71 / 105
71 友永雷撃隊
しおりを挟む
夕暮れに染まった空の下、空襲を受けているのは第十六任務部隊も同じであった。
しかし、置かれている状況は第二艦隊よりも遙かに悪かった。ジャップ艦爆隊に痛めつけられたエンタープライズは未だ機関が復旧せず、黒煙を上げ続けていたのである。
黒煙は敵攻撃隊にとって格好の目印であろうし、動けない艦など訓練の標的と同じである。
直掩の戦闘機もなく、不時着水した搭乗員たちの救助やエンタープライズの消火応援などで輪形陣は乱れていた。
レーダーでジャップ攻撃隊の接近を探知すると、戦艦ワシントン以下の艦艇は急ぎ、機関出力を上げた。
スプルーアンスとリーの二人の提督が座乗するワシントンも、最大速力である二十八ノットへと速力を上げつつある。
「……今回のジャップは、執念深かったようですな」
眼鏡をかけた知的な風貌の戦艦戦隊司令官は、迫りつつあるジャップ攻撃隊を見上げながら平坦な口調で言った。感情を、極力表に出さないようにしているのだろう。
「ああ」
対するスプルーアンスの表情も、表面上は冷静そのものであった。
「だが、私も執念深さでは日本人に負けるつもりはない」
第十六任務部隊司令官は、意味深な視線をアナポリス(アメリカ海軍兵学校)一期後輩の司令官に向ける。
「提督は、水上部隊指揮官に立ち返るおつもりですかな?」
口元にかすかな笑みを浮かべて、リーは尋ねる。
「それは、この空襲の結果次第ではあるが」
「それもそうですな」
司令官であるが故に手持ち無沙汰となってしまった二人は、そのまま上空へと視線を向けた。
やがてグレン・デイビス艦長の「撃ち方始め」の号令と共に、ワシントンの五インチ両用砲が射撃を開始した。
「トツレ」の信号を発した友永機は、第一中隊を率いて米空母の右舷側に回り込もうとした。橋本大尉率いる第二中隊は、左舷側に回り込もうとしている。
二人の指揮官は事前に敵空母の攻撃方法について示し合わせており、両舷からの挟撃で米空母に止めを刺すつもりであった。
編隊を二つに分けつつ進む艦攻隊に対して、米艦隊は猛然たる対空砲火を撃ち上げ始めた。降下を続ける九七艦攻の周囲で敵弾が炸裂し、風防が震える。
十機の九七艦攻は、高度五〇〇メートルで乱れた敵輪形陣の外縁に差し掛かろうとしていた。
そんな艦攻隊の突撃を少しでも援護しようとしたのだろう。森茂大尉率いる零戦隊が、速度を上げてその対空砲火の中に突っ込んでいった。
機銃を、対空砲火を激しく撃ち上げる敵艦に撃ち込んでいく。機銃座などに取り付いている敵乗員を殺傷しようというのだろう。
実際、六機の零戦による機銃掃射は米艦艇の艦上を阿鼻叫喚の地獄と化させた。
駆逐艦ベンハムの機銃座では、乱射された零戦の機銃弾によって無数の機銃員が四肢をもぎ取られ、あるいは二〇ミリ機銃弾の直撃によって乗員の肉片が周囲に飛び散った。甲板上は、すぐに血の川に変わってしまった。
重巡ペンサコラは後部射撃指揮所に二〇ミリ機銃弾を撃ち込まれ、内部を肉片と血の缶詰へと変えた。
だが、戦艦ワシントンの強力な対空砲火は、そうした惨劇をもたらした零戦隊に鉄槌を下した。森茂大尉の機体は両用砲弾の直撃を受けて爆発四散し、もう一機の零戦も炎上し海面に激突した。
その中を、友永隊は洋上に停止する米エンタープライズ級空母に向けて突撃する。
艦隊陣形の外縁部を守る敵駆逐艦を突破し、高度はすでに五メートル。
曳光弾が頭上をかすめ、炸裂した砲弾の断片が海面を泡立たせる。轟音と閃光と黒煙の中を、友永機は三三〇キロを超える速度で突撃していた。
黒煙を上げ続けて停止する空母の舷側で、米兵が必死に機銃を操っているようであった。赤い発砲炎が、友永の目に映る。
射角は、理想的な九〇度に近い角度になっていた。
これなら、確実に当たる。
友永がそう確信した刹那であった。
しかし、置かれている状況は第二艦隊よりも遙かに悪かった。ジャップ艦爆隊に痛めつけられたエンタープライズは未だ機関が復旧せず、黒煙を上げ続けていたのである。
黒煙は敵攻撃隊にとって格好の目印であろうし、動けない艦など訓練の標的と同じである。
直掩の戦闘機もなく、不時着水した搭乗員たちの救助やエンタープライズの消火応援などで輪形陣は乱れていた。
レーダーでジャップ攻撃隊の接近を探知すると、戦艦ワシントン以下の艦艇は急ぎ、機関出力を上げた。
スプルーアンスとリーの二人の提督が座乗するワシントンも、最大速力である二十八ノットへと速力を上げつつある。
「……今回のジャップは、執念深かったようですな」
眼鏡をかけた知的な風貌の戦艦戦隊司令官は、迫りつつあるジャップ攻撃隊を見上げながら平坦な口調で言った。感情を、極力表に出さないようにしているのだろう。
「ああ」
対するスプルーアンスの表情も、表面上は冷静そのものであった。
「だが、私も執念深さでは日本人に負けるつもりはない」
第十六任務部隊司令官は、意味深な視線をアナポリス(アメリカ海軍兵学校)一期後輩の司令官に向ける。
「提督は、水上部隊指揮官に立ち返るおつもりですかな?」
口元にかすかな笑みを浮かべて、リーは尋ねる。
「それは、この空襲の結果次第ではあるが」
「それもそうですな」
司令官であるが故に手持ち無沙汰となってしまった二人は、そのまま上空へと視線を向けた。
やがてグレン・デイビス艦長の「撃ち方始め」の号令と共に、ワシントンの五インチ両用砲が射撃を開始した。
「トツレ」の信号を発した友永機は、第一中隊を率いて米空母の右舷側に回り込もうとした。橋本大尉率いる第二中隊は、左舷側に回り込もうとしている。
二人の指揮官は事前に敵空母の攻撃方法について示し合わせており、両舷からの挟撃で米空母に止めを刺すつもりであった。
編隊を二つに分けつつ進む艦攻隊に対して、米艦隊は猛然たる対空砲火を撃ち上げ始めた。降下を続ける九七艦攻の周囲で敵弾が炸裂し、風防が震える。
十機の九七艦攻は、高度五〇〇メートルで乱れた敵輪形陣の外縁に差し掛かろうとしていた。
そんな艦攻隊の突撃を少しでも援護しようとしたのだろう。森茂大尉率いる零戦隊が、速度を上げてその対空砲火の中に突っ込んでいった。
機銃を、対空砲火を激しく撃ち上げる敵艦に撃ち込んでいく。機銃座などに取り付いている敵乗員を殺傷しようというのだろう。
実際、六機の零戦による機銃掃射は米艦艇の艦上を阿鼻叫喚の地獄と化させた。
駆逐艦ベンハムの機銃座では、乱射された零戦の機銃弾によって無数の機銃員が四肢をもぎ取られ、あるいは二〇ミリ機銃弾の直撃によって乗員の肉片が周囲に飛び散った。甲板上は、すぐに血の川に変わってしまった。
重巡ペンサコラは後部射撃指揮所に二〇ミリ機銃弾を撃ち込まれ、内部を肉片と血の缶詰へと変えた。
だが、戦艦ワシントンの強力な対空砲火は、そうした惨劇をもたらした零戦隊に鉄槌を下した。森茂大尉の機体は両用砲弾の直撃を受けて爆発四散し、もう一機の零戦も炎上し海面に激突した。
その中を、友永隊は洋上に停止する米エンタープライズ級空母に向けて突撃する。
艦隊陣形の外縁部を守る敵駆逐艦を突破し、高度はすでに五メートル。
曳光弾が頭上をかすめ、炸裂した砲弾の断片が海面を泡立たせる。轟音と閃光と黒煙の中を、友永機は三三〇キロを超える速度で突撃していた。
黒煙を上げ続けて停止する空母の舷側で、米兵が必死に機銃を操っているようであった。赤い発砲炎が、友永の目に映る。
射角は、理想的な九〇度に近い角度になっていた。
これなら、確実に当たる。
友永がそう確信した刹那であった。
8
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
蒼海の碧血録
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
蒼雷の艦隊
和蘭芹わこ
歴史・時代
第五回歴史時代小説大賞に応募しています。
よろしければ、お気に入り登録と投票是非宜しくお願いします。
一九四二年、三月二日。
スラバヤ沖海戦中に、英国の軍兵四二二人が、駆逐艦『雷』によって救助され、その命を助けられた。
雷艦長、その名は「工藤俊作」。
身長一八八センチの大柄な身体……ではなく、その姿は一三○センチにも満たない身体であった。
これ程までに小さな身体で、一体どういう風に指示を送ったのか。
これは、史実とは少し違う、そんな小さな艦長の物語。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる