問答が続いている間に、三度目の衝撃がやって来た。それはフェルプスの船体を強かに打ち据え、操舵装置と機関部を破壊して彼女を海上に漂流させることとなった。
「敵一番艦、炎上! 行き足、止まります!」
「目標、敵二番艦に変更! 照準出来次第、撃ち方始め!」
「宜候! 目標、敵二番艦に変更!」
一方、駆逐艦夕立の艦橋では統制の取れた怒鳴り声の応酬が響き渡り、次なる獲物を求めて主砲が旋回していた。
この時、夕立は僚艦春雨と共に、五月雨が発見した敵艦隊に向かって突撃していた。
前衛を務めていた第二駆逐隊の内、最北を担当していたのが春雨で、そこから夕立、村雨、五月雨の順で航行していた。
そして、最も南に位置していた五月雨が「敵艦見ユ」との警報を発したため、夕立駆逐艦長吉川潔中佐は躊躇うことなく、自らの艦に敵艦隊への突撃を命じたのである。
そこに、二五〇〇メートルほどの距離を空けて春雨が後続していた。
星弾に照らし出され、敵艦隊からの集中砲火を受けていた五月雨が煙幕を張って反転することは確認していたが、吉川は夕立に退避を命じなかった。
最初の命令のまま、敵艦隊への突撃を続けていたのである。
どうやら敵艦隊は五月雨を撃つのに夢中なようで、夕立に気付いた様子はなかった。これを、吉川は好機と判断していたのだ。
バリ島沖海戦では、四隻の駆逐艦で巡洋艦を含む強力な連合軍艦隊に立ち向かった経験がある。たとえ夕立一艦であろうとも、吉川には突撃を躊躇う理由などなかったのだ。
帝国海軍が誇る優秀な夜間見張り員は、暗い海上でもはっきりと敵艦の姿を視認していた。
そして、距離八〇〇〇メートルにて、夕立は敵一番艦(フェルプス)に対して射撃を開始した。
夕立の搭載する五〇口径三年式十二・七センチ砲は射程一万八四〇〇メートル、砲口初速九一〇メートル毎秒、発射速度は毎分十発。
他の列強諸国の駆逐艦の主砲に比べ射撃速度には若干劣るとされているが、射程や初速、精度などは勝っていた。
そして夕立の吉本謙一砲術長は、二度目の射撃にして敵艦に命中弾を出していた。三射目は全門斉射を行い、四射目で敵艦は炎上しつつ漂流を始めた。
第一射から、わずか一分弱で決着がついてしまったのである。
一方的な戦果を挙げた興奮も冷めやらぬ間に、吉川はただちに目標を敵二番艦に切り替えさせた。
未だ、敵艦隊からの反撃はない。
「目標、敵二番艦! 撃ち方始め!」
「てっー!」
吉本大尉の裂帛の命令を聞きながら、艦橋の吉川は不敵な笑みを敵艦に向け続けていた。
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