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第九章 混迷の戦後編
過去編2 南洋の士族反乱 中編
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「で、将来的な問題への対処はさっき景紀が言った通りで良いとして、現状の牢人たちの不満の解消はどうするの?」
「逆に聞くが、解決策があると思っているのか?」
「……」
景紀がどこか投げやりな口調で問い返せば、冬花は唇をねじ曲げざるを得なかった。
「確かに連中は今は正業に就いていない牢人とはいえ、士族だ。南洋総督府や各州庁に官吏として雇い入れるって手も、ないわけじゃない。でも、それで結城家の家臣団が納得するか? 南洋植民地は結城家が代々、統治してきたんだ。当然、南洋総督府や各州庁の官吏には、まず結城家領出身者を就けろってことになる。家臣団の中でも家を継げない次男、三男の仕官先として南洋総督府や各州庁は魅力的なんだ」
景紀は、結城家次期当主である。当然、家臣や領民たちが優先になる。他領で発生した牢人の面倒までは、見きれないのだ。
「だいたい、牢人になる連中は何かしら能力に問題を抱えている場合も多い。主家が衰退しようが、取り潰しになろうが、それなりに能力を備えている奴ならば新しい仕官先は見つかる」
景紀は内地にいる時、主家を失った忍の青年・新八を私的な家臣として雇っていた。
この他にも、軍で順調に出世している者、皇国大学などの大学出身者の士族は、たとえ主家が衰退、取り潰しになろうとも牢人にはなりにくい。
そのまま軍に留まれるか、それまでの領地に新たに設置された県の官吏としてそのまま採用されることが多いからだ。
つまり、新南嶺島まで渡って金採掘で一攫千金を狙うような牢人は、士族という家柄だけの存在である者が過半と見ても構わない。
もっとも、景紀の言葉が多分に偏見の含まれているものであることも確かであった。能力的な問題以外にも、反六家的思想を持つという政治的な要因で牢人となってしまった士族はいる。
また、牢人の開拓団の中には、重臣とその陪臣が揃って移住して農園経営に勤しんでいるところもあった。主家を失うと重臣も陪臣に家禄を払えなくなるのであるが、だからといってこれまで仕えてきてくれた陪臣を切り捨てるのも忍びないという者はおり、植民地での農園経営という形で陪臣たちに新たな働き口を与えようとする者たちも一定数、存在していたのである。
そのため、牢人を一括りに不穏分子扱いすることも出来なかった。その意味では、景紀や冬花の牢人観は匪賊討伐を経験したときのそれに引き摺られているといえた。
「じゃあ、このまま牢人たちが困窮していくままにしておくってこと? それだと、内地じゃなくてこっちで匪賊化しそうだけど?」
主君たる少年の言葉に、冬花が疑念を挟む。景紀は、面倒そうに息をついて答えた。
「取りあえず、農地の開墾が嫌だって言うんだったら、南海興発やその子会社に就職口を探してやってもいい。一攫千金なんて目指さずに、堅実に稼ぐことを考えてくれるのならそれが一番だ。あるいは、南洋群島の方に改めて移住させるか、だな。南洋群島は新南嶺島と違って、秋津人移住者の労働力で社会が回っているようなものだからな。何かしら、就職口はあるだろう」
新南嶺島の現地島民人口は、現在確認されているだけで約八〇万人。時折、結城家家臣団を中心とした探索隊が高地地方を訪れた際、未知の部族と遭遇する事例もあり、正確な人口は依然として不明な部分も多い。
これに対して秋津人の人口は五〇万人ほどと、島民人口に対して低い数値に留まっている。
一方、南洋植民地の島嶼部である南洋群島は、現地島民人口五万人に対して秋津人人口は十万人を超えており、本来の住民である現地島民が少数派に追いやられることとなっていた。
そのためもあり、南洋群島の経済は秋津人の労働力に依る部分が大きい。
景紀が南洋群島ならば秋津人移住者の就職口も簡単に見つかるだろう、というのはそういう意味があった。
「あとは、万が一の場合に備えて羅江に駐屯する兵力を増強しておくか」
南洋植民地には、南洋独立守備隊という部隊が駐屯している。これは歩兵六個大隊からなる兵力であり、総兵力は約七〇〇〇人であった。
これに主要な島の要塞守備隊の将兵約五〇〇〇を加えた約一万二〇〇〇名が、陸軍(より正確には結城家領軍)が南洋植民地に駐屯させている兵力であった。
この他、いくつかの島や環礁には海軍の泊地も設けられているため、それら拠点を管理・防衛するための海軍根拠地隊の兵力も駐屯している。
しかし、南洋独立守備隊は、泰平洋の広範囲に浮かぶ無数の島々や内地の二倍近い面積を誇る新南嶺島に兵力が分散しており、万が一の事態が発生した場合の兵力不足が懸念されていた。
この内、新南嶺島に駐屯しているのは歩兵二個大隊約二二〇〇名であり、大隊本部は北西部・馬桑と南西部・桜浜にある(桜浜には他に海岸要塞の守備隊約一四〇〇名が駐屯している)。
羅江に駐屯しているのは、対岸の花吹島に大隊本部を置く独立守備隊から分遣された歩兵一個中隊約二〇〇名と、同じく花吹島に司令部を置く海軍第八根拠地隊から海軍特別陸戦隊一個中隊約二〇〇名(主として港湾警備を担当)の計四〇〇名であった。
「もう一個中隊くらい、花吹島か桜浜から回してもらった方が良いだろうな」
「そうね。万が一、総督府に対して牢人たちが反乱を起こしたとしても、陸戦隊も合せて六〇〇名もいれば鎮圧出来るでしょうから」
兵学寮卒業後に指揮した内地での匪賊討伐で、景紀も冬花も小規模戦闘ならが実戦経験を積んでいる。だから牢人の不満を完全に解消出来るなどという甘い考えは抱いていないし、万が一には武力で鎮圧することにも躊躇はない。
とはいえ、牢人の存在が南洋植民地を統治する上での社会的な不安要素、障害になっていることは確かである。
それもまた皇国の体制が抱える矛盾の一つの現れではあるのだが、統治者の側である景紀にとっては何とも迷惑な話でしかなかった。
「ったく、何で俺がこんな面倒を見なくちゃならないんだ」
だから、そういうぼやきが出てくる。
「景紀は結城家次期当主なんだから、当然でしょ」
そして、そんな主君の愚痴を冬花は鋭く切り捨てた。
兵学寮を卒業して結城家次期当主の立場をいよいよ確かなものにしつつあるのに比例して、景紀が愚痴を零す回数が増えてきているように冬花は感じていた。
きっと次期当主としての重圧を感じているのだろうと思って心配になる反面、その相手が自分だけなのでちょっとした優越感を覚えてもいる。何とも複雑な心境であった。
景紀は兵学寮を卒業した直後に、東北の諸侯たる佐薙家の姫君との婚約が決定された。
たとえその姫君が景紀の正室となっても、自分は彼の側で補佐官として支えていく覚悟ではあるが、自分と景紀だけの主従関係で完結していられる時間は、今だけなのだ。
幼い頃は若様に守ってもらうばかりだった自分が、今は補佐官として彼を支えられる存在になれた。
だからシキガミの少女は、たとえ一年、二年という短い時間であったとしても、今のこの関係を大切にしたいと思っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
新南嶺島北東部の羅江での視察は、市内の製糖工場や水産加工場、秋津人の子供のための尋常小学校、実業学校、さらには現地島民の子供が通う公学校、職業訓練所など多岐に及んだ。
その後、景紀と冬花は翼龍を駆って内陸山間部の金鉱山の視察に向かった。陸路では河川や鉱山まで続く軽便鉄道などを使って十日から二週間ほどかかるのであるが、空路では間の山々や熱帯雨林を飛び越えられるので片道三時間ほどの行程であった。
金鉱山やその周辺に築かれた町の視察を終えて一旦、羅江に戻り、二日ほど翼龍を休ませてから景紀と冬花は南西部の港湾都市・桜浜へと向かうことになった。
ただし、羅江と桜浜の間には最大四〇〇〇メートルの標高を誇る山々が東西に連なっており、いくら翼龍といえどこの高度を人や物資を載せて越えることは不可能であった。
峠道など、山脈を越える経路がないでもなかったが、翼龍の疲労や手綱さばきを誤って山腹に激突する危険性を考えて、二人は海岸沿いに桜浜へと向かうことにした。
途中の町で翼龍を休ませつつ、数日かけて二人は桜浜に辿り着く。
二人が桜浜に到着したのは十二月下旬のことであり、すでにこの地は雨季に入りつつあった。一ヶ月の内、約三分の一は雨が降り、その他の日も曇であることが多い。
特に雨が多くなるのは一月下旬から二月にかけてであるが、内地と違って台風が襲ってこないこともあり、一ヶ月あたりの降水量で比べると実は皇都の方が多い月も存在している。
景紀が桜浜に到着して数日は、運悪く雨が降る日が続いていた。そのため、現地の工場や尋常小学校、実業学校(ともに秋津人向けの教育機関)、公学校(現地島民向けの教育機関)など、屋内の視察が多くなった。
雨が止めば、ここ十年ほどの間に技術が確立された真珠の養殖場などを視察する予定であった。
だが、景紀による桜浜視察は、最後まで行われることはなかった。
羅江の州庁より、南洋銀行の羅江支店が襲撃を受けたとの電報が入ったからである。
南洋銀行は南洋植民地の財政・金融を担当する特殊銀行で、結城家の設立した植民地統治のための会社でもあった。
「報告では、襲撃したのは牢人らしき風体の集団だそうよ」
桜浜の州知事公館で、冬花はそう電報内容を報告した。
「で、被害の程度は?」
「店員に死者は出なかったらしいけど、負傷者多数。官金も一部が強奪されたみたい」
自身の従者の言葉に、景紀は舌打ちをする。
「年末ってことで借金の取り立てに苦慮しての犯行、ってところか? あるいは、総督府に対して本格的に反乱を起こすための資金を得るためか?」
「今のところ、続報を待つしかないと思うけど」
冬花も困惑混じりの声でそう返す。
「ただ、借金取り立てに苦慮しての犯行だったとしても、牢人たちを取り締る口実にはなるでしょうね」
「ああ」
景紀の声は、険しかった。
「だが一方で、この事件を受けて軍による鎮定が始まると思った牢人たちが、やぶれかぶれで決起する可能性も否定出来ない」
「そう、ね」
最悪を予測する主君の言葉に、冬花は緊張を以て応ずる。
「続報を待っている間に羅江の情勢が悪化する可能性もある。とりあえず、南洋総督府と内地の父上のところに電報を打つ。万が一が起こった場合の俺の権限について、正式に決めておきたい」
南洋植民地は南洋総督が治める植民地であるが、その南洋総督は結城家当主にとって任命されている。実際、歴代の南洋総督は結城家宗家や分家に連なる者、あるいは結城家家臣団の者から選ばれていた。
だから結城家次期当主である景紀が現地にいる以上、南洋総督としても景紀に配慮せざるを得ないのだ。
一方の景紀も、自身が結城家次期当主という理由だけで動けば、指揮系統が混乱して徒に事態を悪化させるだけだと自覚していた。
まずは、景紀と南洋総督の間で有事の際の指揮権を誰が掌握するのか、決定しなければならないのだ。
「ったく、こういう問題もあとあと解決していく必要があるな」
結城家と南洋総督府の歪な関係に、景紀は苛立たしげに自身の髪を掻き回した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二日後、事態はより深刻化した。
桜浜―羅江間の電信が不通になってしまったのである。恐らく、羅江側の電信線が切断されたものと判断された。
ただし、羅江―花吹間の電信は生きているらしく、羅江の情勢は花吹経由で桜浜にもたらされた。
しかし、従来の電信処理に加えて、新たに羅江発桜浜宛の電信も処理しなければならなくなった花吹の電信局は、その混乱のために電信の処理に時間がかかるようになってしまった。
結果、羅江の情勢が桜浜の景紀の元に届くまで、十五時間から十八時間ほどかかるようになってしまったのである。
「これはもう、現地で蜂起が起こったと判断すべきだろうな」
電信線の切断は、明らかに意図的なものを感じさせた。景紀はこの時点で、羅江にて牢人たちの蜂起が発生したと判断することを決めた。
羅江の州知事からは、電信線が切断された原因は調査中であるとしながらも、南洋銀行支店の襲撃を以て不逞浪士鎮圧の大義名分は立ったと、南洋独立守備隊の出動を求める電信が寄せられている。
景紀はただちに、南洋総督府と内地の父の元に、以後は羅江で士族反乱が発生したとの前提の下で行動すべきという具申を行った。
そして銀行襲撃事件から四日目、景紀の父で結城家当主である景忠より、この事態に対して景紀に鎮撫の全権を与えるよう南洋総督府に命令が下った。
それが桜浜の景紀の元に届けられたのは、襲撃事件発生から五日目のことであった。
要するに、父は結城家次期当主である自分に不逞浪士を討伐させることで、南洋植民地が結城家の統治下にあることを示したいのだろう。景紀はそう受け止めた。
そして、父がこの事態を十六歳となった嫡男に任せられる程度のものとであると判断していることも理解出来た。
実際、羅江周辺の牢人の数は二〇〇名を超える程度であり、南洋独立守備隊一個大隊があれば鎮圧出来る勢力でしかない。
問題は、その南洋独立守備隊の兵力が各地に分散してしまっていることであった。
先日、景紀が冬花に語った羅江駐留兵力の増強は未だ意見具申段階で、実際に花吹ないし桜浜の部隊が羅江へと増派されたわけではない。
南洋植民地全体の兵力と比較すれば羅江の牢人勢力は大した数ではないが、局地的には牢人側が勝っているのだ。
桜浜から羅江へ兵力を移動させるにしても、陸路では山脈に阻まれて迅速な展開は不可能。海路もまた、輸送船の手配が必要なため、同じく迅速さに欠ける。
「冬花」
「何、景紀?」
景紀の声に真剣さを感じ取ったのだろう、冬花が生真面目な調子で応じた。
「陰陽師としてのお前の力、あてにさせてもらってもいいか?」
景紀の目は、真っ直ぐに己のシキガミに向けられていた。
景紀は兵学寮卒業後の匪賊討伐に冬花を伴わせていたが、彼女の術者としての力を用いたことはない。あくまでも冬花を補佐官兼身辺警護役として側に置いていただけで、初陣となった匪賊討伐は景紀自身の能力と指揮下の部隊を用いて鎮定した。
術者に頼っては自身の指揮官としての力量も図れないし、何よりも戦功を術者に奪われると士族出身の士官たちからの反発を受けてしまう。
冬花自身も主君である景紀の意図を理解して、討伐の最中には己の剣術だけで牢人を斬り伏せていた。
そのため、景紀が実戦で冬花の術者としての能力を求めるのは、実はこれが初めてであった。
だからこそ、景紀は躊躇いを感じている。
冬花が景紀を守るために修めた呪術を、大量殺人のために使わせようとしているのだ。
それは、災厄から人々を守るために術を使ってきた陰陽師たちの価値観に、明確に反するものでもあろう。
だが、冬花の方には躊躇いはなかった。
どこか主君の不安を拭い去ろうとするかのような笑みを口の端に浮かべて、答えた。
「ええ。だって、私はあなたのシキガミだもの」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
不逞浪士鎮撫の全権を与えられた景紀の行動は迅速であった。
桜浜の州知事と南洋独立守備隊の大隊長、そして南海興発桜浜支店長を集め、兵力の迅速な輸送のための協力を要請した。
州知事には港の優先的な使用権の許諾、南海興発には保有する船舶による兵員輸送の協力を求めたのである。船の燃料として必要な石炭の手配も進めた。
当然、南洋独立守備隊には羅江への出動命令を下している。桜浜駐留の独立守備隊と同様に、花吹島の独立守備隊にも電信にて出動命令を発した。
さらには各州知事を通して桜浜、花吹の両造船所に修理業務の促進を命じ、稼働船舶数の増大を目指してもいる。
海軍に対しては、桜浜の第七根拠地隊司令官と面会し、艦隊の出動を要請した。桜浜には、第四艦隊所属の第二十四戦隊に所属する巡洋艦二隻が停泊していた。この二隻の羅江回航を要請したのである。
もちろん、第二十四戦隊の回航には上級司令部である第四艦隊司令部からの命令が必要であるため、第七根拠地隊司令部より第四艦隊司令部に照会が行われることとなった。
景紀の下した各種の指示は、二〇〇名程度と想定される士族反乱に対しては過剰とも言える反応ではあったが、彼はこの時、士族反乱が新南嶺島全土に波及することを恐れていた。
金を狙って羅江に渡った牢人は多いが、新南嶺島の他の地域にも牢人の開拓団は存在している。彼らが羅江の蜂起に触発されることを、景紀は懸念していたのである。
だからこそ、圧倒的な兵力で迅速に不逞浪士の鎮定を行うことを景紀は決断していた。
だが、最後に一つの問題が残された。
それは、景紀に鎮撫の命令が下った時点で、羅江の情報がまったく桜浜に入ってこなくなってしまったことであった。恐らく、羅江―花吹間の電信線も切断されてしまったものと考えられた。
鎮定部隊の出動に先駆けて、まずは現地の状況を確認しなければならなかった。
そして、その役目は景紀自らが担うこととなった。
冬花と共に翼龍を駆って、羅江に向かうことにしたのである。
◇◇◇
景紀と冬花は、危険を冒して山越えの経路を選んだ。海岸沿いの経路を選択すると、数日はかかってしまうからだ。
新南嶺島には呪術通信網が整えられていないため、冬花に命じて呪術通信用の術式を刻んだ水晶球を一つ、桜浜の州庁に設置してからの出発となった。
電信網が遮断されてしまったため、呪術通信で代用することとなったのである。
二人の駆る翼龍は、峠など山脈の切れ目を突破して北へと向かった。途中の峠で翼龍を休めて夜を明かし、桜浜を出発して二日目の夕刻には羅江を目視出来る空域にまで到達することが出来た。
大きく傾いた陽に照らされた熱帯雨林の先に、煙がたなびいている。
「ちっ……、やっぱり羅江で何か起こったことは確実か」
「このまま迂闊に街の上空に近付くのは危険だわ」
首元に付けた喉頭式の小型呪術通信用水晶球を使って、二人は会話を交わす。
「ああ、州庁や南洋独立守備隊の兵営が制圧されている可能性もある。それに、こいつらももう限界だ」
景紀と冬花の操る翼龍は、二日にわたる強行軍の疲労で徐々に高度と速度を落としつつあった。
二人は素早く熱帯雨林が開けている着陸に適した場所を見つけ出し、そこに翼龍を降ろさせた。着陸と同時に、疲労困憊な二匹の翼龍はその場にへたり込んでしまった。
景紀と冬花は翼龍の背から荷物を降ろし、素早く装備を調えた。上空の寒さに備えて着ていた厚手の飛行服を脱ぎ捨てて身軽になる。景紀は軍服の革帯に刀と拳銃を差し、冬花は矢筒と胸当てを身に付ける。
「出来れば夜陰に紛れて、州知事なり南興の支店長なり、あるいは独立守備隊の中隊長でもいい。事態を把握していそうな奴に接触したい」
「了解。とりあえず、式を飛ばして街の様子を探ってみるわ」
白いシャツに黒い洋短袴姿の冬花は、その上に羽織っていた赤い火鼠の衣の袖から無数の紙片を空へと放った。鳥の形に切られたその紙片は、夕焼けに染まった空の向こうへと消えていった。
「逆に聞くが、解決策があると思っているのか?」
「……」
景紀がどこか投げやりな口調で問い返せば、冬花は唇をねじ曲げざるを得なかった。
「確かに連中は今は正業に就いていない牢人とはいえ、士族だ。南洋総督府や各州庁に官吏として雇い入れるって手も、ないわけじゃない。でも、それで結城家の家臣団が納得するか? 南洋植民地は結城家が代々、統治してきたんだ。当然、南洋総督府や各州庁の官吏には、まず結城家領出身者を就けろってことになる。家臣団の中でも家を継げない次男、三男の仕官先として南洋総督府や各州庁は魅力的なんだ」
景紀は、結城家次期当主である。当然、家臣や領民たちが優先になる。他領で発生した牢人の面倒までは、見きれないのだ。
「だいたい、牢人になる連中は何かしら能力に問題を抱えている場合も多い。主家が衰退しようが、取り潰しになろうが、それなりに能力を備えている奴ならば新しい仕官先は見つかる」
景紀は内地にいる時、主家を失った忍の青年・新八を私的な家臣として雇っていた。
この他にも、軍で順調に出世している者、皇国大学などの大学出身者の士族は、たとえ主家が衰退、取り潰しになろうとも牢人にはなりにくい。
そのまま軍に留まれるか、それまでの領地に新たに設置された県の官吏としてそのまま採用されることが多いからだ。
つまり、新南嶺島まで渡って金採掘で一攫千金を狙うような牢人は、士族という家柄だけの存在である者が過半と見ても構わない。
もっとも、景紀の言葉が多分に偏見の含まれているものであることも確かであった。能力的な問題以外にも、反六家的思想を持つという政治的な要因で牢人となってしまった士族はいる。
また、牢人の開拓団の中には、重臣とその陪臣が揃って移住して農園経営に勤しんでいるところもあった。主家を失うと重臣も陪臣に家禄を払えなくなるのであるが、だからといってこれまで仕えてきてくれた陪臣を切り捨てるのも忍びないという者はおり、植民地での農園経営という形で陪臣たちに新たな働き口を与えようとする者たちも一定数、存在していたのである。
そのため、牢人を一括りに不穏分子扱いすることも出来なかった。その意味では、景紀や冬花の牢人観は匪賊討伐を経験したときのそれに引き摺られているといえた。
「じゃあ、このまま牢人たちが困窮していくままにしておくってこと? それだと、内地じゃなくてこっちで匪賊化しそうだけど?」
主君たる少年の言葉に、冬花が疑念を挟む。景紀は、面倒そうに息をついて答えた。
「取りあえず、農地の開墾が嫌だって言うんだったら、南海興発やその子会社に就職口を探してやってもいい。一攫千金なんて目指さずに、堅実に稼ぐことを考えてくれるのならそれが一番だ。あるいは、南洋群島の方に改めて移住させるか、だな。南洋群島は新南嶺島と違って、秋津人移住者の労働力で社会が回っているようなものだからな。何かしら、就職口はあるだろう」
新南嶺島の現地島民人口は、現在確認されているだけで約八〇万人。時折、結城家家臣団を中心とした探索隊が高地地方を訪れた際、未知の部族と遭遇する事例もあり、正確な人口は依然として不明な部分も多い。
これに対して秋津人の人口は五〇万人ほどと、島民人口に対して低い数値に留まっている。
一方、南洋植民地の島嶼部である南洋群島は、現地島民人口五万人に対して秋津人人口は十万人を超えており、本来の住民である現地島民が少数派に追いやられることとなっていた。
そのためもあり、南洋群島の経済は秋津人の労働力に依る部分が大きい。
景紀が南洋群島ならば秋津人移住者の就職口も簡単に見つかるだろう、というのはそういう意味があった。
「あとは、万が一の場合に備えて羅江に駐屯する兵力を増強しておくか」
南洋植民地には、南洋独立守備隊という部隊が駐屯している。これは歩兵六個大隊からなる兵力であり、総兵力は約七〇〇〇人であった。
これに主要な島の要塞守備隊の将兵約五〇〇〇を加えた約一万二〇〇〇名が、陸軍(より正確には結城家領軍)が南洋植民地に駐屯させている兵力であった。
この他、いくつかの島や環礁には海軍の泊地も設けられているため、それら拠点を管理・防衛するための海軍根拠地隊の兵力も駐屯している。
しかし、南洋独立守備隊は、泰平洋の広範囲に浮かぶ無数の島々や内地の二倍近い面積を誇る新南嶺島に兵力が分散しており、万が一の事態が発生した場合の兵力不足が懸念されていた。
この内、新南嶺島に駐屯しているのは歩兵二個大隊約二二〇〇名であり、大隊本部は北西部・馬桑と南西部・桜浜にある(桜浜には他に海岸要塞の守備隊約一四〇〇名が駐屯している)。
羅江に駐屯しているのは、対岸の花吹島に大隊本部を置く独立守備隊から分遣された歩兵一個中隊約二〇〇名と、同じく花吹島に司令部を置く海軍第八根拠地隊から海軍特別陸戦隊一個中隊約二〇〇名(主として港湾警備を担当)の計四〇〇名であった。
「もう一個中隊くらい、花吹島か桜浜から回してもらった方が良いだろうな」
「そうね。万が一、総督府に対して牢人たちが反乱を起こしたとしても、陸戦隊も合せて六〇〇名もいれば鎮圧出来るでしょうから」
兵学寮卒業後に指揮した内地での匪賊討伐で、景紀も冬花も小規模戦闘ならが実戦経験を積んでいる。だから牢人の不満を完全に解消出来るなどという甘い考えは抱いていないし、万が一には武力で鎮圧することにも躊躇はない。
とはいえ、牢人の存在が南洋植民地を統治する上での社会的な不安要素、障害になっていることは確かである。
それもまた皇国の体制が抱える矛盾の一つの現れではあるのだが、統治者の側である景紀にとっては何とも迷惑な話でしかなかった。
「ったく、何で俺がこんな面倒を見なくちゃならないんだ」
だから、そういうぼやきが出てくる。
「景紀は結城家次期当主なんだから、当然でしょ」
そして、そんな主君の愚痴を冬花は鋭く切り捨てた。
兵学寮を卒業して結城家次期当主の立場をいよいよ確かなものにしつつあるのに比例して、景紀が愚痴を零す回数が増えてきているように冬花は感じていた。
きっと次期当主としての重圧を感じているのだろうと思って心配になる反面、その相手が自分だけなのでちょっとした優越感を覚えてもいる。何とも複雑な心境であった。
景紀は兵学寮を卒業した直後に、東北の諸侯たる佐薙家の姫君との婚約が決定された。
たとえその姫君が景紀の正室となっても、自分は彼の側で補佐官として支えていく覚悟ではあるが、自分と景紀だけの主従関係で完結していられる時間は、今だけなのだ。
幼い頃は若様に守ってもらうばかりだった自分が、今は補佐官として彼を支えられる存在になれた。
だからシキガミの少女は、たとえ一年、二年という短い時間であったとしても、今のこの関係を大切にしたいと思っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
新南嶺島北東部の羅江での視察は、市内の製糖工場や水産加工場、秋津人の子供のための尋常小学校、実業学校、さらには現地島民の子供が通う公学校、職業訓練所など多岐に及んだ。
その後、景紀と冬花は翼龍を駆って内陸山間部の金鉱山の視察に向かった。陸路では河川や鉱山まで続く軽便鉄道などを使って十日から二週間ほどかかるのであるが、空路では間の山々や熱帯雨林を飛び越えられるので片道三時間ほどの行程であった。
金鉱山やその周辺に築かれた町の視察を終えて一旦、羅江に戻り、二日ほど翼龍を休ませてから景紀と冬花は南西部の港湾都市・桜浜へと向かうことになった。
ただし、羅江と桜浜の間には最大四〇〇〇メートルの標高を誇る山々が東西に連なっており、いくら翼龍といえどこの高度を人や物資を載せて越えることは不可能であった。
峠道など、山脈を越える経路がないでもなかったが、翼龍の疲労や手綱さばきを誤って山腹に激突する危険性を考えて、二人は海岸沿いに桜浜へと向かうことにした。
途中の町で翼龍を休ませつつ、数日かけて二人は桜浜に辿り着く。
二人が桜浜に到着したのは十二月下旬のことであり、すでにこの地は雨季に入りつつあった。一ヶ月の内、約三分の一は雨が降り、その他の日も曇であることが多い。
特に雨が多くなるのは一月下旬から二月にかけてであるが、内地と違って台風が襲ってこないこともあり、一ヶ月あたりの降水量で比べると実は皇都の方が多い月も存在している。
景紀が桜浜に到着して数日は、運悪く雨が降る日が続いていた。そのため、現地の工場や尋常小学校、実業学校(ともに秋津人向けの教育機関)、公学校(現地島民向けの教育機関)など、屋内の視察が多くなった。
雨が止めば、ここ十年ほどの間に技術が確立された真珠の養殖場などを視察する予定であった。
だが、景紀による桜浜視察は、最後まで行われることはなかった。
羅江の州庁より、南洋銀行の羅江支店が襲撃を受けたとの電報が入ったからである。
南洋銀行は南洋植民地の財政・金融を担当する特殊銀行で、結城家の設立した植民地統治のための会社でもあった。
「報告では、襲撃したのは牢人らしき風体の集団だそうよ」
桜浜の州知事公館で、冬花はそう電報内容を報告した。
「で、被害の程度は?」
「店員に死者は出なかったらしいけど、負傷者多数。官金も一部が強奪されたみたい」
自身の従者の言葉に、景紀は舌打ちをする。
「年末ってことで借金の取り立てに苦慮しての犯行、ってところか? あるいは、総督府に対して本格的に反乱を起こすための資金を得るためか?」
「今のところ、続報を待つしかないと思うけど」
冬花も困惑混じりの声でそう返す。
「ただ、借金取り立てに苦慮しての犯行だったとしても、牢人たちを取り締る口実にはなるでしょうね」
「ああ」
景紀の声は、険しかった。
「だが一方で、この事件を受けて軍による鎮定が始まると思った牢人たちが、やぶれかぶれで決起する可能性も否定出来ない」
「そう、ね」
最悪を予測する主君の言葉に、冬花は緊張を以て応ずる。
「続報を待っている間に羅江の情勢が悪化する可能性もある。とりあえず、南洋総督府と内地の父上のところに電報を打つ。万が一が起こった場合の俺の権限について、正式に決めておきたい」
南洋植民地は南洋総督が治める植民地であるが、その南洋総督は結城家当主にとって任命されている。実際、歴代の南洋総督は結城家宗家や分家に連なる者、あるいは結城家家臣団の者から選ばれていた。
だから結城家次期当主である景紀が現地にいる以上、南洋総督としても景紀に配慮せざるを得ないのだ。
一方の景紀も、自身が結城家次期当主という理由だけで動けば、指揮系統が混乱して徒に事態を悪化させるだけだと自覚していた。
まずは、景紀と南洋総督の間で有事の際の指揮権を誰が掌握するのか、決定しなければならないのだ。
「ったく、こういう問題もあとあと解決していく必要があるな」
結城家と南洋総督府の歪な関係に、景紀は苛立たしげに自身の髪を掻き回した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二日後、事態はより深刻化した。
桜浜―羅江間の電信が不通になってしまったのである。恐らく、羅江側の電信線が切断されたものと判断された。
ただし、羅江―花吹間の電信は生きているらしく、羅江の情勢は花吹経由で桜浜にもたらされた。
しかし、従来の電信処理に加えて、新たに羅江発桜浜宛の電信も処理しなければならなくなった花吹の電信局は、その混乱のために電信の処理に時間がかかるようになってしまった。
結果、羅江の情勢が桜浜の景紀の元に届くまで、十五時間から十八時間ほどかかるようになってしまったのである。
「これはもう、現地で蜂起が起こったと判断すべきだろうな」
電信線の切断は、明らかに意図的なものを感じさせた。景紀はこの時点で、羅江にて牢人たちの蜂起が発生したと判断することを決めた。
羅江の州知事からは、電信線が切断された原因は調査中であるとしながらも、南洋銀行支店の襲撃を以て不逞浪士鎮圧の大義名分は立ったと、南洋独立守備隊の出動を求める電信が寄せられている。
景紀はただちに、南洋総督府と内地の父の元に、以後は羅江で士族反乱が発生したとの前提の下で行動すべきという具申を行った。
そして銀行襲撃事件から四日目、景紀の父で結城家当主である景忠より、この事態に対して景紀に鎮撫の全権を与えるよう南洋総督府に命令が下った。
それが桜浜の景紀の元に届けられたのは、襲撃事件発生から五日目のことであった。
要するに、父は結城家次期当主である自分に不逞浪士を討伐させることで、南洋植民地が結城家の統治下にあることを示したいのだろう。景紀はそう受け止めた。
そして、父がこの事態を十六歳となった嫡男に任せられる程度のものとであると判断していることも理解出来た。
実際、羅江周辺の牢人の数は二〇〇名を超える程度であり、南洋独立守備隊一個大隊があれば鎮圧出来る勢力でしかない。
問題は、その南洋独立守備隊の兵力が各地に分散してしまっていることであった。
先日、景紀が冬花に語った羅江駐留兵力の増強は未だ意見具申段階で、実際に花吹ないし桜浜の部隊が羅江へと増派されたわけではない。
南洋植民地全体の兵力と比較すれば羅江の牢人勢力は大した数ではないが、局地的には牢人側が勝っているのだ。
桜浜から羅江へ兵力を移動させるにしても、陸路では山脈に阻まれて迅速な展開は不可能。海路もまた、輸送船の手配が必要なため、同じく迅速さに欠ける。
「冬花」
「何、景紀?」
景紀の声に真剣さを感じ取ったのだろう、冬花が生真面目な調子で応じた。
「陰陽師としてのお前の力、あてにさせてもらってもいいか?」
景紀の目は、真っ直ぐに己のシキガミに向けられていた。
景紀は兵学寮卒業後の匪賊討伐に冬花を伴わせていたが、彼女の術者としての力を用いたことはない。あくまでも冬花を補佐官兼身辺警護役として側に置いていただけで、初陣となった匪賊討伐は景紀自身の能力と指揮下の部隊を用いて鎮定した。
術者に頼っては自身の指揮官としての力量も図れないし、何よりも戦功を術者に奪われると士族出身の士官たちからの反発を受けてしまう。
冬花自身も主君である景紀の意図を理解して、討伐の最中には己の剣術だけで牢人を斬り伏せていた。
そのため、景紀が実戦で冬花の術者としての能力を求めるのは、実はこれが初めてであった。
だからこそ、景紀は躊躇いを感じている。
冬花が景紀を守るために修めた呪術を、大量殺人のために使わせようとしているのだ。
それは、災厄から人々を守るために術を使ってきた陰陽師たちの価値観に、明確に反するものでもあろう。
だが、冬花の方には躊躇いはなかった。
どこか主君の不安を拭い去ろうとするかのような笑みを口の端に浮かべて、答えた。
「ええ。だって、私はあなたのシキガミだもの」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
不逞浪士鎮撫の全権を与えられた景紀の行動は迅速であった。
桜浜の州知事と南洋独立守備隊の大隊長、そして南海興発桜浜支店長を集め、兵力の迅速な輸送のための協力を要請した。
州知事には港の優先的な使用権の許諾、南海興発には保有する船舶による兵員輸送の協力を求めたのである。船の燃料として必要な石炭の手配も進めた。
当然、南洋独立守備隊には羅江への出動命令を下している。桜浜駐留の独立守備隊と同様に、花吹島の独立守備隊にも電信にて出動命令を発した。
さらには各州知事を通して桜浜、花吹の両造船所に修理業務の促進を命じ、稼働船舶数の増大を目指してもいる。
海軍に対しては、桜浜の第七根拠地隊司令官と面会し、艦隊の出動を要請した。桜浜には、第四艦隊所属の第二十四戦隊に所属する巡洋艦二隻が停泊していた。この二隻の羅江回航を要請したのである。
もちろん、第二十四戦隊の回航には上級司令部である第四艦隊司令部からの命令が必要であるため、第七根拠地隊司令部より第四艦隊司令部に照会が行われることとなった。
景紀の下した各種の指示は、二〇〇名程度と想定される士族反乱に対しては過剰とも言える反応ではあったが、彼はこの時、士族反乱が新南嶺島全土に波及することを恐れていた。
金を狙って羅江に渡った牢人は多いが、新南嶺島の他の地域にも牢人の開拓団は存在している。彼らが羅江の蜂起に触発されることを、景紀は懸念していたのである。
だからこそ、圧倒的な兵力で迅速に不逞浪士の鎮定を行うことを景紀は決断していた。
だが、最後に一つの問題が残された。
それは、景紀に鎮撫の命令が下った時点で、羅江の情報がまったく桜浜に入ってこなくなってしまったことであった。恐らく、羅江―花吹間の電信線も切断されてしまったものと考えられた。
鎮定部隊の出動に先駆けて、まずは現地の状況を確認しなければならなかった。
そして、その役目は景紀自らが担うこととなった。
冬花と共に翼龍を駆って、羅江に向かうことにしたのである。
◇◇◇
景紀と冬花は、危険を冒して山越えの経路を選んだ。海岸沿いの経路を選択すると、数日はかかってしまうからだ。
新南嶺島には呪術通信網が整えられていないため、冬花に命じて呪術通信用の術式を刻んだ水晶球を一つ、桜浜の州庁に設置してからの出発となった。
電信網が遮断されてしまったため、呪術通信で代用することとなったのである。
二人の駆る翼龍は、峠など山脈の切れ目を突破して北へと向かった。途中の峠で翼龍を休めて夜を明かし、桜浜を出発して二日目の夕刻には羅江を目視出来る空域にまで到達することが出来た。
大きく傾いた陽に照らされた熱帯雨林の先に、煙がたなびいている。
「ちっ……、やっぱり羅江で何か起こったことは確実か」
「このまま迂闊に街の上空に近付くのは危険だわ」
首元に付けた喉頭式の小型呪術通信用水晶球を使って、二人は会話を交わす。
「ああ、州庁や南洋独立守備隊の兵営が制圧されている可能性もある。それに、こいつらももう限界だ」
景紀と冬花の操る翼龍は、二日にわたる強行軍の疲労で徐々に高度と速度を落としつつあった。
二人は素早く熱帯雨林が開けている着陸に適した場所を見つけ出し、そこに翼龍を降ろさせた。着陸と同時に、疲労困憊な二匹の翼龍はその場にへたり込んでしまった。
景紀と冬花は翼龍の背から荷物を降ろし、素早く装備を調えた。上空の寒さに備えて着ていた厚手の飛行服を脱ぎ捨てて身軽になる。景紀は軍服の革帯に刀と拳銃を差し、冬花は矢筒と胸当てを身に付ける。
「出来れば夜陰に紛れて、州知事なり南興の支店長なり、あるいは独立守備隊の中隊長でもいい。事態を把握していそうな奴に接触したい」
「了解。とりあえず、式を飛ばして街の様子を探ってみるわ」
白いシャツに黒い洋短袴姿の冬花は、その上に羽織っていた赤い火鼠の衣の袖から無数の紙片を空へと放った。鳥の形に切られたその紙片は、夕焼けに染まった空の向こうへと消えていった。
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