暁のミッドウェー

三笠 陣

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34 悲劇の雷撃隊

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 ホーネットのウォルドロン雷撃隊が辿った運命は、この日、アメリカ側に無数に訪れた悲劇の一つであった。
 ホーネット艦長マーク・A・ミッチャー少将の当初の計画では、高度六、七〇〇〇メートルで進撃する爆撃隊と、高度四五〇メートルで進撃する雷撃隊、そのどちらも支援出来るように中間を飛ぶ戦闘機隊の編隊で日本空母を攻撃するはずであったのだが、結果としてそれは机上の空論で終わってしまったのである。
 この時、赤城の搭載していた二一号電探は比較的正常に作動しており、ウォルドロン隊を電探が捕捉するのは筑摩見張り員が視認するよりも二分ほど早かった。ただし、その電探情報が艦隊全体で共有されたなかったところに、日本側の電探を利用した戦術の遅れが見て取れた。
 結局、艦隊が新たな敵編隊の来襲を知ったのは、筑摩からの発光信号によってであった。
 同時に一航戦、二航戦の四空母は一斉に転舵し、敵に艦尾正面を向ける“後落”と呼ばれる回避運動に入った。この回避運動には、敵機から遠ざかる機動を取ることで直掩隊による迎撃時間を長く取れるという利点があった。
 そして、戦闘機隊の護衛を持たないウォルドロン隊に三〇機あまりの零戦隊が襲いかかったのである。
 その戦闘は、完全に一方的なものであった。
 いかに最新鋭雷撃機のTBFとはいえ、戦闘機の護衛もなく零戦の群れの中に突っ込んで行くのは無謀に近かった。
 もちろん、ウォルドロン少佐は付近に味方戦闘機がいるものと思い込んで突撃を開始したのであるが、結果として彼の誤った状況判断が悲劇を生むことになってしまった。
 さらに高度四五〇メートルの低空を飛んでいたため、急降下をかけて加速し零戦から逃れるという戦法がとれなかったことも彼らにとって悲劇であった。
 TBFアヴェンジャーはTBDデバステーターとは比較にならない頑丈さを兼ね備えた雷撃機ではあったが、零戦隊からの集中的な攻撃のために赤城以下の空母への襲撃運動に入る前に次々と撃墜されていったのである。
 だが、ウォルドロン以下の搭乗員たちは勇敢であった。
 出撃前夜、ウォルドロンは敵の迎撃によって最後の一機になったとしてもその一機が敵空母に魚雷を命中させてくれ、と部下たちに檄を飛ばしていた。その指揮官の言葉に、彼らは忠実に従った。
 そして、ウォルドロン自身も自らの発した言葉に忠実であった。
 彼は空母蒼龍まで七〇〇メートルのところまで迫り、魚雷を投下する直前で撃墜され、戦死した。
 結果として雷撃に成功したTBFはジョージ・ゲイ少尉率いる小隊三機のみであり、蒼龍に向かって魚雷を投下したものの、柳本柳作艦長の巧みな操艦によってすべてが回避されている。
 そして、この三機が二〇ミリ機銃によって機体を穴だらけにされながらも辛うじて母艦へと辿り着き、ウォルドロン隊の数少ない生き残りとなったのである。

  ◇◇◇

 その頃、戦場海域上空を彷徨っている編隊が存在していた。
 エンタープライズを発進したクラレンス・マクラスキー少佐率いるSBDドーントレスの艦爆隊三十一機(第六爆撃隊および第六偵察隊)である。
 彼らはエンタープライズ発艦後、高度六〇〇〇メートルにて予定針路を飛行していた。
 しかし、会敵予定時刻であった〇九二〇時(日本時間:七月五日〇六二〇時)になっても、眼下には艦艇一隻存在していなかった。
 あるのは、ただ茫漠と広がる海だけであった。

「どういうことだ……?」

 操縦席で、思わずマクラスキーは首を捻った。
 索敵報告が間違っていたのか、あるいはエンタープライズの飛行長が針路の計算を間違っていたのか、あるいは自分の航法ミスか……。
 彼は航法板を確認したが、何が原因かは判らなかった。
 実際には、マクラスキーは予定されていた針路から五度ほど南にずれて飛行していたのである。さらに第一航空艦隊が第十七任務部隊に向けた攻撃隊を早期に収容すべく東方に進んでいたため、予定時刻になってもマクラスキー隊は一航艦を視認することが出来なかったのである。
 しかし、このまま母艦に帰るわけにはいかなかった。
 この戦いは、合衆国海軍の総力を挙げた決戦なのである。ここで無様を晒すわけにはいかない。
 彼は日本艦隊がどこに向かったのか、考えることにした。
 時刻的に、ジャップはミッドウェーを攻撃した艦載機を収容し終えている頃だろう。となると、ミッドウェー島方面にジャップ空母はいない。
 逆に、第十七任務部隊がジャップ索敵機に発見されたと発艦直前に伝えられていたから、もしかしたら連中はヨークタウン以下の空母を攻撃するために針路を東にずらしたのかもしれない。
 マクラスキーはカタリナ飛行艇がジャップ艦隊を発見した地点を地図で見、そこから東方に進んだ場合どの辺りにいるのか、ざっと見当を付けた。
 そうして自分たちの針路とジャップ艦隊の予測針路を比較してみると、自分たちはどうも南に行き過ぎたように考えられる。
 むしろ、ここは北西に針路を変えるべきか……。
 マクラスキーは燃料計を確認した。すでに燃料計の針は、半分を切ろうとしていた。このまま真っ直ぐ母艦に帰還したとして、帰り着けるかどうかという量である。それで虚しく海に不時着するくらいであれば、やはりジャップ空母を捜索する方に賭けるべきだろう。
 マクラスキーは決断した。
 針路を北西に変えて、再度、進撃することにしたのである。
 燃料を上手く節約すれば、一〇〇〇時までは索敵飛行を続けられる。その時刻を過ぎれば、本当に母艦を目指さなくてはならなくなってしまう。
 時刻は〇九三五時。
 マクラスキーの決断により、三十一機のドーントレスは北西の空へと次々と翼を翻していったのである。
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