秋津皇国興亡記

三笠 陣

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第八章 中華衰亡編

143 将としての苦悩

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 千山山脈の雪道を進む将兵たちの群れは、敗残兵を思わせるほどの有り様であった。

「藍河より撤退を開始して以来、すでに凍傷患者は五〇〇名を越しております」

 固い声で、第二軍の参謀は軍司令官たる一色公直陸軍大将に報告した。

「第一軍の工兵から融通してもらった橇の数は足りているか?」

「はい。いいえ、これまでに凍傷患者は累計で二五〇〇名を越えており、これに戦傷者の後送などを加えますと橇の数はまったく不足しているのが現状です」

 現在、第二軍は遼陽・鞍山攻略を断念して、連山関方面への撤退を開始していた。第一軍も斉軍による冬季反攻を受けて奉天攻略を断念し、安東方面へと引き返し始めていた。
 特に第二軍は斉軍の大反攻によって少なからぬ損害を受けており、将兵の疲労は甚だしかった。寒冷地に慣れていない兵士も多く、凍結した路面に足を取られて転倒する者も続出している。
 こうした第二軍に対し、寒冷地出身者の多い第一軍は工兵があり合わせの資材や現地斉人の家屋を破壊して得た木材で橇などを作って少しでも雪上での移動を容易にしようと努力していた。そうした橇は第二軍にも提供され、一色は主に凍傷患者や戦傷者などの後送に橇を使わせている。
 ただ、それでも橇の数には限りがあった。逆に、凍傷患者の数は時を追うごとに増加している。
 千山山脈の積雪量は、三〇センチを超えていた。また、冬の気温も安東県とは比較にならないほど寒い。
 雪が兵士たちの歩行を困難にしてさらなる疲労を蓄積させ、凍結した路面に足を取られて転倒する人馬が続出している。すでに転倒による駄馬の損失は五〇頭以上に及んでいた。
 暖をとるための薪も、現地斉人の家屋を破壊・略奪して確保している部隊すら出てきている。このため、皇国軍に抵抗する斉人に対する殺害事件もたびたび発生し、さらに家を破壊された斉人の中には雪の中で凍死する者たちすら存在していた。しかし最早、第一軍も第二軍も現地民の民心安定などに気を配っていられるような状態ではなかった。

「輜重部隊の馬車も極力、傷病者の後送に充てよ。馬が不足するようならば、騎兵部隊から馬を融通させるのだ。必要ならば、私の馬も輜重部隊に回してやって構わん」

「しかし、それで閣下が凍傷に罹られては……」

「兵に苦労をかけるだけで自分は安逸に過ごす者など、将とは言えん」

 参謀の心配を、一色は叱るような声ではね除けた。
 陽鮮でも苦楽を共にした兵士たちを今更になって見捨てることなど、六家当主の矜持として一色は許さなかったのだ。

「よいか? 落伍者は必ず回収しろ。一兵たりとも見捨てることはまかりならん」

「ははっ」

 一色家家臣でもある参謀は、主君の言葉に恐懼したように一礼して、この若き当主の前を後にした。
 その背を見つめながら、一色公直はぼそりと呟いた。

「有馬公と結城の小倅が冬季攻勢に反対しなければ、もう少し早く遼陽攻略に取りかかれたものを……」

 一色は自身も推進した奉天・遼陽方面への冬季攻勢が失敗に終わりつつあることを自覚しつつも、どこか納得出来ないものを感じていた。
 確かに、自分や征斉大総督の長尾公は満洲の冬を甘く見積もり、さらに斉軍による反攻作戦の実施を見抜けなかったという失態はある。自分自身に関して言えば、陽鮮でも平寧への困難な進撃を成功させたことへの自信も、今回の過信に繋がってしまったのではないかという反省もあった。
 しかしそれでも、有馬貞朋や結城景紀が冬季攻勢に反対し、征斉派遣軍内部での意思統一に時間をかけてしまったことが奉天・遼陽攻略作戦の失敗に繋がったという思いも、依然として胸の内で燻っている。
 有馬公たちの反対がなければ一週間か十日は早く冬季攻勢を実施出来、ここまで冬が厳しくなる前に軍の展開を終えられたはずである。また、皇国軍の奉天・遼陽攻略作戦と斉軍の大反攻の実施時期が重なって、遼陽・鞍山攻略中の第二軍が斉軍に側面を突かれるということも起こり得なかったに違いない。

「しかも、あの小倅は我が軍の危機に旅団を動かさなかった」

 特に一色公直は、結城景紀に対して強い憤りを覚えていた。
 鞍山に展開していた歩兵第八旅団が斉軍によって包囲された際、その南方の海城に展開する独立混成第一旅団は救援に動かなかったのである。
 確かに結城の小倅は側付きの女術者一人を遣わして、爆裂術式で斉軍の包囲網を混乱させ、歩兵第八旅団の包囲網脱出を援護した。
 しかし、それは武人の戦い方ではないと一色は思っている。
 戦とは、戦術や戦略、そして綿密に計算された兵站によって成り立つものだ。敵味方の将が知略を尽くそうとするからこそ、人殺しという所業でありながらも、そこ一片の尊さと誇りが生まれるのである。
 だが、高位術者を使い爆裂術式によって敵兵を焼き尽くすなどという戦法は、将としての矜持にもとる行いである。それはただの破壊行為でしかなく、戦を生業としてきた武士の誇りを穢すものでしかない。
 さらに言えば、そうした大量殺人を高位術者という一人の人間に押し付ける結城景紀の態度も、一色公直の嫌悪するところであった。
 冬季攻勢に反対したことと言い、戦場で呪術師を重用していることと言い、結城景紀の振る舞いは六家に連なる者として相応しい行いではない。あの男は、戦が人殺しであるからこそ将が忘れてはならない美学と節度を理解していない。
 そして彼と有馬貞朋の存在は、征斉派遣軍内部の意思統一・結束を乱す要因にしかなり得ない。一色公直はそのように考えていた。

「やはり、今の皇国には強力な一人の指導者が必要だ」

 わずか十八歳の小僧が大きな口を叩けるのは、彼が六家の出身だからである。そのことが、昨年の六家会議といい、今回の冬季攻勢と言い、六家の足並みを乱させる要因となっている。
 そしてあの凡庸な有馬公爵家当主が、能力の割に強大な影響力を持っているのも、彼が六家の人間だからである。そしてその背後には、六家長老の有馬頼朋がいる。
 戦国時代の清算を、今こそつけるべきなのかもしれない。
 国論を攘夷で統一し、それを乱す者を排除して、皇国を西洋列強に伍する国家へと変える。それが、西洋列強が東洋や泰平洋へと侵略の魔手を伸しつつあるこれからの時代を切り抜けるために必要なことである。
 一色公直は、そのように確信していた。

◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

 皇暦八三五年十二月二十六日。
 海城を攻めるホロンブセンゲは、その主攻軸を徐家園子に定めていた。彼は、この地点が倭軍の海城防衛陣地の最も薄い箇所であることを見抜いていたのだ。
 また、倭軍の武将が呪詛に冒されて満足に軍勢の指揮が執れないであろうことから、倭軍の態勢も十分に整えられていないものと考えていた。
 二十四日に倭軍との間に結ばれた休戦合意は、確かに戦場に野ざらしにされたままになっている緑営兵士の遺体を回収するという目的もあったが、ホロンブセンゲの真の目的は海城の倭軍を率いる敵将に戦死した兵士たちの怨霊を取り憑かせる呪術を発動させることであった。
 敵将への呪詛は、倭軍の総大将に向けてすでに一度試みられていたが、これは失敗している。
 ホロンブセンゲが宮廷術師たちに失敗の原因を詰問したところ、敵総大将の正体が明確でないことがその理由であるという。
 要するに、名前も顔も判らない相手が対象では呪詛の効果は限定的であるということだった(だから、すでに北方に移動を開始していた征斉大総督・長尾憲隆ではなく、占領地に留まっていた第三軍司令官・有馬頼朋が呪詛に倒れたといえる)。
 呪詛を実施する術者と対象の人物を繋げる呪術的な「媒介」が、成功のためにはどうしても必要とのことであった。
 そこでホロンブセンゲは、倭軍との一時休戦という策を考えたのである。
 休戦の合意を文書にし、そこに敵将の名前を書かせることが出来れば、術者と対象者を繋ぐ呪術的媒介を手にすることが出来る。
 また、自軍兵士の遺体を放置したままでは緑営兵士の士気にも関わる。だからこそホロンブセンゲは、戦死者遺体の回収という名目で倭軍へ休戦を申し出ることにしたのである。
 だが、そこで宮廷術師たちが呪詛を強化するために、さらなる一計を案じた。
 それは、戦死者たちの魂を呪詛に組み込むことで、呪詛を強化するというものであった。つまり、呪詛に死者の怨念を混ぜて相手を呪いと祟りの双方で殺害するということである。
 流石に戦死者を冒瀆するような呪術にはホロンブセンゲも副将のガハジャンも眉をしかめたが、それでも実施を許可した。
 結局、死者とはいっても被征服民族である漢人たちであるという差別意識が、ホロンブセンゲにもガハジャンにもあったのである。斉朝に服従する民族が多少、死後に冒瀆されたところで、二人の良心はそれほど痛まなかったのだ。
 海城の敵将さえ排除出来れば、同地の攻略は容易となるだろう。
 ホロンブセンゲはそのように考えて、二十六日の攻撃再開を命じたのであった。





 だが、この日の攻撃でも斉軍は海城の倭軍陣地を突破することが出来なかった。
 ホロンブセンゲは両翼に展開させた部隊で歓喜山、唐王山の倭軍陣地の火力を吸引し、その間隙を突いて徐家園子の奪取を目指した。
 しかし、海城北方の呉鉄生軍は傭兵の逃亡が相次いだために軍としての統率を乱しており、支援を期待出来なかった。一方で、南方の左芳慶提督の率いる軍は未だ統率を保っており、馮玉崑軍と連携しつつ海城の倭軍陣地に圧力を加えていた。
 それにもかかわらず、二十六日が日没を迎えた時点で斉軍の死傷者は一万人に達する勢いだったのである。

「このままでは、海城攻防戦だけで我が軍の戦力が消耗する危険性があります」

 副将のガハジャンは、そう懸念を示した。

「すでの北方の呉鉄生軍が事実上崩壊し、左芳慶軍の兵力は約二万に低下しているとのこと。そして、特に損害が著しいのが馮玉崑軍でありまして、戦闘可能な負傷者を入れても、兵力は一万五〇〇〇に満たぬまでに低下しております。我ら蒙古八旗軍三万を加えても、すでに全軍の兵力は十万を切っていることは確実です」

 また、斉軍には戦闘による死傷者の増大の他に、逃亡兵の発生、凍傷患者の増加などの要因によって時を追うごとに戦力を低下させていた。逃亡兵の続出によって実質的に軍としての実態を失った呉鉄生軍は、その典型であろう。
 さらに、ホロンブセンゲは麾下すべての兵力を遼河東岸に展開しているわけではなかった。兵糧の輸送やその集積地の警備などのため(主に略奪を目論む匪賊などを警戒)、一定程度の兵力が遼河西岸に存在していたのである。
 特にホロンブセンゲが信頼する自身直属の蒙古八旗軍三万の内、およそ三分の一に当たる二〇営一万は遼河西岸で輸送任務に当たっている。指揮官の腐敗によって横領や物資の横流しなどがはびこる緑営に、兵糧の管理は任せられなかった。
 こうした問題に加えて、兵士に与える食糧の問題も深刻になりつつあった。
 反攻開始当初より糧秣の不足が予測されていた斉軍であったが、皮肉にも死傷者の増大によって兵力を激減させたことで糧秣事情それ自体は改善しつつあった。ただし、兵士たちに暖かい食事を提供出来ないことから、体を冷やして下痢を起こす兵士が続出していたのである。
 ホロンブセンゲの本営付近でも、下痢による便臭が寒気の中に混じり込んでいた。
 一方の倭軍陣地は、少なくとも煙の立ち具合から見て朝晩は兵士に暖かい食事を提供出来ているようであった。斉軍の兵士の中には、倭軍を羨む声すら上がっているという。
 食糧の問題一つ取っても、兵士の士気を左右する重大な問題である。下痢による兵士の体力の低下も合わせれば、これは深刻な事態であった。

「このままでは遼東半島へ進撃するだけの余力を失いかねません」

「では、海城の倭軍を放置せよと言うのか?」

 ホロンブセンゲは、自らの副将にそう問い返した。
 海城を無視して、蓋平方面の倭軍を攻撃すること自体は可能である。そのまま復州街道を突破して遼東半島の中心的都市・金州を奪還することも、あるいは出来るかもしれない。
 しかし、背後に敵軍を抱えたまま遼東半島への進撃を開始すれば、斉軍は倭軍に側背を突かれる危険性が非常に高い。
 さらに、自分たちが倭軍を遼東半島に押し込めて殲滅するはずが、逆に斉軍が遼東半島に誘い込まれて退路を断たれ、殲滅される可能性すらあった。
 その意味では、交通の要衝たる海城を無視して遼東半島に向かうことは、軍事的に考えてあり得ない選択肢であった。

「あるいは、海城は包囲するだけに留めて、救援に駆け付けるであろう倭軍を各個撃破するという手もあります」

「しかし、海城を完全に包囲するためには、栃木城方面の街道も封鎖せねばならん」

 栃木城方面からの補給が続く限り、海城の包囲は中途半端な結果に終わってしまう。

「ですが、このまま力攻めをしても我が軍の損耗が激しくなるだけです。そうなれば、陛下より命ぜられた遼東半島・安東県の奪還という目的が果たせなくなりましょう」

「……」

 ホロンブセンゲにとっては、難しいところであった。ガハジャンの言葉にも一理ある。自分は咸寧帝の命を受けて軍を率いているという政治的な事情も存在しているのだ。
 軍勢の消耗、燕京からの政治的圧力、倭軍の脅威、それら様々な重圧の中でホロンブセンゲは決断しなければならない立場にあった。

「……宮廷術師たちも、あてにならんものだな」

 そもそも、今日の海城総攻撃は、海城の倭軍指揮官が呪詛に倒れたことによって統率を乱していることを見越して行われたものである。しかし、海城の倭軍は統率を乱すどころか、これまでの攻防戦と同じく適切な時機に逆襲隊を投入してこちらの攻撃を跳ね返し続けていた。
 宮廷術師たちは呪詛に成功したと報告しているが、それが倭軍の弱体化に結びついていない。倭軍の武将に優秀な副将が付いているのか、あるいは呪詛に失敗しながら処罰を恐れて宮廷術師が虚偽の報告を行っているのか。
 いずれにせよ、宮廷術師たちによる倭軍の攪乱はここに来て限界が露呈したといえるだろう。
 やはり、所詮は妖しげな呪文やら呪術陣やらでよく判らぬ現象を起こすだけの連中ということか。ホロンブセンゲは内心でそう侮蔑の言葉を漏らした。

「倭軍の軍船が遼河河口沖に遊弋していることを考えますと、南方の左芳慶軍にかかる倭軍の圧力は無視出来ないものがあります」

 現在、遼河平原南部に展開している左芳慶軍は、海城攻略のために兵を出しつつ、蓋平方面、栃木城方面の倭軍にも警戒しなければならない位置に存在している。こうした状況に加えて、倭水軍の軍船の到来である。
 あるいは一番危うい状況に置かれているのは、左芳慶軍であるかもしれなかった。

「引き続き海城の倭軍指揮官に対する呪詛を継続しつつ、我らは左芳慶軍の援護に回るべきか……」

「それも、選択肢の一つでありましょう」

「……」

 ホロンブセンゲは、両軍の位置が示された地図をじっと見つめていた。
 彼は、海城の倭軍の頑強な抵抗によって大反攻開始直後に得た戦いの主導権を失いつつあることを自覚していた。
 いかにして倭軍から戦いの主導権を奪い返すか。
 ホロンブセンゲは、それが極めて困難であることを理解しつつ、軍を率いる将として状況を打開する策を講じなければならない立場にあった。
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