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第四章 マーシャル遊撃戦1944
44 大和、再び
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第三次ソロモン海戦で米戦艦との死闘の末、勝利を収めた戦艦大和は、長らく呉にてドック入りを余儀なくされていた。
これは、砲戦による損傷で判明した舷側装甲の問題点や振動で使用不能となってしまった射撃方位盤などの弱点を是正するため、修理の他にも大規模な改装が必要だったからである。
彼女が再び連合艦隊に加わったのは、一九四四年一月のことであった。
一年以上にわたって入渠していたため乗員の練度は低下しており、早速、大和の出渠と共に艦長に就任した森下信衛大佐の下で猛訓練に励むことになった。
瀬戸内海の島々には連日、主砲射撃の轟音が木霊し、大和が再び海上にその威容を浮かべていることを誇示していた。
二月に入ると、佐世保工廠でやはり改装を行っていた武蔵も合流し、ここに帝国海軍最強を謳う第一戦隊は、初めて二隻の大和型戦艦で戦隊を組むこととなったのである。
そしてそれと同時に、栗田健男中将を始めとする第二艦隊司令部も大和に移ってきた。
現在、改装の結果、大和が帝国海軍で最も通信設備に優れた艦となっていたのである。
そして、彼らが大和を旗艦に選んだ理由は、もう一つあった。
前部檣楼下部に、分厚い装甲で覆われた司令塔が存在する。
その後ろの区画は、改装によってこれまでとはまったく別の空間に生まれ変わっていた。十畳ほどの広さの空間には、様々な機材や台が置かれており、大人数が入るにはいささか狭く感じるほどであった。
「何と言うか、開戦時とは隔世の感があるな」
部屋の内部を見回した第二艦隊司令長官・栗田健男中将が言う。彼の視線の先には、部屋の中央に置かれた大きな樹脂板があった。そこには自艦を中心とした同心円が描かれている。
「“戦闘指揮所”とは、よく言ったものです」参謀長の小柳冨次少将も感心していた。「これで、艦隊全体の情報を以前にも増して正確に把握出来るようになりました。夜戦、特に第三次ソロモン海戦のような混戦において、威力を発揮するでしょう。夜戦を伝統とする我ら第二艦隊には、うってつけの設備かと」
彼の言う通り、この区画は英米の海軍ではCICと呼ばれる場所であった。
帝国海軍では、大和が初めてCICを設置した艦艇となる。
「いったい、誰がこのようなものを思いついたのかね?」
栗田は、傍らにいる大和通信長・松井宗明少佐に尋ねた。
松井は第二次セイロン沖海戦で武蔵通信長を務めた後、横須賀工廠通信実験部に異動となり、その後「大和電波探信儀訓令委員会」の委員長として改装中の大和の電子装備全般の艤装を担当することになった。
大和の改装が完了した後は大和通信長として就任し、周囲の者たちからは大和型戦艦専属の通信士官と思われている節があった。
実際、帝国海軍の中で彼ほど大和型戦艦の電子装備に熟知している人間もいなかった。世界のレーダー技術を飛躍的に発展させた立役者の一人、大阪帝大の八木秀次教授の教え子とあれば、なおさらである。
「私も伝え聞いた話でしかないのですが、出所はアメリカとドイツだそうです」松井は説明した。「第四次ソロモン海戦で鹵獲したフレッチャーなる米新型駆逐艦を研究調査したところ、艦橋内部にこのような設備があり、その後、遣欧特別使節団もドイツで似たような空軍施設を見学した結果、導入が決定されたと聞いています」
ガダルカナルの海岸に擱座した結果、日本海軍によって鹵獲されたフレッチャーには、初期の段階のCICが存在していた。また、ドイツ空軍では本土防空のために、通称“オペラハウス”と呼ばれる大規模な航空指揮施設を建築していた。
こうしたものを参考として、日本海軍は戦闘指揮所を艦艇に取り入れることを決定したのである。
とはいえ、導入が決定された艦艇は今のところ、戦艦大和、武蔵、長門、空母大鳳、瑞鶴、軽巡大淀といった程度であり、主要な大型艦艇すべてに設置が行われているわけではない。
これは単純に、CICを効率的に運用するために必要な電探が、日本海軍にはごく少数しか存在していないからである。
「現在、この大和には最新鋭の三号三型電探と四号二型電探、それと一号三型電探が搭載されておりまして、これらの電探情報や無線情報、見張り員からの情報を戦闘情報室で集約、担当の通信兵が随時、最新の情報をこちらの戦況表示板に反映していきます」
「なるほど、情報を可視化するというわけだな」
「はい、その通りとなります」
栗田の言葉に、松井は首肯した。
彼の言う通り、現在、大和には三種類の電探が搭載されていた。
まず、三三号電探こと「三号三型電探」は、第四次ソロモン海戦で鹵獲した駆逐艦フレッチャーに搭載されていたSGレーダーとドイツ海軍の水上捜索・射撃用レーダーである「ゼータクト」を参考にして製造された、水上捜索・射撃用電探であった。
受像機も、それまでのAスコープ形式からPPIスコープ形式に変わり、米軍の最新鋭レーダーには劣るものの、それまでの水上捜索用電探であった二二号電探を大きく上回る性能を発揮出来た。
この三三号電探はドイツの艦艇に倣い、前部射撃指揮所と後部射撃指揮所の測距儀に付随するような形で取り付けられている。
次いで、四二号電探こと「四号二型電探」は、ドイツの対空射撃管制レーダーである「ウルツブルク」およびそれを国産化したものである。日本の工業力の限界から、ドイツ製の方が機械としての信頼性が高いため、大和にはドイツから直接運ばれてきた「ウルツブルク」を装備していた。
最後、一三号電探こと「一号三型電探」のみは純国産レーダーであり、小型ながら高性能の対空捜索用電探ということで量産が開始されている。
この三種類の電探を、大和は搭載しているのである。
ただし、それでも英米のレーダーに比べて日本の電子技術は遅れていることは否めなかった。日本よりも遙かにレーダー技術の進んでいるドイツですら、一九四二年の後半あたりですでに技術的には連合国に遅れを取っている。
しかし、それでも大和にCICが設置されたことは、電子戦という分野における帝国海軍の大きな前進といえた。
「つまりこの部屋にいれば、兵棋盤演習における統裁官のような視点で戦場を眺められるというわけですな」
「まあ、この部屋にもたらされる情報がすべて正しければ、という条件付きではありますが」
小柳参謀長の言葉に、松井は若干の注意を挟む。
実際問題、電探と無線、そして見張り員という情報収集手段を総動員したところで、得られる情報は限られている。それこそ、敵艦隊の司令官に直接聞きでもしないかぎり、戦場の全体像というのは判らないのだ(もっとも、彼我共に状況を把握出来ない戦場というのも珍しくはないが)。
「まあ、その辺りは演習の中で、この部屋を実際に使ってみれば追々判ってくるだろう」
栗田中将はもう一度、室内を見回して言った。
「参謀長、早速、明日から艦隊運動の訓練をするぞ。この設備がどれほど使えるのか、試してみようじゃないか」
アメリカ軍がガダルカナルに上陸したとの情報がもたらされたのは、このわずか二週間後のことであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
第三次ソロモン海戦後、臨時の措置として陸上に移されていた連合艦隊司令部は、その後、なし崩し的に地上に置かれ続けることになった。
一九四四年三月現在、連合艦隊司令部はかつての横須賀鎮守府の一角から移動し、横浜日吉地区にある慶應義塾大学の第一校舎や学生用寄宿舎に置かれていた。
当然ながら、寄宿舎は海軍によって接収されたため、住んでいた学生たちは別の場所に下宿先を求めなければならないこととなった(より正確に言えば、「接収」ではなく海軍と大学との間の「賃貸契約」だが、戦時中なので実質的な接収であった)。
これに関しては、学生たちを不憫に思った山本五十六海相や井上成美次官の尽力によって、海軍の方で簡易な寄宿舎を慶應義塾大学の敷地内に建設し、そこに追い出された学生たちを住まわせることになった。ただし、徴兵を猶予されていた彼らも戦争の長期化に伴い、一九四四年の九月に学徒出陣として戦場に送られていく運命にあった。
さて、日吉が司令部に選ばれた理由は、いわゆる“赤レンガ”と呼ばれる海軍省・軍令部の庁舎に近いことと、空襲を避けるための地下壕を掘りやすい地形・地質などの要素であった。
ただし、地下壕の方は未だ完成しておらず、昼夜兼行で現在も工事が進められている。
連合艦隊司令長官の詰める長官室は寄宿舎南寮、作戦室や事務室などは中寮に設置されていた。
三月五日、ガダルカナルに米軍が上陸を開始したとの報告が寄せられると、司令部の者は急ぎ作戦室へと招集されることとなった。
「諸君、ついに米軍の反攻作戦が開始された。場所は奇しくも、あのガダルカナルである」
中澤佑参謀長、樋端久利雄先任参謀など集まった者たちを見回して、連合艦隊司令長官・古賀峯一大将は言った。
「中島参謀、説明を」
「はっ!」
連合艦隊情報参謀を務める中島親孝中佐が立ち上がる。
「南東方面艦隊からの索敵情報によりますと、ガダルカナル沖に戦艦を含む大型艦多数と輸送船団を確認、また艦上機も確認されたとのことですが、現在までに敵機動部隊の所在は確認されておりません。ただし、大和田通信所における通信傍受の内容から、敵の主力艦隊は未だ真珠湾に留まっている模様です」
中島は特に通信傍受から敵の作戦行動を予測することに力を入れる軍人であり、作戦室に招集される直前まで大和田通信所からもたらされる各種報告に目を通していたのである。
「さらに申し上げますと、傍受した敵通信の符牒はすべて南太平洋のマッカーサー軍を示すものであり、米太平洋艦隊を示すものは一つもありませんでした」
「恐らく、南太平洋での攻勢は政治的な面が大きいのだろう」
参謀長の中澤佑少将が言う。彼は軍令部第一部第一課長時代の一九四〇年、「情勢ノ推移ニ伴フ時局処理要綱」の作成者の一人となるなど、政略面にも一定程度の経験を持つ人物であった。
「恐らく、昨年の十一月、ろ号作戦で豪州本土を叩いたことが、今回の米軍のガ島上陸を誘発したのではないか?」
中澤は、当時、ろ号作戦の詳細を策定した樋端久利雄先任参謀に顔を向けた。
「その可能性は高いと思われます」樋端は明快な口調で応じた。「そう考えるならば、今回のソロモン方面での米軍の反攻は、我が軍の撃滅を意図したものではなく、豪州本土に近い場所から我が軍の拠点を一掃するという目的に重点を置いているものかと。それにより、豪州国民の国防への不安を拭おうとしているのでしょう」
「敵の通信情報から考えても、お二方の意見が正しいと思われます」
中島参謀も、頷いた。
「となれば」彼らの意見を聞いた古賀が言う。「真珠湾の米主力艦隊の動向には注意を払わねばなるまい。彼らがどこへ来るのか、それを見極める必要がある」
「真珠湾については、第六艦隊に命じ、水偵搭載潜水艦による索敵を実施すべきでしょう」
航空甲参謀の内藤雄中佐が提案した。
「うむ。その方向で調整してくれ」
「恐らく、米艦隊はマーシャル・ギルバート方面に来襲するものと考えられます」
樋端が言った。
「理由は?」
「マリアナ攻略のための前進基地として利用可能であるからです。また、これらの地域に重爆の航空基地を設置すれば、トラック泊地は完全に使用不能となります。マーシャル、カロリン、マリアナなどの中部太平洋を抑えれば、我が軍のラバウルを始めとするソロモンの拠点は孤立化します。それが出来るのに、あえて米軍がソロモンに侵攻したということは、参謀長の言う通り、豪州政府に対する政治的意図があるものと考えます」
「ニューギニア方面から北上しマリアナや比島を狙うという侵攻経路も考えられますが、そこについてはどうなのです?」作戦参謀の山本祐二中佐が口を挟んだ。「米国のことです、ニューギニアやソロモンを島伝いに攻略して航空基地を設置してこちらを脅かすと共に、中部太平洋を大艦隊で攻めるということをやってくるのではないでしょうか?」
「二正面作戦となれば、正直、我が軍に打つ手はありません。こうした事態を避けるために、本来であればラバウルからの撤退も済ませておきたかったのですが……」
樋端は力なく首を振った。
戦線を縮小することで、ニューギニア方面から来寇する米軍であろうと、中部太平洋方面から来寇する米軍であろうと、絶対国防圏に指定されたマリアナ・パラオの線で迎撃することが出来たのだ。陸軍の重慶攻略作戦の影響でマリアナの防備が遅れているばかりに、日本は未だ広大な防御正面を持ったままになってしまっているのである。
「今さら言っても詮無いことだ」
悲観的になりそうな司令部の空気を払うように、古賀は強い口調で言った。
「私は、捷号作戦警戒の発令を大本営に具申すべきだと考える」
その一言に、司令部は厳粛な空気に包まれた。
捷号作戦とは、マリアナを始めとする絶対国防圏の防備が完了するまで、その外郭地域であるマーシャル、ギルバート、ラバウルなどを防衛するために立案された陸海軍共同の作戦計画であった。
作戦は一号から四号まで策定され、対象地域は一号がマーシャル・ギルバート諸島、二号はラバウル・ニューギニア東部、三号が小笠原・本州、四号が北海道・千島列島であった。
作戦目的は敵上陸船団の撃滅であり、それによって米軍のマリアナ侵攻までの時間を稼ぐというのがその骨子であった。
「お言葉ですが、長官、今少し様子見が必要かと思います」
少し考える素振りを見せてから、樋端が反対した。
「現状、米軍の主攻軸を断定することが出来ません。艦隊と航空兵力をソロモンに投入して空振りに終わった挙げ句、他の方面が米軍に蹂躙されては元も子もありません。とはいえ、一方でトラックに艦隊を前進させ、作戦警戒発令に備える必要はあるかと思います」
一九四四年三月現在、連合艦隊も含めた帝国海軍の主要な編制は、次のようになっていた。
大本営海軍部直轄部隊
第一航空艦隊 司令長官:大西瀧治郎中将
第六十一航空戦隊
第六十二航空戦隊
連合艦隊 司令長官:古賀峯一大将
連合艦隊付属【空母】〈天鷹〉〈瑞鷹〉〈祥鷹〉【工作艦】〈明石〉〈秋津洲〉【駆逐艦】〈令月〉〈矢風〉
第三十一戦隊【軽巡】〈球磨〉
第四十三駆逐隊【駆逐艦】〈松〉〈竹〉〈梅〉〈桃〉
第五十二駆逐隊【駆逐艦】〈桑〉〈桐〉〈杉〉〈槇〉
付属【空母】〈神鷹〉
第六十三航空戦隊(内南洋) など
(註:駆逐艦令月は鹵獲した米駆逐艦フレッチャー)
第一艦隊 司令長官:阿部弘毅中将
司令部直率【戦艦】〈伊勢〉〈日向〉〈扶桑〉〈山城〉
第十一水雷戦隊【軽巡】〈夕張〉
第三十三駆逐隊【駆逐艦】〈沖波〉〈岸波〉〈秋霜〉
第三十五駆逐隊【駆逐艦】〈朝霜〉〈早霜〉〈清霜〉
第六十二駆逐隊【駆逐艦】〈若月〉〈霜月〉〈冬月〉
(註:第十一水雷戦隊は練成部隊)
第一機動艦隊 司令長官:小沢治三郎中将
司令部直率【軽巡】〈大淀〉
第二艦隊 司令長官:栗田健男中将
第一戦隊【戦艦】〈大和〉〈武蔵〉
第二戦隊【戦艦】〈長門〉〈陸奥〉
第四戦隊【重巡】〈高雄〉〈愛宕〉〈摩耶〉〈鳥海〉
第五戦隊【重巡】〈妙高〉〈羽黒〉
第二水雷戦隊【軽巡】〈矢矧〉【駆逐艦】〈島風〉
第十五駆逐隊【駆逐艦】〈黒潮〉〈陽炎〉〈不知火〉〈霞〉
第二十四駆逐隊【駆逐艦】〈海風〉〈江風〉〈涼風〉
第三十一駆逐隊【駆逐艦】〈大波〉〈巻波〉〈長波〉〈清波〉
第四水雷戦隊【軽巡】〈神通〉
第二駆逐隊【駆逐艦】〈村雨〉〈夕立〉〈五月雨〉〈春雨〉
第二十七駆逐隊【駆逐艦】〈白露〉〈時雨〉〈夕暮〉〈有明〉
第三十二駆逐隊【駆逐艦】〈涼波〉〈藤波〉〈早波〉〈浜波〉
第三艦隊 司令長官:山口多聞中将
第一航空戦隊【空母】〈翔鶴〉〈瑞鶴〉〈飛龍〉
第二航空戦隊【空母】〈隼鷹〉〈飛鷹〉〈龍鳳〉
第三航空戦隊【空母】〈瑞鳳〉〈千歳〉〈千代田〉
第三戦隊【戦艦】〈金剛〉〈榛名〉
第十一戦隊【戦艦】〈比叡〉〈霧島〉
第七戦隊【重巡】〈最上〉〈三隈〉〈鈴谷〉〈熊野〉
第八戦隊【重巡】〈利根〉〈筑摩〉
第十戦隊【軽巡】〈阿賀野〉
第四駆逐隊【駆逐艦】〈萩風〉〈舞風〉〈嵐〉〈野分〉
第十駆逐隊【駆逐艦】〈夕雲〉〈巻雲〉〈風雲〉〈秋雲〉
第十六駆逐隊【駆逐艦】〈初風〉〈雪風〉〈天津風〉〈時津風〉
第十二戦隊【軽巡】〈能代〉
第八駆逐隊【駆逐艦】〈朝潮〉〈大潮〉〈満潮〉〈荒潮〉
第十七駆逐隊【駆逐艦】〈谷風〉〈浦風〉〈磯風〉〈浜風〉
第六十一駆逐隊【駆逐艦】〈秋月〉〈涼月〉〈初月〉〈新月〉
第五十航空戦隊【空母】〈鳳翔〉〈龍驤〉【駆逐艦】〈夕風〉
(註:第五十航空戦隊は練成部隊)
第四艦隊 司令長官:小林仁中将
第三特別根拠地隊(司令部:タラワ)
第四根拠地隊(司令部:トラック)
第五特別根拠地隊(司令部:サイパン)
第六根拠地隊(司令部:クェゼリン)
第九〇二航空隊(水上偵察機)
第九五二航空隊(水上偵察機) など
北東方面艦隊 司令長官:戸塚道太郎中将
第十二航空艦隊 司令長官:戸塚道太郎中将
第二十四航空戦隊 (木更津)
第二十七航空戦隊 (千歳・千島)
第五十一航空戦隊 (厚木・豊橋)
(註:第五十一航空戦隊は、基地航空隊練成部隊)
第五艦隊 司令長官:志摩清英中将
第二十一戦隊【軽巡】〈多摩〉〈木曾〉
第一水雷戦隊【軽巡】〈阿武隈〉
第六駆逐隊【駆逐艦】〈雷〉〈電〉〈響〉
第九駆逐隊【駆逐艦】〈朝雲〉〈山雲〉〈薄雲〉
第二十一駆逐隊【駆逐艦】〈初春〉〈初霜〉〈若葉〉
第六艦隊 司令長官:高木武雄中将
司令部直率【軽巡】〈香取〉
第一潜水戦隊【特設潜水母艦】〈平安丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第二潜水戦隊【特設潜水母艦】〈さんとす丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第三潜水戦隊【特設潜水母艦】〈靖国丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第七潜水戦隊【潜水母艦】〈迅鯨〉【潜水艦】伊号潜水艦×三隻 呂号潜水艦×九隻
第八潜水戦隊【特設潜水母艦】〈日枝丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第十一潜水戦隊【潜水母艦】〈長鯨〉【潜水艦】伊号潜水艦×六隻 呂号潜水艦×六隻
(註:第十一潜水戦隊は練成部隊)
南東方面艦隊 司令長官:草鹿任一中将
第十一航空艦隊 司令長官:草鹿任一中将
第二十一航空戦隊 (ラバウル)
第二十二航空戦隊 (内南洋)
第二十五航空戦隊 (内南洋)
第二十六航空戦隊 (ラバウル)
第十一航空戦隊【特設水上機母艦】〈神川丸〉〈国川丸〉
南東潜水艦部隊【特設潜水母艦】〈筑紫丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×二隻 呂号潜水艦×八隻
第八艦隊 司令長官:鮫島具重中将
第六戦隊【重巡】〈青葉〉〈衣笠〉
第三水雷戦隊【軽巡】〈川内〉
第十一駆逐隊【駆逐艦】〈吹雪〉〈初雪〉〈叢雲〉
第十九駆逐隊【駆逐艦】〈磯波〉〈浦波〉〈敷波〉
第二十駆逐隊【駆逐艦】〈天霧〉〈朝霧〉〈夕霧〉
付属【駆逐艦】〈弥生〉〈望月〉
南西方面艦隊 司令長官:高須四郎中将
司令部直率【軽巡】〈香椎〉
第三十潜水隊【特設潜水母艦】〈りおでじゃねろ丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×六隻
第二十三航空戦隊 (セイロン)
第二十八航空戦隊 (ケンダリー) など
第七艦隊 司令長官:大河内傳七中将
第十六戦隊【重巡】〈足柄〉【重雷装艦】〈大井〉〈北上〉
第一駆逐隊【駆逐艦】〈神風〉〈沼風〉〈野風〉〈波風〉
第七駆逐隊【駆逐艦】〈曙〉〈潮〉〈漣〉〈白雲〉
付属【軽巡】〈十勝〉
(註:第七艦隊はインド洋を担当するために新設された艦隊。なお、軽巡十勝は鹵獲した英軽巡ケニア)
海上護衛総隊 総司令長官:及川古志郎大将
司令部直率【軽巡】〈鹿島〉【空母】〈大鷹〉〈雲鷹〉〈冲鷹〉〈海鷹〉
第一海上護衛隊【軽巡】〈鬼怒〉〈名取〉
第五駆逐隊【駆逐艦】〈朝風〉〈松風〉〈春風〉〈旗風〉
第十三駆逐隊【駆逐艦】〈若竹〉〈呉竹〉〈早苗〉
第三十二駆逐隊【駆逐艦】〈朝顔〉〈芙蓉〉〈刈萱〉
第三十四駆逐隊【駆逐艦】〈羽風〉〈秋風〉〈太刀風〉〈汐風〉
付属【海防艦】〈択捉〉〈占守〉〈佐渡〉〈松輪〉〈対馬〉〈若宮〉〈干珠〉等【水雷艇】〈鷺〉〈隼〉
第二海上護衛隊【軽巡】〈五十鈴〉〈那珂〉
第二十二駆逐隊【駆逐艦】〈皐月〉〈文月〉〈水無月〉〈長月〉
第二十三駆逐隊【駆逐艦】〈三日月〉〈夕月〉〈卯月〉
第二十九駆逐隊【駆逐艦】〈追風〉〈帆風〉〈朝凪〉〈夕凪〉
付属【海防艦】〈隠岐〉〈壱岐〉〈福江〉〈平戸〉〈御蔵〉〈天草〉〈満珠〉等
帝国海軍は昨年十一月のろ号作戦当時から、ほとんど空母戦力を増強出来ていないことが判る。
連合艦隊直属の三空母は浅間丸型客船を改装した商船改造の小型空母であり、大鷹型に準じた改装が施される一方、主機を駆逐艦のものに換装して速力を二十五ノットにまで上昇させていた。とはいえ、機動部隊に加われるような艦艇ではない。
今後、大鳳、雲龍、天城、日進の四空母が四月中に竣工する予定であり、さらに雲龍型三番艦の葛城が八月に、四番艦笠置が十二月に戦列に加わる予定となっていたが、アメリカ海軍の増強ぶりに比べれば微々たるものであった。
雲龍型は他にも数隻が建造中であったが、五番艦乗鞍以降の完成は昭和二十年五月以降とされていた。
それでも、これらの兵力を以て帝国海軍はマリアナでの最後の決戦に挑むことを目指していた。
そのためには、マリアナの防備が整い、空母戦力が揃うまで絶対国防圏の外郭地域を一定期間、守り抜かねばならなかった。
まさしく、壮絶な矛盾を孕んでいる作戦計画であった。
捷号作戦で戦力を消耗しては、将来的なマリアナ決戦で戦力不足に陥る危険性があったのである。
「まずは瀬戸内海とリンガ泊地に分散してしまっている第一機動艦隊から戦力を抽出し、トラックへ派遣します」樋端は太平洋の地図を指さして説明する。「トラックならば、米軍がマーシャル・ギルバートに来襲しようと、ラバウルに上陸しようと迅速な対応が行えます。ラバウルから引き揚げ、温存させている第十一航空艦隊の残余の航空戦隊も、トラックに進出させます」
「問題は、トラックの燃料だな」
中澤佑参謀長が言った。彼は軍令部員時代、海軍の石油備蓄問題などに関わった経験もあり、石油や油槽船問題に敏感であった。
「あそこには三万トン分の燃料タンクしかない。第二、第三艦隊をトラックに展開させ、作戦行動を行わせるとなると、艦隊保有分の燃料を差し引いた上で多少の余裕を見積もった場合でも、十万トンから十二万トンの燃料を配備せねばならん。その分の油槽船を手配するとなると、内地への石油送還にも影響が出る」
現在、連合艦隊に配属されている油槽船は三〇隻であった。このうち、艦隊に随伴可能な油槽船の数は十八。
しかも、作戦に参加して万が一、油槽船を失うことになれば、やはりマリアナでの決戦計画に悪影響が出てしまうという危険を孕んでいる。現状、米潜水艦の活動がかなり停滞しているとはいえ、油断は出来なかった。
「陸軍からは、連合艦隊に配属されている油槽船を民需に回して南方からの石油送還に充てるべきとの意見も出ているのだ。艦隊のトラック回航以前に、油槽船のトラック回航について軍令部や参謀本部を納得させねばならない。恐らく、トラックに回航した油槽船は捷号作戦終了まで艦隊への給油に忙殺され、南方からの石油送還任務に使えなくなるだろうからな」
「油槽船の護衛には、GF直属の三空母を充て、万全を期すこととしよう」古賀が中澤の言葉を受けて、そう宣言した。「また、第二、第三艦隊の水雷戦隊の一部を抽出して油槽船の護衛を行わせる」
「はい、正しいご判断かと」
中澤が頷く。
「では、その方針で末次総長と山本海相に掛け合ってみることとしよう。諸君らは引き続き、米軍の動向を注視するように」
「はっ!」
こうして、連合艦隊は次なる作戦発動に向けて動き始めたのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「戦況表示板、艦隊運動を追えているか?」
「はい。前衛の第二水雷戦隊、右翼に第四戦隊、本艦後方に武蔵を確認しています」
「赤軍の状況は?」
「そちらも追えています。青軍に対する襲撃運動を試みつつあります」
「よろしい」
大和戦闘情報室では、通信長・松井宗明少佐が通信科の将兵たちに次々と指示を下していた。さらに室内は、電探室、通信室、見張所からの情報が次々と艦内電話によって舞い込み、それを戦況表示板に反映させるための声が飛び交うなど、なかなかの喧噪ぶりを示していた。
「もう少し淡々とした場所かと思っていたが、案外、騒がしいものだな」
部屋の後方に佇んでいた栗田健男中将は、少々意外そうな口調で言った。
「まあ、現状では機材で自動的に戦況表示板に反映することは出来ませんから、どうしても人の手が頼りになります」
松井通信長が説明する。
「今は演習なので青軍、赤軍ともに予定調和的な艦隊運動を取っていますが、実戦ではこうはいかないでしょう。舞い込む情報に、戦況表示板が追いつかなくなる可能性があります。正直、人員をあと最低五名は増やして欲しいところです」
「森下艦長に、私の方から伝えておこう」
「お願いいたします」
戦闘指揮所にいるのは第二艦隊司令部の要員たちで、大和艦長の森下信衛大佐以下、大和の主要幹部は昼戦艦橋で指揮を執っている。
戦闘情報室は艦隊全体の動きを知るのには便利であるが、この部屋からは外の様子が見えないため、操艦の指揮には向かない。そのため、森下艦長は艦橋の上部で大和の指揮を執っているのであった。
現在、第二艦隊は艦隊司令長官の栗田健男中将率いる青軍と、第二戦隊司令官・角田覚治中将率いる赤軍に分かれて演習を行っている。
米軍がガダルカナルに上陸したとの情報は、今や艦隊将兵全員が知っていた。
誰もが、出撃の時が近いと感じている。
故に、訓練にも一層の熱が入っていた。
実戦を想定した艦隊戦の演習や、第三艦隊の母艦航空隊と共同して空襲に際しての艦隊運動に関する訓練(母艦航空隊にとっては艦艇への襲撃訓練)を連日行い、艦隊将兵たちの士気も高まっている。
「米海軍も、昨年の第二次セイロン沖海戦以降、さらに三隻の新鋭戦艦を竣工させていると聞きます」参謀長の小柳少将が言う。「この状況で、こうした設備が設置出来たことは、まさしく僥倖ですな」
「だが、米軍の方がこうした設備を先に導入していたとなると、やはりこの分野に関しては彼らに一日の長があることを認めざるを得まい。我々も、出来る限りこの施設の精度向上に努めたいところだな」
その時、通信長宛の艦内電話が鳴り、松井通信長が受話器を取った。
栗田や小柳は、この部屋では特に珍しい光景ではなかったのでなおも戦況表示板に注目していたが、受話器を置いた通信長が硬い表情で近付いてくると、何か重大な情報がもたらされたのだと悟らざるを得なかった。
上海事変で片足を負傷して義足となった通信長は、足を引き摺りながら二人の前に立った。
「GF司令部から、緊急の通信です。本日、四月五日を以て捷号作戦警戒を発令。第二艦隊は四月八日を期して柱島を出港、トラックに進出すべし、とのことです」
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あとがき
修理と改装なった大和が、ようやく連合艦隊に合流しました。
大和の電子装備に関しては史実よりもよほど充実していますが、これでも米軍に比べたらまだまだというのが、日米の技術力の差なのでしょう。
さて、編成表に鹵獲したフレッチャーとケニアが出てきましたが、拿捕した輸送船などならばともかく、戦闘艦艇となると鹵獲すれば即戦力化出来るというものではないでしょう。
史実のスチュアート(第一〇二号哨戒艇)も結局、弾薬などを入手出来ない米軍の兵装を取り外し、主砲などを換装しています。
フレッチャーの五インチ両用砲は研究のために降ろされ、代わりに長一〇センチなどに換装されるものと思います。ちなみに、彼女の艦名を「令月」としたのは、彼女を鹵獲した二月にちなんだものです。
一方、ケニアに関しては大和型戦艦から降ろされた一五・五センチ砲三連装砲に主砲を換装されるでしょう。艦名については、架空戦記でよくある「架空の新鋭軽巡は北海道の地名から」という安易な理由です。
これは、砲戦による損傷で判明した舷側装甲の問題点や振動で使用不能となってしまった射撃方位盤などの弱点を是正するため、修理の他にも大規模な改装が必要だったからである。
彼女が再び連合艦隊に加わったのは、一九四四年一月のことであった。
一年以上にわたって入渠していたため乗員の練度は低下しており、早速、大和の出渠と共に艦長に就任した森下信衛大佐の下で猛訓練に励むことになった。
瀬戸内海の島々には連日、主砲射撃の轟音が木霊し、大和が再び海上にその威容を浮かべていることを誇示していた。
二月に入ると、佐世保工廠でやはり改装を行っていた武蔵も合流し、ここに帝国海軍最強を謳う第一戦隊は、初めて二隻の大和型戦艦で戦隊を組むこととなったのである。
そしてそれと同時に、栗田健男中将を始めとする第二艦隊司令部も大和に移ってきた。
現在、改装の結果、大和が帝国海軍で最も通信設備に優れた艦となっていたのである。
そして、彼らが大和を旗艦に選んだ理由は、もう一つあった。
前部檣楼下部に、分厚い装甲で覆われた司令塔が存在する。
その後ろの区画は、改装によってこれまでとはまったく別の空間に生まれ変わっていた。十畳ほどの広さの空間には、様々な機材や台が置かれており、大人数が入るにはいささか狭く感じるほどであった。
「何と言うか、開戦時とは隔世の感があるな」
部屋の内部を見回した第二艦隊司令長官・栗田健男中将が言う。彼の視線の先には、部屋の中央に置かれた大きな樹脂板があった。そこには自艦を中心とした同心円が描かれている。
「“戦闘指揮所”とは、よく言ったものです」参謀長の小柳冨次少将も感心していた。「これで、艦隊全体の情報を以前にも増して正確に把握出来るようになりました。夜戦、特に第三次ソロモン海戦のような混戦において、威力を発揮するでしょう。夜戦を伝統とする我ら第二艦隊には、うってつけの設備かと」
彼の言う通り、この区画は英米の海軍ではCICと呼ばれる場所であった。
帝国海軍では、大和が初めてCICを設置した艦艇となる。
「いったい、誰がこのようなものを思いついたのかね?」
栗田は、傍らにいる大和通信長・松井宗明少佐に尋ねた。
松井は第二次セイロン沖海戦で武蔵通信長を務めた後、横須賀工廠通信実験部に異動となり、その後「大和電波探信儀訓令委員会」の委員長として改装中の大和の電子装備全般の艤装を担当することになった。
大和の改装が完了した後は大和通信長として就任し、周囲の者たちからは大和型戦艦専属の通信士官と思われている節があった。
実際、帝国海軍の中で彼ほど大和型戦艦の電子装備に熟知している人間もいなかった。世界のレーダー技術を飛躍的に発展させた立役者の一人、大阪帝大の八木秀次教授の教え子とあれば、なおさらである。
「私も伝え聞いた話でしかないのですが、出所はアメリカとドイツだそうです」松井は説明した。「第四次ソロモン海戦で鹵獲したフレッチャーなる米新型駆逐艦を研究調査したところ、艦橋内部にこのような設備があり、その後、遣欧特別使節団もドイツで似たような空軍施設を見学した結果、導入が決定されたと聞いています」
ガダルカナルの海岸に擱座した結果、日本海軍によって鹵獲されたフレッチャーには、初期の段階のCICが存在していた。また、ドイツ空軍では本土防空のために、通称“オペラハウス”と呼ばれる大規模な航空指揮施設を建築していた。
こうしたものを参考として、日本海軍は戦闘指揮所を艦艇に取り入れることを決定したのである。
とはいえ、導入が決定された艦艇は今のところ、戦艦大和、武蔵、長門、空母大鳳、瑞鶴、軽巡大淀といった程度であり、主要な大型艦艇すべてに設置が行われているわけではない。
これは単純に、CICを効率的に運用するために必要な電探が、日本海軍にはごく少数しか存在していないからである。
「現在、この大和には最新鋭の三号三型電探と四号二型電探、それと一号三型電探が搭載されておりまして、これらの電探情報や無線情報、見張り員からの情報を戦闘情報室で集約、担当の通信兵が随時、最新の情報をこちらの戦況表示板に反映していきます」
「なるほど、情報を可視化するというわけだな」
「はい、その通りとなります」
栗田の言葉に、松井は首肯した。
彼の言う通り、現在、大和には三種類の電探が搭載されていた。
まず、三三号電探こと「三号三型電探」は、第四次ソロモン海戦で鹵獲した駆逐艦フレッチャーに搭載されていたSGレーダーとドイツ海軍の水上捜索・射撃用レーダーである「ゼータクト」を参考にして製造された、水上捜索・射撃用電探であった。
受像機も、それまでのAスコープ形式からPPIスコープ形式に変わり、米軍の最新鋭レーダーには劣るものの、それまでの水上捜索用電探であった二二号電探を大きく上回る性能を発揮出来た。
この三三号電探はドイツの艦艇に倣い、前部射撃指揮所と後部射撃指揮所の測距儀に付随するような形で取り付けられている。
次いで、四二号電探こと「四号二型電探」は、ドイツの対空射撃管制レーダーである「ウルツブルク」およびそれを国産化したものである。日本の工業力の限界から、ドイツ製の方が機械としての信頼性が高いため、大和にはドイツから直接運ばれてきた「ウルツブルク」を装備していた。
最後、一三号電探こと「一号三型電探」のみは純国産レーダーであり、小型ながら高性能の対空捜索用電探ということで量産が開始されている。
この三種類の電探を、大和は搭載しているのである。
ただし、それでも英米のレーダーに比べて日本の電子技術は遅れていることは否めなかった。日本よりも遙かにレーダー技術の進んでいるドイツですら、一九四二年の後半あたりですでに技術的には連合国に遅れを取っている。
しかし、それでも大和にCICが設置されたことは、電子戦という分野における帝国海軍の大きな前進といえた。
「つまりこの部屋にいれば、兵棋盤演習における統裁官のような視点で戦場を眺められるというわけですな」
「まあ、この部屋にもたらされる情報がすべて正しければ、という条件付きではありますが」
小柳参謀長の言葉に、松井は若干の注意を挟む。
実際問題、電探と無線、そして見張り員という情報収集手段を総動員したところで、得られる情報は限られている。それこそ、敵艦隊の司令官に直接聞きでもしないかぎり、戦場の全体像というのは判らないのだ(もっとも、彼我共に状況を把握出来ない戦場というのも珍しくはないが)。
「まあ、その辺りは演習の中で、この部屋を実際に使ってみれば追々判ってくるだろう」
栗田中将はもう一度、室内を見回して言った。
「参謀長、早速、明日から艦隊運動の訓練をするぞ。この設備がどれほど使えるのか、試してみようじゃないか」
アメリカ軍がガダルカナルに上陸したとの情報がもたらされたのは、このわずか二週間後のことであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
第三次ソロモン海戦後、臨時の措置として陸上に移されていた連合艦隊司令部は、その後、なし崩し的に地上に置かれ続けることになった。
一九四四年三月現在、連合艦隊司令部はかつての横須賀鎮守府の一角から移動し、横浜日吉地区にある慶應義塾大学の第一校舎や学生用寄宿舎に置かれていた。
当然ながら、寄宿舎は海軍によって接収されたため、住んでいた学生たちは別の場所に下宿先を求めなければならないこととなった(より正確に言えば、「接収」ではなく海軍と大学との間の「賃貸契約」だが、戦時中なので実質的な接収であった)。
これに関しては、学生たちを不憫に思った山本五十六海相や井上成美次官の尽力によって、海軍の方で簡易な寄宿舎を慶應義塾大学の敷地内に建設し、そこに追い出された学生たちを住まわせることになった。ただし、徴兵を猶予されていた彼らも戦争の長期化に伴い、一九四四年の九月に学徒出陣として戦場に送られていく運命にあった。
さて、日吉が司令部に選ばれた理由は、いわゆる“赤レンガ”と呼ばれる海軍省・軍令部の庁舎に近いことと、空襲を避けるための地下壕を掘りやすい地形・地質などの要素であった。
ただし、地下壕の方は未だ完成しておらず、昼夜兼行で現在も工事が進められている。
連合艦隊司令長官の詰める長官室は寄宿舎南寮、作戦室や事務室などは中寮に設置されていた。
三月五日、ガダルカナルに米軍が上陸を開始したとの報告が寄せられると、司令部の者は急ぎ作戦室へと招集されることとなった。
「諸君、ついに米軍の反攻作戦が開始された。場所は奇しくも、あのガダルカナルである」
中澤佑参謀長、樋端久利雄先任参謀など集まった者たちを見回して、連合艦隊司令長官・古賀峯一大将は言った。
「中島参謀、説明を」
「はっ!」
連合艦隊情報参謀を務める中島親孝中佐が立ち上がる。
「南東方面艦隊からの索敵情報によりますと、ガダルカナル沖に戦艦を含む大型艦多数と輸送船団を確認、また艦上機も確認されたとのことですが、現在までに敵機動部隊の所在は確認されておりません。ただし、大和田通信所における通信傍受の内容から、敵の主力艦隊は未だ真珠湾に留まっている模様です」
中島は特に通信傍受から敵の作戦行動を予測することに力を入れる軍人であり、作戦室に招集される直前まで大和田通信所からもたらされる各種報告に目を通していたのである。
「さらに申し上げますと、傍受した敵通信の符牒はすべて南太平洋のマッカーサー軍を示すものであり、米太平洋艦隊を示すものは一つもありませんでした」
「恐らく、南太平洋での攻勢は政治的な面が大きいのだろう」
参謀長の中澤佑少将が言う。彼は軍令部第一部第一課長時代の一九四〇年、「情勢ノ推移ニ伴フ時局処理要綱」の作成者の一人となるなど、政略面にも一定程度の経験を持つ人物であった。
「恐らく、昨年の十一月、ろ号作戦で豪州本土を叩いたことが、今回の米軍のガ島上陸を誘発したのではないか?」
中澤は、当時、ろ号作戦の詳細を策定した樋端久利雄先任参謀に顔を向けた。
「その可能性は高いと思われます」樋端は明快な口調で応じた。「そう考えるならば、今回のソロモン方面での米軍の反攻は、我が軍の撃滅を意図したものではなく、豪州本土に近い場所から我が軍の拠点を一掃するという目的に重点を置いているものかと。それにより、豪州国民の国防への不安を拭おうとしているのでしょう」
「敵の通信情報から考えても、お二方の意見が正しいと思われます」
中島参謀も、頷いた。
「となれば」彼らの意見を聞いた古賀が言う。「真珠湾の米主力艦隊の動向には注意を払わねばなるまい。彼らがどこへ来るのか、それを見極める必要がある」
「真珠湾については、第六艦隊に命じ、水偵搭載潜水艦による索敵を実施すべきでしょう」
航空甲参謀の内藤雄中佐が提案した。
「うむ。その方向で調整してくれ」
「恐らく、米艦隊はマーシャル・ギルバート方面に来襲するものと考えられます」
樋端が言った。
「理由は?」
「マリアナ攻略のための前進基地として利用可能であるからです。また、これらの地域に重爆の航空基地を設置すれば、トラック泊地は完全に使用不能となります。マーシャル、カロリン、マリアナなどの中部太平洋を抑えれば、我が軍のラバウルを始めとするソロモンの拠点は孤立化します。それが出来るのに、あえて米軍がソロモンに侵攻したということは、参謀長の言う通り、豪州政府に対する政治的意図があるものと考えます」
「ニューギニア方面から北上しマリアナや比島を狙うという侵攻経路も考えられますが、そこについてはどうなのです?」作戦参謀の山本祐二中佐が口を挟んだ。「米国のことです、ニューギニアやソロモンを島伝いに攻略して航空基地を設置してこちらを脅かすと共に、中部太平洋を大艦隊で攻めるということをやってくるのではないでしょうか?」
「二正面作戦となれば、正直、我が軍に打つ手はありません。こうした事態を避けるために、本来であればラバウルからの撤退も済ませておきたかったのですが……」
樋端は力なく首を振った。
戦線を縮小することで、ニューギニア方面から来寇する米軍であろうと、中部太平洋方面から来寇する米軍であろうと、絶対国防圏に指定されたマリアナ・パラオの線で迎撃することが出来たのだ。陸軍の重慶攻略作戦の影響でマリアナの防備が遅れているばかりに、日本は未だ広大な防御正面を持ったままになってしまっているのである。
「今さら言っても詮無いことだ」
悲観的になりそうな司令部の空気を払うように、古賀は強い口調で言った。
「私は、捷号作戦警戒の発令を大本営に具申すべきだと考える」
その一言に、司令部は厳粛な空気に包まれた。
捷号作戦とは、マリアナを始めとする絶対国防圏の防備が完了するまで、その外郭地域であるマーシャル、ギルバート、ラバウルなどを防衛するために立案された陸海軍共同の作戦計画であった。
作戦は一号から四号まで策定され、対象地域は一号がマーシャル・ギルバート諸島、二号はラバウル・ニューギニア東部、三号が小笠原・本州、四号が北海道・千島列島であった。
作戦目的は敵上陸船団の撃滅であり、それによって米軍のマリアナ侵攻までの時間を稼ぐというのがその骨子であった。
「お言葉ですが、長官、今少し様子見が必要かと思います」
少し考える素振りを見せてから、樋端が反対した。
「現状、米軍の主攻軸を断定することが出来ません。艦隊と航空兵力をソロモンに投入して空振りに終わった挙げ句、他の方面が米軍に蹂躙されては元も子もありません。とはいえ、一方でトラックに艦隊を前進させ、作戦警戒発令に備える必要はあるかと思います」
一九四四年三月現在、連合艦隊も含めた帝国海軍の主要な編制は、次のようになっていた。
大本営海軍部直轄部隊
第一航空艦隊 司令長官:大西瀧治郎中将
第六十一航空戦隊
第六十二航空戦隊
連合艦隊 司令長官:古賀峯一大将
連合艦隊付属【空母】〈天鷹〉〈瑞鷹〉〈祥鷹〉【工作艦】〈明石〉〈秋津洲〉【駆逐艦】〈令月〉〈矢風〉
第三十一戦隊【軽巡】〈球磨〉
第四十三駆逐隊【駆逐艦】〈松〉〈竹〉〈梅〉〈桃〉
第五十二駆逐隊【駆逐艦】〈桑〉〈桐〉〈杉〉〈槇〉
付属【空母】〈神鷹〉
第六十三航空戦隊(内南洋) など
(註:駆逐艦令月は鹵獲した米駆逐艦フレッチャー)
第一艦隊 司令長官:阿部弘毅中将
司令部直率【戦艦】〈伊勢〉〈日向〉〈扶桑〉〈山城〉
第十一水雷戦隊【軽巡】〈夕張〉
第三十三駆逐隊【駆逐艦】〈沖波〉〈岸波〉〈秋霜〉
第三十五駆逐隊【駆逐艦】〈朝霜〉〈早霜〉〈清霜〉
第六十二駆逐隊【駆逐艦】〈若月〉〈霜月〉〈冬月〉
(註:第十一水雷戦隊は練成部隊)
第一機動艦隊 司令長官:小沢治三郎中将
司令部直率【軽巡】〈大淀〉
第二艦隊 司令長官:栗田健男中将
第一戦隊【戦艦】〈大和〉〈武蔵〉
第二戦隊【戦艦】〈長門〉〈陸奥〉
第四戦隊【重巡】〈高雄〉〈愛宕〉〈摩耶〉〈鳥海〉
第五戦隊【重巡】〈妙高〉〈羽黒〉
第二水雷戦隊【軽巡】〈矢矧〉【駆逐艦】〈島風〉
第十五駆逐隊【駆逐艦】〈黒潮〉〈陽炎〉〈不知火〉〈霞〉
第二十四駆逐隊【駆逐艦】〈海風〉〈江風〉〈涼風〉
第三十一駆逐隊【駆逐艦】〈大波〉〈巻波〉〈長波〉〈清波〉
第四水雷戦隊【軽巡】〈神通〉
第二駆逐隊【駆逐艦】〈村雨〉〈夕立〉〈五月雨〉〈春雨〉
第二十七駆逐隊【駆逐艦】〈白露〉〈時雨〉〈夕暮〉〈有明〉
第三十二駆逐隊【駆逐艦】〈涼波〉〈藤波〉〈早波〉〈浜波〉
第三艦隊 司令長官:山口多聞中将
第一航空戦隊【空母】〈翔鶴〉〈瑞鶴〉〈飛龍〉
第二航空戦隊【空母】〈隼鷹〉〈飛鷹〉〈龍鳳〉
第三航空戦隊【空母】〈瑞鳳〉〈千歳〉〈千代田〉
第三戦隊【戦艦】〈金剛〉〈榛名〉
第十一戦隊【戦艦】〈比叡〉〈霧島〉
第七戦隊【重巡】〈最上〉〈三隈〉〈鈴谷〉〈熊野〉
第八戦隊【重巡】〈利根〉〈筑摩〉
第十戦隊【軽巡】〈阿賀野〉
第四駆逐隊【駆逐艦】〈萩風〉〈舞風〉〈嵐〉〈野分〉
第十駆逐隊【駆逐艦】〈夕雲〉〈巻雲〉〈風雲〉〈秋雲〉
第十六駆逐隊【駆逐艦】〈初風〉〈雪風〉〈天津風〉〈時津風〉
第十二戦隊【軽巡】〈能代〉
第八駆逐隊【駆逐艦】〈朝潮〉〈大潮〉〈満潮〉〈荒潮〉
第十七駆逐隊【駆逐艦】〈谷風〉〈浦風〉〈磯風〉〈浜風〉
第六十一駆逐隊【駆逐艦】〈秋月〉〈涼月〉〈初月〉〈新月〉
第五十航空戦隊【空母】〈鳳翔〉〈龍驤〉【駆逐艦】〈夕風〉
(註:第五十航空戦隊は練成部隊)
第四艦隊 司令長官:小林仁中将
第三特別根拠地隊(司令部:タラワ)
第四根拠地隊(司令部:トラック)
第五特別根拠地隊(司令部:サイパン)
第六根拠地隊(司令部:クェゼリン)
第九〇二航空隊(水上偵察機)
第九五二航空隊(水上偵察機) など
北東方面艦隊 司令長官:戸塚道太郎中将
第十二航空艦隊 司令長官:戸塚道太郎中将
第二十四航空戦隊 (木更津)
第二十七航空戦隊 (千歳・千島)
第五十一航空戦隊 (厚木・豊橋)
(註:第五十一航空戦隊は、基地航空隊練成部隊)
第五艦隊 司令長官:志摩清英中将
第二十一戦隊【軽巡】〈多摩〉〈木曾〉
第一水雷戦隊【軽巡】〈阿武隈〉
第六駆逐隊【駆逐艦】〈雷〉〈電〉〈響〉
第九駆逐隊【駆逐艦】〈朝雲〉〈山雲〉〈薄雲〉
第二十一駆逐隊【駆逐艦】〈初春〉〈初霜〉〈若葉〉
第六艦隊 司令長官:高木武雄中将
司令部直率【軽巡】〈香取〉
第一潜水戦隊【特設潜水母艦】〈平安丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第二潜水戦隊【特設潜水母艦】〈さんとす丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第三潜水戦隊【特設潜水母艦】〈靖国丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第七潜水戦隊【潜水母艦】〈迅鯨〉【潜水艦】伊号潜水艦×三隻 呂号潜水艦×九隻
第八潜水戦隊【特設潜水母艦】〈日枝丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×九隻
第十一潜水戦隊【潜水母艦】〈長鯨〉【潜水艦】伊号潜水艦×六隻 呂号潜水艦×六隻
(註:第十一潜水戦隊は練成部隊)
南東方面艦隊 司令長官:草鹿任一中将
第十一航空艦隊 司令長官:草鹿任一中将
第二十一航空戦隊 (ラバウル)
第二十二航空戦隊 (内南洋)
第二十五航空戦隊 (内南洋)
第二十六航空戦隊 (ラバウル)
第十一航空戦隊【特設水上機母艦】〈神川丸〉〈国川丸〉
南東潜水艦部隊【特設潜水母艦】〈筑紫丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×二隻 呂号潜水艦×八隻
第八艦隊 司令長官:鮫島具重中将
第六戦隊【重巡】〈青葉〉〈衣笠〉
第三水雷戦隊【軽巡】〈川内〉
第十一駆逐隊【駆逐艦】〈吹雪〉〈初雪〉〈叢雲〉
第十九駆逐隊【駆逐艦】〈磯波〉〈浦波〉〈敷波〉
第二十駆逐隊【駆逐艦】〈天霧〉〈朝霧〉〈夕霧〉
付属【駆逐艦】〈弥生〉〈望月〉
南西方面艦隊 司令長官:高須四郎中将
司令部直率【軽巡】〈香椎〉
第三十潜水隊【特設潜水母艦】〈りおでじゃねろ丸〉【潜水艦】伊号潜水艦×六隻
第二十三航空戦隊 (セイロン)
第二十八航空戦隊 (ケンダリー) など
第七艦隊 司令長官:大河内傳七中将
第十六戦隊【重巡】〈足柄〉【重雷装艦】〈大井〉〈北上〉
第一駆逐隊【駆逐艦】〈神風〉〈沼風〉〈野風〉〈波風〉
第七駆逐隊【駆逐艦】〈曙〉〈潮〉〈漣〉〈白雲〉
付属【軽巡】〈十勝〉
(註:第七艦隊はインド洋を担当するために新設された艦隊。なお、軽巡十勝は鹵獲した英軽巡ケニア)
海上護衛総隊 総司令長官:及川古志郎大将
司令部直率【軽巡】〈鹿島〉【空母】〈大鷹〉〈雲鷹〉〈冲鷹〉〈海鷹〉
第一海上護衛隊【軽巡】〈鬼怒〉〈名取〉
第五駆逐隊【駆逐艦】〈朝風〉〈松風〉〈春風〉〈旗風〉
第十三駆逐隊【駆逐艦】〈若竹〉〈呉竹〉〈早苗〉
第三十二駆逐隊【駆逐艦】〈朝顔〉〈芙蓉〉〈刈萱〉
第三十四駆逐隊【駆逐艦】〈羽風〉〈秋風〉〈太刀風〉〈汐風〉
付属【海防艦】〈択捉〉〈占守〉〈佐渡〉〈松輪〉〈対馬〉〈若宮〉〈干珠〉等【水雷艇】〈鷺〉〈隼〉
第二海上護衛隊【軽巡】〈五十鈴〉〈那珂〉
第二十二駆逐隊【駆逐艦】〈皐月〉〈文月〉〈水無月〉〈長月〉
第二十三駆逐隊【駆逐艦】〈三日月〉〈夕月〉〈卯月〉
第二十九駆逐隊【駆逐艦】〈追風〉〈帆風〉〈朝凪〉〈夕凪〉
付属【海防艦】〈隠岐〉〈壱岐〉〈福江〉〈平戸〉〈御蔵〉〈天草〉〈満珠〉等
帝国海軍は昨年十一月のろ号作戦当時から、ほとんど空母戦力を増強出来ていないことが判る。
連合艦隊直属の三空母は浅間丸型客船を改装した商船改造の小型空母であり、大鷹型に準じた改装が施される一方、主機を駆逐艦のものに換装して速力を二十五ノットにまで上昇させていた。とはいえ、機動部隊に加われるような艦艇ではない。
今後、大鳳、雲龍、天城、日進の四空母が四月中に竣工する予定であり、さらに雲龍型三番艦の葛城が八月に、四番艦笠置が十二月に戦列に加わる予定となっていたが、アメリカ海軍の増強ぶりに比べれば微々たるものであった。
雲龍型は他にも数隻が建造中であったが、五番艦乗鞍以降の完成は昭和二十年五月以降とされていた。
それでも、これらの兵力を以て帝国海軍はマリアナでの最後の決戦に挑むことを目指していた。
そのためには、マリアナの防備が整い、空母戦力が揃うまで絶対国防圏の外郭地域を一定期間、守り抜かねばならなかった。
まさしく、壮絶な矛盾を孕んでいる作戦計画であった。
捷号作戦で戦力を消耗しては、将来的なマリアナ決戦で戦力不足に陥る危険性があったのである。
「まずは瀬戸内海とリンガ泊地に分散してしまっている第一機動艦隊から戦力を抽出し、トラックへ派遣します」樋端は太平洋の地図を指さして説明する。「トラックならば、米軍がマーシャル・ギルバートに来襲しようと、ラバウルに上陸しようと迅速な対応が行えます。ラバウルから引き揚げ、温存させている第十一航空艦隊の残余の航空戦隊も、トラックに進出させます」
「問題は、トラックの燃料だな」
中澤佑参謀長が言った。彼は軍令部員時代、海軍の石油備蓄問題などに関わった経験もあり、石油や油槽船問題に敏感であった。
「あそこには三万トン分の燃料タンクしかない。第二、第三艦隊をトラックに展開させ、作戦行動を行わせるとなると、艦隊保有分の燃料を差し引いた上で多少の余裕を見積もった場合でも、十万トンから十二万トンの燃料を配備せねばならん。その分の油槽船を手配するとなると、内地への石油送還にも影響が出る」
現在、連合艦隊に配属されている油槽船は三〇隻であった。このうち、艦隊に随伴可能な油槽船の数は十八。
しかも、作戦に参加して万が一、油槽船を失うことになれば、やはりマリアナでの決戦計画に悪影響が出てしまうという危険を孕んでいる。現状、米潜水艦の活動がかなり停滞しているとはいえ、油断は出来なかった。
「陸軍からは、連合艦隊に配属されている油槽船を民需に回して南方からの石油送還に充てるべきとの意見も出ているのだ。艦隊のトラック回航以前に、油槽船のトラック回航について軍令部や参謀本部を納得させねばならない。恐らく、トラックに回航した油槽船は捷号作戦終了まで艦隊への給油に忙殺され、南方からの石油送還任務に使えなくなるだろうからな」
「油槽船の護衛には、GF直属の三空母を充て、万全を期すこととしよう」古賀が中澤の言葉を受けて、そう宣言した。「また、第二、第三艦隊の水雷戦隊の一部を抽出して油槽船の護衛を行わせる」
「はい、正しいご判断かと」
中澤が頷く。
「では、その方針で末次総長と山本海相に掛け合ってみることとしよう。諸君らは引き続き、米軍の動向を注視するように」
「はっ!」
こうして、連合艦隊は次なる作戦発動に向けて動き始めたのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「戦況表示板、艦隊運動を追えているか?」
「はい。前衛の第二水雷戦隊、右翼に第四戦隊、本艦後方に武蔵を確認しています」
「赤軍の状況は?」
「そちらも追えています。青軍に対する襲撃運動を試みつつあります」
「よろしい」
大和戦闘情報室では、通信長・松井宗明少佐が通信科の将兵たちに次々と指示を下していた。さらに室内は、電探室、通信室、見張所からの情報が次々と艦内電話によって舞い込み、それを戦況表示板に反映させるための声が飛び交うなど、なかなかの喧噪ぶりを示していた。
「もう少し淡々とした場所かと思っていたが、案外、騒がしいものだな」
部屋の後方に佇んでいた栗田健男中将は、少々意外そうな口調で言った。
「まあ、現状では機材で自動的に戦況表示板に反映することは出来ませんから、どうしても人の手が頼りになります」
松井通信長が説明する。
「今は演習なので青軍、赤軍ともに予定調和的な艦隊運動を取っていますが、実戦ではこうはいかないでしょう。舞い込む情報に、戦況表示板が追いつかなくなる可能性があります。正直、人員をあと最低五名は増やして欲しいところです」
「森下艦長に、私の方から伝えておこう」
「お願いいたします」
戦闘指揮所にいるのは第二艦隊司令部の要員たちで、大和艦長の森下信衛大佐以下、大和の主要幹部は昼戦艦橋で指揮を執っている。
戦闘情報室は艦隊全体の動きを知るのには便利であるが、この部屋からは外の様子が見えないため、操艦の指揮には向かない。そのため、森下艦長は艦橋の上部で大和の指揮を執っているのであった。
現在、第二艦隊は艦隊司令長官の栗田健男中将率いる青軍と、第二戦隊司令官・角田覚治中将率いる赤軍に分かれて演習を行っている。
米軍がガダルカナルに上陸したとの情報は、今や艦隊将兵全員が知っていた。
誰もが、出撃の時が近いと感じている。
故に、訓練にも一層の熱が入っていた。
実戦を想定した艦隊戦の演習や、第三艦隊の母艦航空隊と共同して空襲に際しての艦隊運動に関する訓練(母艦航空隊にとっては艦艇への襲撃訓練)を連日行い、艦隊将兵たちの士気も高まっている。
「米海軍も、昨年の第二次セイロン沖海戦以降、さらに三隻の新鋭戦艦を竣工させていると聞きます」参謀長の小柳少将が言う。「この状況で、こうした設備が設置出来たことは、まさしく僥倖ですな」
「だが、米軍の方がこうした設備を先に導入していたとなると、やはりこの分野に関しては彼らに一日の長があることを認めざるを得まい。我々も、出来る限りこの施設の精度向上に努めたいところだな」
その時、通信長宛の艦内電話が鳴り、松井通信長が受話器を取った。
栗田や小柳は、この部屋では特に珍しい光景ではなかったのでなおも戦況表示板に注目していたが、受話器を置いた通信長が硬い表情で近付いてくると、何か重大な情報がもたらされたのだと悟らざるを得なかった。
上海事変で片足を負傷して義足となった通信長は、足を引き摺りながら二人の前に立った。
「GF司令部から、緊急の通信です。本日、四月五日を以て捷号作戦警戒を発令。第二艦隊は四月八日を期して柱島を出港、トラックに進出すべし、とのことです」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
修理と改装なった大和が、ようやく連合艦隊に合流しました。
大和の電子装備に関しては史実よりもよほど充実していますが、これでも米軍に比べたらまだまだというのが、日米の技術力の差なのでしょう。
さて、編成表に鹵獲したフレッチャーとケニアが出てきましたが、拿捕した輸送船などならばともかく、戦闘艦艇となると鹵獲すれば即戦力化出来るというものではないでしょう。
史実のスチュアート(第一〇二号哨戒艇)も結局、弾薬などを入手出来ない米軍の兵装を取り外し、主砲などを換装しています。
フレッチャーの五インチ両用砲は研究のために降ろされ、代わりに長一〇センチなどに換装されるものと思います。ちなみに、彼女の艦名を「令月」としたのは、彼女を鹵獲した二月にちなんだものです。
一方、ケニアに関しては大和型戦艦から降ろされた一五・五センチ砲三連装砲に主砲を換装されるでしょう。艦名については、架空戦記でよくある「架空の新鋭軽巡は北海道の地名から」という安易な理由です。
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