暁のミッドウェー

三笠 陣

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44 角田提督の決断

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「第三戦隊の金剛より入電! 『敵艦上攻撃機ノ攻撃ヲ受ケ、赤城、加賀、蒼龍ハ火災ヲ生ジ航空機発着不能。飛龍及五航戦ヲシテ敵空母ヲ攻撃セシメ、機動部隊ハ攻撃隊収容後一応北方ニ避退シ戦力ヲ集結セントス』! 以上です!」

 一息に言い切った伝令の報告に、一瞬だけ沈黙が流れる。インド洋でも発生した味方空母の損害であるが、大戦果を伝えられていた直後であっただけに、その落差による衝撃は大きかった。
 しかも、次席指揮官である第三戦隊司令官・栗田健男中将からの入電ということは、一航艦司令部が艦隊指揮を執れない状況にあるということである。

「……『敵空母ヲ攻撃セシメ』か」

 腕を組みながら、そう呟いたのは角田であった。艦橋にいる者たちの視線が、彼に集中する。

「つまり、我々の探知していない米空母がまだどこかに存在するというわけか」

 最初に発見された米空母部隊以外、第二艦隊には敵空母部隊に関する位置情報は入っていない。単に一航艦索敵機の通信をこちらが受信出来なかっただけかもしれないが、いずれにせよ、一航艦は米空母部隊に痛撃を与えつつも、自らもまた傷付いたわけである。
 事前の予測では、太平洋上に存在する米空母はサラトガ、エンタープライズ、ホーネット、ワスプの四隻と見積もられていた。レキシントンについては、撃沈ないしは修理中と判断されていたが、もし撃沈が日本側の誤認であり、修理を完了していたとすれば米空母の数は五隻になる。
 一航艦攻撃隊の報告では三隻撃沈確実となっていたから、最大であと二隻の米空母が存在していると見るべきかもしれない。角田の中でその懸念は急速に膨れ上がっていた。
 実は、第二艦隊は消息を絶った千代田六号機の緊急電を受信していたのだが、一航艦の索敵計画の詳細を知らされていなかったため、単に最初の索敵機が発見した米空母部隊の放った攻撃隊と遭遇、撃墜されたものとしか考えていなかった。
 そのため、近藤中将や角田少将は、千代田六号機の緊急電を新たな米空母部隊が存在する予兆であるとは理解していなかったのだ。
 第三戦隊からの通信によって、初めて彼らは米空母部隊がもう一群、存在する可能性を知らされたのである。
 だが、角田の決断は早かった。一瞬の狼狽も逡巡も見せず、鋭い声を発した。

「通信」

「はっ!」

 通信参謀の岡田恰少佐が応じる。

「愛宕に信号。『四航戦ハ之ヨリ一航艦ノ援護ニ向カフ』。以上だ」

「はっ! 『四航戦ハ之ヨリ一航艦ノ援護ニ向カフ』。直ちに発信いたします!」

 艦橋から駆けていくその背を見送りながら、少し強引に過ぎたかと一抹の不安が角田を襲う。
 本来、第二機動部隊の指揮官は第二艦隊司令長官の近藤信竹中将である。航空戦の指揮を近藤長官から委ねられているとはいえ、事前の相談もなく突然、角田が龍驤と隼鷹を率いて一航艦の援護に向かうと言うのは、軍令承行令を無視した越権行為である。
 しかし、ことは一刻を争う事態である。
 具体的な一航艦の状況は不明であるが、第一、第二次攻撃隊を発見された米空母部隊に振り向けてしまった以上、一航艦が新たな米空母部隊に迅速に対応することは難しいだろう。だが、第二次攻撃隊を準備中である四航戦ならば、飛龍や五航戦よりも先に米空母に攻撃隊を発進させることが出来るかもしれない。
 角田は、そう考えていたのである(実際には、五航戦が第三次攻撃隊を準備中)。
 次いで彼は、栗田中将に敵空母部隊の状況を問い合わせようと、陸奥に通信を代行させるための信号を送ろうとする。艦隊で最も優れた通信設備を持つ陸奥ならば、航空機の発着のために通信アンテナの高さが制限される空母よりも確実に一航艦からの通信を受け取れるだろう。
 まずは、別に存在すると思われる米空母の位置情報を知らなければ始まらない。
 と、その時、信号員が叫んだ。

「隼鷹より発光信号! 『我、発進準備完了時刻〇八三〇ノ見込ミ。艦攻十二』! 以上です」

 隼鷹の格納庫には、第一次攻撃に参加していなかった九七艦攻が残っていた。それを第二次攻撃隊用として発進準備を進めていたから、九七艦攻のみについては他の機体や残り三空母よりも早くに準備を終えられるのだろう。
 問題は、護衛の零戦の準備が間に合わないことと、搭載しているのがミッドウェー島への第二次攻撃を想定していたために八〇〇キロ陸用爆弾であることだろう(調定に時間のかかる魚雷でなかったことも、隼鷹の攻撃隊発進準備が早い理由の一つ)。

「艦長、本艦の零戦隊の発進準備を最優先にするよう整備員たちに伝えてくれ。何としてでも、〇八三〇時までに作業を終わらるのだ」

 だが、角田は気にしなかった。今はとにかく、米空母を攻撃する手段が必要なのだ。
 龍驤の零戦隊は、第一次攻撃隊に三機しか参加していない。それ以外の機体は上空直掩機に回しており、補給のために艦上で整備を受けている機体が存在しているはずであった。それらを隼鷹の九七艦攻の護衛として付けるのだ。
 まだ、この海戦は終わっていない。
 角田はそう思っていた。
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