蒼海の碧血録

三笠 陣

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第二章 南溟の晩鐘

14 蹉跌の海

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「レーダー室より報告。北西方向より接近する機影あり。数、およそ四十」

 第十一航空艦隊によるアメリカ海軍第七十七任務部隊への空襲は、二月七日一三三〇時頃から始まった。
 それまで第七十七任務部隊の上空直掩は、後方の第五十一任務部隊から発進した戦闘機隊十二機が交代で当たっていた。第五十一任務部隊は三十六機のF4Fを搭載しているので、三交代制で上空援護に当たっていたのである。
 コロラドのレーダーがジャップの編隊を探知すると、第七十七任務部隊は直ちに第五十一任務部隊に戦闘機隊の増援を要請した。
 戦艦部隊はジャップの索敵機による断続的な接触を受けていたので、キンケード少将の護衛空母部隊でも増援の戦闘機隊は即座に発艦出来るよう準備を整えていた。

「ジャップが昼間空襲を仕掛けるとは、意外でした。申し訳ございません」

 自身の情況判断に誤りがあったことを、ブローニングは即座に認めた。

「いや、俺もジャップの昼間空襲はないと見ていた。これは俺のミスでもある」

 ハルゼーは渋い表情で、艦橋の外に広がる蒼穹を見上げていた。
 対空戦闘用意の命令が下された艦隊では、甲板の高角砲や機銃座に乗員たちが取り付き、ジャップを待ち構えている。
 現在、艦隊は輪形陣を取って北上していた。最も守るべき艦は旧式駆逐艦改造の高速輸送艦であるが、これを輪形陣中央に持ってきてはガ島撤収作戦というこちらの意図を暴露しかねない。
 そのため、第七十七任務部隊は戦艦によるガ島艦砲射撃を企図しているとジャップに認識させるため(ガ島砲撃そのものも今回の作戦計画には入っているが)、コロラド以下四隻の戦艦を輪形陣中央に配置していた。その周囲を巡洋艦、高速輸送艦で囲い、輪形陣の外周を駆逐艦が守る配置となっている。

「ハルゼー中将」

 対空戦闘用意の命令を下し終えたコロラド艦長が、ハルゼーに向き直った。

「提督は参謀と共に、航海司令塔へ移動すべきかと存じます」

 航海司令塔は、艦内でもっとも厚い装甲に覆われている区画である。コロラドには未だCICは設置されていないため、指揮は艦橋で行うか、航海司令塔で行うかのどちらかとなる。
 当然、操艦によって敵の空襲を回避しなければならない艦長は見通しの良い艦橋に留まらざるを得ないが、艦隊全体の指揮を執るべき艦隊司令部は安全な航海司令塔に移動すべきであった。

「結構だ」

 だが、ハルゼーは一瞬の躊躇もなく艦長の進言を退けた。

「俺は分厚い装甲に守られた部屋でビクビクしている臆病者にはなりたくない。それに、艦長の操艦技術を信頼している。航海司令塔に移る必要はない」

「……」

 コロラド艦長もこの闘将の気質を理解しているのか、それ以上進言することはなかった。

「艦長、この艦を頼むぞ」

「アイ・サー」





 濃緑色と灰白色の斑模様の零戦三二型を操る笹井醇一中尉は、前方に芥子粒大の機影を発見した。
 と、自身が敵機発見を周囲に知らせる前に、編隊の先頭付近にいる零戦の翼が振られた。どうやら、自分よりも先に敵機を発見し、いち早く機体をバンクさせたらしい。相変わらず、自分の周囲には驚異的視力を持つ人間ばかりいるようだ。
 笹井も十分熟練搭乗員には分類されるだろうが、台南空以来の熟練下士官に比べればまだまだ若輩者なのだ。
 現在、笹井らの部隊は高度六〇〇〇メートル付近を飛行している。編隊の先頭では、航法を担当していた先導役の二式陸偵が退避行動に移りつつある。一方、零戦隊は落下増槽を投棄し、速度を上げつつ発見した敵影に突撃しつつあった。
 相対速度は優に時速一〇〇〇キロを超えるだろう。芥子粒大の機影がごま粒大になり、それが完全に航空機の形に変わるまではあっという間であった。
 ビヤ樽のような太い胴体の機体。グラマンF4Fだった。
 互いの翼に発砲の閃光を走らせながら、日米の編隊は交差した。二つの編隊が放った牽制の一撃で、撃墜された機体はない。

「……」

 笹井は無言でラダーペダルを踏み込み、操縦桿を引いた。視界が縦になる。
 彼を始めとする零戦の編隊が、後方に抜けた敵編隊を追って旋回する。ソロモンの空は、たちまち彼我の機体が入り乱れる戦場と化した。
 米軍の戦術は、ガダルカナル攻防戦で何度も見た二機一組になる戦法。それに対して、実用可能な無線機を持たない零戦隊は己の技量と目視による連携で敵機に襲いかかっていく。
 笹井は、別の零戦に目を付けている敵機に狙いを定めた。
 背後からの接近。
 だが、気付かれた。
 二機の敵機は目標への追撃を諦め、笹井機から逃れるために降下に移る。
 笹井も機首を突っ込み、追撃する。敵機の狙いは判っていた。
 降下で速度が付くと、敵機はその速度を活かして宙返りを行おうとした。速度性能や降下性能で零戦に勝るF4Fならではの戦術だ。
 だが、笹井が機首を引き起こすのは彼らよりも早かった。すでに、敵機がどの瞬間に引き起こしを行うのか、経験から判っていたのだ。
 照準レクティルに、上昇を始めた敵機が自ら飛び込んでくる。
 スロットルレバーのボタンを押し、両翼の二十ミリ機銃を叩き込む。
 機体に伝わる振動。
 敵機の翼が根元から折れる。一機撃墜確実。もう一機は遁走を開始した。
 直後に笹井は離脱をかける。背後から迫る脅威に気付いたのだ。
 搭乗員の意識は、前方に一、後方に九の割合で向けなければならないといわれる。そして、射撃時の直線飛行ほど危険なものはない。
 急激な回避機動。体にGがかかり、ぐるりと視界が反転する。真っ白な雲やギラつく太陽が上下左右に回転していった。
 そんな笹井機の脇を、鮮やかな薄青の塗装を施した二機のグラマンが降下しながら通り過ぎていく。
 離脱が数瞬でも遅れていれば、射点に付かれていただろう。
 そして、旋回を終えた笹井機は、逆に敵機の後方に付くことになった。
 上空から降下しながらの一連射。
 そして、別の方向からの射撃がもう一方のグラマンに吸い込まれた。
 何度も笹井の列機を務めてくれている西沢広義飛曹長の射撃だ。背後から自分を援護してくれていたのだ。
 一瞬だけ、二機の零戦が並ぶ。
 笹井は手信号で西沢に謝意を伝えた。
 そしてまた、二人の駆る零戦は、乱戦の中へと飛び込んでいくのだった。





「ジャップの編隊が戦闘機だけで構成されていた、だと?」

 半信半疑といった口調で、ハルゼーは通信兵を問い質した。

「はい、敵編隊はおよそ四十機あまりの零戦ジークで構成されていたとか」

「完全なる戦闘機掃討戦ファイタースイープを意図した編成ですな」

 ダグ・モールトン航空参謀が苦い表情で指摘する。

「そんなことはどうでもいい!」判りきったことを言うなとばかりに、ハルゼーは怒鳴る。「つまり、連中の本命は次だ。レーダー室に伝えろ、すぐに新たな敵編隊が接近する可能性あり、決して見落とすな、とな」

「アイ・サー」

 伝令の兵士が、緊張した面持ちで艦橋から走り出した。

「エスピリットゥサントにも緊急電を組め! 第五十一任務部隊の上空直掩に付いている機体を、ただちに第七十七任務部隊に向かわせろ、とな!」

「それでは、第五十一任務部隊の上空援護が薄くなります! そもそも、燃料が……」

「燃料の足りなくなった機体は、第五十一任務部隊の周囲に着水させればいい!」

 言いつのろうとしたモールトン航空参謀を、ハルゼーは遮った。

「ぐずぐすするな! ジャップの第二次空襲が始まるぞ!」

 その言葉に、モールトン航空参謀は弾かれたように通信室へと駆け出す。

「……ジャップめ、やってくれる」

 ハルゼーは、艦橋から見える空を睨み付けた。
 コロラドは未だ、ジャップとの本格的な戦闘を経験していない。真珠湾攻撃を免れた彼女は、今まで船団護衛や改装を行っていたのだ。
 ダメージコントロールや対空砲火に、乗員たちがどれほど力を発揮するのか、ハルゼーには判らなかった。





 ジャップによる第二次攻撃隊は、零戦で構成された第一次攻撃隊が米戦闘機隊を撃退してまもなく戦場上空に到達した。

「レーダー室より報告! 北西方向より大編隊接近中! 数、およそ一〇〇!」

「……」

「……」

 レーダー室からもたらされたジャップの航空隊の規模に、コロラドの艦橋に詰める者たちの表情が険しくなる。
 現在、第七十七任務部隊の上空に、直掩機の姿はない。先の空戦でほとんどが落とされ、生き残った機体も損傷と弾薬の消耗のために母艦へと帰還せざるを得なかったのだ。
 そして、救援を要請したエスピリットゥサントの航空隊も、午前中から第五十一任務部隊の上空援護に当たっていたため、第七十七任務部隊を援護する燃料的余裕がないという。
 アメリカ艦隊はまさしく、マレー沖でイギリス東洋艦隊が撃滅された時と同じく、上空を守るもののない状況で空襲を受けることになったのである。
 この時、第十一航空艦隊を中心とする日本側航空隊の戦術は、自らの損害を局限することに重きを置いていた。
 敵艦隊上空に戦闘機が張り付いていることは、索敵機からの報告で判明していた。まずはこれを撃退すべく、ガ島に配備された零戦隊四十二機(加えて、誘導任務の二式陸偵一機)を第一次攻撃隊として出撃させたのである。
 そして今、第七十七任務部隊へと接近しつつある第二次攻撃隊は、陸海軍合同部隊となっていた。
 編成は、一式戦闘機「隼」が二十四機、零戦九機、九九式軽爆が十八機、そして九九艦爆が五十七機という規模であった。
 これらの機体が、一斉に米艦隊へと襲いかかったのである。

九九艦爆ヴァル、外周部の駆逐隊に急降下!」

「何てこった!」

 ハルゼーはジャップの目論見を即座に悟った。
 固定脚の特徴的な機体が、輪形陣外周部を守る駆逐隊に急激な角度で降下を始めていた。
 コロラドも、メリーランドも、そして他の艦艇も盛んに対空砲火を撃ち上げているが、どこか心許ない。
 旧式戦艦は近代化改装を受けるなどしているのだが、サウスダコタ級などに比べればその対空砲火の威力は劣る。四戦艦とも、旧式の五インチ二十五口径高角砲を連装六基から八基しか搭載しておらず、対空機銃も二十ミリ機銃だけしか搭載されていない。対空射撃に威力を発揮するボーフォース四十ミリ機銃は、どの戦艦も搭載されていなかった。
 ある意味で、日本の旧式戦艦よりはマシといった程度の対空兵装しか存在していなかったのである。

「オバノン、被弾! 火災発生の模様!」

 見張り員の絶叫が届く。それに少し遅れて、爆音がコロラドへと届いた。
 輪形陣外周部で奮戦していた駆逐艦オバノンが被弾したのである。

畜生ガッデムっ!」

 コロラド艦橋で、ハルゼーは小さく罵り声を上げた。これで、輪形陣に駆逐艦一隻分の穴が空いたことになる。
 周囲の空は、各艦が撃ち上げる対空砲火でどす黒く染まっていた。高角砲発砲の振動で、コロラドの船体が小刻みに揺れている。
 耳を聾するほどの騒音に包まれた第七十七任務部隊の輪形陣は、それでもなおガ島を目指して北上を続けていた。
 回避行動を取る各艦の航跡が白く蛇行し、対空砲火の黒煙が後方へと流れていく。

オスカー!」

 その瞬間、見張り員の叫びと共に、コロラド目がけて突っ込んできた一式戦闘機「隼」の機首に閃光が走る。
 放たれた七・七ミリ機銃弾は、容赦なくコロラドの機銃員たちの体を引き裂いていく。
 悲鳴と絶叫、機銃座が血と脳漿と肉片にまみれる。
 それでもなお、生き残った者たちは懸命に対空機銃を撃ち続けていた。

九九軽爆リリー、本艦に向かって降下してきます!」

取り舵一杯ハードアポート!」

 見張り員の叫びに応じて、艦長が命令を下す。
 コロラド目がけて、九九軽爆が緩降下を始めていた。九九艦爆によって空けられた輪形陣の穴、そして戦闘機隊の機銃掃射によって出来た対空砲火の穴を突破してきたらしい。
 未だ健在な高角砲と機銃が、それを迎え撃つ。戦友の死体や血に塗れた機銃座の横で、乗員たちが必死の形相で弾を撃ち続ける。
 ある者は日本人への怨嗟を叫び続け、またある者は主の加護を求めた。
 刹那、一機の九九軽爆が胴体中央に被弾、瞬時に爆散した。搭乗員の遺体と共に、破片がソロモンの海へと消えていく。

「一機撃墜!」

「まだ来るぞ! 油断するな!」

 甲板で指揮を執っていた士官が兵卒たちを怒鳴りつける。

「敵機、投弾!」

 緩降下してきた九九軽爆が、一転して上昇に転じた。それは、投弾の合図である。
 機銃員の一部は、自分たちに降り注ぐ黒い塊をはっきりと視認していた。
 そして、衝撃と爆発。

「ダメージリポート!」

 艦長が即座に被害報告を求める。

「高角砲、機銃に被害! 右舷甲板で火災発生中!」

「消火、急げ!」

 艦内を、ダメージコントロール班が駆ける。
 そして、第七十七任務部隊の災厄はさらに続いた。

「ニューメキシコ、被弾の模様! 火災発生!」

「ストリンガム被弾! 行き足止まります!」

「くそっ、高速輸送艦まで!」

 艦橋の誰かが叫び、皆が唇を噛む。高速輸送艦の一隻であったストリンガムが被弾し、炎上しつつ速力を低下させている。

「提督、救助は!?」

「駄目だ!」ハルゼーは一言の下に切り捨てた。「空襲下で艦を止めるわけにはいかん!」

 そして、艦隊は北上している。今は見捨てるしかないのだ。
 四方八方から襲いかかるジャップの爆撃機は、皮膚を一枚一枚剥ぐように、第七十七任務部隊へと打撃を与えていた。





「第二次空襲で、駆逐艦ストロングが沈没、オバノン、ラドフォードが大破して航行不能。高速輸送艦もストリンガム、デントが航行不能となっています」

 嵐のようなジャップの空襲が終わると同時に、被害の集計が行われた。

「……駆逐艦フレッチャーとテイラーに救助を行わせ、航行不能となった四隻は処分せよ」ハルゼーは怒りを押し殺した低い声で命じた。「フレッチャーとテイラーは救助後、エスピリットゥサントへ帰還。残存艦艇は陣形を再編、引き続きガ島を目指す」

 これで、第七十七任務部隊は戦列から五隻の駆逐艦を失ったことになる。元々、南太平洋戦線全域で護衛艦不足に悩まされていた状況であっただけに、駆逐艦三隻が沈没した影響は大きい。

「本艦とメリーランド、ニューメキシコ、それと軽巡ボイシも被弾しましたが、幸いにして小型の一〇〇ポンド爆弾(実際には日本の六〇キロ爆弾)だったため、戦闘航行に支障はありません」

「続いて、キンケード少将の第五十一任務部隊からの報告です。第五十一任務部隊の戦闘機隊は、先の空戦でほとんどの戦力を消耗してしまいました。三十六機のF4Fの内、未帰還は二十七機。さらに二機が損傷のため着艦に失敗して海中に投棄。再出撃可能な機体は現在、集計中とのことです」

「……」

 ハルゼーは真っ赤な顔になって、歯を食いしばっている。コロラド艦長など艦橋要員たちが詰めているこの場所で、感情を激発させるのは士気の点から拙いと感じたのだろう。

「……連中の狙いは、こちらの防空能力を低下させることだ」

 第一次攻撃隊による戦闘機掃討戦ファイタースイープ、第二次攻撃隊による対空火器の破壊。
 恐らく、ジャップの本命は第三次攻撃隊以降。間違いなく、雷撃機が来るだろう。
 時刻はすでに一五〇〇時を越えている。
 空襲による回避行動や救助活動で多少は時間を浪費したとはいえ、このままいけば二三〇〇にはガ島ルンガ沖へと突入できるだろう。
 そう、
 上空援護すべき戦闘機はなく、対空火器も破壊された。その状態で、ジャップの空襲を潜り抜けられるとは思えない。

「エスピリットゥサントに出した上空直掩の要請は?」

「一四一五時に陸軍のP38十二機が出撃したとの報告が入っております。本来は第五十一任務部隊の上空直掩に当たるはずだった部隊とのことです」

 モールトン航空参謀が答える。

「十二機だけか?」

 いかにも不満そうな様子で、ハルゼーは確認する。

「稼働可能な機体をかき集めても、それだけしか確保出来なかったようです」

「……」

 ハルゼーは憤然として息をついた。
 とはいえ、やむを得ない面はある。P38は複雑な構造のため生産性が悪く、おまけに太平洋戦線と欧州戦線で数少ない機体を取り合っているのである。
 そして、昨年末頃から南太平洋に配備され始めたP38は、日本海軍による一連の通商破壊作戦で予備部品が十分に届かず、稼働率を低下させていたのである。
 そして最大の問題は、現状のアメリカ軍戦闘機の中で最長の航続距離を誇るP38であっても、ガダルカナル-エスピリットゥサント間の飛行は航続距離の限界に近いことであった。ガダルカナル-エスピリットゥサント間の距離は約八〇〇キロであり、P38の航続距離は約一五〇〇キロなのである(大戦後期になると改良型が生産され、航続距離はさらに伸びているが、一九四三年二月現在ではこの数値が限界)。
 つまり、実質的に往復は不可能で、空戦で燃料を多大に消費することを考えれば、第七十七任務部隊の援護すら覚束ない。
 今回の作戦でも、第七十七任務部隊の上空直掩任務は護衛空母部隊の役目と考えられており、エスピリットゥサントのP38部隊は万が一の場合の予備兵力扱いであった。少なくとも、往路で彼らの援護を必要とすることは考えられていなかった。

「……エスピリットゥサントには、空母ホーネットやエンタープライズ、レンジャーの生き残りの搭乗員たちがいたな?」

「はい」

 ブローニング参謀長が、言葉少なに答える。上官が何を考えているのか、察したからだ。

「彼らならば、洋上航法に問題はないだろう。ただちにキンケードの部隊にそれらの部隊で損害を補充するように伝えろ。今日は間に合わずとも、明日、我々が帰投する時には上空直掩機を出せるようにするんだ」

「……」

「……」

 ブローニングはモールトン航空参謀と目を見合わせた。
 命令の困難さは、空母部隊指揮官であるハルゼー自身も判っているだろう。
 確かに、元艦載機搭乗員であれば目印となるものが何もない洋上であっても、目標地点に到達出来るよう訓練されている。しかし、空母ホーネットなど大型空母に乗っていた搭乗員たちにとって、遙かに甲板が狭く速力も遅い護衛空母に発着艦させるのは、困難が伴うだろう。
 よほどの凄腕でなければ、発着艦事故が多発するに違いない。
 それでも、上空直掩を付けない場合に艦隊が受ける被害に比べれば、許容範囲であるかもしれない。
 問題は、機動部隊再建に必要な実戦経験のある搭乗員を失う危険性があることだ。
 だが、そのようなことは、ハルゼーは百も承知であろう。

「この事態とあっては、やむを得ないことかと」

 参謀たちを代表して、ブローニングは賛同する。

「ただちに、第五十一任務部隊とエスピリットゥサントへの暗号電を組みます」

「ああ、素早くやれ」

「アイ・サー」

 アメリカ海軍はこうしてまた一つ、蹉跌を重ねることになった。
 そして、日本軍の第三次攻撃隊がレーダーによって探知されたのは、一五一五時頃のことであった。





 第三次攻撃隊となった部隊は、零戦三十四機、一式陸攻十一機、九七艦攻十七機であった。
 一式陸攻と九七艦攻はガダルカナルに配備されている機体であったが、零戦はニュージョージア島ムンダ飛行場から派遣されてきた機体である。
 第一次攻撃隊でガ島に配備されていた零戦をほぼ全機出撃させる計画であったため、この日の早朝、彼らはムンダからガ島へと進出し、搭乗員の休憩と機体の整備、燃料の補給などを行った上で出撃したのであった。
 第二次攻撃隊に比べれば小規模であるが、第三次攻撃隊は第二次攻撃隊がどれほど対空砲火を潰すことが出来たのかを確かめるための一種の威力偵察部隊とされていた。
 とはいえ、一式陸攻と九七艦攻という二種の雷撃機を操る搭乗員たちは、獲物を後続の部隊に譲るつもりなどさらさらなかった。これまで輸送船団ばかりを叩いてきたため、久々の対艦攻撃に搭乗員たちの士気は旺盛だったのである。
 結果として、第三次攻撃隊は戦艦メリーランド、ミシシッピーに魚雷一本、軽巡ボイシに魚雷二本を命中させ、さらに被弾した一機の九七艦攻が戦艦ニューメキシコ艦橋に体当たりを敢行し、艦長以下艦橋要員を軒並み戦死させるという戦果を挙げた。
 エスピリットゥサントから急遽派遣されたP38部隊も防空に努めたものの、中高度以下での空戦となったため優れた高高度性能を発揮することが出来ず、旋回性能に勝る零戦に圧倒された。
 こうして、アメリカ軍は作戦初日にして航空兵力を大きく消耗することになったのである。
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