暁のミッドウェー

三笠 陣

文字の大きさ
2 / 105

2 ミッドウェー島の映画監督

しおりを挟む
 太平洋のほぼ中央部に浮かぶミッドウェー島は、サンド島とイースタン島という二つの大きな石灰岩の島と、無数の小島から形成されている環礁であった。
 現地時間七月四日の朝を迎えつつあるこの島で、一人の男がどこか待ち遠しげに上空を見つめていた。
 ジョン・フォード。
 今年で四十七歳となる、アメリカを代表する映画監督であった。今、彼は海軍の情報記録班の一人として、大尉の軍服に身を包んでサンド島に滞在していた。
 来たるべきジャップとの空戦を、自らのフィルムに残すためである。
 合衆国の青年の操る戦闘機が、ジャップの爆撃機を次々と撃墜していく。そんな映像を、彼は求めていた。
 ここのところ、フォードは連日、朝から八ミリを構えて抜けるような青空を見上げていた。

「本当に、こんな何もない島にジャップの連中はやってくるんですかねぇ……」

 合衆国がジャップに勝利する最高の映像を自ら撮影しようと熱意を燃やすフォードに対して、助手のウィリーは日本軍の来襲に懐疑的であった。
 実際、ミッドウェー島は石灰質の大地が広がるだけの殺風景な島であり、見るべきものといえば黒々としたアホウドリの大群程度である。オアフ島真珠湾のような大規模な軍事施設もなければ、ハワイ諸島のような風光明媚な豊かな自然もない。
 ただ、サンド島とイースタン島にそれぞれ滑走路が存在する程度であった。
 こんな辺鄙な島をわざわざ奪いに来るというジャップの思考を、ウィリーはどうにも理解しかねていた。

「来るさ」

 だがフォードは、確信を持ってそう答えた。

「パールハーバーの司令部は、ジャップの通信を解読してこの島に確実に連中の空母が来ると教えてくれた。Dディがいつになるのかは知らんが、連中は絶対にこの島に現れるさ」

「しかし、航空隊の連中もケチですな。監督を航空機に乗せてくれれば、ジャップの船を沈める絶好の映像が撮れるっていうのに」

「まあ、パイロット以外乗せられんと言われてしまってはやむを得んさ」

 とはいえ、フォードも内心では映像の価値を軍人連中は十分に理解していないと思っている。合衆国の将兵が勇敢に戦う映像を国民に見せれば、それこそ増税も国債も思うままだろうに。

「フォード大尉! フォード大尉はいらっしゃいますか!」

 と、切迫した声の伝令が二人の下に駆けてきた。

「何事か?」

「はっ、シマード大佐よりフォード大尉に伝言であります。『先ほど、哨戒に出ていたカタリナがジャップの大編隊とすれ違った。遠からずこの島にジャップの航空機がやって来るだろう。監督に神のご加護があらんことを』。以上です」

「そうか、伝令ご苦労」

 伝令の兵に海軍式の敬礼を返し、フォードは傍らの助手を振り返った。

「行くぞ、ウィリー。最高の映像を撮ってやるんだ」

「まさか、本気でやるおつもりですか?」

 流石に少し怯えの混じった表情で、ウィリーは聞き返した。このアカデミー賞受賞歴のある監督は、ジャップの空襲下で自ら撮影しようとしているのである。

「私は本気だ」

 そして、当のフォードは自らの望んだ映像が撮れる絶好の機会がやって来たことで、空襲の恐怖は完全に内心から吹き飛んでいた。

「予定通り、あの格納庫の上から撮るぞ」

 フォードの視線の先には、巨大な飛行艇格納庫があった。その屋根にカメラを設置して戦闘を撮影することを、彼はこの島を見回った時から考えていたのである。
 格納庫の屋根からならば、上空の空戦も、島に爆弾が落ちる瞬間も、どちらも撮影出来る。
 ミッドウェー守備隊司令官シリル・シマード大佐からは、格納庫は真っ先にジャップに狙われるとして考え直すように何度も言われていたが、フォードは映画監督の誇りに賭けて最高の映像を撮れる場所を譲るつもりはなかった。

「さあ、ウィリー。本当の戦争を撮りにいくんだ」

 そう言ってフォードは不敵に笑みを浮かべ、格納庫の屋根へと繋がる梯子を登り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年夏まで執筆

米国戦艦大和        太平洋の天使となれ

みにみ
歴史・時代
1945年4月 天一号作戦は作戦の成功見込みが零に等しいとして中止 大和はそのまま柱島沖に係留され8月の終戦を迎える 米国は大和を研究対象として本土に移動 そこで大和の性能に感心するもスクラップ処分することとなる しかし、朝鮮戦争が勃発 大和は合衆国海軍戦艦大和として運用されることとなる

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

大東亜架空戦記

ソータ
歴史・時代
太平洋戦争中、日本に妻を残し、愛する人のために戦う1人の日本軍パイロットとその仲間たちの物語 ⚠️あくまで自己満です⚠️

処理中です...