暁のミッドウェー

三笠 陣

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68 翔鶴被弾

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「面舵一杯、急げ!」

「おもーかーじ、一杯!」

 ガラハーらの急降下爆撃を受けることになったのは、翔鶴であった。艦長である有馬正文大佐が、転舵の命令を下す。
 基準排水量約二万五〇〇〇トンの船体が、三〇ノットを超える速力で右舷へと舵を切っていく。
 有馬艦長は、防空指揮所で仁王立ちになりながら上空から襲いかかろうとする敵機を見つめていた。
 翔鶴の艦首が右舷へと振られ、傾斜が徐々に深くなっていく。
 高角砲、機銃の射撃音が艦全体を満たし、艦隊の周囲に対空砲火炸裂の黒煙が現れる。その中を、米軍のドーントレス艦爆は突っ込んできた。
 午前中、赤城、加賀、蒼龍を戦闘不能に追い込んだ機体である。
 最初の衝撃は、まもなくやって来た。
 翔鶴の左舷艦首付近に、轟音と共に水柱が噴き上がる。それが崩れて飛行甲板を濡らし、防空指揮所にいる有馬や見張り員の体も濡らしていく。
 翔鶴の周囲に、一〇〇〇ポンド爆弾の弾着が相次いだ。
 そのたびに彼女の船体は揺さぶられ、何名かの機銃員が崩れた水柱に攫われて海中に転落する。
 だが、有馬艦長は来襲した敵機の爆撃を完全に回避した。

「舵戻せ!」

「もどーせー!」

 もちろん、これで空襲が終わったとは考えていない。上空には、まだ零戦に追われる敵機の姿があった。
 それらの機体が、零戦を振り切るために最も間近な目標であった翔鶴への急降下を開始したのは、その直後であった。

「左舷三〇度より敵機接近!」

「取り舵一杯、急げ!」

 今度は、取り舵に切る。
 零戦隊はよくやってくれている。何とか、この空襲も凌ぎ切りたいものであった。
 だが、敵機は最初の攻撃が失敗したのを見て、照準を修正したらしい。至近弾とは違う、つんのめるような衝撃が翔鶴を襲う。
 飛行甲板前部に、火柱が上がった。

「被害知らせ!」

 艦橋からは、主錨らしきものが空中に吹き飛ぶのが見えた。

「前部甲板に被弾! 火災発生!」

「消火、急げ!」

 続いての衝撃は、後部からやって来た。今度は、艦橋の床が跳ねるような振動があった。
 被弾したのは、後部甲板。爆炎によって、短艇甲板で火災が発生しているという。有馬は運用長に、ただちにそちらにも消火班を向けるように指示する。
 インド洋に続き、二度目の被弾である。
 ある意味で乗員たちも慣れたのか、消火のための動きは迅速であった。それに、格納庫内の航空機からは燃料をすべて抜いてある。多少、機体が燃えることはあるかもしれないが、燃料に引火して誘爆するようなことは起こらないだろう。
 翔鶴は未だ三〇ノットを超える速力で左舷に舵を切り、半円形の航跡を描き続けている。
 彼女の上空からは、すでに敵機の姿は消えていた。
 海戦の最終段階になって翔鶴を被弾させてしまったことに有馬は断腸の思いであったが、ここからは艦を無事に内地に連れて帰ることに全力を注がなければならない。
 帝国海軍の最新鋭空母たる翔鶴を、絶対に失うわけにはいかなかった。

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 アメリカ側の“ラスト・ワン”たるエンタープライズを友永隊が捕捉したのは、発艦から五十二分後の一四三二時(現地時間:一七三二時)のことであった。
 夕日を背にするように進撃する友永隊の針路の彼方は、すでに夜の帳が訪れつつあった。
 その光景が、艦攻隊の者たちにこの雷撃は絶対に失敗させるわけにはいかないという決意を与えていた。ここで、米空母を取り逃がすことは出来ない。
 進撃の途中で、彼らは帰還する江草隊とすれ違っていた。確実にこの先に米空母の最後の一隻がいると確信して飛行を続け、ついに洋上に濛々と立ち上る黒煙を発見したのである。
 この時、エンタープライズを中心とする第十六任務部隊は、燃料切れを起こして不時着水したF4F隊の搭乗員救助や、炎上するエンタープライズの消火を手助けするために一部の駆逐艦が接近していたことから、その輪形陣は乱れていた。
 戦艦ワシントンのレーダーが新たに接近する不明機の機影を捉えると、搭乗員救助やエンタープライズの消火を行っていた駆逐艦は、それらの活動を中断して唯一、残された空母を守る態勢を整えようとした。
 すでにスプルーアンス以下第十六任務部隊司令部は、損傷して洋上に停止したエンタープライズから戦艦ワシントンに旗艦を移していた。
 スプルーアンスはジャップ損傷空母を水上艦隊で追撃することも考慮に入れており、だからこそ戦艦戦隊司令官ウィリス・A・リー少将の座乗する艦に任務部隊旗艦を移したのである。
 二つの司令部が同居することになり、ワシントン艦橋はいささか手狭とはなったが、共に水上部隊出身の両少将の意思疎通を図るという意味では、これが最善であった。
 そうした中で、機関の復旧途上であったエンタープライズは友永隊の空襲を受けることになったのである。

「しめた! グラマンがいないぞ!」

 友永大尉は思わず快哉を叫んだ。江草隊が米空母の飛行甲板を破壊した結果、直掩戦闘機が燃料や弾薬の補給を受けられなくなり、洋上に不時着することになったのだろう。
 しかも、黒煙を上げる米空母は洋上に停止している。
 残る脅威は、米艦艇からの対空砲火のみ。
 十機の九七艦攻でも、これならば雷撃を成功させられるだろう。

「全機、突撃隊形作れ!」

 友永の号令と共に、電信員の村井定一飛曹が「トツレ」を打電する。
 友永率いる第一中隊、橋本率いる第二中隊のそれぞれ五機が、左右からエンタープライズを挟撃すべく行動を開始した。
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