暁のミッドウェー

三笠 陣

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39 直上の敵

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 上昇を続けていた岩本徹三一飛曹は、六〇〇〇メートルの高空に黒い点の集合を視認していた。
 よく目を凝らして見れば、それらの黒点と自分たちの小隊はすれ違うような進行方向であった。つまり、上空に見える連中は間違いなく一航艦に向かおうとしている。
 翔鶴の電探が捉え、自分たちに確認の命が下っていた未確認機の編隊とは、これのことに違いない。
 岩本は後続する伊藤二飛曹機、前一飛機に、敵機発見の合図を送る。
 だが問題は、こちらは零戦がたった三機しかいないことだ。どう見積もっても、一航艦に向かおうとしている敵編隊と思しき連中は三〇機以上はいる。
 高度からして、降爆の編隊だろう。だが、どういう訳か護衛の敵戦闘機の姿が見えない。
 好機ではあった。
 しかし、高度差とこちらの機数の少なさが問題であった。敵機は自分たち小隊の二〇〇〇メートル上空を飛行している。
 向こうがこちらに気付いた様子はないが、こちらも即座に襲撃することは出来ない。
 また、零戦に搭載されている九六式空一号無線電話機は極端に性能が悪いために、一航艦の母艦たちに敵編隊が迫っていることを知らせることも出来ない。
 やむを得ず、岩本は機体を反転させて敵編隊を追尾することに決めた。二機の列機が、小隊長である彼の零戦に続く。
 恐らく、あと数分もすれば残りの零戦隊もそれなりの高度に達するだろう。
 岩本は敵編隊に気付かれないよう、上昇を続けながら敵編隊の死角になっている背後下方から接近することにした。
 目の前の編隊が攻撃態勢に入るまで、まだ多少の時間的余裕はあるだろう。
 しかし、いざとなれば自分たち三機だけでも敵降爆への攻撃を開始する肚であった。

  ◇◇◇

 空母飛龍は、ジョー・テイラー少佐率いるヨークタウン第五雷撃隊の襲撃を受けることとなった。
 この時、飛龍は度重なる空襲とそれに伴う回避運動の結果、一航戦、二航戦の四空母中、最も北に位置していた。

「敵雷撃機、本艦に接近中! その後方より零戦!」

「同士討ちになる。射撃は控えろ!」

 加来艦長が、砲術長に命じる。
 この時、四空母上空には未だ三〇機以上の零戦が上空直掩として舞っていた。蒼龍の藤田怡与蔵大尉など一部の零戦は先ほど加賀が敵急降下爆撃機の攻撃を受けたことから、急上昇をかけて上空の警戒に当たろうとしている。
 それ以外の、未だ低空に留まっていた機体が新たな敵雷撃機の来襲に気付いて襲撃を仕掛けた。そこに、チャールズ・R・フェントン少佐率いる護衛のF4F隊が駆け付ける。
 〇七一五時(現地時間:一〇一五時)より、再び空戦が開始された。
 だが、F4F隊の劣勢は明らかであった。ヨークタウン攻撃隊の護衛として付けられていたのは、わずか八機の戦闘機に過ぎなかったからである。
 彼らとTBD雷撃隊は、二〇機以上の零戦隊の襲撃を受けた。必然、フェルトン少佐のF4F隊は雷撃隊の護衛どころではなくなってしまう。まずは自らの身を守るので、精一杯となってしまったのである。
 テイラー少佐率いる第五雷撃隊は、零戦に襲われながらも必死に飛龍に対する雷撃の射点に取り付こうとした。
 零戦の側も、相次ぐ防空戦闘によって二〇ミリ機銃弾を消耗していたため、七・七ミリ機銃によってデバステーターを攻撃せざるを得なかった。
 だが、零戦の最高速度は雷撃時のデバステーターの速度の三倍以上あり、執拗な射撃によってTBDの機体に打撃を与えていった。
 テイラー少佐機は飛龍から一八〇〇メートルのところで被弾、落下傘での脱出を図ったが、この時の高度は海面から四十五メートル。落下傘が開く暇もなく、海面に叩き付けられた少佐は戦死する。
 飛龍への雷撃に成功したのは、わずか二機のTBDのみであった。しかし、彼らの魚雷投下地点は飛龍から二〇〇〇メートル近くも離れていたため、加来艦長は余裕をもって取り舵に転舵、この二本の魚雷を躱すことに成功している。
 テイラー雷撃隊の攻撃が失敗に終わった〇七二〇時、これまで一時間近くにわたって続いていた米軍機による空襲が途絶え、一航艦は一瞬の静寂に包まれていた。





「今のうちに、直掩機を一時収容して、燃料と弾薬の補給をさせましょう」

 赤城艦橋で、源田実中佐はそう言った。
 上空直掩の零戦隊は、激しい機動と度重なる射撃によって燃料と機銃弾を消耗していた。それを、敵機の来襲が途絶えたこの瞬間に行ってしまおうということである。
 すでに赤城の通信室は、第一次、第二次攻撃隊からの戦果報告を受信していた。「敵空母三、戦艦一、巡洋艦一撃沈確実」という報告は、一航艦司令部を沸き立たせた。
 その直後に起こった空襲が大戦果の歓喜に水を差すような結果となってしまったが、ともかくも無傷で空襲を切り抜けられたわけである。

「五航戦索敵機からの報告は、まだないか?」

 一方、南雲忠一中将は未確認の米空母部隊の存在が気になっていた。

「はい。いいえ、まだのようです」

 吉岡航空乙参謀がそう答える。
 南雲はどこか釈然としないものを感じている一方、源田航空甲参謀は状況を未だ楽観的に捉えていた。
 確かに、未確認の米空母部隊が存在することは想定外の事態であったが、こちらはすでに敵空母三隻を撃沈している。一航戦、二航戦の攻撃隊だけでこれだけの戦果が挙げられたのであるから、五航戦の機体も加えた攻撃隊を編成出来れば、残る米空母も容易く撃沈出来るだろう。
 源田はそう考えていたのである。
 また、零戦隊の前に次々と撃墜される敵機の姿も、彼の自信を深めていた。搭乗員の練度では、こちらが米軍を圧倒している。

「ところで、五航戦の第三次攻撃隊の発進準備はどうなっていますか?」

 念の為といった調子で、源田は一航艦主隊から遅れ気味の五航戦とその護衛艦艇の様子を尋ねた。
 どうもこちらが空襲を受けているのを見て、あえて合流を遅らせているようであったが、そろそろ合同させねばならないと思っている。源田の理論では、空母は集中運用してこそ意味がある艦種なのだ。
 これ以上、五航戦との距離が離れるのは彼の戦術論に反していた。

「確認させましょう」

 通信参謀の小野寛治郎少佐が、通信室に伝令を出そうとしたその瞬間であった。見張り員の絶叫が、一航艦司令部の耳に飛び込んできた。

「敵降爆、三機直上! 急降下!」
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