暁のミッドウェー

三笠 陣

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54 ホーネット炎上

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 ホーネットの艦橋を、衝撃と爆風が駆け抜けた。
 ミッチャー艦長は咄嗟に床に伏せた。熱波が、頭上を通り過ぎていく。

「ダメージ・リポート!」

 立ち上がりながらそう叫んだミッチャーは、艦橋が凄惨な有り様となっていることに気付いた。
 体当たりした敵機の破片や、砕け散った防弾ガラスが艦橋内を飛び回り、艦橋要員たちを殺傷していた。中でもミッチャーの目を引いたのは、操舵手であった。最後まで雷撃から艦を回避させようと舵に取り付いていたのだろう、彼は舵輪にもたれ掛かるようにして息絶えていた。

「衛生兵! ただちに艦橋に上がれ!」

 だが、伝声管にそう叫んだ直後、ホーネットをさらなる衝撃が襲った。下から突き上げるような、不穏な衝撃。
 ホーネット右舷舷側に、水柱が立った。
 衝撃は一度では終わらず、直後に艦後部が持ち上げられるような爆発が起こった。二本目の、魚雷命中である。
 さらにホーネットの船体に閃光が走る。
 上空から逆落としに突っ込んできたヴァルの投下した爆弾が、彼女の飛行甲板を抉ったのだ。格納庫の開放部から爆風が飛び出し、爆弾が炸裂した衝撃で前部エレベーターが吹き飛ばされる。
 艦橋に打撃を受け、その中に詰める者たちが軒並み死傷しているホーネットは、満足な回避運動は行えない。
 最初にミッチャーが命じた取り舵のまま、艦は緩やかに旋回している。
 被害報告も、艦橋に繋がる電路が切れてしまったのか、なかなかもたらされない。
 ミッチャーが無力感を感じていると、さらに左舷からジャップ雷撃機が飛び去っていった。被雷し、速力を落としつつあるホーネットに、これを避けるすべはない。
 不意に、ミッチャーは自らの意識がどこか遠くなっていくのを自覚していた。
 戦闘の興奮で痛みを感じてないだけで、きっと自分もどこかを負傷していたのだろう。
 新たな衝撃が自らの指揮する艦を襲うのを感じながら、ミッチャーの意識はゆっくりと暗転していった。





 ホーネットの右舷側より雷撃を敢行した瑞鶴艦攻隊は、二本の魚雷を命中させることに成功していた。さらに上空から突入した翔鶴艦爆隊は、ホーネットに七発の二五〇キロ爆弾を命中させている。
 この時点でホーネットは菅野機の艦橋突入によって指揮系統に大きな乱れが生じており、続く左舷側からの翔鶴艦攻隊の雷撃を十分に防ぐことが出来なかった。
 結果として、さらに三本の魚雷がホーネットの左舷に命中し、彼女は計五本の魚雷をその身に受けることとなったのである。
 これによりホーネットは艦全体が黒煙に包まれ、徐々に傾斜を深めていくこととなる。
 一方、翔鶴艦爆隊の投弾が成功するのを上空で見ていた瑞鶴艦爆隊長の江間保大尉は、これ以上の米空母攻撃は無意味と考え、独断で目標を米巡洋艦に変更した。
 この時、目標とされたのは重巡ミネアポリスであり、必死の回避運動も虚しく彼女には六発の二五〇キロ爆弾が命中することとなった。
 そして、ようやくこの頃になってミッチャー少将の要請したエンタープライズ戦闘機隊十二機が炎上するホーネットの輪形陣上空へと到達した。
 彼らエンタープライズ戦闘機隊は、眼下で炎上する二隻の友軍艦艇を見て怒りに駆られたのだろう。帰投のために空中集合をかけて戦場海域を離脱しようとする五航戦攻撃隊に襲いかかった。
 この空戦で、日本側はさらに零戦二機、九九艦爆二機、九七艦攻一機が失われた。その中には、米艦隊上空に留まって自らが率いてきた艦爆隊の戦果を確認していた関衛少佐の機体も含まれている。
 五航戦を発艦した第三次攻撃隊はホーネットに痛撃を与えつつも、その代償として優秀な搭乗員多数を失ったのである。
 五航戦攻撃隊がF4Fの追撃を振り切り、母艦への帰路についたのは一〇四〇時過ぎであった。彼らは米軍機に後を尾けられて自らの母艦の位置を悟られないよう、大回りで帰還を目指すこととなったのである。
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