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29 レキシントン挟撃
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村田の九七艦攻は、すでに敵空母の右舷方向より雷撃針路に入っていた。この時点ですでに編隊は解かれ、各機がそれぞれに雷撃を敢行する態勢に入っている。
栄発動機の轟音が操縦席を満たし、対空砲火炸裂の爆音が機体を揺さぶる。
すでに高度は海面から五メートル。
プロペラが波を叩かんばかりの高度である。
落下した対空砲火の弾片によって、海面はかすかに泡立っている。
巨大な煙突が目立つ空母であった。レキシントンかサラトガに違いない。
理想は敵艦の舷側と自機との角度が九〇度になるようにすることだが、真珠湾と違い激しく動き回る敵艦を相手にそのような角度を取ることは不可能に近い。村田はインド洋でそのことを学んでいた。
敵艦の転舵を見極めて、射角を調整するしかない。
敵艦との距離が一〇〇〇メートルを切ろうとする中で、村田は最後の角度調整を行う。
敵空母の船体が、かすかに傾いているように感じる。恐らく、面舵に転舵している。村田は敵艦の未来位置を瞬時に見定め、機体の針路を調整する。
敵艦が面舵を取っているのなら、射角は十七・五度が理想。その数値に出来るだけ近付けるよう、村田は機体を操った。
そして、ついに一〇〇〇メートルを切った。
九七艦攻は時速三〇〇キロを超える高速で突っ走る。
「発射用意!」
偵察員の斎藤政二飛曹長の声が響く。村田は投下索に手を掛ける。
敵艦との距離は、八〇〇メートルを切ろうとしていた。
そしてその瞬間、村田は投下索を引いた。
「てっ!」
重量八〇〇キロの九一式航空魚雷改二が機体を離れ、軽くなった機体が浮き上がろうとする。それを抑えながら、村田はなおも敵艦に向けて突き進んだ。
魚雷投下後に旋回して退避するという戦法は、すでに帝国海軍ではマレー沖海戦の時点で改められている。むしろ高速のまま敵艦の上空を突っ切った方が、かえって速度を失わず、さらに被弾面積を最小限に出来るからであった。
「……」
レキシントン級空母の威容が村田の目の前に現れ、即座に後ろに流れていく。魚雷の投下から敵艦上空を航過するまで十秒程度の出来事であったが、巨大な空母の詳細な艦影は村田の目にくっきりと焼き付いていた。機銃を撃ちまくる米兵の顔まで見えたような気がした。
そのまま村田機は雷速四十二ノットで進む九一式航空魚雷を置き去りにしつつ、輪形陣の外へと向かって脱出を図るのだった。
これは避けられないと、レキシントンの誰もが感じていた。
右舷から迫ってきたジャップ雷撃隊の動きは巧みで、こちらの面舵を見越したかのような地点で、それも一〇〇〇ヤード(約九〇〇メートル)を切る近距離で、魚雷を投下して悠々とレキシントンの上空を通過していった。
さらに左舷からもジャップ雷撃隊が迫っていた。こちらも、間もなく射点について魚雷を投下するだろう。
レキシントンは三十二ノットの速力で、船体を大きく傾斜させながら右旋回を続けている。
ジャップ雷撃機の投下した魚雷が、不気味な航跡を引きつつ彼女の巨体に迫っていた。
最初の一本は艦尾方向に抜けていった。だが、まだ針路は変えられない。残りの魚雷が、未だレキシントンに向けて突き進んでいた。
「神よ……」
雷跡を間近で見ることになったある機銃員がそう呟いた瞬間だった。
最初の衝撃が、レキシントンの巨体を襲う。
一本目の魚雷が、前部エレベーターの直下に命中したのだ。まるで何かに乗り上げたかのように、船体が持ち上げられたように感じた。
凄まじい轟音と共に水柱が噴き上がり、スポソンの機銃員の何名かが爆発に巻き込まれる。
「ダメージ・リポート!」
シャーマン艦長がそう怒鳴るが、被害報告が寄せられる前に二本目の魚雷が右舷に再び命中した。今度は、もう少し艦中央寄りであった。
さらにその直後、艦橋前方の元八インチ砲座に閃光が走った。
爆風が駆け抜け、四肢を引き千切られた機銃員の死体が噴き上がる。上空から突っ込んできた九九艦爆の投下した爆弾が命中したのだ。さらに煙突付近、五インチ砲座にも直撃弾がある。
レキシントンの巨体は、連続する衝撃に身震いするように振動を繰り返す。
そして、左舷から迫っていた九七艦攻が飛行甲板を飛び越えていく。その最中、被弾した一機のジャップ雷撃機が炎をまといながら左舷五インチ砲座の一つに激突した。
恐るべきジャップ搭乗員の執念。
レキシントンは右舷の被雷によって、機関室の第二、第四、第六ボイラーが使用不能となり、速力を二十五ノットに落とし始めていた。
そこに、左舷から迫っていた魚雷がレキシントンに命中し始める。
こちらは、彼女が面舵に転舵するのを見極めてから雷撃針路に入っていたため、村田機以下右舷側から雷撃を敢行した者たちよりも命中率は高かった。
艦首から艦尾まで、まんべんなく四本の魚雷が命中した。内一発は不発であったが、三発の魚雷がレキシントンの喫水線下をえぐり取ったのである。
巡洋戦艦改装の空母“レディ・レックス”は両舷で合計六本(内一発は不発)の魚雷をその身に受けた。
これが、村田重治少佐率いる赤城艦攻隊の十七機の成し遂げた戦果であった。
栄発動機の轟音が操縦席を満たし、対空砲火炸裂の爆音が機体を揺さぶる。
すでに高度は海面から五メートル。
プロペラが波を叩かんばかりの高度である。
落下した対空砲火の弾片によって、海面はかすかに泡立っている。
巨大な煙突が目立つ空母であった。レキシントンかサラトガに違いない。
理想は敵艦の舷側と自機との角度が九〇度になるようにすることだが、真珠湾と違い激しく動き回る敵艦を相手にそのような角度を取ることは不可能に近い。村田はインド洋でそのことを学んでいた。
敵艦の転舵を見極めて、射角を調整するしかない。
敵艦との距離が一〇〇〇メートルを切ろうとする中で、村田は最後の角度調整を行う。
敵空母の船体が、かすかに傾いているように感じる。恐らく、面舵に転舵している。村田は敵艦の未来位置を瞬時に見定め、機体の針路を調整する。
敵艦が面舵を取っているのなら、射角は十七・五度が理想。その数値に出来るだけ近付けるよう、村田は機体を操った。
そして、ついに一〇〇〇メートルを切った。
九七艦攻は時速三〇〇キロを超える高速で突っ走る。
「発射用意!」
偵察員の斎藤政二飛曹長の声が響く。村田は投下索に手を掛ける。
敵艦との距離は、八〇〇メートルを切ろうとしていた。
そしてその瞬間、村田は投下索を引いた。
「てっ!」
重量八〇〇キロの九一式航空魚雷改二が機体を離れ、軽くなった機体が浮き上がろうとする。それを抑えながら、村田はなおも敵艦に向けて突き進んだ。
魚雷投下後に旋回して退避するという戦法は、すでに帝国海軍ではマレー沖海戦の時点で改められている。むしろ高速のまま敵艦の上空を突っ切った方が、かえって速度を失わず、さらに被弾面積を最小限に出来るからであった。
「……」
レキシントン級空母の威容が村田の目の前に現れ、即座に後ろに流れていく。魚雷の投下から敵艦上空を航過するまで十秒程度の出来事であったが、巨大な空母の詳細な艦影は村田の目にくっきりと焼き付いていた。機銃を撃ちまくる米兵の顔まで見えたような気がした。
そのまま村田機は雷速四十二ノットで進む九一式航空魚雷を置き去りにしつつ、輪形陣の外へと向かって脱出を図るのだった。
これは避けられないと、レキシントンの誰もが感じていた。
右舷から迫ってきたジャップ雷撃隊の動きは巧みで、こちらの面舵を見越したかのような地点で、それも一〇〇〇ヤード(約九〇〇メートル)を切る近距離で、魚雷を投下して悠々とレキシントンの上空を通過していった。
さらに左舷からもジャップ雷撃隊が迫っていた。こちらも、間もなく射点について魚雷を投下するだろう。
レキシントンは三十二ノットの速力で、船体を大きく傾斜させながら右旋回を続けている。
ジャップ雷撃機の投下した魚雷が、不気味な航跡を引きつつ彼女の巨体に迫っていた。
最初の一本は艦尾方向に抜けていった。だが、まだ針路は変えられない。残りの魚雷が、未だレキシントンに向けて突き進んでいた。
「神よ……」
雷跡を間近で見ることになったある機銃員がそう呟いた瞬間だった。
最初の衝撃が、レキシントンの巨体を襲う。
一本目の魚雷が、前部エレベーターの直下に命中したのだ。まるで何かに乗り上げたかのように、船体が持ち上げられたように感じた。
凄まじい轟音と共に水柱が噴き上がり、スポソンの機銃員の何名かが爆発に巻き込まれる。
「ダメージ・リポート!」
シャーマン艦長がそう怒鳴るが、被害報告が寄せられる前に二本目の魚雷が右舷に再び命中した。今度は、もう少し艦中央寄りであった。
さらにその直後、艦橋前方の元八インチ砲座に閃光が走った。
爆風が駆け抜け、四肢を引き千切られた機銃員の死体が噴き上がる。上空から突っ込んできた九九艦爆の投下した爆弾が命中したのだ。さらに煙突付近、五インチ砲座にも直撃弾がある。
レキシントンの巨体は、連続する衝撃に身震いするように振動を繰り返す。
そして、左舷から迫っていた九七艦攻が飛行甲板を飛び越えていく。その最中、被弾した一機のジャップ雷撃機が炎をまといながら左舷五インチ砲座の一つに激突した。
恐るべきジャップ搭乗員の執念。
レキシントンは右舷の被雷によって、機関室の第二、第四、第六ボイラーが使用不能となり、速力を二十五ノットに落とし始めていた。
そこに、左舷から迫っていた魚雷がレキシントンに命中し始める。
こちらは、彼女が面舵に転舵するのを見極めてから雷撃針路に入っていたため、村田機以下右舷側から雷撃を敢行した者たちよりも命中率は高かった。
艦首から艦尾まで、まんべんなく四本の魚雷が命中した。内一発は不発であったが、三発の魚雷がレキシントンの喫水線下をえぐり取ったのである。
巡洋戦艦改装の空母“レディ・レックス”は両舷で合計六本(内一発は不発)の魚雷をその身に受けた。
これが、村田重治少佐率いる赤城艦攻隊の十七機の成し遂げた戦果であった。
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