秋津皇国興亡記

三笠 陣

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第十章 未完の新秩序編

196 兵器の未来像

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 彩城国領政と領軍の再編に日々追われている景紀であったが、一方で今次戦役の戦訓を体系的にまとめ、それを次なる戦役に繋げるための研究も怠るわけにはいかなかった。
 やはり景紀や貴通にとって、多銃身砲で撃ち倒される騎馬部隊という光景は未だ衝撃的であったのだ。

「正直、銃砲の発達や射撃速度の向上で、まともな撃ち合いをすると双方大損害の痛み分けになるぞ」

 対斉戦役を経て景紀が抱いた感想は、それであった。
 兵部省軍監本部や一色公直公などは戦時経済体制構想について研究を続けているというが、たとえ工場で銃砲弾薬を無尽蔵に生み出すことが出来たとしても、戦地で将兵が大量に戦死するような事態になっては意味がない。
 銃砲弾薬が豊富にあるが、国内から兵役に耐えられる年齢の人口がいなくなってしまっては、戦争は継続出来ないからだ(もっとも、その場合には労働に耐えられる人口も激減しているだろうが)。
 もちろん、今次戦役で問題を露呈した戦時経済体制の再構築も重要な課題であることは景紀も理解している。しかし一方で、小山朝康や結城景保のように軍内部の若い世代ですら、従来の戦術に固執する姿勢を見せているのである。
 これでは、根本的な問題は改善されない。
 戦時経済体制の再構築が必要であるならば、同時に戦術面の問題も克服していかなければならないだろう。

「しかし、損害を恐れて双方陣地に引き籠もっていては、そもそも戦争になりません」

 河越城内の居室で、景紀と貴通は悩ましげな顔を突き合せていた。
 二人に茶菓子を持ってきた宵が、部屋の隅で二人の意見に耳を傾けている。

「それこそ俺たちが新たな騎兵の運用として提唱したように、敵の後方を攪乱して補給路を遮断するとか、そういう戦い方が中心になるだろうな」

「それでしたら、騎兵よりもむしろ翼龍の方が適任かもしれません」

「ああ、今次戦役では海軍の龍母部隊が華中・華南地方で散々に暴れ回ったらしいな」

「それに、僕らは今回、気球を敵地への侵入に使いましたが、あれに兵員ではなく爆弾を大量に搭載して敵地上空で投下するとか」

「敵の工業地帯をそれで爆破出来たら、確かに戦争の勝敗は付くな」

「とはいえ、敵領土の奥深くに侵入するのはなかなか困難でしょうから、敵の補給拠点の爆撃とかに使うしかなかそうですね。それでも気球は図体が大きいので、敵の砲火で撃墜される危険性が高いですが」

「まあ、要するに敵の補給能力を潰して、その上で敵の前線を突破しないと決定的な打撃にはなり得ないということだな」

「その前線を突破するのが困難になりつつあるからこそ、問題があるのですよね」

 二人が指揮した海城攻防戦では、塹壕に籠る皇国軍に対して突撃を仕掛けた斉軍が大損害をこうむっている。綿密な設計のなされた要塞ではなく、土を掘っただけの塹壕に籠っている相手に対してすら、大損害が生じるのである。
 どうしても、防御側が有利にならざるを得ない。

「でも、守ってばかりだと前線に張り付いている将兵たちの士気が心配だな。やっぱり、ひと思いに打って出たいって思いは抑えきれないだろう」

「しかし、それを抑えきれなければ敵の砲火で大損害は確実」

「だな」

「島田少将が冗談交じりに言っていましたが、馬から大砲を放てるようなことにでもならないと手詰まりです」

「馬から大砲を放つ、か」

 おかしそうに、景紀は笑った。

「確かに、そんくらいのことが起きないと攻撃は成り立たないだろうな。まあ、現実的に馬から大砲を放つなんて無理だが」

 そこまで言って、景紀の脳裏に何かが思い浮かんだ。

「いや、馬から大砲?」

「景くん?」

 怪訝そうに尋ねる貴通を無視して、景紀は部屋の隅で話を聞いていた宵に顔を向ける。

「なあ、宵。確かお前の提案で、蒸気機関を用いた農業用機械を試験的に彩州領内で導入してみようって話になっていたよな?」

「はい」

 宵は頷いた。
 それは昨年の秋、勤労奉仕として稲刈りに参加した宵が、農家に蒸気機関を用いた機械がまったくないことに気付いて、景忠公や重臣たちに導入を提案したものであった。
 農政担当の執政や逓信担当の執政などの協力、景紀が後援していた技術者などの協力を得て、この一年でいくつかの農業機械の開発・実用化を進めていた。
 そうした中で以前、宵が思いついた「農耕車」構想も具体化しつつあった。蒸気自動車を使って、これまで牛馬に曳かせていた鋤を取り付けてみようという形で、設計が進んでいた。
 実際、すでにアルビオン連合王国では「農業用トラクター」という存在があるらしく、十分に普及しているわけではないらしいが、ひとまずその設計図などを参考にする形で「農耕車」の試作機が何台か完成している。
 戦時中からの宵の尽力によって、この秋には試験的な運用が始められそうであった。

「ひとまず、結城家が機械を貸し出す形にして、河越周辺の農家で協力してくれる者たちに与える予定となっています」

「ああ、ありがとうな」

「まさか景くん、蒸気自動車に野砲を取り付けるおつおりですか?」

 景紀と宵の会話を聞いていた貴通は、この兵学寮同期生の目的をすぐに察した。

「ほら、蒸気自動車って元々、革命前のフランクで砲を牽引する馬代わりとして開発されたものだろ? だったらもう、引かせるんじゃなくて、乗っけちまった方が早くないか?」

「何とも極論な気がしますが……」

 思わず、貴通の顔に苦笑が浮かぶ。

「でも、構想としては面白いかと思います」

「だろ? ただ、問題はある」

「蒸気自動車という新たな乗り物の信頼性、そして走行能力の低さ、ですね?」

「ああ、そういうことだ」

 蒸気自動車が鉄道ほどには列強各国で普及していない原因は、都市部における辻馬車や乗合馬車、人力車の組合からの反発があること、そしてその信頼性が蒸気機関車に比べて低いことなどが挙げられる。
 実際、蒸気自動車は蒸気機関を無理に小型化したために爆発事故を起こすなど、未だ十分な信頼性があるとは言えない乗り物であった。
 そして、時速は整地された道でようやく六キロから八キロを出せる程度。
 しかし、戦地となれば整地された道などごく一部しかない。路外機動が出来ないようであれば、隊列が縦に長く伸びることになり、敵に分断と各個撃破の機会を与えてしまう。

「とはいえ、研究してみる価値はあるでしょう。確か、元々景くんは蒸気自動車を騎兵に随伴出来る歩兵を輸送する手段として注目していたのでしたね? でしたら、同時に兵員輸送用の蒸気自動車の研究も行った方が効率的でしょう」

「だな。で、地上の戦闘については蒸気自動車の研究を促進させるとして、残る問題は空だ」

「一色公あたりは、紫禁城降下作戦に今なお否定的ですからね」

 貴通は、その名を嫌そうに告げた。
 一色公直は、呪術師による大規模破壊術式と奇策ばかりを用いる景紀を用兵の器にあらずとして批判的であった。
 そして、強大な軍閥勢力の一角である一色公直が景紀に批判的である以上、軍内部で積極的に空中戦術について研究しようという雰囲気は生まれない。
 恐らく、ここまで積極的に翼龍や気球の運用方法について研究しているのは景紀と貴通くらいだろう。
 紫禁城降下作戦を承認してくれた川上荘吉少将のように、探せば陸軍内部にも理解者はいるだろうが、現状では六家同士の政争に巻き込まれることを恐れて名乗り出てくることはないだろう。

「陸軍としての研究というより、結城家として研究した方が要らぬ横槍が入らなくて無難か」

「まあ、一色公があの調子では、そうなるでしょうね」実に面倒そうに、貴通が同意した。「まったく、単なる用兵に関する意見対立だったらまだ良かったんですが、六家が絡むと途端に政治問題化しますからね。それで軍事研究が進められないとか、本当に皇国陸軍はこの先大丈夫なのかと心配になってきます」

「まあ、ぼやき出すと切りがないからな」

 景紀も同期生を宥めるような言葉を言いつつ、皮肉そうな笑みを隠そうともしない。

「で、話を戻すが、空中戦術について、お前はどこまで発展が可能だと思う?」

「それは、答えにくい質問ですね」

 景紀の問いに、貴通は腕を組んで唸った。

「そう言う景くんは、どうなんです?」

「正直、研究を始めると詐欺師みたいな連中がやって来そうな予感はある。ほら、以前からいるだろ? 空飛ぶ機械を発明したい、って言う奴」

「ああ、皇国に限らず、どこの国にもいるらしいですね、そういう輩」

 後世で言うところの「飛行機(飛行器)」の研究は、主に翼龍の存在が宗教的に忌み嫌われている西洋を中心に行われていた。
 とはいえ、翼龍に騎乗することに忌避感のない皇国においても、「機械の力で空を飛ぶ」ことを夢見る者たちは一定数、存在している。
 しかし、どの発明家も鳥類や翼龍に影響されたのか、翼を羽ばたかせる構造、いわゆる「オーニソプター」の形態で飛行機を作ろうと考えていたため、未だその開発に成功した者はいない。
 そうした部分が、景紀の目には開発資金を求めるだけ求めて成果を出せない、詐欺師のように映っていたのである。

「ただまあ、遊動気球なんかは研究を進める価値があると思う」

「翼龍で牽引しない形式の気球ですね」

 遊動気球とは、後世で言うところの飛行船である。気球に蒸気機関を搭載して、それを動力とするのである。
 これは、十年ほど前に帝政フランクにて飛行実験に成功していた。

「ただそうなると、制空権の問題がどうしても生じます。気球はどうしたって鈍重ですから、龍兵に襲われて気嚢に穴を開けられたら一巻の終わりです」

「今のところ、翼龍を大々的に運用しているのが皇国軍だけだから良いが、もし西洋列強が翼龍に対抗出来る“空飛ぶ機械”を発明でもしたら、とんでもないことになるな」

「いつ実現出来るのか、本当に実現出来るのかは現時点では未知数ですが、やはりそちらの“空飛ぶ機械”について何の研究も行わないというのも、怠慢でしょう。その点も含めた研究と開発を行うべきかと」

「そういう方向性で、父上からも研究開発費を出してもらう許可をもらってくるか」

「ええ、お願いいたします」

 この日の会話が、後世的な視点で見れば“戦車(どちらかといえば自走砲だが)”、“半装軌車ハーフトラック”、“飛行機”についてのものであったことを、現時点では景紀も貴通も知る由もない。
 しかし、毎日詳細な日記を残す習慣を付けている宵によって、この日の景紀たちの話した内容は後世に伝わることとなるのであった。
 それもまた、当人たちの与り知らぬことではあったが。
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